前野曰く、出演バンドは三つ。
主催のバンドが呼んだ二つのゲストバンドの内、一組が狸に襲われて出演出来なくなってしまったらしい。
襲われて怪我をしてしまったバンドのメンバーは──野生動物のやった事だから──と、狸に怒りをぶつけるような事はしなかった。
しかし、施設の代表として前野は狸を放っておく訳にもいかない。事の顛末は、一達の知っている通りである。
そして一達は怪我で辞退したバンドの代わりとして舞台に上がる訳だが、Cryptidはライブの中盤で主催バンドが休憩をする為の中継ぎとして演奏をする事になっていた。
「──と、言う訳だ。君達の演奏の後、君達の紹介で狸バンドに繋いでもらいたい。狸バンドが盛り上げてくれれば、後に繋げやすい」
「責任重大だなタヌ達……」
「へー、面白そうじゃん。で……その狸バンドって、何?」
一は前野と、ライブの主催バンドのリーダーである男性と当日の打ち合わせの席に座っていた。
リーダーの男性の言葉を聞いて、一は前野に視線を向ける。ここで「狸バンドは狸が楽器やって化け狸が歌うバンドだぜ!」なんて言える程に一もお気楽ではない。
「狸が楽器やって化け狸が歌うバンドだ」
「前野さん!?」
「何それウケる! 面白そうっすね!」
「この俺がツッコミ側に回らないといけないだとぉ!?」
一は戦慄した。
「Cryptidの千堂一だっけか。バンド歴はどれくらいだ?」
「楽器触ってからまだ二年経ってないくらいっす……」
「それじゃ、先輩として良い事を教えてやるぜ。……ロックとは──ノリだ!」
「な──っ、し……師匠と呼ばせてください!!」
「良いぜ!」
「ノリ良!!」
一は感激した。
「冗談はこれくらいにして。この辺り狸が多いだろう。こんな感じでバックミュージックを垂れ幕で狸の影にして狸っぽい子が歌う狸ライブを売り出してみたいんだ。狸で箱起こしって訳だな。
上手くいけば──それはつまり、上手くいかないなら狸達はクビ。狸鍋。保健所で殺処分。そういう意味合いを持って言っているのだろう。
「狸バンド、面白いじゃん。上手く盛り上がってくれれば、俺達主催としても楽しいし。……なによりノリが好きだ! どんな子なんだ?」
「なんか芋臭い娘」
「前野さん……」
「そういう子が頑張ってるの見るとテンション上がるよな!」
「師匠ぉ……!!」
「でも、俺もゲストのお前らも、狸に食われないように頑張ろうぜ!!」
「本当にノリ良いなこの人! ノリに感謝だぜ!」
「まぁ、主催が良いなら俺も断る理由がなくなってしまったか……」
意気投合する二人を見ながら、前野だけが静かにコーヒーを飲み干すのであった。
☆ ☆ ☆
「──と、いう訳だぜ!」
ライブハウスに戻って、一は打ち合わせの内容を皆に話す。
ついでに主催のリーダーとは即友達になって連絡先も交換したらしい。一の社交力にミヒロは引いた。
「とりあえず、土俵に立つ事は出来たみたいだね」
「何から何まで本当に、ありがとうございます」
「お人好しだよねー」
ニコニコ笑いながら月日はそう言うが、確かにお人好しも良いところかもしれない。
ヒラタイにとって彼女は何の関わりもない、ただの化け狸。
それどころか、聞く話によれば彼が入院する事になったのはマツリが原因──というか犯人で。彼女に騙されていた筈である。
それでも彼は困っているマツリを放って置けなかったのか。化け狸に絆されてしまったのか。
けれど、彼のそんな優しい所が、皆は好きなのだ。そんな彼の望みを無碍には出来ない。
「よっしゃ! 楽しみになってきたな!」
「まぁ、タダでやれるってんならやっても良いか」
「また皆でライブ出来るね〜。パパ来れるか聞かなきゃ……!」
それに、本人達はライブが出来るので楽しそうである。お人好し過ぎる事を注意する理由も、月日にはなかった。
「それじゃ練習再開するよー」
