私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
四月十四日。
レクリエーション等々の授業が終わって、本格的に勉強へ移り変わる時候。
普段あれだけ勉強勉強言ってるんだから余裕も余裕……なんてことはなく。
この「普通の授業」についていけないことが多々あるからああも神経質に勉強をしているのであって、私は別に特別勉強が得意な子、というわけではないのである。
だから──突っ伏す。
「お疲れ様。相変わらず理系苦手ねー」
「もっと……数字ごとに色分けとかされてたら……画像として覚えられるのに……」
「計算が複雑化すればするほど目が痛くなりそうね……」
数学。物理。化学科学。
数字……厳しい……。
「那奈は……なんでそんな余裕なの……」
「んー。数字見るの好きだから?」
「通帳とか見るの趣味なの……」
「誰想定よそれ。稼ぎに稼いでるサラリーマンか」
「那奈は外資系とか行ってそう」
「嬉しい偏見のような微妙に貶されているような」
田園調布とかに住んでそう。
……。
「な、なに? そんなにお腹見つめられると……え、太った……いやいや、絞ってるし……」
「いや」
昨日のことを思い出す。
泣けてきたから、という理由で私のお腹に顔をうずめたいのりちゃん。彼女はあの後、私が料理をする時間の少し前に起き上がって、「ごめん」とだけ言って……動かなくなった。
ちょっと心配に思いつつも夕ご飯を作ってお父さんたちを待っていれば、数分後には普段通りないのりちゃんが。泣き腫らすほどには泣いていないのもあるけど、凄い切替だなぁ、と。
疲れて帰ってきた二人の前では少し前に泣いていたなんてことを欠片も感じさせない様子で快活に「今日学校であったこと」なんかを話していて、これはもう切替というより俳優なんだろうなぁ、って思った。
夕ご飯後、お風呂の時も就寝前も彼女が来なかったのは僥倖……なのだろうか。おかげで勉強もできたし普通の時間に寝ることもできた。ああ、朝ご飯の用意をした上で、だけど。
「抱きしめられるとさ。……人って優しくなるのかな」
「は、はぁ? ……って、何言ってんのよ!」
「え? ああ……違う違う、その話じゃなくて」
「は? え? あ……あー。いや」
「墓穴掘ったねなななん」
恋バナ大好き女子高生が話しかけてきた。真美だ。
真美は突っ伏している私の頭の上に両腕を下ろし、私を抑えつける形で話し始める。あの、重いです。
「ちょっと真美、変なこと言わないで」
「ヘンなことってなになに~? どれのこと~?」
「つぶれる……」
いや。
丁度いいかもしれない。
そーっと手を伸ばし……真美のお腹をぷにっとする。
「へぁ!? っと、あ、とと、なんでもないよーえへへ」
「あなたこそヘンな声出さないでよ。……注目の的じゃない」
「私のせいじゃない……ちょっと由佳ち、いつからそんな変態になったの?」
「さきに仕掛けてきたのはそっち」
ぐ、と。お腹に頭をこすりつけてみる。
お。……おお。
じんわり温かい。それに……お腹空いてるのかな。頭の骨を伝って「くるるる……」なんて可愛らしい音が聞こえてゴッ。
「い、痛い……肘鉄はひどい……」
「ふざけすぎ。ここ教室だよ?」
「ふざけてたわけじゃなくて……」
けど、確かに。
同級生且つ同性とはいえ、お腹に頭を擦りつける行為って普通に恥ずかしい行為なんじゃないだろうか。
むむ。続きは次の女子会にとっておくか。
あ、そうだ。
「今週の土日さ、女子会しない? カラオケで」
「お、いいねー……あ、けど土曜日は朝練だ」
「土曜日は水泳部も午前中ダメ。午後ならいける」
「テニス部も朝練あるよね多分」
「多分ねー。というかどこの運動部も朝練はあるんじゃない? 新学期始まって初めての土日朝練だから休むに休めないだろうし」
「じゃあ……疲れてるだろうし、日曜日にする?」
「おっけー」
「全員に声かける?」
「人数によっては大人数部屋にしないとだねー」
私達の「友達グループ」と呼ばれるものに属している友達は十数人。それが全員、となると流石にキツいだろう。
とはいえ今まで一度も全員が集まったことないんだけどね。終業式でさえ集まれなかったし。
同じクラスなのは浅野、真美、那奈、アキの四人だけ。他の子は別クラスに散ってしまっている。
「……ちなみにさ。土曜日の部活って、部外者が見に行ってもいいのかな」
「んー。弓道場は部外者お断りだからなー」
「水泳部も基本ダメよ。いいのは大会の時の応援くらいだし」
「ま、そうだよね」
「なになに、部活に興味出てきた? 弓道部おいでよ由佳ち~」
「水泳部は……おすすめはしないでおく。学校から水死体を出すことは避けなきゃ」
「いやだから、泳げるし」
「クロール百メートル」
「……対岸に辿り着けないです」
「私は由佳ちの犬かき好きだよ。頭ぽーんってやって沈めたくなる」
「真美!?」
「冗談冗談」
あ、あの真美さん? 昨日からなんかおかしくありませんこと?
