私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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15.居場所を突き止めてみた。

 いなくなった人間を探すのは難しいことだけど、いなくなった人間を探している人を探すのはそう難しいことではないんじゃないかと思っている。

 茜さん。光川茜さん。

 あたしとママが振原家に来る前の、パパ……昌仁さんの奥さん。お姉のママ。

 もちろんあたしもこれをパパへ直接聞くことはない。それくらいのデリカシーはあるつもりだし、それが嫌悪に繋がりかねないことも知っている。

 だから、パパ以外の周囲の人で、振原家とそこまで距離が近くないところから探っていくべきだと判断した。

 

 真っ先に思いついたのは病院。

 たとえ離婚したからといって何か持病を持っていた場合やかかりつけ医がいる場合、そうそう違う病院に、というのはしないものだ。

 だから、リビングの棚に纏められていた「家族の書類」からおくすり手帳を見つけ出して、お姉のよく行く病院にあたりをつけた。あたしがそうであるように、娘は母親のかかっている病院を紹介されがちであると考えたから。

 そこで看護師さんなんかにそれとなく取り入って話を聞ければな、なんて思って。

 

 ……普通に門前払いにあった。患者の情報を漏らすのは守秘義務に反するからって。

 

 次に向かったのは以前もお姉が使っていたスーパー。

 ここの周辺住民は大抵このスーパーで日用品を買うらしくて、ここならなにか情報が得られるのではないか、なんて思った……のだけど。

 

 茜さんとパパが離婚したのは数か月前。スーパーの人はお客さんの名前なんか当然覚えてなくて、顔写真があれば、なんて言われたけどそんなのあたしが持ってるわけなくて、断念。

 商店街みたいなものも近くにはないし、彼女が何か習い事なんかをしていたとしてもそれを探る術がない。

 

 あたしと茜さんの関係値はほぼゼロに近い。

 ゼロからその人を探すのはやっぱり難しい。

 

 自分の考えの浅はかさに落胆しつつ、ブレインストーミングのために近くの公園のブランコをキコキコ漕いでいた……そんなときのことだった。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

 と……あたしが俯いていたからだろう。

 大人のお姉さんがそう声をかけてきてくれて、勿論大丈夫だ、ということを伝えるために顔を上げて。

 

 どこか──お姉の面影のある顔に、心臓が跳ねた。

 え、そんな偶然ある?

 

「……光川、茜さん……ですか?」

「え? 違うけれど……」

 

 頬が赤くなったことがわかる。思わずもう一度俯いてしまう。

 た、ただ顔が似てるだけの人だった……!! しかもお姉に似てるだけだから茜さんとは全く違うのかも……。

 

 お姉さんは何を思ったかあたしの横のブランコに座った。顔はお姉に似てるけど、雰囲気は本当に「大人のお姉さん」って感じだ。派手じゃない程度にはおしゃれさんで、バランスが良い。

 

「でも、光川……光川。……うーん、どこかで聞いたような?」

「あ、ご、ごめんなさい。ほんとに、その」

「思い出した! マサの奥さんの旧姓! ……って、ごめんなさい。私ったらすぐ自分の世界に入っちゃう癖があって」

 

 ──流石に繋がる。

 マサ。……パパの名前は昌仁(まさひと)。それでいて、お姉に似た雰囲気の顔。

 

「あ、えっとじゃあ、もしかして、振原昌仁さんの妹さん……ですか?」

「やだ、妹だなんて。姉よ姉。しかも六個も上」

 

 嘘だぁ。

 今探していることとは別に、素のツッコミを入れたくなった。

 だって……え、どうみても大学生くらいのお姉さんにしか見えない。でもパパのお姉さんなら、四十後半か……ううん、六個も上なら五十……?

