鐘の音が止んだ。
シェアトは、屋敷の中央階段に足をかけたまま、しばし動かずにいた。
──来た。
数時間前のスカウラーの様な気配では無い、なぜなら監視魔法が、二人の魔力を穏やかに受け入れている。前回とは違い、今回は明らかな“了承のもと”で来たということだ。
「……」
扉が勝手に開くことはない。来訪者がどれほど魔法界の権威であろうと、この家では玄関の外で待つ他ない。
数秒ののち、シェアトはゆっくりと階段を下りた。
扉の前まで来ると、彼女は杖も持たずに立ち止まり、軽く手を掲げる。
音もなく、扉が内側へと開いた。
立っていたのは、黒衣の男と、薄緑のローブをまとった女。
「ご機嫌よう、ミス・スペイシャル」
薄緑のローブをまとった魔女が、帽子の庇を指先で押さえながら、静かに微笑んだ。
「こんばんは、どうされましたか?道に迷われましたか?」
シェアトは警戒しながらも、軽く微笑みながら聞く。
「いえ、私たちはあなたに会いに来たのです」
「私に会いに来た?合衆国魔法議会の方ですか?」
先程のルーカスとの会話を思い出す。
「私たちは、イギリスのホグワーツ魔法魔術学校の者です」
ホグワーツ、と聞いてシェアトの眼光が鋭くなる。
本当なら、ここで追い返してしまいたい。しかし何も話を聞かず追い返すわけにもいかない。
シェアトは視線を二人に巡らせ、ひとつ息をついてから小さく呟く。
「どうぞ。寒いでしょう。……お茶くらいは出します」
それは、招き入れるという意思表示だった。
彼女が手を軽く払うと、扉が背後で音もなく閉じ、暖炉の灯る応接間の扉がひとりでに開く。
ホグワーツから来た二人は軽く頭を下げ、ゆっくりと屋敷の中へと足を踏み入れた。
暖炉で薪が燃える音がする。
シェアトは紅茶を出す準備をしていた。
この家には、茶器を運ぶための屋敷しもべ妖精はいない。
元々いたらしいが、シェアトの両親の死後、気づいたらいなくなっていた。
無言で紅茶の葉を計り、空のティーカップに熱湯を浮かべ、香りの膜を整えた。
「どうぞ」
彼女は自分の分だけを持ち、ソファの反対側へと腰を下ろした。
あの二人の前には、すでに魔法で配された紅茶が湯気を立てている。
応接間は広い。だが空気は重い。
なかなか話し始めない二人に痺れを切らし、シェアトは口を開いた。
「それで、ホグワーツの方が何の用でしょう」
「申し遅れました。私は、ミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツで変身術の授業の担当と副校長を務めています」
「我輩は、セブルス・スネイプ。同じくホグワーツで魔法薬学を担当している」
シェアトは内心、驚いた。まさか副校長だとは思ってもいなかった。しかもシェアトは魔法薬学が大の苦手だ。
それでも二人に心情を悟られない様に、無表情を保つ。
「で、ホグワーツの副校長がなぜ来たのです?ここはアメリカですよ」
「今回は、あなたに入学許可証を届けに来ました」
シェアトの目が大きく見開かれる。ありえない。
アメリカの魔法族の子はみんな、マサチューセッツ州にあるイルヴァーモーニー魔法魔術学校に通うことになっている。
転校や、最初から入学することになっているなら別だが、少なくとも、シェアトが去年、確認した時はイルヴァーモーニーに行くことになっていたし、その様な手続きをした覚えも無い。
「え…?何故です?私はイルヴァーモーニーに行くはずですよ。ありえません。何かの手違いではないでしょうか?」
「驚かれるのも無理はありません。ダンブルドア校長がつい最近、行ったものですから」
「君は、ダンブルドア校長の推薦でホグワーツに入学することとなった」
マクゴナガルの言葉をスネイプが継ぐ。
シェアトは目に見えて混乱していた。動揺を隠しきれなかった。
——ダンブルドアの推薦?イルヴァーモーニーは?なぜアイツが校長を務めている学校に通わなければならない?
