私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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13.一念発起してみた。

 机にべたーっとする。

 

「お疲れじゃんいのりん。なそ? 勉強きび?」

「いのりに限ってそれはないでしょ。乃蒼じゃあるまいし」

「なにをーぅ。……ふへへ、知ってんですぜわっちは。この……このパイオーツに脳みそもってかれてちょキクちゃん脇腹は痛い痛い痛い」

 

 事あるごとにあたしの胸を揉もうとしてくるセクハラ大魔神が引き取られて、もう一度一息。

 勉強は……ついていけないほどではない。まだ中学の頃の勉強の振り返りだから、という部分はあるのだろうけど、元々……学ぶ、ということに然したる抵抗がないから、大丈夫だと思う。

 あたしの悩み。目下最大。それは当然、お姉のことについて、だ。

 

 わからなくなった。

 今のところ、「いつものからかいらしき愛情」であることにして誤魔化せてはいるようだけど、あたしにはあの人がよくわからない。

 口に出すのも考えるのも嫌だけど、あたしは多分、もう取り返しのつかないことをやってしまっている。あたしがお姉の立場なら……あたしのことを十二分に嫌える要素が揃っている。

 でもあの人はなぜか優しくて、なぜか許してくれて。

 

 理解できない。それが一層……ストレス。

 

「で、どうしたのよ実際。悩み事? 私達、これでも中学の頃お悩み解決バスターズだったから話聞くけど」

「……なにその恥ずかしい名称」

「あー! 言ったないずみん! 言ってはならぬことを言ったな!! 男子中学生ドモに漏れることなく厨二病を発病し、今なお抜けきっていない拙僧に対して言ってはならぬことを──ッ!!」

「いや……乃蒼は百歩譲ってわかるけど、菊花までなの?」

「こんなでも幼馴染だから。どーせ逃げられないなら受け入れる方が良いってね」

「キクちゃんまでそれがしを呪いのように言うのかァ!」

 

 逃げられないなら、受け入れる方が楽。

 ……お姉もそういう気持ち、なのかな。

 だとしたら、もっと早期に受け入れたフリをしていそうなものだけど。……あの人はそういう器用なことできないと思う。

 

「ペットがさ、いるんだけど」

「ほー! なに? ワニ? カンガルー? カバ?」

「食べたら案外美味しいらしいお肉三選ね」

「正確にはあたしのペットじゃなくて、近所で飼われてる猫ちゃんで」

「へぇ。どんな子? 写真ある?」

「写真は無いよ。でも、真っ黒い毛のちっちゃい子」

「ほへー」

 

 お姉を動物に例えると……黒猫か黒うさぎか黒ハムスターか。黒ハムスターってなに?

 とにかく簡単にぴゅーんって逃げちゃう動物だと思う。

 

「中々なついてくれなくて悩んでる……とか?」

「うーん。あたしが撫でると逃げるのに、あたしが疲れたーってしてると頭にぽん、って手を置いてくる、みたいな」

「きゃ、かわいい」

「わっちが幼い頃に亡くなりんしたが、わっちも大きめの猫を飼ってやしたよ。そん子は甘えたい時となんい欲しいものある時に手載せてきとってばってん」

「もう何語?」

 

 甘えたい……ようには見えない。

 お姉があたしに何かを要求することも……ない、と思う。

 

 つまりお姉は猫じゃない。

 

「撫でる時に逃げられるのは、いのりが大きいからかもね」

「このパイオツどああああ!? 目潰し!? キクちゃん目潰しは流石に!?」

「いちいち話の邪魔するから。……で、小動物と接する時は、相手の目線の高さに合わせてあげないと、あっちには超巨大生物に見えているわけだから」

「逆に自分より背の低い生物は守ってやらなきゃって思うらしいな!」

「……なるほど」

 

 お姉の視線に合わせる。

 だ……だいぶ屈まないといけないけど。あとはそう、上目遣いか。まぁそれは知っている。

 

「ちなみに昔、乃蒼は大型犬に威嚇されて泣きそうになって、その大型犬に子供だと思われたのか、おちちを飲まされそうになったことがあるのよ」

「今でもボスと呼んでいる!」

「それでいいんだ乃蒼……」

 

