1. 静寂を破る鐘
──アメリカ合衆国•ニューハンプシャー州の北部、雪深い森の中に佇む屋敷は、深夜の冷気に包まれていた。
雪と静寂が全てを支配するその場所に、不意に黒い影が落ちる。
魔法界でも珍しい結界付きの森の屋敷に、突如として現れた4人の男たち。
その目は金の匂いで濁っており、指には「闇祓い免状の偽造品」がぶら下がっている。
「これが……古くから続く純血の屋敷か…」
「この屋敷にいるのはガキ一人、こりゃ楽勝だな」
「こんな立派な屋敷にガキが一人だけ、羨ましい限りだぜ」
「さぁ、早く終わらせるぞ」
4人の男たちは目の前の屋敷に向かって歩き出した。
その屋敷の書斎の一角でこの屋敷の主人である少女は一冊の古い魔法書に指を滑らせていた。
「……今日は静かね」
穏やかな声色で、どこか眠たそうな雰囲気もあった。
この屋敷には一応、防御魔法も張られているが、この少女が一人で張ったものであり、大人の魔法使いに対しては少しの時間稼ぎにしかならない。
その時——。
屋敷の門の金具が大きな音を立てて壊される。
驚いたのか少女の肩が跳ねた。
慌てて窓から外を確認すると四人の男が敷地内を歩いて玄関に向かっていた。
スカウラーだ。アメリカ魔法界でも最も嫌われる輩の一種であり、純血の少女を狙うには十分な報酬がある。
「家の場所、この前と別のところに変えたんだけどなぁ……。MACUSAに連絡しても闇祓いが来るまで時間かかるし……」
淡々と立ち上がった少女は、指を軽く鳴らす。
「自力でどうにかしますか」
杖は使わない。アメリカでは、杖無し魔法こそが本来の魔法の形とされている。
そして呟いた。
「《ペルフォラ 貫け》」
その頃、躊躇なく屋敷に踏み込んだ男たちは、躍起になって内部を探索していた。
その時だった。
──ズガンッ!
先頭を歩いていた男の胸部に、風穴が空き、男がうずくまる。
「ぅあ……が、な、なんだ!?」
「おい!大丈夫か!」
「伏せろ!」
反射的に仲間が身を伏せる。
──古の魔法。アメリカ合衆国が、まだ"合衆国"であることを知らなかった時代に編み出された魔法の弾丸。
杖はあっても無くてもただ、正確に意識を向けるだけで良い。魔力を集中させ、撃ち出す。
「ド、ドアに穴があぃ…うがっ!」
壁に空いた小さな穴から二発目の呪文が放たれ、うずくまった男の額を正確に撃ち抜いた。
「おい!一人やられたぞ!!」
「どうなっているんだ!?」
「落ち着け!相手はガキ一人だ!」
完全に男たちはパニックになった。相手はこちらの動きを把握しているが自分たちは相手の正確な位置を知らない。
そんな男たちが行った行動はただ一つ、呪文を乱射しその呪文が相手に当たるのを願うだけ。
廊下に色とりどりの呪文が飛び、廊下の照明が割れ、傾いた棚から花瓶が落ちる。
数分後、廊下は薄暗く、窓から差し込む雲に覆われた弱々しい月の光が三人の男を照らす。
反撃は来ない、男たちは安堵した。
勝ったのだ。想定外の死者が出たが、あの呪文の量にはさすがに相手も対応が出来ていないだろう。そう思った。
しかし、その思いを嘲笑う様に壁に寄りかかった男の後頭部が吹き飛ぶ。
「うぐっ…!」
「おいっ!!どうし…がっ!」
立て続けに近くに立っていた男の頭を背後から何かが風穴を開ける。
「な、なんなんだよ!殺したはずじゃ……うぐっ!」
最後の男の両足に穴が開く。
男が膝をつくと扉の奥から声が聞こえた。
「いったぁ……。人の家で魔法を乱射するのやめてほしいんだけど……」
その瞬間——扉が開き、額から血を流した少女が出てくる。
「一発ずつしか込められない魔法って、ロマンがあるよね」
少女は、膝をつき顔に絶望を浮かべる男に微笑んだ。
髪は雪の色、瞳は冬の星
彼女の名はシェアト•スペイシャル。
かつて栄華を誇り、今でも強い権力を持ち、アメリカ合衆国魔法議会の中枢の一つとなっている「五大家」と呼ばれる五つの純血の名家が集まった組織の一角に彼女の家は君臨していた。
数分後、屋敷にはただ死と雪だけが積もっていた。
廊下での戦闘後、血生臭さに耐えられなくなったシェアトが窓を開けて換気していると、先程呼んだ闇祓いたちが屋敷に入って来た。
何度か顔を合わせたことのあるベテランの闇祓いが屋敷の悲惨な廊下を見て眉を顰めた。
「また襲われたんですか?」
「私だって奴らが来られないように努力しているんですけどね」
修復呪文を花瓶にかけながらシェアトは気だるそうに答える。
「《ペルムタティオ 入れ替え》」
目の前の死体が石と入れ替わる。
