私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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1.私より大きい妹が来た。

 

 四月七日。

 新学期の始まった日の、次の日。

 色々とバタバタしていて忙しいこの日に、それはあった。

 やけににこにこしたお父さんと、お父さんと同じ会社に勤めている女性。玄関に立っていたその二人をみてなんとなくは察したけれど、自分から声をかける気になれなくて、何も言わずに自室へ戻った。

 離婚。お父さんにとってそれがどれほどの重みを持っているものだったのかはわからない。

 ただ、私にとってはかなりヘビーなことだった。だって私は、お母さんのことも大好きだったから。

 もちろんお父さんのことも大好きだから、どちらかを選べと言われたら、多分何年も迷ってしまうことだろう。それくらい大好きな二人が離婚して……その傷も癒えぬままに、女の人を連れてきた。

 

 わかっている。お父さんが私を安心させたがっていたことも。彼自身が酷く憔悴していたことも。

 でも……心の整理はつかないものだ。もう吹っ切ったのかと、見当違いな怒りさえ湧いてくるほどに。

 

「由佳……鍵を開けてはくれないか」

「嫌」

「……そうか」

 

 ドア越しのお父さんの声。私を心配しているのがわかる声だけど、今はまともに顔を見る勇気がない。

 酷いことを言ってしまいそうだし。

 酷い顔を、してしまいそうだから。

 

 

 現実を忘れるために勉強をして、数時間。

 流石に。……流石に、催してきた。

 それに、ご飯を作らないと。女性を連れて帰ってきたとはいえ、お父さんは今日、普通に仕事だったはずだし。

 

 ……意気地なし。意固地になっている。わかっている。

 離婚も再婚も、多分、そう珍しいことじゃあない。ただ私がよわっちぃだけ。

 

 出よう。部屋から出て、現実と向き合うんだ。

 

 決心をして……鍵を外して、ドアノブを引いて、扉を開けて。

 

 そこに、背の高い女の子がいた。

 

「──」

「ぅあ……」

 

 ばたむ。

 ……えっと。

 うん、今の子は、なんだろう。知らない。

 えっと。

 うん? お父さんの連れてきた女性、じゃない。というか明らかに同年代くらいだったし。

 ただ私より背が高くて、その、ギャルギャルしてるっていうか、髪とか明るい金髪だったし、爪とか凄いデコデコしてたし。目も、カラコンかな。引き込まれるような翠で……。

 

 現実感がない、というか。

 この家に似合わない、というか。

 

 ドアノブが回る。

 

「ひっ……」

 

 ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 ドアノブは何度か回りかけて、そのたびに諦める。いやだってそこ、鍵がかかっていますので、あの。

 幾度かのトライのあと、ようやく大人しくなったドアノブさん。

 ほっと一息を吐く……間もなく。

 

 ノックノックノック。

 ドアノブほど乱暴じゃないけど、しっかりとした意思を以てのノックがあった。

 でも、ノックだけ。声の類はない。

 えっと……ホラー? さっき見たのは八尺様だったりする? じゃあこれは、メリーさんとかそういう類?

 

 なんとなく。

 ノックを、返してみる。

 ……ピタリと止むノック音。

 ははぁ。さてはぬりかべ方式。ぬりかべさんぬりかべさん、お通りください。

 

「あの」

「は、はひ!」

 

 しまった。返事をしてしまった。

 このまま名前を呼ばれたら、瓢箪に封印されてしまうかもしれない。

 

「開けて……ください」

「あ、いや、……えっと」

「挨拶、したくて。お願い……お願いします」

 

 そこでようやく……緊張が伝わってきた。

 あの、どこに出ても〝自分〟を貫いていけそうな少女が、緊張している。ううん……怖がっている、ような。

 

 落ち着け私。そもそも初対面の相手を妖怪扱いとか、失礼にも程がある。

 かわいい女の子になるための目標その一。由佳はちゃんとできる子なんだから、前だけじゃなく、ちょっとだけ上も見なさい。

 ……お母さんの言葉だ。ああ、こんな時にまでお母さんの言葉を思い出すなんてナイーブにも程があるけれど……うん。

 

 鍵を、開ける。

 

「……」

 

 先程までのドアガチャに反して、無理矢理入ってくる様子はない。

 開けてもらわないと入れない……まさか吸血鬼。

 そうじゃなくて。

 

 恐る恐る、ドアを引く。

 正面に見えたのは、ウチのブレザー。だからもう少し目線を上げると……あの輝かしい顔と、ばっちり目が合った。

 

 ドアを閉じそうになる手を抑えつけて、逆に開き切る。

 全身。癖毛なのかかけているのかはわからないけど、毛先のくるくるした金髪。四月にしては小麦色な肌。翠の目と、ウチの家系ではまず見ない釣り目。

 勝気とか怖いとか初対面の人には思われるんだろうなぁ、なんて思えるその目は、けれどやっぱりどこか怯えている。

 

「えっと……?」

「……ぃ」

「そ、そのー……?」

 

 無言。ええっとあの、挨拶、でしたっけ? そもそもなんの挨拶?