 無い胸を張る乃蒼。

 この子みたいに生きられたら、って。このクラスになって、この二人と友達になって……何度も何度も思った。

 素直に生きる。生きていてなにも問題がないと胸を張れる。

 羨ましい。

 

「ハッ……いのりんが吾輩の胸を凝視している! だ、だめっ、吾輩にはキクちゃんという心に決めた人が!」

「だめよ乃蒼。いのりは私のお嫁さんだから」

「ももも、もちろんですよいずみん! だからそんな怖い顔をしないでくだしゃい! と、取ったりしませんですたいはい!」

「もー泉美、そういうのやめてってばー」

 

 こういうテンションの高いノリ、そんなに得意じゃないはずなのに、あたしをからかうためだけに乗ってくる泉美も……生き方自体は、あたしにはできないから、凄いとは思う。

 泉美こそ大勢に嫌われるムーブをしていて、だというのに本人が一切気にしていない。……決して憧れはしないけど、すごい。

 

 そんなことを考えていたら、背後に回られて胸を持ち上げられた。

 ……今更気にしないけど、仲良いアピールするのは本当にやめてほしい。

 

「だからこの豊満な胸も私のもの。どう、羨ましい?」

「羨ましいので胸だけお借りできませんか。着痩せするんだし服の中だけで揉むならバレないかなって」

「ダメ。でも太ももなら許してあげる」

「オヒョヒョヒョーイ! ……ってあれ? キクちゃんが止めにこない」

「いや……泉美。ちょっとその……太ももって、なんか変態みたいじゃない? 胸はなんか……もうそういうものとしてあるから笑いで済ませられるけど、太ももって……」

 

 思わず三人で菊花ちゃんを見る。

 視線が集まったからか、少したじろぐ彼女。

 

「な……なに?」

「いや……案外初心なんだなって」

「キクちゃんかわいいでちゅねー! なんだかんだいってミーよりばぶちゃんでちゅもんねー!」

「太ももの方が変態って思うのは、菊花ちゃんがなにかそういう妄想をしたからなんじゃ……」

「ちちちちちちち違うし! あっ、ち、違うってば! え……共感ないの? む、胸より太ももの方が変態じゃない?」

「オヨヨヨ! 高校デビューでお姉さんめにした口調が崩れているメェェエエ! キクちゃんは普段から女子高生の太ももにエロスを感じているんだメェェェエエ!」

「変なこと叫ばないでよ乃蒼! 膝蹴りされたいの!?」

「されたくないから逃げるメェェェエエ! キクちゃんのフェチを叫びながら逃げるンンンメェェェェエエ!!」

「あ、こら!!」

 

 去っていく二人。

 ……元気過ぎる。あともう少しで放課後のHMR始まるよ……?

 

「色々言いたいことはあるけど、あの二人に出会えたのは人生のアドだと思う」

「普段同調とか絶対しないけど、それは同意する……」

 

 元気過ぎて疲れるけど、今までの人生にはいなかった光。

 あたしも泉美もどちらかといえばダウナーだから……なんだか。あたしの演じる誰でも大好きないのりちゃんはアッパーなんだけどね。

 

 しかし。

 

 目線を合わせる、か。

 

 

 コート端でボールを突く。

 まだ色々準備期間だからマイラケットも持ってきていない状態で、こうしてテニス部の用具を使った自主練習をするしかない。

 

 コートの方へ目を遣れば、三年生の先輩を相手にビシバシ指導をする浅野先輩の姿が。

 まだ二年生……というか一年生の段階で副部長に上り詰め、副主将としてああやってチームを引っ張っている、らしい。

 当然やっかみもすごかったみたいだけど、全て実力でねじ伏せてきたのだとか。……いじめみたいなことも起きかけていたらしいけど、それも実力でねじ伏せたと聞かされた。詳細は聞いていない。……暴力じゃないよね?

