ホグワーツに来てから、まだ一か月も経っていないというのに、シェアトには随分と長い時間が過ぎたように感じられた。
授業に、寮生活に、そして校内での出来事に──気を抜けばあっという間に日々が消えていく。
そんなある日の朝食の席で、「休暇」の話題が持ち上がった。
上級生たちが口々に「実家に戻る」「家族と過ごす」と言い合うのを聞き、ダフネやセリーナもそれとなく楽しみにしているようだった。
「シェアトは帰らないの?」
パンにバターを塗りながらミラベルが首を傾げる。
「帰りたいよ。やっぱり自分の国が一番安心するから」
少し微笑みながらシェアトは返す。
ダフネが気になっていた疑問を言う。
「でも五大家なんだから帰ってもやる事たくさんあるんじゃない?」
「私はまだ11歳だから仕事とかは他の家がやってくれるよ」
実際、五大家の内のニ家の当主が未成年の為、残りの三家に仕事が分配されていく。
数年前、ステラがどんどん増えてゆく書類の量に暴言を吐きながら確認しているのをシェアトは見たことがある。
「じゃあ、シェアトはアメリカで何しているの?」
「書斎で読書したり、庭で昼寝したりかな」
「そんな暇があったら他の家の仕事手伝えば良いのに」
「え、面倒だからヤダ」
はぁ、とダフネがため息をつく。
話を聞いていなかったセリーナはダフネが落胆していると思い、背中をビシビシ叩く。
「みんなに会えなくなるからってしょんぼりしなくても大丈夫だよダフネ!たったの一週間だから!」
「痛い痛い!……あなたは話を聞いときなさいよ!」
ダフネが痛みに顔を歪めながら言う。
そんな様子を見ながらシェアトは休暇を楽しみにしていた。
ホグワーツ特急を降りたシェアトは、英国からの移動用ポートキーでアメリカへ戻った。
目を開けると屋敷の門の前にいた。
冷たい空気に混じって、ほんの少し懐かしい匂いがある。
スコットランドの山の中とは違う、帰ってきたと実感させる空気だった。
――やっぱり、こっちの空気の方が落ち着く。
胸が自然と大きく膨らむ。彼女は小さな笑みをこぼした。
「ただいま」
玄関の大扉をくぐると、真っ先に駆け寄ってきたのは黒髪を揺らす少年だった
「シェアト!」
「ルーカス!」
名前を呼び合い、二人は勢いのまま抱き合った。
久しぶりの感触に思わず笑ってしまう。
互いの肩を軽く叩き合う仕草は、もう言葉以上の再会の挨拶だった。
「元気だった?」
「そりゃあね。君のいない間、退屈すぎて大変だったんだから」
「こっちだってそうだよ。ホグワーツって広いし、人多いし……正直疲れるんだ」
ルーカスが少し目を丸くして笑った。
「珍しいね、シェアトがそんな弱音」
「……うるさい」
拗ねるように返しながらも、シェアトの声は柔らかかった。
午後、二人は庭に出た。
秋風に揺れる芝生の上を駆け回ると、小さい頃に戻ったように笑い合った。
芝生の上に寝転んだまま、シェアトは空を見上げる。淡い雲が流れていく。
「……やっぱり、こうしてる方が安心する」
ぽつりと漏れた声に、ルーカスが隣で腕枕をしながら頷いた。
「ホグワーツは楽しい?」
「すごいところだよ。だけど……ずっと背中が重い感じ。誰かに見られてるみたいで」
「君は“見られる人”なんだよ。僕もずっと分かってた」
「え?」
「だから僕は“隣にいる人”でいられる。そう決めてる」
シェアトは一瞬黙り込み、横目でルーカスの横顔を盗み見た。
いつも軽口ばかりなのに、こういう時だけ真面目な顔をする。
「……ずるいなぁ。そういうこと言われると、反論できないよ」
「それって褒めてる?」
「どうだろね」
互いに目を合わせ、また笑った。
二人の声が秋の空気に溶けていった。
夕方、屋敷の中は暖炉の火が灯され、薪のはぜる音が心地よい静けさを作っていた。
二人はその前のソファに並んで座り、しばらく無言のまま炎を見つめた。
先に口を開いたのはルーカスだった。
「ホグワーツで、嫌なことがあった?」
シェアトは少し迷い、膝の上で手を組み直す。
「嫌ってわけじゃないよ。ただ……いろんな人が、私を見てる気がするんだ。同じ寮の子も、先生も、全部。みんな“どうなるか”を確かめようとしてるみたいで」
言葉を吐き出すたび、胸の奥に積もった重石が少し軽くなった。
ルーカスは真剣な目でシェアトを見つめ、頷いた。
「そうだろうね。でも、それは仕方ないことだよ。君が“そういう人”だから」
「……“そういう人”って、何」
「簡単に言うと、特別ってこと」
あまりに真顔で言うものだから、シェアトは思わず噴き出した。
「何それ。子どもっぽすぎる」
「子どもだからな」
「……まあ、そうか」
肩を寄せ合い、ふたりはまた炎に視線を戻した。
暖かさが皮膚から染み込み、心までじんわりと溶かしていく。
寝室へ戻る前、階段の途中でシェアトはふと立ち止まった。
「ねぇ、ルーカス」
「ん?」
「こうして帰ってこられる場所があるって、やっぱりいいね」
恥ずかしそうに呟くシェアトに、ルーカスは少しだけ笑って答えた。
「当たり前さ。ここは、君が帰ってくる場所だから」
その一言に、胸が熱くなる。
シェアトは顔をそむけながらも、小さな声で囁いた。
「……ありがとう」
蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、二人の影が階段の壁に寄り添うように重なっていた。
その夜、シェアトはベッドの中で目を閉じながら思った。
ホグワーツでは常に背筋を張っていなきゃいけない。でも、ここに帰れば、ただの子どもでいられる。
――だから、私はきっと大丈夫。
そう心の中で確かめたとき、心地よい眠りが静かに訪れた。
柔らかな空気に包まれた屋敷を、星空に浮かぶ月が照らしていた。
読んでくださりありがとうございます。
今回の「休暇」はクリスマス休暇などの長い休みではなく、ハーフタイム休暇(秋、冬、春にそれぞれ1回、一週間の休み)のことです。
◇登場設定解説
・ホグワーツの休み
夏休み 約6週間
クリスマス休暇
イースター休暇 約2〜3週間
ハーフタイム休暇
年に数回 約1週間
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