遠い空の下、ホグワーツへ   作:理由もなく歩く人

6 / 17
6. 境界を越えて

 

薄い朝靄のなか、甲板に立つシェアトは、灰色の海を見つめていた。

風は強くなかったが、潮の匂いが鼻を刺す。

彼女のすぐ横には、黒いコートのフードを被ったルーカスがいた。

 

「……この海の向こうにあるんだね。ホグワーツは」

 

ルーカスの言葉に、シェアトは無言で頷いた。

ここまで来ても、どこか現実味がなかった。

長い歴史と偏見に満ちた魔法の学び舎。

そこに、アメリカの純血として足を踏み入れることの重さが、ようやく胸に落ち始めていた。

 

だが、迷いはない。あの男――ダンブルドアに言葉を投げつけた時から、彼女の進む道はもう、定まっている。

 

 

波が砕ける音を背に、二人は静かに甲板を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドンに入る頃には、朝日が街全体を包んでいた。

二人は一度、小さな宿に立ち寄り、ホグワーツへの最終準備を整えた。

 

「そういえば、ハリー・ポッターもシェアトと一緒に今年、ホグワーツに入学するらしいよ」

「ハリー・ポッター……?エイブラハム・ポッターの子孫?親戚?」

「まぁ、確かに同じポッターで血は繋がっているかも知れないけれど。ハリー・ポッターは例のあの人を倒して、生き残ったらしい」

 

ハリー・ポッターという人物が初耳のシェアトは、信じられないといった表情になった。

その表情に軽く笑いながら、ルーカスは続ける。

 

「噂によると、死の呪いを跳ね返したっぽい」

「え!?死の呪いを!?どんな呪文を使ったの?」

「僕はハリー・ポッターじゃない。本人に聞いてみればいいじゃん」

 

そんな会話をしながら、宿を出た。

 

 

 

 

 

 

朝日が差し込むロンドンの空の下、シェアトは黒いトランクを引きながら、ルーカスとともにキングズ・クロス駅の外れに立っていた。

時刻は午前十時を少し過ぎた頃。周囲には人の波。だが魔法使いである彼らの歩みは、9と3/4番線という"境界"に向けてまっすぐだった。

 

「本当に行くんだね、シェアト」

 

ルーカスがそう呟いた。黒いコートの襟を片手で押さえながら、彼はまっすぐシェアトの目を見た。

 

「うん。もう決まったことだよ」

 

即答する彼女の声音は冷静で揺らぎがない。

それでも、ルーカスの目には、その奥に隠された戸惑いの影がわずかに見えていた。

 

「心配なんだ。あんな会合のあとで、君がひとりホグワーツに行くのがさ」

「ひとりじゃないよ。寮で仲間も出来るだろうし、なにより……」

 

彼女は一瞬言葉を止め、トランクの取っ手をぎゅっと握り直す。

 

「——私には、目的があるから」

 

ルーカスはそれ以上、何も言わなかった。ただ無言のまま、ポケットから何かを取り出し、シェアトに差し出した。

 

それは、灰色の石に魔法陣が刻まれた護符だった。

 

「これは……?」

「特注の連絡用の石だよ。非常用のポートキーにもなる。何かあったら、迷わず使って」

「……ありがとう、ルーカス」

 

小さく、だが確かに笑みを浮かべて、シェアトはそれを受け取った。

彼女は一歩、壁に向かって進み——そして迷いなく、9と10番線の柱へ駆け出した。瞬間、姿が霧のように消える。

 

 

残されたルーカスは、柱をじっと見つめたまま、深く呼吸を吐いた。

 

「……気をつけて、シェアト」

 

その声は、彼女には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒸気が立ちこめる9と3/4番線。赤く輝くホグワーツ特急の車体は、まるで魔法の象徴のように誇らしげに線路上に鎮座していた。

 

大きなトランクを引きながら、シェアトはゆっくりと車両へと歩を進めた。

 

車両の前面には、金色で「HOGWARTS EXPRESS」の文字。その下を、家族連れの生徒たちが笑いながら通り過ぎていく。

 

そんな中に一人、誰とも会話をしていない少女がいた。

 

シェアト・スペイシャル。

 

黒いコートの下に、仕立ての良い制服。左手には、ヴァイオレッタから授かったばかりの杖——ブラックウォールナットとルージュウルフの毛から成る、深紫の艶が、ほの暗い異質さを宿しているその杖は、彼女の来歴を無言で物語っているようだった。

 

彼女は空席を見つけて静かに座ると、窓の外をじっと見つめた。

 

汽笛が鳴る。

 

高らかに、どこか懐かしくもあり、不安を吹き飛ばすような音。

そして列車がゆっくりと動き出す。

 

窓の外、向こうに、ルーカスの姿が見えた。

 

彼は口を動かした——声は聞こえなかったが、確かに「またね」と言っていた。

シェアトは、軽く片手を上げて応えた。

 

ホグワーツへの旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法と過去と、そして自分の宿命を見つめるための、第一歩が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
登場人物設定を挟んでからホグワーツ編に入っていきます。


◇登場設定解説

・ エイブラハム・ポッター
MACUSAの初代闇祓い12人の内の一人。
アメリカの魔法使いであるが、ハリー・ポッターの遠い親戚であることが確認されている。
高齢になる前に亡くなっており、おそらく任務中に殉職したと思われる。


感想などお待ちしております!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。