 この学校は進学校なのに服装の自由がかなり認められている……時代の煽りを受けている部分も否めないけど、校長先生が「勉学や人間関係以外の部分で生徒がストレスを覚えないように」という方針のためになっている校風だそう。あたしも浅野先輩も結構バチバチにしているけど特に何も言われないのはそれが理由。

 そういう校風だからかはわからないけど、浅野先輩やお姉のような「結構はっきり言う子」が多い様に感じる。少なくとも中学の時より多い。なんというか、あんまりオブラートに包まないというか。そのせいで起こる摩擦や軋轢も結構あるみたいだけど、風通しという面ではかなりのものだ。

 だから一層気を遣わないといけない。中学の時はグループから外れたくなくてあたしを嫌えないって子も少しはいたはずだから、高校になってそこがどうなるか。

 

「的形」

「え、あ、はい!」

 

 部活に関係のないことを考えていたのが見抜かれたのか。

 あたしに……顧問の島崎先生から、声がかかる。

 

 や……やめてほしい。

 注目の的は、どんな形であれ、禍根を──。

 

「あー……その。ね。えーっと」

「……?」

「あー」

 

 言い淀む先生。彼女の背後からやってくるは浅野先輩。ドシドシノシノシって効果音がつきそうな足取りで近付いてきて……先生の背を蹴った。

 

 え゜。

 

「的形。スカート巻き込んでる」

「え……え、ぅあ!?」

「シマ先は一応それを伝えようとしたんだけど、こいつ、相手が恥ずかしい思いをしたらどうしよう、から自分まで恥ずかしくなるヘンな奴だから、まぁそういうこと」

「お、教えてくださってありがとうございます!」

「いやいや、いいからいいから……後ろ植え込みだから、誰にも見られてないと思うから、ね痛っ!?」

「余計なこと言わなくていいんだよ。余計気にするだろーが」

「ははは、はい!」

 

 あの。

 そこの力関係どうなって……?

 

 もう副部長とか副主将とかいうレベルじゃなくないですか?

 

 二人があたしの前から去ると、今度は同級生のコたちが寄ってきた。

 ああ、やっぱり注目されて……。

 

「的形さん、大丈夫だった?」

「え?」

「だ、だって浅野先輩……怖いし! しまちゃん蹴ってたし!」

「なにか酷いこと言われなかった!?」

「あ、ううん。大丈夫。……あたしがスカート後ろ巻き込んじゃってたのを教えてくれただけ」

「そうなんだ……。で、でも、怖いこととか酷いこととか言われたら相談してね! ち……力になれるかどうかはわからないけど、一緒に悩むから!」

「暴力反対! 的形さんふわふわしてるから蹴られたら飛ばされちゃう!」

「ありがと。でも、本当に大丈夫だよ。……ホントに怖いことあったら頼るかも、だけど」

「~~っ! まっかせて!」

「非暴力! 非服従!」

 

 正しいパブリックイメージと正しい反応。

 この二人だって最初はちょっと性格キツめの子たちなのかなって思ったけど、こっちが愛したら愛し返さなくちゃいけなくなって、たった数日で過保護になってくれた。

 あたしの背は大きいけれど、こうやってスーッと守られる場所へ入り込む「小ささ」を出せば、普通はこうなってくれる。

 

 浅野先輩とお姉がおかしいだけだ。お姉の友達らしかった中曽根先輩も優しくしてくれたし。

 

「コラ一年! 雑談するならもっとボリューム落として隠れてやれ!!」

「は、はい! ごめんなさ……え?」

「喋るな、じゃないんだ」

「大丈夫だよ、二人とも。浅野先輩はちょっと見た目が怖くて口調が強いだけの良い人だから」

「聞こえてるぞ的形ァ!」

 

 良い子でね。

 良い子でいれば、自ずと、のはずだから──じゃあ。

 

 

 

 実戦である。

 

 まず、お姉の部屋に行きます。鍵は……おかしい。かかっていない。

 

「あれ、どうしたのいのりちゃん。今日は泣かないってメッセで」

「うん」

 

 勉強をしているお姉。椅子に座っているからいつもより目線は低い。

 

 ので、膝を折って立って、目線を合わせる。

 

「……」

「……。……えっと?」

「お姉」

「は、はい」

 