直接目視した物であれば、2つの物体の位置を瞬時に入れ替える事ができるアメリカの呪文。
「あ、ちょっと、勝手に移動させないでください」
「……すいません、邪魔だったのでちょっと」
それを見ていた闇祓いの一人が注意し、シェアトは適当に返した。
「《スコージファイ 清めよ》」
あとはそこら辺についてる血を全て消して壊れた家具などを直せば終わりだ。
そう思った時に玄関の扉が開いた。
「また襲われたの?シェアト……って血が出ているじゃん!大丈夫!?」
扉を開けて入ってきた黒髪の礼儀正しそうな少年はシェアトの様子を見るなり慌てて駆け寄る。
「また、とは失礼だね。私はこれが好きでやってるわけじゃないんだよ」
シェアトは疲れた様な表情で答える。
「ルーカス。君、こんな寒い中を来たの……」
「それは……心配だったから、さ」
ルーカスと呼ばれた少年は目線を落とし、廊下の奥に転がる遺体を見て黙り込む。
少年の名はルーカス•ファランクス。彼もまた、五大家の一角の血筋である。
「それ、ワイオミング州に住む君はここまでどのくらいの時間をかけてきたの?無茶をしているのはどっちか考えてごらん」
「今日は家じゃなくてMACUSAにいたよ。あ、そういえばシェアト、君何かやらかした?」
ルーカスがシェアトに回復呪文をかけながら思い出した様に言う。
しかし、シェアトには心当たりが無いのか首を軽く傾げる。
「何を?私は最近はずっと家で読書ばっかりしてたよ」
「いや、昨日MACUSAの中で聞いたんだけど、君の名前を話している職員から聞いたんだ」
「私の名前を?とりあえず明日、MACUSAに行って聞いてみようっと」
「わかった、一応、僕も五大家のメンバーにも聞いてみる。じゃあ僕は帰るね」
そう言いルーカスは屋敷から帰って行った。
それを見送ったシェアトはボロボロになった廊下を見ると、
「……さて、片付けでも始めようか」
と小さく呟いた。
ルーカスが帰ってから数時間後、片付けを終わらせたシェアトは闇祓いたちに礼を言い見送ると、暖炉の前で分厚い魔法理論書を読んでいた。
片手にはペンを、もう片手にはスコッチ・ウィスキーの瓶。もちろん中身はただの紅茶。
けれど、グラスの縁を傾ける癖だけは、父の真似だった。
その時屋敷の外で、先程直した門が開く音が聞こえた。
「……はぁ。今日は何人来るの?」
無言で窓の外を覗くと、二人の人影が立っていた。
ひとりは高い帽子をかぶった老女。凛とした眼差しの奥に、深い覚悟を感じさせる人物。
もうひとりは黒いローブをまとった、やせた男。目の下に深い隈を刻み、睨みつけるような目つき。
その二人はまっすぐこの屋敷に向かってくる。
この屋敷にはノー•マジが近づけない様な呪文をしているので、あの二人は魔法族で間違いない。
ただ、先程のスカウラーの様な雰囲気は無い。
高い帽子をかぶった魔女が玄関の鐘を鳴らす。
鐘の音が静寂を破った。
はじめまして、理由もなく歩く人と申します。
物語は、主人公がホグワーツにいる間は『ハリー・ポッター』本編に沿って、アメリカにいる間は『Harry Potter more』のアメリカ魔法界を参考にしながら、なるべく原作から離れないように進めていく予定です。
ただし、アメリカ魔法界に関しては公式情報が少ないため、独自設定が多くなる部分があります。ご了承ください。
この後書きでは、作中に登場する魔法界に関する設定の解説を記載していきます。
◇登場設定解説
・スカウラー(Scourers)
本作で最初に登場した存在。
簡単に言えば、賞金稼ぎ/傭兵のような存在で、17世紀にアメリカで猛威を奮った犯罪者集団。
・アメリカ合衆国魔法議会(MACUSA)
正式名称:Magical Congress of the United States of America
イギリスの魔法省と役割はほぼ同じで、北アメリカ大陸全土の魔法族のコミュニティの統治を担う機関。
・《ペルフォラ(貫け)》/《ペルムタティオ(入れ替え)》
本作のオリジナル魔法。イギリス魔法の派生という設定。どちらもラテン語。
《ペルフォラ》:打撃呪文「フリペンド」の派生系。
《ペルムタティオ》:姿くらまし/姿あらわしの物体限定バージョン。対象が“人”から“物体”に変わっている。
・五大家
本作独自の設定。
アメリカ合衆国魔法議会の設立を支援した五つの純血家系が、中枢組織の一つとして影響力を持っている。
今後、シェアト、ルーカス以外の家も2話以降に登場予定。
オリジナル登場人物の紹介は、「0章」終了時にまとめて掲載する予定です。
感想、評価など、お待ちしております