休暇の半分を過ぎた頃、屋敷の空気は少しずつ「終わり」の気配を帯び始めていた。
次にホグワーツへ戻る日が迫っている。そう意識した途端、時間の流れが急に早くなった気がして、シェアトは胸の奥に小さな焦燥を覚えていた。
その日の朝。
窓辺で庭を見下ろしながら、シェアトはぽつりと言った。
「ねぇ、ルーカス。今日は決闘の練習をしない?」
ソファに寝転んでいたルーカスは、驚いたように目を瞬かせた。
「君から誘うなんて珍しいな。どういう風の吹き回し?」
「……ホグワーツに戻ったら、きっと色んなことが待ってる。鍛えておきたいんだ」
「そっか。いいね。僕も腕が鈍らないようにしておきたかった」
二人の視線が交わり、にやりと笑い合う。
その笑みには、友情だけでなく、互いを刺激する良きライバルとしての輝きも宿っていた。
庭の中央。芝生の上に立ち、二人は向かい合った。
杖を掲げるだけで、胸の鼓動が早まる。
秋の風が頬をかすめ、空には澄んだ青が広がっている。
「本気でやるからな」
「もちろん。ごっこじゃないんだから」
ルーカスが先に動いた。短く呪文を唱えると、赤い閃光がシェアトに迫る。
即座にプロテゴを張るが、衝撃が腕に響いた。光がはじけ、芝に焦げ跡を残す。
「いきなり強めに撃つなんて……容赦ないな」
「手加減したら失礼だろ?」
シェアトは口元に笑みを浮かべ、すぐに反撃の呪文を放った。青白い光が走り、ルーカスの肩口を狙う。だが彼は滑るようにかわし、返す刀でさらに二発。
火花が散るたび、芝が焦げ、焦げた匂いが風に混じった。鼓動が耳の奥で暴れ、呼吸が荒くなる。
しばらくの間、攻防は拮抗していた。
だがシェアトの頭は冷静だった。
(――ルーカスの動きは速い。けど、勢いに頼る分、次の一手が読める)
彼の杖の振り方、詠唱の間合い。小さな癖を観察し、次の動きを先読みして防ぎ、時には受け流す。
「……やっぱり観察してるな、シェアト」
合間に笑みを浮かべたルーカスが言う。
「僕の癖、気づいてるだろう?」
「さっきのステップ、二回同じ方向だった。だから狙えた」
「ぐ……そこまで見抜かれると恥ずかしいな」
互いに笑いながらも、杖は止めない。
シェアトの呪文がルーカスの外套をかすめ、彼の攻撃がシェアトの髪を揺らす。
緊張と興奮の狭間で、ふたりはますます夢中になっていった。
「じゃあ、少しだけ本気を見せるか」
ルーカスの声色が変わる。杖先から稲妻のように空気を裂いた閃光が放たれ、呪文はこれまでとは違う重みを帯びていた。
「っ……!」
シェアトはプロテゴを展開するも、押し返される。
防御の膜が悲鳴を上げ、腕に鈍い痺れが広がり、体が後ろへと弾かれた。
芝の上に足を取られ、膝をつく。
「大丈夫か!?」
「……まだいける」
立ち上がるシェアトの目は真剣そのものだった。
――逃げちゃいけない。見極めるんだ。
ルーカスが再び攻撃を繰り出す。今度は三連撃。
だがシェアトは一歩、半歩と位置をずらし、光をすり抜けさせた。
「受け止めた……いや、流したのか?」
「そういうこと」
シェアトの反撃が鋭く突き刺さる。ルーカスが防御に追われ、初めて表情を引き締めた。
観察と洞察、それを実際の動きに落とし込む。
その瞬間、シェアトは自分の武器を掴んだ気がした。
だがルーカスも黙ってはいない。
「負けてられないな!」
声と共に一気に距離を詰める。間近で撃ち込まれた呪文が、シェアトの視界を白く染める。
反射的にプロテゴを展開。衝撃で腕がしびれ、息が詰まる。
「っ……!」
「捕まえた!」
ルーカスが勝利を確信した瞬間――
シェアトは逆にその近さを利用し、無言で呪文を唱える。
防御に意識を割いていたルーカスの足元を直撃し、芝が弾け飛ぶ。
「わっ……!」
彼がバランスを崩し、尻もちをついた。
呆然とした後、ルーカスは大笑いした。
「やられた! 本気で負けた気分だ!」
シェアトも笑い、杖を下ろした。
「お互い様。最後まで勝ちは決まらなかったよ」
芝生の上に二人同時に倒れ込み、青空を仰ぐ。
汗が流れ、全身は疲れ切っているのに、胸の奥には小さな炎のような充足感が灯っていた。
夕暮れ。
屋敷のバルコニーに腰かけ、二人は並んで遠くを眺めていた。
森が赤く染まり、空には一番星が輝き始める。
「やっぱり君は強いな」
「強いんじゃなくて……見てるだけ」
「それが強さだと思う。相手を読めるのは才能だよ」
ルーカスの声には尊敬が滲んでいた。
シェアトは小さく笑い、風に揺れる髪を押さえた。
「この前言ったけど、ホグワーツでは、いつも誰かに見られてる気がするんだ。視線に押されて、逃げ出したくなることもある。でも……今日みたいに君と向き合うと、見返せる気がする」
「じゃあ、次に会ったときもまた決闘だな」
「うん。もっと上手く戦えるようになってるから」
「僕も負けないよ」
自然と交わした約束が、二人の間に固く刻まれた。
休暇の最終日。
屋敷の広間には、古びた銀の燭台がひとつ置かれていた。それが今回のポートキーであり、シェアトを再びホグワーツへ連れ戻す道具だった。
「これに触れれば、すぐ戻れるんだね」
シェアトがつぶやくと、隣のルーカスは静かにうなずいた。
「そうだ。……でも、もう少し話していたい気もする」
「私もだよ」
短い言葉に互いの思いが滲む。数日間を共に過ごし、幼なじみ以上の絆を感じ始めていた。別れの時は、思っていたよりずっと重く胸にのしかかる。
「また冬にでも会えるさ」
ルーカスは努めて明るく言った。その目には幼いながらも当主としての責任が光っていて、シェアトは自然と口角を上げた。
「うん。その時は、もっと強くなってるところを見せるよ」
「じゃあ僕も負けないようにしておく」
ふっと笑い合い、シェアトは燭台へ手を伸ばした。
冷たい金属の感触が指先に触れた瞬間、視界がぐるりと反転する。
――風が鳴り、胸が一瞬浮き上がった。
気づけば、足元は石畳の地面に変わり、周囲には高い城壁と尖塔がそびえていた。
夜空の下、湖が黒く光り、ホグワーツ城が威厳を放って立っている。
「……戻ってきたか」
小さく息を吐いたシェアトの胸の奥には、寮の仲間や教師たち、そして未だ拭えぬダンブルドアへの疑念。
ここでまた、騒がしくも重い日々が始まる。仲間たちと、あの校長と、数えきれない視線と共に。
シェアトは深く息を吸い、城へと歩み出した。
背後の湖面に映る月影が、彼女の背中を押すように揺らめいていた。
読んでくださりありがとうございます。
◇登場設定解説
・ポートキー
《ポータス(Portus)》と言う呪文で作れる。
キーになる物はなんでも良い。
姿あらわし / 姿くらましよりも安全。
未成年でも作れる。
感想、評価などお待ちしてます。