 居住まいを正す彼女によたよたと近づき……その膝に顔を置いてみる。

 

「え……っと?」

「静かに」

「う、うん」

 

 ……落ち着く。

 お姉のお腹に顔をうずめた時も思ったけど、お姉はちょっと体温高めだ。あたしはどちらかといえば低体温だから、なんか……熱が伝わってきて、リラックスできる。

 頭に、ぽん、と。

 手が置かれた。そのままとん、とん、と……柔らかく優しいリズムで頭が撫でられる。

 

「……」

「甘えたいの?」

 

 ハッ。

 ……これじゃあまるであたしが猫じゃないか。

 違う、あたしが愛さなきゃいけないのに。

 

「そ……そうじゃなくて。そうだお姉、欲しいものとかある?」

「私からいのりちゃんに何かを買ってあげることはあるかもだけど、その逆はないかなぁ。まぁ強いて言えば家の中での安全?」

「鍵、かけてなかったのに?」

「まぁ……土曜日よりは落ち着いたかなって思ったから。違った?」

「……そうだけど」

「うん」

 

 とん、とん、と。ゆっくりと鍵盤をたたくみたいに指をウェーブさせるお姉。

 心地よい……じゃなくて。

 

「あ……あたしが良い子になったら、お姉は……あたしを愛してくれますか」

「いつになく直球だね。……うーん。多分だけど」

 

 顎の下に手が回って、ゆっくりした手つきで上を向かせられる。

 見下ろされるままに、見上げるままに。

 優しい目をしたお姉の視線があたしに絡む。

 

「いのりちゃんの考える愛と、私の考える愛。そこのすり合わせから、かな。……今の私には、誰かを愛せるほどの余裕が無いから、そっちの解決も必要なんだけど」

「余裕……」

「うん。ごめんね。……ずっと朝早く……一緒に朝ご飯を食べないのもそれが理由で、いのりちゃんとしおりさんに対して上手く向き合えないのも同じ理由。……前に踏み込んでほしくないって言った理由」

 

 それは。

 ……お姉のママの話、か。

 茜さん。パパ……昌仁さんの前の奥さん。

 

 昌仁さんもママもその人の話をしようとしない。喧嘩したのかは知らないけど、頑なに話題へ上げない。

 お姉だってそれには気付いている。というかお姉が一番感じているんだろう。

 

 そこがどうにかならなければ。

 あたしはこの人に、一生愛してもらえない。

 

 ──ズキりと心が痛む。

 

「家の中での安全がほしい、んだよね」

「あ、うん。それは切実に欲しいかな」

「今、あたしが襲ってこなくなっても、それを欲してたってことはさ。あたしがどうなっても関係なく……お姉にとって今の家は安全でも安心でもないってことだよね」

「……──」

 

 そりゃそうだ。

 だってあたしとママという他人が二人いて、昌仁さんの心の中までわからなくて。

 今のお姉は、孤立無援に近しいんだ。よその家の猫どころじゃない。借りてきた猫なんてものじゃあない。

 

 いつのまにか異世界にいた、一度も外に出たことのない猫。

 それくらいの孤独が彼女にあって。

 

 なら。

 だったら。

 

「……わかった、お姉」

「な……に、が?」

「あたし、本気だから。本気でお姉にあたしを愛してほしい。だから」

 

 そこが引っかかっている以上、ずっとずっと前に進めないというのなら。

 

 あたしがそのささくれを取ってあげる。

 

「待っててね、お姉」

「え、だから何が……あの、具体的なことを言っていただけると安心安全はさらに高まると言いますか」

「とりあえず今日はお膝とお腹を貸してね」

「え、あ、いやいいけど、あのいのり先生? ちょっとー?」

 

 茜さん。光川茜さん。

 彼女の今とその行方を調べる。どうやってとかそもそもできるのかとか、なんにも定まっていないけれど。

 あたしはどうしてもお姉の愛情が……今みたいな不透明なそれじゃなくて、ちゃんとしたものが欲しいから、うん。

 

 初めて……愛情以外のことで、積極的な行動をしてみようかな、って。

 そう考えた日、だった。

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