「そろそろ机戻らないと。詳細はグループメッセでやろ~」
「逃げた……」
「ほんと、とりわけ仲良いわよね由佳と真美って」
「今のやり取りを見て!?」
那奈の「仲良し像」はどうなっているんだ……?
……まぁ、気を取り直そう。
次のコマは物理。一限数学二限化学三限物理。……どうやら今日の時間割は私の頭をショートさせる気満々らしい。
お弁当前の現国だけが癒し……。
頑張ろう……。
頑張った。
「なんで振原こんなげっそりしてんの?」
「今日半分以上理系だったから、性根尽き果てちゃったみたい」
「あー。……二年の序盤も序盤でそれだとキツいかもな。ま、置いていかれたら勉強会やってやるよ。ウチに教わる勉強は悔しいだろ」
「教えてもらうなら那奈がいい……那奈は優しい……教え方がママみある……」
「なによそれ」
「わかるー。なななんってさ、〝ここはこう。わかる? 大丈夫よ、ゆっくりやっていけばいいから〟みたいに言ってくれるの癒されるよねー」
「ま、ナナは存在がママだから。ユカ、もうちょっとそっち寄って」
久しぶりにこの人数でのお昼。仲良しグループ五人組。
私、浅野、真美、那奈、アキが密集すると結構な圧がある──私以外の四人の背が大きめだから──上、浅野というスーパー圧人間がいるので、一年の頃はあった「一緒に食べていい~?」みたいなお誘いが来なくなった。
「──へー」
「な……なによその目」
「なになに。どったの由佳ち。なななんのお弁当なんか変?」
「……いつもの那奈のお弁当に比べて、茶色が多め。だし、ガッツリ食べる量。さらに言うと分量が……二人分作った感ある」
「ほー名推理だな。つまりそういうことだろ」
「作ってあげたってこと? きゃーきゃーナナかわいーい」
「う、うるさい! そんなんじゃないから!」
いやいやいいんじゃないですか。
愛するカレピのために早起きしてお弁当を、とか。クゥ~っ!
