遠い空の下、ホグワーツへ   作:理由もなく歩く人

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5. 旅立ちの前に

部屋の床に、いくつものトランクが開け放たれていた。

ホグワーツからの入学案内に記された持ち物リストを、ルーカスが片手に読み上げている。

 

「ねえ、制服は全部そろったの?」

「仕立ては終わってる。でも、ローブの内側にちょっと細工を入れたくてね」

 

シェアトは簡易結界用の糸を手にしながら、黒いローブの裏地を撫でた。漆黒の生地が、光に当たってわずかに艶めく。

ルーカスはちらりと彼女を見て、微笑んだ。

 

「ローブにもいろいろ張るとか、やっぱり君らしいよ」

「安全のためっていうより………まあ、癖みたいなものかな。何かが起こるときって、大抵は想定外だから」

「……うーん。なるほど……?」

 

二人の手が止まり、しばしの沈黙が流れる。

 

「えーっと制服は届いたし、教科書は後で届くし、あとは……」

「君の杖ぐらいじゃない?」

「杖か……どこで作ってもらおうかな…」

 

そう言った時、書斎の扉が開いた。

出てきたのは長身で黒髪のショートカットの女性。

 

「お邪魔しまーす。教科書のお届け物です」

「こんにちは、ステラさん。一昨日頼んだばかりなのに、もう届いたんですね」

「ホグワーツに連絡したらすぐに届いたんだよ。向こうが勝手に用意していたらしいね。」

 

シェアトが教科書を確認していると、ステラが思い出した様に言う。

 

「そういえば、ホグワーツって杖が必要じゃなかった?」

「ちょうど、その話をしていたんですよ」

「なら、私の杖を買ったところにすれば?」

 

彼女はローブのポケットから深緑の杖を取り出す。

杖を見たシェアトが面倒くさそうに言う。

 

「杖なんて無くても魔法は使えるのに……」

「仕方ないでしょ。イギリスは杖あり魔法が主流なんだから」

 

教科書を読んでいたルーカスが顔を上げ、言う。

 

「で、ステラはその杖をどこで買ったの?」

「ニューオーリンズにある、ヴァレズ・ワンドメーカーだよ」

「え?遠くない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーカス達と荷造りをした次の日、シェアトはルイジアナ州ニューオーリンズの郊外に来ていた。

 

「やっと着いた……」

 

顔に疲労の色が浮かぶシェアトは、目の前の古い一軒家を見る。

 

「本当にここで買えるのかなぁ……」

 

そう言いながらも、扉を開け、中に入る。

扉の奥に進めば、時を吸い込んだような静謐さと共に、白銀の髪を編み込んだ老婦人

――ヴァイオレッタ・ボーヴァが座っている。

 

「おや……これはこれは、スペイシャル家のお嬢さんとは。長旅、大変でしたでしょう」

 

かなりの高齢に見えるがその背筋は曲がっておらず、魔力の芯を見透かすような瞳には、職人としての誇りが滲んでいる。

 

「杖が必要だと、ロックウッドさんから聞いていますよ」

 

シェアトは頷いた。

 

「はい。……これまでは杖を使わずにやってきましたが、ホグワーツに行く以上、それも限界かと」

「なるほど。あなたのような魔力の持ち主なら、杖の方からあなたを選びにくるでしょうね。素材は、すでに私の方で選んでおきました」

 

ヴァイオレッタが工房の奥から取り出したのは、黒く輝く細長い箱だった。その蓋が開かれたとき、空気が一瞬震えたように感じた。

 

「芯はルージュウルフの毛――知ってるでしょう? あの北部山岳に棲む、幻獣の中でも最も好戦的で孤高な種。扱いは難しいが……それだけ、あなたのような者にはふさわしい」

「……随分と、猛々しいものを選んでくれましたね」

「あなたの魔力は優雅で精密なように見えて、根底には"牙"がある。そこを無視して杖を作っては、ただの飾りになる。――そして木材には、ブラックウォールナット。精神の深さと直感の鋭さに反応する木です」

 

シェアトは、そっとその杖を手に取った。

 

長さは10インチ半(約27cm)ほど、細身で軽やか。見た目は黒曜石のような黒を基調としているが、光にかざすと、ほんのりと紫がかった輝きが浮かび上がる。まるで、星の瞬きを閉じ込めたような、深い闇夜の杖だった。

 

「………綺麗」

 

