遠い空の下、ホグワーツへ   作:理由もなく歩く人

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8. 自由と誇りの選択

 

黒い湖面を切り裂くように、船が岸に着いた。

木製の船腹が石積みの岸壁にぶつかり、低い音を立てる。

湖を渡る間に肌へまとわりついていた冷気は、陸に上がるとさらに鋭さを増した。

 

シェアトは、足元の水面がわずかに揺れる感覚を残したまま、慎重に船から降りた。

周囲では新入生たちがよろめきながら笑い合い、転びそうになっては声を上げている。

だが彼女は目もくれず、背筋を伸ばして列の最後尾に加わった。

夜の空気は冷たく、湖面から漂う霧が足元にまとわりつく。

 

目の前には、灰色の城壁がそびえ立っていた。

湖上から見た姿も十分に大きかったが、間近で仰ぐと、その古さと質量が胸に圧し掛かってくる。

切り立った石の外壁は夜に溶け込み、窓から漏れる灯りだけが生の気配を伝えていた。

 

岸から城門までは石畳の小道が続き、両脇には苔むした岩と低木が並んでいる。

先導する森番の背中を追いながら、彼女たちはゆっくりと坂を登る。

足音と衣擦れの音が冷たい夜気に規則正しく響く。

 

やがて大きな木製の扉が現れる。金具は黒ずみ、厚い板には幾筋もの傷が刻まれていた。

森番が扉を押し開けると、石造りの広間が姿を現した。

外気よりは暖かいが、古城特有の冷たさが漂う。

天井は高く、壁には松明の火が揺れていた。

 

そこには、アメリカで追い返したあの人物が立っていた。

深緑のローブをきっちり着こなしたミネルバ・マクゴナガルだ。

彼女は新入生たちを一瞥すると、はっきりとした声で告げる。

 

「今からあなたたちは、大広間へ入り、組み分けを受けます」

 

説明は簡潔だった。

ホグワーツには四つの寮があり、性格や資質によって分けられること。

寮は、これから七年間の生活の場であり、家族のような存在になる──

 

生徒たちの間に、小さなどよめきが走る。

帽子が喋るだとか、選ばれた寮で人生が決まるだとか、そんな噂が耳打ちされる。

シェアトも周りの話に軽く耳を傾けていた。

マクゴナガルの先導で廊下を進む。

 

足元の絨毯が靴音を吸い、遠くのざわめきが近づく。

角を曲がると、両開きの扉が視界を塞いだ。向こうには暖かな光と無数の声が溢れている。

扉が押し開けられると、巨大な大広間が広がった。

 

四本の長いテーブルが縦に並び、無数の蝋燭が宙に浮かぶ。

天井は夜空そのものを映し、星が瞬き、雲がゆっくり流れている。

息を呑む声が左右から上がる。

 

シェアトは淡々と歩を進め、奥の教師陣と、中央の椅子に置かれた古びた帽子を視界に入れた。

 

──これが、組み分け帽子。

 

帽子が口を開き、裂け目から低い声が響く。

歌が始まり、四つの寮の特徴が語られる。

シェアトは歌詞よりも、声の質と響き方に意識を向けた。頭の中に直接響くような、不思議な感覚。

 

歌が終わると、最初の名前が呼ばれる。

椅子に座った生徒の頭に帽子が載せられ、寮の名が宣言される。

 

名前が呼ばれるたび、歓声や拍手が上がり、生徒たちは席へ向かう。

やがて──

 

「スペイシャル、シェアト」

 

澄んだ声が響き、彼女はゆっくり椅子に腰掛け、帽子をかぶった。

視線が一斉に自分に向けられる。

心の奥で、ほんの少しだけ背筋が緊張する。

帽子の低い声が脳内に響いた。

 

『ほう……珍しい。アメリカの古い家系か。自由と誇りを強く抱いておる……だが、それだけではないな。冷静で計算高い面もある』

(本当に頭の中に話しかけてくる……)

『もちろん、話している内容は他には聞こえない。……なるほど、君の居たアメリカ魔法界はマグルと関わらない法があるな』

 

アメリカ魔法界では、ラパポート法によりノー・マジとは必要最低限の関わりを持つことしかできない。

それに魔法族を根絶やしにする事を掲げる組織もある。

 

(その通りです。ですがイギリスのノー・マジはアメリカと違うと思っています)

 

『もちろんだとも。イギリスにはアメリカのような敵対的なマグルはいない』

(それを聞いて安心しました)

 

『では、君がどこの寮が合うか決めよう』

(先程の四つの寮の中で私に合うところは?)