 

「その反応をするってことは、ちゃんとマサの知り合いみたいね。でもマサ……こんなかわいい子とどこで。……まさかソウイウ……!?」

「ち、違います! パパ……じゃない、昌仁さんは」

「パパ!? 昌仁さん!?」

「ごご、誤解です! パパは本当にパパだからで!!」

「ちょっと待ってね電話するから!! あの子……確かに若い頃はイケメンだと思ってたけど、まさかそれを利用してこんな幼気な子を!!」

「お願いです止まってください!!」

 

 止まってくれた。

 ……この人、パパともお姉とも全然違う……つ、疲れる。

 

「ま、冗談はこのくらいにして。……あなた、誰? マサの子供じゃないでしょ」

「え、あ……」

「前にマサが家族写真をメッセのプロフ写真にしてたことあって、まだ小っちゃかったけど、その子の顔立ちは覚えているし」

「……あたしは昌仁さんの娘です。その……再婚相手の連れ子、ですけど」

 

 言えば、バツの悪そうな顔をするお姉さん。

 そのまま唇を尖らせ、後頭部を掻いて……ぴゅーるるるー、なんて口で言い始める。

 

「……いやこれはマサが悪い。なんで最愛のお姉ちゃんにも離婚したこと言わないのよあのガキ……!!」

「……その、この空気で言うのも……あれなんですけど。光川茜さんの居場所、わかったりしませんか。探してて」

「探す? なんで?」

「お姉……茜さんと昌仁さんの娘の……さっきお姉さんが言ってた子がいるんですけど、茜さんはお姉に何も言わないまま行方がわからなくなってて、昌仁さんも何も話してくれなくて……」

「うんうん、それでそれで?」

「あたし……お姉がつらそうなの嫌で。でもお姉、茜さんの話になるとすぐ閉じこもっちゃって。怖いみたいで……。だからあたしが先に真実を知って、ゆっくりとお姉に伝えていけたらなって」

「成程成程。──ま、八割嘘に聞こえたけど、真相が知りたいって気持ちは本当っぽいしー、ここはお姉さんが人肌脱いであげましょう!」

 

 一気に体温が下がった……みたいな感覚を覚える。

 確実にお姉の血筋だ。お姉もこういうところがある。

 

 お姉さんは。

 ごく自然な動作で……電話をかけた。

 

 え。

 

「あ、マサ? 久しぶりー」

「ちょンム!?」

「ん? 後ろ? ああジムの子じゃない? それよりアンタ──離婚したんですってね」

 

 早業で口に手を当てられ、言葉が封じられる。

 な……なんだこの人! なんだこの人!!

 

「どこで、って。人の口に戸は立てられぬって昔から教えてるでしょ。──それより、なんで離婚したのか言いなさい。喧嘩したとかならぶっ飛ばしに行くし、事情があっても私のジャッジ次第でぶん殴りに行くから。え? もうすぐ会議? 知らないけど。いいから早く言いなさい」

 

 ま、まずい。

 この情報漏洩があたし発だって知ったら、パパがあたしを──。

 

「は? 病気?」

「!?」

「……なにそれ。……アンタそれ了承したの? 本気で言ってる? はぁ……呆れた。そんな子に育てた覚え、ないんだけど」

 

 不穏なワード。

 喧嘩別れではない、ということは知っていた。けど……。

 

「病院どこよ。私が直接会いに行って──あ、切るな馬鹿! ……切りやがった。鬼電してやろうか」

「す、ストップ、ストップですお姉さん。そこまでしなくとも」

「ごめんだけど、最早問題はあなたのものだけじゃなくなっちゃっててね。ふむ……長期間の入院。ならまぁこの辺だと北瀬垣総合か。えーと北瀬垣の面会方法面会方法……ああそうだ、マサが離婚したのがいつかわかる?」

「……えと」

「真実知りたいんでしょ? 且つ、マサにあなたが聞きまわっていることを知られたくない。そんな感じに受け取ったけど、違う?」

「それは……そうです」

「ならお姉さんを使えば良いじゃない。私もその茜さんにガツンと言いに行ってやりたいことが今できたの。あなたは茜さんの居場所を知りたい。目的が合致しているなら、情報提供し合うのが一番の近道。違う?」

 

 正しいこと……の、気はするんだけど。

 なんだか悪魔に魂を売り渡す直前、みたいな気分になった。

 

 ……それでも。

 

「七か月前、だったって聞いてます」

「ナーイス。ま、ちょっと多めだけどいける、かなー」

 

 スマホで何かを操作し始めるお姉さん。

 何か……大人ならではの手法で調べている、のだろうか。病院の出入り記録にアクセスするとか、引っ越し業者に話を聞くとか……。

 そんなことを思いながらそろーっと画面を覗く。

 