月日の一声で、一を加えて練習が始まる。今日は日曜日、本番までは一週間だ。
「イクゾウ、俺は今日ロックの真髄を学んできたぜ! 聞きたいか?」
「タヌ? タヌ!」
「聞きたいよな! 良いか? ロックとは……ノリだ! リズムはドラムとベースに任せて、俺達ギターはもう譜面とか関係無くノリで演奏するのが一番だ──」
「真面目にやれ」
ドラムからスティックが投擲され、一が吹き飛ぶ。イクゾウは恐る恐るミヒロに視線を向け、般若のような顔をした彼をみて卒倒した。
「狸さん触っちゃダメなの?」
「ダメです。ばっちぃから」
「でも……手取り足取り教えるにはですね、触らないといけないと思うんだよね」
「触りたいだけだろお前」
「そこの三匹の狸なら、昨日君達が帰った後に詳しい知り合いに頼んで風呂に入れたし病原菌のチェックも済ませた」
突然現れた前野がそんな事を言って、ミヒロは「なんで!?」と素直に驚く。そこまですると金が掛かるはずだ。そもそもどういう技術だ。
「バックヤードとはいえ箱に入れる狸だぞ……管理は当たり前だろう」
「そこで入れないって選択肢を取らない辺りがな……」
「うわー! 狸ふわふわ〜!」
「早速触ってやがるし……。まぁ、良いか」
言われてみると確かに昨日よりフワフワになっている気がする狸を見て、ミヒロもそのフワフワを抱き抱える。
とても、フワフワしていた。
「というか、どうやって演奏してるの? そもそも狸サイズの楽器がどうして存在してるんだろう?」
狸をモフっているミヒロ達に近寄って、月日は素朴な疑問を投げ掛ける。
すると狸は、その辺に落ちているギターピックを拾い上げた。そしてソレが、突然狸サイズの楽器への変わる。
「思っていたより化け狸じゃん!!」
「まぁ、そもそも狸はタヌとか泣かない」
「このおててで楽器弾いてるの凄いよね〜」
そもそも指の形からすると弦を抑えられない筈だが、何故か音にはなっているので月日は考えるのをやめた。
「マツリちゃんって、他の人の姿にも化けられて……声も変わるんだよね?」
「はい。……一度師匠を騙す為に、レジ子さんのお姿をお借りした事もあります」
「それじゃ、ア○ノルド・シュ○ルツェネッガーとかにも化けれるの!?」
「マジかよ!? 流石にソレは無理なんじゃねーの!?」
「出来ますよ」
「「マジか!!!」」
「銃なんて、捨ててかかってこい!」
「「すげぇーーー!!」」
「なんでコ○ンドー履修してんだよ。声はなんか吹き替え版だし」
「普通に怖いよねー」
ちなみに声も変わるらしい。それと、普段の人間の姿は意識せずになれる人の姿で、誰かの姿ではないとの事である。
「待って、その姿で歌えば万バズだよ」
「良い訳ないだろ」
だから、普段の声は、彼女自身の声なのだ。
「軽くリハみたいなのやろうぜ。俺達が演奏を終えた所で、引きながら垂れ幕が落ちてきて、タヌ達は後ろでセッティング、マツリちゃんが俺達と入れ替わりな!」
休憩を挟みながらもしばらく練習を続け、一の提案で流れを確認する事になる一行。
ライブの流れとしては、オープニングアクトとして別のゲストバンドが演奏。
その後、主催の演奏があり、ゲストアクトとして一達Cryptidと狸達が順番に演奏して、主催にステージを返す流れである。中継ぎと言っても良い。
しかし中継ぎと聞けば気楽な立場にも思えるが、主催が盛り上げた会場の熱を落とさず、繋げなければならない大切な役割だ。
マツリ達が成功する以前に、一達が失敗すれば会場の熱は覚めてしまうだろう。
次への繋ぎ方も、勿論演奏そのものも、このライブを成功させる為には大切だった。
「──よし! あとは、本番まで練習と練習と練習と練習だぁ!」
繋ぎの流れの確認し、練習時間を終えて解散する。
ライブはちょうど一週間後。
残された時間を使い、彼等は音楽と向き合うのであった。