……ちなみに真美とアキは購買パン。浅野は曲げわっぱに入ったお弁当で、曰くお婆ちゃんが作ってくれてるらしい。
「振原その唐揚げくれ。ウチの白身魚と交換」
「いいよー」
「相変わらずユカのお弁当は美味しそうで羨ましい。私達にも作ってよ」
「私にも私にも~」
「全員分作ろうと思ったらめちゃくちゃ早起きしないとになるから無理」
「一回朝昼晩振原の料理で過ごす日ほしいよな」
「それは欲しいかも。代わりに一日お世話してあげるから」
「だから奴隷か私は」
というかね。君達に朝昼晩作ってたらお父さんたちが飢えちゃうからダメだよ。
……まぁ今日のお弁当は冷食割合少なめだから、ちょっと……褒められて嬉しい気持ちもあるけど。
「カラオケ女子会もいいけど、誰かの家でタコパとかやりたいよねー」
「たこ焼き器ある家、というと……」
「む」
突き刺さる目線。
いや、そうなんだけど。……浅野にアイコンタクト。
「ウチの親父が昔使ってたバーベキューセットならあるから、ウチの近くの川沿いでキャンプとかもいけるぞ」
「え、なにそれやりたい!」
「四月に川沿いでバーベキューは……ちょっと季節外れだけど、最近夏は暑すぎるしいいかもね」
「バーベキューならユカだけに料理させることもないし、一回やりたいねー」
ナイス過ぎる。浅野大明神過ぎる。
いずれは、だけど……まだだからね。
「日帰りキャンプもいいけれど、一日泊まる、とかもやってみたいのよねー」
「あー。部活が無ければ賛成だったけど……」
「どっか三連休で部活もない日、って考えると……直近はゴールデンウイーク?」
「二週間後か。丁度いい頃合いかも」
この四人は弓道部テニス部水泳部陸上部と見事にばらけていて、さらに全員土日練がある上昇志向めな部活気質であることが判明している。
本人たちもそれを嫌がってはいないからいいのだろうけど、やっぱりお泊りとか旅行になるとどーしても難しい部分が出てくる。
「言ってウチら二年だしな。一年の頃よりは融通利くよ」
「ゴールデンウイークは正直キャンプより旅行がいいかなって。どうせ休むなら旅館でまったりしたい」
「去年行った星ふるお宿とかめっちゃ良かったよね」
「ああ、由佳ちが幼児退行した場所」
「また記憶にないことが……」
ちょっと私無防備過ぎませんか。
なんだ幼児退行って。本気で覚えてないぞ。……え、お酒でも飲まされてる? 未成年の飲酒は禁止ですよ?
「じゃあやっぱ先にBBQやっちゃいますか。それこそ今週の日曜日」
「グループの予定表カラオケからBBQに変えとくね」
「お願い」
ふむ。しかしバーベキューか。
ご飯は作っておけばいいとして……何をもっていこう。
肉と魚と野菜とマシュマロがあればとりあえずはいい、のかな?
「かすみんって魚捌けるんだっけ」
「はい和風家への偏見。婆っちゃはできるけどウチは無理。捌けんのは振原だけ」
「ユカはだって、フグも捌けるでしょ」
「普通に無理だけど。あれって調理実務二年あった上での資格取得必要じゃなかった?」
「川でどーやってフグ捌きの場面に出会うんだよ」
「あれ、クマが獲るのってなんだっけ」
「アユ」
「イトウ釣れるかな」
「いねーよんな高級魚」
魚を捌くのは得意。あと締めとか処理とかも得意。
お父さんもお母さんもできないのになんで私だけ得意になったんだっけな。……なんかあった気がするけど覚えてないや。
「泳いでいい川?」
「あー。深いとこはそこそこ水深あるけど、四月の川だぞ? 寒くね?」
「最近あっついし大丈夫そうだけどなー。一応水着と着替えもってこー」
「なななんは水泳部だし競泳水着で……」
「嫌よ」
「えー。みーたーいー」
「見たいなら大会に応援しにきなさい。……そういう目的で来るのは最悪なんだけど、まぁ、応援って割と聞こえるから」
「もーみーたーいー」
「さっきの由佳みたいにお腹揉んであげましょうか?」
「胴体真っ二つになりそう」
「誰がゴリラよ誰が」
「言ってない言ってない」
なお、那奈はちゃんとゴリラである。握力両方とも四十か五十あるらしいし。
浅野もそうなのでこの二人は二大ゴリラ……おやなんか頭に手が。
「いだだだっ!? なになになに!」
「余計なこと考えてそうな頭だったから、つい潰したくなっちゃって」
「わかりやすいんだよお前。ほれ目のツボ押してやるから感謝しな」
「痛いだけ痛いだけ痛いだけ!」
こめかみの柔らかい部分をぐりぐりと……いやちょっと気持ちいいかも……いやいや。