 大丈夫……かな? 怯えているのか緊張しているのか、目が合ったきり一言も話さない女の子。

 これは……これは、どうしたらいいんだろう。

 挨拶。えっと、じゃあ。

 

「私の名前は、振原由佳。……あなたは?」

「っ、あっ、ご、ごめん……じゃなかった、ごめんなさい! あたしは的形いのり……じゃない、これも、じゃないんだった。その、だから」

 

 突然大きな声を出して、突然わたわたしはじめて。

 ……人というのは、自分より緊張している人間が目の前にいると、自然と落ち着いていくものである。相対的安心感。あるいは社会的比較理論……はちょっと違うか。

 

 だからまぁ。

 

「落ち着いて。いのりちゃん……でいいのかな。大丈夫……多分。ここは私の家で、その……怖い人は、いないはず? だよ?」

 

 落ち着かせる時に多分とかはずとか疑問符とかを用いるべきではないというのは、本当にそう。

 いやでも、何に怯えているのかわからないなって思っちゃって。もしこの子が何か幽霊とか見える系だったら適当なこと言えないなとか思っちゃって。

 

 あ、あとできることは。

 ……ちょっと馴れ馴れしいかもだけど、ぎゅ、と。

 手を握ってみた。

 

 紅潮する頬。私じゃなく、いのりちゃんの。

 これはマズったか。すぐに離す。……昨今、同年代の同性でもセクハラはセクハラと。

 

「あっ……。……あの、はい。落ち着きました。その」

「うん」

「的形じゃなくて……今日から、振原いのり、です」

「うん?」

 

 ん……うん?

 うんうん。

 いやー。

 

「えっと、それウチの制服だよね。でもいのりちゃんのことは見たことないから……あ、もしかして先輩だったりする?」

「あ、案外受け入れ早い……?」

「受け入れたっていうか、これは現実逃避のために話題を振って処理を引き延ばしてるだけだから」

「そうなんだ……。そこまで明け透けなのもびっくりだけど……」

 

 いやいや。まぁ、そこまで察しの悪い性格のつもりはないから。

 お父さんが女性を連れてきた時点であの人が……。……新しい、お母さん、なのは、まぁ、理解しているし。それと同タイミングで現れた少女とくれば、連れ子なんだろうなぁ、くらいは一瞬でわかる。

 わかるけど、受け入れが難しいだけ。

 

「あ、で、その……あたし、一年生です」

「……へ」

「だから、由佳さん……は、あたしのお姉ちゃんになる……の、かな?」

 

 毛先を指でいじいじやって、私より高い背で、でも俯いて上目遣いで。

 いのりちゃんは、そんなことを宣った。

 

 

 的形しおりさん。そして、的形いのりちゃん。

 二人の名前がそうであると紹介したのはお父さんだ。にこにこしているお父さんは……嘘偽りのない笑顔であるけど、細心の注意を払っている、というように見える。

 しおりさんも唇を噛んでいて、いのりちゃんは時折ぱくぱく口を開いては閉じるを繰り返す。

 そんな雰囲気にしている原因は、まぁ、勿論私なのだろう。

 

 いやだって。

 警戒……じゃないけど、借りてきた猫くらいにはなりますよ。お父さんは的形家に何度か出入りしていたらしいんだけど、私は初対面も初対面なので。

 

 だからその、自分でも意地悪だと思うし、最低だな、とは思ったけど……多分「手伝う」って言ってくれようとしているんだろうな、という様相のしおりさんを無視する形で、夕飯を全て作ってしまった。

 作ったと言っても手の込んだものじゃあない。昨日のうちに作り置きしておいたものの大半が使えなくなった──当然二人分しかないので──ので、丁度あった鶏肉ミンチで作ったつくねハンバーグだ。しそとチーズを添えて。プラスしてお味噌汁と白米。

 それを出して、そそくさと一人で「いただきます」まで言ってしまった。

 

 ふう。

 

 私、嫌なやつ過ぎない?

