狸がドラムスティックを叩き、カウントを入れる。
そうする事で演奏に入るタイミングが掴みやすくなるのだ。
ドラムとベースが同時に演奏を始め、音が重なる。それは誰がなんと言おうと音楽だった。
「おぉ〜」
「す、凄いです」
数時間の特訓の成果である。
ミヒロとレジ子のレッスンにより、ドラムのコモリとベースのクロは同じテンポで楽器を演奏する事が出来るようになった。
勿論、改善点は多く、そもそもミヒロ達だって平均以上に演奏が上手い訳ではない。
けれど、練習前のソレはそもそも音楽ですらなかったのである。その事を考えると、これは大きな進歩だ。
「タヌ、タヌー」
「タヌヌー!」
二匹も自分達の音が重なっている事が嬉しいのか、両手を上げて喜んでいる。
「この光景にも慣れてきたな……」
「狸可愛いね〜」
「写真撮ってSNSに上げたらめっちゃバズるかな?」
「やめとけ」
写真を取ろうとする月日を止めるミヒロ。ツチノコは仕方がなかったが、本来このような怪奇現象は表沙汰になるべきではない。
「で、だ……。あとはここにギターと歌声を入れていく。勿論、やっと他の楽器を意識して楽器が弾けるようになっただけってレベルだが……まぁ、成長だろ」
冷静に考えると、自分達の事を棚に上げても狸達の演奏やマツリの歌は質が良いとは言えなかった。
ドラムだけは嗜んでいなかった筈なのにあり得ないくらい上手くてミヒロは傷付いたが、ベースもギターもボーカルも良くて下の中。
自信を持って人様に聞いてもらおうと紹介出来るレベルでもない。高校の学園祭の方がまだレベルが高いだろう。
「頑張ってるようだが」
そんな話をしていると、前野が部屋に入ってきた。なんと飲み物の差し入れを持って。
「良い人じゃん……」
「なんの用だ」
「差し入れ」
「……ありがとうございます」
「前野さんがただの良い人でミヒロが啖呵を切れなくなってるぜ……」
「勘違いしないで欲しいんだが、俺はただこのライブハウスを良い方向に持っていきたいだけだ。冷静に考えてくれ、狸が居たら追い払うだろう」
飲み物を一達に配りながら、前野は話を続けた。
「君達も聞いてくれたから分かってくれたと思うが、狸達がやっていたのは音楽と呼ぶにはバラバラな……ただの音だった。確かに狸は可愛いが、ライブハウスでそんな雑音を流されても困る」
「くっ……コイツまた正論を」
「根本的にミヒロってバカだから正論に弱いよな」
「なら、今日頑張って良くなった狸さんなら、ここに居ても良いって事?」
レジ子がそう聞いて、一とミヒロは「確かに!」という顔で前野に視線を向ける。前野はため息を吐いた。
「そんな訳ないだろ狸だぞ。まず汚い。臭い。その辺に糞を溜める。そんな奴らに『このライブハウスを自由に使って良いぞ』なんて言える訳ない。そもそもライブハウスにメリットがない」
「あまりにも正論過ぎて何も言い返せないぜ……」
「それでも、俺はマツリちゃんの力になりたい」
ヒラタイはハッキリと前野の目を真っ直ぐに見てそう言う。前野はそんな彼を見てさらにため息を吐いた。
「ハッキリ言って、俺は狸が人間の言う事を聞くとは思っていなかった。狸に音楽なんて出来る訳がないと思っていた。頭ごなしに狸を否定していたのは良くなかったかもしれない。……多少はマシな音楽が出来るようになったじゃないか」
狸達を見ながら、前野はさらに続ける。
「だがここはお化け屋敷じゃない。狸がステージに立ってライブをするなんて面白おかしな宴会をする場所でもない。……音楽が好きな奴が、楽器を弾いて歌を歌って、その音楽を聴く場所だ。だから──」
前野はそう言って、ステージの小物として立て掛けてあった赤い垂れ幕を広げた。
「真面目に音楽に取り組むなら、狸達は隠して、バックミュージックに務めろ。……そして化け狸君、君のボーカルで客を沸かせてみろ」
「私の……ボーカル」
「前野さん、どういう事ですか?」
「狸の音楽が以外といけそうだから、ウチの看板狸バンドになるなら雇っても良いかなと思った」
「嘘だろコイツどういう精神してるんだ」
ミヒロは唖然とするが、前野は「君が言ったんだろう」とあっけらかんとした顔をしている。
「何度も言うが、俺は君達の敵ではない。だが勿論、ライブハウスの利益になるならという前提での交渉だ。そもそも狸は垂れ幕で隠すから影しか見えない。事実上狸が可愛いなんて効果はないに等しい」
「つまり?」
「お前達狸の音楽と歌で、客を掴んでみろ。俺と、客の心を震わせてみろ。それが出来ないならこのライブハウスに狸の居場所はない」
「私達の……音楽と、歌で」
その言葉を強く噛み締めるように、マツリは前野の発言を復唱した。
「タヌー!」
「タヌタヌ!」
「キュッ」
狸達もやる気があるようで、楽器やスティックを持ち上げる。ミヒロは「だから鳴き声おかしいだろ」と諦めの入った一応のツッコミを入れていた。
「ぬか喜びをしているようだが……ライブは来週末。狸の音楽は文字通り素人に毛が生えた程度。失敗すれば狸鍋」
「狸鍋!?」
「勿論君達Cryptidにもちゃんとライブをしてもらわないと困る。狸にばかり構ってないで練習もして欲しい。……それで、俺を満足させる事が出来たらという話だ。分かっているのか?」
「満足させますよ」
差し入れの飲み物を飲んで、ヒラタイは自身ありげにそう答える。
「やけに自信があるな」
「だって、マツリちゃんは歌うのが好きだから」
「師匠……?」
「前野さん言いましたよね、音楽を好きな
ヒラタイの言葉を聞いて、前野は少しの間黙って彼の目を見た。
嘘偽りもなく、本気でそう信じている目。
前野には彼の目がそう見えている。ため息が出た。
「揚げ足取りだな。……確かに
前野がそう言うと、ヒラタイはしてやったりと言う顔で一達に顔を向ける。一達はよく分からなくて首を傾げた。
「まぁ、時間は限られている。せいぜい頑張りたまえ。……ところで、野良狸はどうしてる? お前達がしっかりしても、他の狸が問題を起こしたら意味がないぞ」
「ちゃんと、私達が成功するって信じてくれてます。だから、大丈夫です!」
「そうか。……なら、良い」
言いながら扉を出て、前野は頭を抱える。
「もう怪異には関わりたくなかったんだが……。一度癖が付くと、逃げられない物だな」
深いため息を漏らしながら、聞こえてくる練習の