そう思った時、シェアトの中の動揺が収まりダンブルドアに対する怒りに変わった。
「………申し訳ありませんが、私はダンブルドアのいる学校には行きません」
「……理由を教えていただいても?」
「貴方たちは知っていると思いますが?」
子供とは思えないシェアトの鋭い眼光にマクゴナガルは一瞬たじろぐ。
「……わかりました。今日のあなたとのお話はダンブルドアにしっかりと伝えましょう」
「ありがとうございます。それに、私はこの家を守らなければいけません」
彼女の視線が応接間の窓越しに、雪原の向こうへと向かう。誰もいないが、まるでそこに何かを見ているようだった。
スネイプが口を開く。
「冷静なようで、子供らしい感情も見え隠れするな。
——我々が無理に誘うつもりはないが、君のような頑なさは、時に滑稽に見える」
「子ども?」その一言に、シェアトの指がわずかに動く。
静かに唱えられた魔法は、彼女の中で形を成していた。
空気が変わった。応接間の空間が一瞬、ぴしりと軋むような気配に包まれる。
シェアトは立ち上がり、暖炉の横に置かれた小さな燭台に目をやった。
「だったら、これは“大人の”対応をしてもいいってことね」
指先がわずかに動き、低く呟くような声が空気を震わせる。
《オブリビエイト 忘れよ》
「お帰りください」
その瞬間、シェアトはスネイプとマクゴナガルの記憶をいじり、話を終わらせたことにする。
「っ……!」
スネイプが杖を構えるも、記憶を改ざんされ、なぜ杖を出したのかが理解できず、動けなかった。
マクゴナガルもまた、自分が何をしていたのかを忘れた。
「……どうされました?話は終わりましたよ?」
「そうでしたね。突然押しかけてすいませんでした」
マクゴナガルが混乱しているスネイプを立たせ、屋敷を出ていく。
屋敷の中、シェアトはひとり暖炉の前に立ち、マクゴナガル達が座っていたソファーを見る。
炎の揺らぎの中で、彼女はふと、応接間の扉に向けて話す
「……帰らないで見てたでしょ、ルーカス」
ワイオミング州にある家に帰ったはずの少年、ルーカス・ファランクスは、部屋の奥、廊下へ繋がる扉から姿を現して、彼女の問いに微かに頷いた。
「うん。……本当に、それでよかったの?先生たちにオブリビエイトしてたし……」
ルーカスの声には、彼なりの優しさと不安がにじんでいた。
「彼らに話す価値はなかった。私にとって、言葉より行動の方が伝わるもの」
シェアトは肩をすくめながら、暖炉の前に戻る。
「明日、“あの場所”に向かう。合衆国魔法議会も静かであるはずがないし」
火の揺らぎの中で、彼女の瞳だけが鋭く輝いていた。
暖炉の火が、今度は少しだけ、強くなったように見えた。
木々のざわめきが背後で遠ざかる。深い森を抜け、斜面を下った先に広がる空には、ようやく青が戻りつつあった。
シェアトは足を止めた。
ニューヨーク中心部、ノーマジのビルの影に重なり隠されるように、その建物は存在していた。
高さ241メートル、ゴシック・リヴァイヴァル建築の装飾、そして結界によって揺らめく空間の歪み——
アメリカ合衆国魔法議会、通称《MACUSA》。
北アメリカ大陸全土の魔法コミュニティを統べる統治機構。
スペイシャル家の名を持つ者が、幾度となく足を踏み入れてきた場所であり、同時に、彼女の父が闇祓い局長として働いてきた場所でもある。
「……来たよ、父さん」
誰に聞かせるでもなく呟いた声は、風に攫われて消えていった。
背筋を伸ばす。冷えた空気が肺に入り、腹の底が少しだけ熱を帯びた。
ここから始まる。
この国の魔法界と、ホグワーツ、そして——過去と向き合う物語が。
シェアトは、かすかに眉を上げて微笑むと、堂々とした足取りで、MACUSAへ向かっていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回はいよいよMACUSAの中に入る予定です。
0章は6話ぐらいで構成しようと思っています。ホグワーツ編まで少々お付き合いください。
◇登場設定解説
・MACUSAの所在地
所在地は、ニューヨーク市マンハッタン区のウールワースビル。
ノー・マジ(非魔法族)は建物に入れない魔法結界が施されており、仮に入れたとしてもMACUSAの姿は現れないとされている。
また、ノー・マジが魔法界の存在にどれほど気づいているかを示す、特別な時計が内部に存在する。
・イルヴァーモーニー魔法魔術学校
アメリカにおける魔法使いの教育機関。イギリスのホグワーツに相当する存在。
マサチューセッツ州・グレイロック山に位置する。
全世界の魔法学校の中でも、最も民主的な校風を持つことで知られている。
エリート主義を排し、能力だけでなく人格や多様性を重視する。
創設者は、イゾルト・セイア、チャドウィック・ブート、ウェブスター・ブート、ジェームズ・スチュワードの4名。
寮は以下の4つに分かれる:
ホーンド・サーペント(知性・学問を重視)
ワンプス(肉体・戦士の気質)
サンダーバード(冒険・探究心)
パクワジ(癒し・心の強さ)
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