 

「あ……っと。しおりさん、いのりちゃんも。た、食べようか。由佳のご飯は美味しいから、きっと気に入ると思う」

「ええ……とってもおいしそう。うちでは、こういう手の込んだ料理は、出ないものね」

「い、言われたら作るよ? あたしだって料理は勉強してたし。ただ……発想が、その」

「ふふふ、いいのよ。そうやって頑張ってくれるだけで嬉しかったから」

 

 し、幸せ親子……。

 大丈夫なのお父さん。その、あんまり口出したくはないけど、お父さんとの結婚のせいで……この二人が不幸になったり、この幸せが引き裂かれたりしないの。

 多分、というかほぼ百私のせいで。

 

 三人の重なる「いただきます」の声。一応会釈だけ返す。

 ……ヤなやつ~!

 

「美味しい! ママこれ、美味しい……って、あ」

「ふふ、嬉しいのはわかったから、もう少し声を抑えなさい。もう暗いのだから、ね」

「ご、ごめんなさい!」

「いやいや、元気なのは良いことだよ。それに、そうやって美味しいものを美味しいと言ってくれると、僕たちの心も温かくなる。そうだろう、由佳」

「……」

 

 また会釈だけ。

 う、うう。

 わかってる。この二人は警戒する意味のない二人だって頭では理解できている。

 

 でも……なんでここにお母さんがいないの、って。

 

 高校生にもなって、そんなことを考えてしまうのだ。

 

 

 夜。お風呂後、火照った身体を冷ましながらのベッド。

 湯冷ましをしたらもう一度勉強だ。新学期だからって春休みを引き摺っていては、あっという間に置いていかれる。

 

 いのりちゃんは。

 ……お母さんの部屋を、使うらしい。

 

 仰向けになって天井を見つめること十数分。

 反省とか後悔とか色々出てくるけど、それはお風呂の中でもぶくぶくと泡に帰したことだから。

 悔恨だらけの人魚姫はお風呂に置いてきた。ここにいるのは心機一転、唐突に姉になった私──。

 

 ノックノックノック。

 それはもうビクッとしてしまったのは内緒だ。ヘンな声が出なくてよかった。

 

 あー。

 多分お父さんじゃない。お父さんは……私の機嫌が悪い時は、私が自分を見つめ直して出てくるまで待ってくれるタイプだから。

 でも、あの二人は違うんだろう。多分、ギスギスしているのが嫌……なのかな。

 いや、ギスギスしているのは私だけで、あの三人の家族仲は良好らしいんだけど。

 

 ……家族仲。

 ちょっとちょっと、独白で傷ついてどうするんだ私。

 

「あ、あの……お姉、ちゃん」

「う゛」

 

 しまった、結局変な声が出てしまった。

 VじゃなくてWの発音だ。いやそんなことはどうでもよくて。

 

「な……なに」

「言いたいことがあって……だから、ここ開けて、ほしくて」

「ドア越しじゃダメ……なの」

 

 さっきは関係性を理解しきっていなかったからスラスラ出ていた言葉も、はっきりとしてしまった今は詰まってしまう。

 いやだって。

 妹とか、姉とか。急に言われても。

 

「うん……面と向かって話したい」

 

 なんてパワーのある言葉だろう。その言葉、思うことはあっても誰かに告げるものではないと思っていた。

 いや、うん

 断る理由はない……から、鍵を開ける。

 ……また、ドアが無理矢理開けられる、ということはない。だから恐る恐るノブを引いて……正面に、押し上げられた白Tがあった。

 え゛。

 あの……一年生と。あの。私の何倍……あの。

 というか着痩せが過ぎる。ブレザーの時はスレンダーな子に見えていたのに、なんという……。

 

「お姉……ちゃん」

「あ……っと、いのり……ちゃん?」

「お姉、ちゃん」

「う、うん。いのりちゃん……?」

「お姉ちゃん」

「えと、あの、なにかな。その」

 

 繰り返すことに三度。なんだろう、何か召喚する気なのだろうか。

 

「──抱きしめても、良いですか」

「へ?」

「あ、違っ、じゃなくて、じゃなくて!」

「う、うん。いいよ、落ち着いて」

 

 他人が焦っていると以下略。

 この子、こんなギャルギャルしてるのに、もしや私達と同じ側なのだろうか。

 高校デビューでこんな派手派手にしただけとか……。

 