自然と、言葉が漏れる。

 

「色はダークパープルブラック。光を吸って、星のように返す。まさにあなたに選ばれるために生まれてきた一本だと、私は思いますよ」

 

シェアトが試しに杖を振ると、先からふっと風が吹いた。小さな紙片が床から浮かび上がる。

 

「やっぱり、この子で正解でしたね」

 

ヴァイオレッタは微笑み、箱の蓋を閉じる。

 

「正式な登録は済ませておきます。ホグワーツでは"杖がなければ魔法が使えない"と信じている子も多いでしょうが、あなたはその前提を破ってもいい。ただ、これは"枷"ではなく、あなたの"相棒"です」

 

シェアトは静かに、しかししっかりと頷いた。

 

「私の力を証明するために使うんじゃない。……自分を制御するために、必要だと、思っています」

「それでこそ一流ですわ」

 

そのやりとりのあと、シェアトは店を出た。外はすでに日が傾き、夕陽がシェアトの姿を赤く染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり〜。遅かったね〜」

「何キロ移動したと思いますか?」

 

シェアトが屋敷に戻った頃、ステラとルーカスは夕食を食べていた。

シェアトは箒を乱暴に置き、違和感を感じてテーブルの上を見渡す。

 

「あれ?私の夕食は?」

「「あ……」」

「その反応は作っていませんね、ステラさん。この屋敷の持ち主をご存知ありませんか?」

「いや…これは…、その……今から作るから!!」

 

シェアトの目に浮かぶ炎を見たステラは急いでキッチンに走っていった。

 

「えっと……杖は出来た?」

「もちろん、あなた達が“夕食”を作っている間にね」

「それは悪かったって……。で、どんな杖?」

 

シェアトはコートのポケットから黒く輝く杖を取り出す。

 

「綺麗な杖だね」

「想像よりも良かったから気に入ってるんだよね」

 

2人で杖を眺めていると、ステラがキッチンから出てくる。

 

「忘れててごめんね。はい、シェアトの分」

 

そう言い、テーブルの上にスープ、パン、サラダを置いていく。

夕食を見たシェアトは目を輝かせると、椅子に座る。

 

「いただきます」

「召し上がれ」

 

久しぶりに賑やかな夕食を食べるシェアトは、心から楽しそうな笑みを浮かべ、スープをすすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潮の香りと軽く目が回る感覚がする。

 

「ほら、着いたよ」

 

ステラの声が聞こえ、シェアトは目を開ける。

目の前に広がるのは、広大な海。

 

「うわぁ……!海、久しぶりに見たなぁ」

 

ルーカスが懐かしそうに目を細める。

シェアト、ルーカスの2人は、ステラに連れられてマサチューセッツ州ボストン湾に来ていた。

なぜなら、イギリスに行くための船に乗るからだ。

 

「さぁ、あと10分で船が出るよ」

「本当!?急がないと!!」

「ルーカス、君がシェアトをイギリスまで送るんだからね」

「わかってるよ!でも、急がないと!」

 

2人は急いで船に乗り込み、船のデッキに立つ。

 

「シェアト!いってらっしゃい!」

 

ステラが大きく手を振る。

それに応える様にシェアトも手を振りながら、

 

「いってきます!!」

 

と、大きな声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボストンのビル群が小さくなっていく。

潮風を感じながら、シェアトは水平線を眺める。

 

「緊張してる?」

 

ルーカスがホットココアを片手に話しかける。

 

「いや、全然だよ」

「君らしいね」

 

ルーカスが笑う。

シェアトも潮風に揺られる白い髪を押さえながら、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一本の航路が、波に揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくださりありがとうございます。
次回投稿する6話が終わり次第、ホグワーツ編に入っていきます。
もう少々お付き合いください。


◇登場設定解説

・ヴァイオレッタ・ボーヴァ
旧Potter more(現Harry Potter.com)に記載されていたニューオーリンズ出身の女性職人。
現在は記載されていない。
芯に「ルージュウルフの毛(架空の狼)」を使う。

・ニューハンプシャー州からルイジアナ州ニューオーリンズまで
直線距離で約2,200 km(約1,370マイル)
飛行機で5時間、車で25時間、歩きで579時間(24日)
シェアトは姿あらわしと箒で約3時間

・ブラックウォールナット
黒クルミ。
通常のクルミよりも渋みが強く、抗酸化成分が豊富。


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