ホグワーツの空気は、日に日に冷たさを増していた。
湖から吹き込む風が石造りの城の隙間を抜けるたび、どこか異国の匂いを運んでくる。
その中で、シェアトは大広間の端に腰を下ろしていた。
目の前では、グリフィンドールのハリー・ポッターが友人たちと楽しげに笑っている。
彼女の視線は食事を取りながらも、時折その少年に鋭く吸い寄せられた。
(うーん……ハリーって一人になることってあるのかなぁ……)
シェアトは昨日、ダンブルドアに言われたことを思い出す。
確かにハリーは何もかもが不器用で、危ういほど真っ直ぐで、それが周囲を自然と惹きつける。
おそらく一人で行動することも増えてくるだろう。
両親を失い、闇と戦ったことがあるシェアトにとって、その危うさは直感に近い形で感じ取れていた。
スリザリンの友人たちが軽口を叩きながらパンをちぎる横で、シェアトは小さくため息をついた。
「はぁ、なんでこんな仕事を受けちゃったんだろう………」
週末、クィディッチの試合が始まった。
ホグワーツの上空には冷たい風が吹き荒れており、観客席には生徒たちが色とりどりのマフラーを巻き、旗を振り、叫び声を上げている。
観客席の熱狂が渦巻く中で、シェアトだけは静かだった。
ハリーの初めての試合だというのに、彼女の目はグラウンド上よりも、観客席に陣取る教師たちに注がれている。
歓声が響き、試合が始まる。
箒が一斉に空へ舞い上がり、鮮やかな色のローブが飛び交う。
歓声、怒号、笑い声。試合は序盤から激しく展開していった。
ハリーがスニッチを探して箒を巧みに操っている。
スリザリンの選手が挑発的に突っ込んでくるたび、観客席は大きく沸いた。
観客席は興奮の渦だったがシェアトの顔に熱狂は無い。
彼女は試合そのものよりも、観客席に陣取る教師たちを見ていた。
(……クィレル教授、なんか落ち着きがなさすぎるんだよなぁ)
その後も時々試合に目を向けながらも、シェアトはクィレルを観察し続ける。
突如、クィレルが口を動かし、何かを唱え始めた時、彼女の背筋に冷たいものが走った。
「まさか……」
彼女の頭には、この前言われたダンブルドアの言葉がよみがえる。
――クィレル先生に注意するのじゃ。
(何かを狙っている……?)
次の瞬間、ハリーの箒が突如として暴れ始めた。
観客は悲鳴を上げ、空中で必死にしがみつくハリーの姿に目を奪われる。
シェアトも何が起こったかわからなく、唖然として見ていた。
「………あ、そっか!クィレルだ!」
「……シェアト?クィレル教授がどうかしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
思わず声に出してしまい、ダフネに聞かれるがなんとか誤魔化す。
しかしわかったのは良いものの、クィレルを止める方法が思いつかない。
(直接止めに行くのは遠いし、ここから呪文を撃ったら観客にバレるし……)
そんなシェアトの前を一瞬、金色の何かが高速で通り過ぎた。
何かと思って見るとスニッチだった。その後をスリザリンのシーカーが追いかけている。
シェアトはニヤッと笑う。
「……良いものあるじゃん」
シェアトはじっとスニッチを見ると魔法を無言で詠唱した。
《オパグノ 襲え》
唱えた瞬間スニッチが勢いよく方向を変え、教師陣がいる観客席に向けて高速で突っ込む。
そしてそのスニッチの進む先にクィレルがいた。
「ゴンッ!――うごっ!」
クィレルの頭部にスニッチが鈍い音を立てて衝突した。
そのままクィレルは気絶する。
ぶつかったスニッチは何事もなかった様にシーカーに追われていった。
暴れていたハリーの箒がふっと安定を取り戻した。
「……よし」
小さく呟く。誰も気づかないでの介入に成功した。
スリザリン生の仲間たちはハリーが体制を戻したことを残念がっているが、シェアトはただ静かに観客席に身を沈めた。
その後、ハリーは黄金のスニッチを飲み込むと言う方法で捕え、グリフィンドールの勝利で試合は終わった。
大歓声がスタジアムを揺らす。
だがシェアトの視線はクィレルを見逃さなかった。
意識を戻し、観客の状態を見ると額に玉のような汗を浮かべ、慌ただしく立ち上がる。
取り繕うように笑い、何事もなかったかのように歩き去ろうとする。
(クィレル……何を隠してるの?)
内心で呟く。
だが口には出さず、ただその背を目で追った。
歓声に包まれるグラウンドとは対照的に、シェアトの胸には冷えた緊張が残っていた。
ダンブルドアの忠告が、確かに現実のものとして突きつけられたのだ。
(……これは、面倒な事になりそうだなぁ)
心の奥でダンブルドアから受けた事を後悔する。
そして、決意を新たにする。
——自分は駒じゃない。
シェアトはひとり、深い呼吸をして空を仰いだ。
試合が終わり、歓声がすっかり静まった後。
ホグワーツの校庭は夜の冷たい空気に包まれていた。浮かぶ月明かりが石畳を照らし、木々の影が長く伸びている。
シェアトは一人、スタンドの下に腰を下ろし、深く息を吐いた。
遠くの寮からはまだ笑い声がかすかに響いていたが、彼女の耳にはもう届いていない。頭の中を占めていたのはただ一人
――クィレルだった。
(あの時………スネイプも何か唱えていたんだよなぁ。私の中ではスネイプに注意した方がいい気がするけど……)
シェアトの指が無意識にローブの裾を握る。
ハリーを守るというダンブルドアの言葉を思い返すと同時に、「クィレルに注意せよ」という警告が脳裏に重なる。
(彼は怯えているように見えるけど、何に怯えている?今まで聞いてきた話も信ぴょう性がないし……。もしかして――何かと手を組んでいたりするのかな?)
月光の下、シェアトの白髪が風に揺れ、夜闇に淡く光を散らす。
その横顔は冷たく研ぎ澄まされ、誰も寄せつけない静かな強さを宿していた。
「明日ぐらいにダンブルドアに聞いてみよっと」
冷たい夜風が、彼女の白髪をさらっていった。
孤独な監視者としての決意が、闇に溶け込むように固められていく。
読んでくださりありがとうございます。
◇登場設定解説
・クィディッチ
イギリス発祥で、魔法界で世界的人気を有するスポーツ。
11世紀にイギリスのクィアディッチ湿原で始まったとされている。
2チームに分かれ、クアッフルをゴールに投入して得点を競う。
人気の度合いについては各国によって差がある。
アメリカでは派生スポーツのクォドポットが人気。
アジアでは主要な移動手段が空飛ぶカーペットのため人気がそれほどない(日本は例外)。
1398年に、ザカリアス・マンプスがしっかりとしたルールを定めたとされている。
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