 

『群れるのが好きではなさそうだね。レイブンクローはどうだ?』

(別に群れても良いとは思っていますが………勉強は好きではありませんね)

 

帽子が愉快そうに笑った。

 

『ならば………残るはスリザリンしかないな。誇り、血統の重みを知る者として』

(確かにそうですね。どのような雰囲気の寮かわかりませんが)

 

『決まりだ。君ならスリザリンを利用し、変えることもできるだろう』

(わかりました。では、スリザリンで)

 

「スリザリン!」

 

拍手と口笛が上がる。

シェアトは表情を変えず席へ向かい、空いている場所に腰を下ろした。

 

「ようこそ、スリザリンへ」

 

向かいの上級生が笑みを見せ、その隣では金髪の少年──ドラコ・マルフォイが興味深げに見つめる。

 

「汽車で会ったね。覚えているかい?」

「もちろん。イギリスの純血、マルフォイ家でしょ」

「その通り。僕の家は聖28一族のマルフォイ家だ。ところで君は純血?半純血?それともマグル生まれ?」

 

シェアトは肩をすくめる。

 

「イギリスじゃないけど、アメリカの純血。五大家は知ってる?」

「五大家?父上が言ってたな。アメリカ魔法界には古い5つの名家があると。でも、なぜホグワーツに?」

 

シェアトは視線をダンブルドアに向け、淡々と答えた。

 

「……あの老人のせいだ」

 

ドラコは納得したようにうなずく。

 

「スリザリンは血統を重んじる。君なら居心地は悪くない」

 

 

 

 

食事が並ぶ。ローストビーフ、ハーブポテト、蒸し立てのパン。香りに思わず胃が反応する。

シェアトも静かにフォークを取り、肉を切り分ける。柔らかな感触と肉汁が口に広がり、少しだけ頬が緩む。

──こういう時は、国の違いも忘れられる。

 

皿を半分ほど平らげると、銀の皿は静かに消え、代わりに色鮮やかなデザートが並ぶ。

深紅のゼリー、ふわふわスポンジケーキ、濃いホットチョコレート。

甘い香りに包まれ、カップを口元へ運ぶ。

 

食事が終わると、ダンブルドアが立ち上がり、銀の髭を揺らして両手を広げた。

 

「さて、新学期の始まりを祝い、恒例の校歌といこう!」

 

金色の文字が天井に浮かび上がり、ホグワーツの校歌が始まる。

曲調はバラバラで、泣きそうなほど感情を込める者、早口で歌う者もいる。

シェアトは両隣の小声に合わせて口を動かすが、思わず苦笑いをこらえた。

 

しばらくして、各寮の寮監が立ち上がる。

スリザリン席の奥、黒衣のスネイプが冷ややかに告げる。

 

「一年生は私についてこい」

 

背筋が自然に伸びる声の力に、シェアトも周囲の一年生と共に席を立った。

大広間を抜け、石造りの階段を下り、湿った空気の漂う地下通路へ。

松明の明かりが揺れ、足音が石の床に反響する。

やがてスネイプは立ち止まり、監督生に視線を向けた。

 

「ここからはお前に任せる」

「はい、教授」

 

監督生の声に頷き、一年生たちを案内する。

薄暗い廊下の突き当たり、石壁の前で合言葉を告げると、壁が静かに裂け、光が漏れ出した。

 

「ようこそ、スリザリン寮へ」

 

暗い水底を思わせる空気の中、シェアトは一歩を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光に照らされ、影が少し濃く伸びる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくださりありがとうございます。


◇登場設定解説

・ラパポート法
合衆国魔法議会第15代議長エミリー・ラパポートが制定した、魔法界とノー・マジ社会を完全に隔離する法律。
ある魔女がノー・マジの男に惚れ込み、MACUSAの拠点やイルヴァーモーニーの所在地を教えてしまったことで、MACUSA襲撃の一歩手前まで来てしまった。
ラパポート法によりMACUSAは秘密主義になり、魔法族がノー・マジに敵意すら向けるようになってしまった。

・新セーレム救世軍
(New Salem Philanthropic Society)
アメリカの狂信的なノー・マジの組織。
魔法使いと魔女の糾弾および根絶を目的としている。
MACUSA設立のきっかけになったセーレム魔女裁判を起こしたのは新セーレム救世軍の前身の組織。

・案内するスネイプ
原作では描写自体はほとんど省略されているが、スネイプが案内しているらしい。
ただし、彼がずっと付きっきりで説明するというよりは、最初に食堂で軽く挨拶し、寮まで案内した後は監督生に引き継ぐ、という流れ。


評価、感想をくださった方々、ありがとうございます。
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