「その……まず、ごめんなさい」

「謝罪? なにに?」

「……あたしたちが来たから、お姉ちゃんの生活が、壊れちゃった、から」

 

 ……んー。

 ここですぐに「そんなの気にしないでいいよとか」「気にしてないよ」とか。

 言えない、のがなぁ。

 

 だって、私は、そう思っちゃっているし。

 お母さんがいなくなった悲しみはあっても、お父さんと二人で……いつか二人の仲が戻って、みたいなことまで考えていたところに……別の人と再婚、だなんて。

 

 でも。

 

「それ、いのりちゃんが謝ることじゃないでしょ。……じゃあ誰がって言われると難しいけど」

 

 別にしおりさんに謝ってほしいわけでもお父さんに謝ってほしいわけでもない。

 ああ、本当に面倒臭い女だな、振原由佳。

 

「……」

「あー……」

 

 俯いてしまったいのりちゃん。あ、いや、言い方キツかった……か。

 わ、わからないな。年下の子って全然接してこなかったから。

 

「どうしたら……いいですか」

「……なにが?」

「あたし、お姉ちゃんと、お父さんと、もっと仲良く……家族になりたくて。だから、言われたこと全部やるから、だから、その」

 

 わかる。多分この子は良い子なんだろう。

 そして、だからこそ……ダメだ。

 言われたことをやるとか、言わないでほしい。

 それを言われると、一番酷い言葉を吐きたくなる。

 

「普通で良くない? 別に……嫌がらせとかしないよ。夕飯の時は、私がダメだった。これからは挨拶も返すし、その……会話もちゃんとするから。それじゃダメ?」

「ダメ!」

 

 ダメらしい。あといちいち大きい声を出す子だな。

 でも、何がダメなんだろう。私は──。

 

 ぎゅ、と。

 抱きしめられる。

 

 ……ぅんぃぇ?

 

「ごめん、嘘吐いた! あたし、お姉ちゃんが大好き! 家族になりたいのは勿論本当なんだけど、あたしはお姉ちゃんと仲良くなりたいから……そんな居候同士、みたいな距離感、嫌だから……!」

「あっと、えっと、うわ力つよ」

 

 ぜ、全然引き剥がせない。

 春先とはいえお互いお風呂上りだから暑いって。あと……大きいって。

 

「とりあえず離れて、あと声小さくして」

「やだ!」

「やだて。……離れてくれないと」

 

 嫌いになっちゃうよ、なんて脅し文句を言おうとして……やめた。

 それは最低の文句過ぎる。それは多分、越えちゃいけない一線。

 

「はぁ。わかったわかった」

「わかってない!」

「まだ何も言ってないじゃん……」

 

 気のせい……でなければ、声に涙が混じっていたような。

 えぇ……泣いてるの? 情緒不安定過ぎない?

 

 泣かれると……泣かれると、流石に弱いなぁ。

 

「ちょっと、こっち」

「え……わ、と、ととっ!」

 

 別に身長が低くたって、背負う感じで誘導すれば動かせる。

 そうやっていのりちゃんを引っ張って……どすんとベッドへ倒れ込んだ。

 未だ疑問符をぴょこぴょこ浮かべているいのりちゃん。その頬をぎゅむっと掴んで潰して。

 

「泣き止んで」

「へ……へほ」

「泣き落としはずるい。……で、初対面で、いきなり家族は……どうやったって無理。私には私の心の整理があるから、無理矢理こじ開けられても引っ込んじゃうだけ」

「ひゅ、う」

「……でも、気持ちは伝わったし、私が……大人げないのもわかってるから。……もうちょっとだけ待って。だめ?」

 

 何か言いたげなので、頬から手を離す。

 

 いのりちゃんは。

 

「わかった……」

「まだ泣きそうじゃん」

「泣いてない……。泣いてないけど、お姉ちゃん」

「なに」

「お姉って、呼んでいい?」

「……好きにすれば」

 

 うわ。なんて感じの悪い女なんだ振原由佳。

 こんなに良い子が距離を詰めようとしてくれているのに。

 

「うん。……好きにする」

「そう、じゃあおやすみ──って、きゃ!?」

 

 ベッドから起き上がろうとして、そこを長い手足に絡め取られる。そのまままた抱きしめられた。

 いやあの。

 私、今から勉強がありまして。

 

「お姉、大好き!」

「……」

 

 いやあの。

 初対面なのは……そっちも同じ、だよね。

 

 なんでこんなに矢印向いてるの、この子。

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