「っていうか水着新しいの買いたい」
「流石に今週じゃ間に合わないねー」
「夏どっか行く? 沖縄?」
「気が早い……」
まだ四月ですよお嬢さんら。
……私も新しいの買おうかな。ああいや、でも、別に去年のでも入るし……成長してないから……。
「ユカはバーベキューの時の水着なににするの? スク水?」
「なんでよ」
「この前大掃除してたら小学校の頃のスク水出てきたんだけどさ、由佳ちギリギリ入りそうだよね」
「入らない入らない」
「小学校の頃、普通に今の振原と同じくらいの身長あったからなぁウチ。マジで入るかもしれん」
「入ったとしても着ないから……」
コスプレにも程がある。
あと恥ずかしいっつの。この話題自体。
周りに男子もいるんですよ淑女皆さん。
「ごちそうさまでした」
「ターバサ」
「……?」
「なんでもなーい」
アキが時折発声するこの奇声、どういう意味なんだろう。
この子は本当、時々わけのわからないこと言うんだよなぁ。陸上部用語なのかなぁ。
「まだお昼休み時間あるけど、なんかする?」
「なんかするて。小学生か」
「なななんのカレむがもご」
「次、迂闊なこと口走ったら、喉を突くから。わかった?」
「は、はひ」
今のは真美が悪い。
誰が聞いてるかわかんないからね。
あ、そうだ。
「ちょっと私用事あったの思い出した。すぐ帰ってくるー」
「おい振原?」
「由佳ちー? 手伝いとかいるー?」
「いらなーい」
お弁当をしまって、少し速足で教室を出る。
そこから最短距離を取って向かうは──美術準備室。
音を立てずにそこへ近付いて、そーっと中を見れば。
「……人影なし」
「なにやってんのお姉」
「ドワオゥ!?」
い、いた。後ろに。
すっごく……とんでもないジト目のいのりちゃん。
彼女は私を避けて美術室の鍵を開け、中へ入っていく。
「あ、あー、泣くならウチで」
「違うって。っていうかお昼休みは見つかりやすいからやんないし。……まさかそれの確認に来たの?」
「い……いやだって、一回頷いたくらいじゃ……いのりちゃん、我慢してこっち使いそうだなって」
言えば、いのりちゃんは大きく溜息を吐く。
何か……多分先生に頼まれたのだろう仕事をしながら、もう一度溜息を吐いて。
「確かに……今日明日くらいはお姉の期待を裏切ってやろうかな、とか考えてたけど。先回りされたんならやめる」
「そ、そう」
「にしても、一人で来るとか。……なに、あたしに襲われたいの、お姉」
「おそ……?」
「土曜日に言ったでしょ。えっちなことするよ、って。されたくて来たんじゃないかって思っちゃうけど」
「ああ、それ。でもいのりちゃん誰かとお付き合いしたことないんでしょ? 実は知識だけで、経験はないって──おも、うんだけど……」
じっと。
作業する手を止めて、こちらを見つめるいのりちゃん。
え、えと。
あの。
「……ま、そうだよ。あたしは男の子と付き合ったことなんてない。女の子とも。……お姉の言う通り、知識しかない。……だから、いつそういうことになってもいいように、お姉で練習する、ってこともできる」
「大丈夫だよ。いのりちゃんならぶっつけ本番でも上手くやれるって」
「……お姉ってさ。どっかズレてるよね。今のそういう話じゃなくない?」
いや、だから、私にそういう知識はないんだってば。
「あー……お姉、ちょっとこっち来て」
「ん、手伝い必要?」
「そんな感じ。はやく」
手招きされるがまま、誘われるがままに美術室へ入って。
ぎゅぅ、と……抱きしめられた。
「の、ぅ……」
「……んん」
抱きしめられて持ち上げられて、くるくる回転してほおずりまでされて。
た、食べたあとです。食べたあとですいのり先生。
「ん~……うん。ありがとね! 振原先輩! かわいい成分補充!」
「あぇ……?」
「先生に任された作業は終わったから……どうしよっか。途中まで一緒に帰る? お友達にもあたしたちの恋人みたいな距離感見せちゃう?」
ああ……切り替えたのか。
仄暗いいのりちゃんから。
快活な的形いのりちゃんへ。
「遠慮しておくよ。いのりちゃん的にもそれ、マイナスでしょ。……無理してないで早く行きな、っていおうとしたけど、鍵があるから私が先に行くべきか。じゃあね、いのりちゃん。ちゃんと家に帰ってから泣くんだよ」
「はぁい……お姉」
まったく。
なにがかわいい成分だ。その辺のからかいというか愛し愛されの部分は終わってなかったのか。
私にやっても意味ないってそろそろわかりそうなものだけどなぁ。