「ホグワーツって広いなぁ……」
シェアトは見知らぬ廊下をひとり歩いていた。
鍵の開錠に成功したセリーナに追いかけられ、撒くことはできたが迷子になってしまった。
1、2時間前にはいろんな所で生徒を見たが、今は見渡す限り誰もいない。
しかもホグワーツでは姿くらましも姿あらわしも禁止されているため、寮に戻ることもできない。
「ま、探索でもしますか」
まだホグワーツの内部を詳しく知らないシェアトは、いい機会だと思い、探索を開始する。
どれほど時間が経った頃か、ふと背後から声をかけられた。
「ミス・スペイシャル、こんな時間に何をしているのですか?」
「………ミネルバ・マクゴナガル」
背後に立っていたのは、このホグワーツの副校長でもあるマクゴナガルだった。
「この時間に寮の外に出るのは減点対象ですよ?いったい何をしているのですか?」
「……寮に戻れなくなったので、校内を探索しているだけです」
「そうなのであれば、寮に案内しましょう。今回は減点はしません。今度から気をつけてください」
淡々とした言葉。
けれどシェアトは、胸の奥に引っかかりを覚えた。
足音だけが響く沈黙。しばらくして、マクゴナガルが口を開く。
「《ルーモス 光よ》。──これで歩きやすいでしょう。ところでミス・スペイシャル、ホグワーツの生活はいかがです?」
「どうもこうもありません。私は父の死の理由を知るために来たんです。異国の学校生活を楽しみにして来たわけじゃありません」
シェアトがばっさり切り落とし、しばし沈黙が落ちる。
それでもマクゴナガルは口を開いた。
「ダンブルドアは、ただそれだけのためにあなたを迎えたわけではありません」
「……まだ理由があると?」
「ええ。あなたが孤独や憎しみに呑み込まれ、闇に傾いてしまわないようにするためです」
足が止まる。シェアトは振り返り、低く問うた。
「つまり……あなた達は、私が“闇に染まり始めている”と考えているんですか?」
怒りを孕んだ視線がマクゴナガルに向けられる。
彼女が返答に詰まる間に、シェアトは冷たい声で言い放った。
「私は父や母を殺した連中のようにはなりません。……そう思うなら、なぜスネイプのような元死喰い人を教師にしているんです?」
「それは……」
マクゴナガルの顔に影が落ちた。言葉は出ない。
その沈黙が、シェアトの怒りに油を注ぐ。
「答えられないなら、これ以上話す意味はありません。──では、授業で」
杖先の光が消える。
「《ノックス 闇よ》」
慌てて光を取り戻したときには、シェアトの姿はもうなかった。
「……へぇ、やっぱり使えた」
別の場所に現れたシェアトは、自分の手を見つめていた。
彼女が用いたのは《ペルムタティオ 入れ替え》。
先程通った床に落ちていた紙と自身の位置を入れ替えることで、マクゴナガルの視線から逃れたのだ。
しかし彷徨っていた時に見つけた紙なので、さっきいた場所に戻ってきてしまった。
辺りを見渡すと、不思議な光を放つ鏡があった。
「鏡……?なんでこんなところに?」
額縁には古い文字が彫り込まれている。読めはしないが、ただの鏡ではないと直感する。
恐る恐る覗き込むと──
「……母さん? 父さん……?」
そこには白髪の女性と銀髪の男性。
そしてその二人と手をつなぎながら笑う、小さな少女が映っていた。
込み上げる涙が頬を伝う。
幼い頃から夢見てきた、失われた家族の姿。
手を伸ばす。しかし指先は、冷たい鏡面に阻まれる。
鏡という壁が、無情に立ちはだかっていた。
(なんで、なんで届かないの……。すぐそこにいるのに!)
「………こんな壁なんて………壊しちゃえばいいんだ」
目の前の鏡は今のシェアトには壁にしか見えない。
右手を鏡に向ける。
呪文が口から零れかけた、そのとき。
「待つのじゃ、シェアト」
柔らかな声と共に、肩に手が優しく置かれる。
振り返れば、ダンブルドアがそこにいた。
「ダンブルドア……。どうしてここに……?」
「ミネルバから、君がいなくなった、と言われたからじゃ」
声の主であるアルバス・ダンブルドアは柔らかく微笑む。
しかしシェアトは、そんなことどうでもいい、と鏡へ向く。
「……この先に両親がいるんです。……でも、見えない壁があるので──」
「シェアト、これは壁ではない。『みぞの鏡』という、見た者の”のぞみ“を映し出す鏡じゃ」
シェアトは信じられない、といった表情になる。
「そんな……だって、ここに家族が……」
「わしには見えぬ。……けれども、君がどれほど望んでいるかは伝わってくる」
シェアトの唇が震える。
家族の幻を見つめる瞳に、涙が滲む。
「なんで……なんで私は……こんなに……」
ダンブルドアはそっと近づき、彼女の肩に手を置いた。
その声は、深い静けさを帯びていた。
「わしが君を呼んだのは、父のことを伝えるためでも、闇から遠ざけるためでもある。──けれど本当の理由はただ一つ」
シェアトが顔を上げる。
彼はやわらかな眼差しで告げた。
「君に、”愛“を忘れてほしくなかったからじゃ」
その言葉に、シェアトの心が決壊した。
堰を切った涙と共に、彼女は静かな嗚咽と共にしゃがみ込む。
ダンブルドアはシェアトの顔の位置に合わせるようにかがみ込み、頭を撫でる。
「遠い空の下からようこそ、ホグワーツへ」
月明かりが優しく2人を照らしていた。
読んでくださりありがとうございます。
◇登場設定解説
・みぞの鏡
鏡を見た者の心の一番奥底にある“のぞみ”を映し出す鏡。
“のぞみ”の虜になり、廃人になった人もいる。
シェアトも虜になりかけた。
額縁には「Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi」と彫られており、
逆から読むと「I show not your face but your heart's desire」になる。
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