 そこには見慣れたSNSがあった。

 

「あれ」

「んー? 私の垢が知りたいの?」

「い、いえ。何か凄いアプリとかあるのかなって。調べること特化、みたいな」

「SNSは凄いアプリよ。みんなこれが発信物だと思わずに日記みたいに個人情報書き連ねるから。ほら、指定時期で『北瀬垣』、『北瀬垣総合』なんかで調べると、罹った患者と入院患者の赤裸々な日常呟きがずらーり。ここからそのアカウントたちの前後呟きも洗っていくと……ああほらあった」

 

 日時は七か月とちょっと前……九月四日。アカウントは多分身内としか繋がっていない、発信なんか一切考えていないもので、FFはどっちも少ない。

 そのアカウントのコメント。〝向かいの個室に人入ったらしい。金持ちか?〟〝爺さんのイビキそろそろうぜーから俺も個室がいい〟〝メロンの差し入れとかしてほしい〟……etc.

 

 う、うん。頑張ってください。

 

「これが……?」

「この個室に入ったってのが茜さんねー。他のアカウントも個室に入った人のことを呟いていて、その後……誰も中の人の姿を見ていない。マサの反応からして結構な病気っぽかったし、下世話な話確か奥さんそれなりのお金持ちだったとか聞いたことある気がするから多分ビンゴ。男性っぽいアカウントは向かいって言ってて女性っぽいのは隣って言ってるのが多いし、同じフロアでも男女がセパレートしてるタイプ。面会が結構フリーっぽいから──じゃ、行きましょうか」

「へ?」

「北瀬垣総合病院。車出すからついてきて」

「あー……いや、あたし自転車で来たので、その」

「なに、誘拐とか想像してる? しないしない! そんなことする意味ないほどにはお金あるし。……ま、どーしても警戒解けないっていうんならいいけど。病院で待っててあげるから、全速力で来るよーに」

 

 そう言って。

 ブランコを大きく漕いで……高い所で飛び降りた彼女は、ブランコを囲う鉄棒の外へ大きく着地し、そのままの足で去っていった。

 あのそれ。

 危険行為……。

 

「……嵐みたいな人だった」

 

 お姉も大きくなったらああなるのかな……?

 

 

 

 北瀬垣総合病院。正式名称、北瀬垣総合医療センター。

 結構な大病院だ。ただあたしの元住んでいた場所だとここにお世話になることはなかったから、入るのは初めて。名前は知ってたけど。

 

 受付で続柄に「患者の親族」と書いたお姉さんにゾッとする。この人、ヘーキで嘘を。というかもうこれ犯罪なんじゃ。

 ちなみにそこで名前もわかった。振原好埜さん。ヨシノお姉さん。

 

 して……なんの案内も受けていないのにそのフロアにやってきて、ドンピシャで病室の前まで来たヨシノお姉さんに再度ドン引きしつつ。アップされていた他の患者さんの写真で高さや場所を割り出したらしい。

 

「私は入るけど、あなたはどうするの? 入ったら確実にマサにもバレると思うけど。現時点では大丈夫でも、後々ね」

「……あたしは外で待ってます」

「そ」

 

 何の感慨もなく。

 ヨシノお姉さんは病室へ入っていって。

 

 その……五分と経たないあとに、出てきた。

 それはもう怒り心頭な顔で。

 

「……えっと」

「信じられない。なによそれ……私がおかしいのこれ。……はぁ、気分悪い。──っていうか、やっぱりあなた入りなさいよ」

「へ?」

 

 扉が開けられて。

 病室の中へと、押し込まれる。いやちょっと、なにして。

 

「──あら。今度は可愛らしい子が来たみたいね」

 

 声。優しい優しい声。

 春の木漏れ日みたいな、頭の少し上を通り抜けていく風みたいな声。ベッドを囲うカーテン越しだから顔は見えないけれど、落ち着いた雰囲気を感じる人。

 

「ご、ごめんなさい。その」

「由佳のお友達? ……じゃ、ないか。あの子のお友達はみんな大人で……どこか、一歩引いているような子ばっかりだったから。とすると……私がいなくなって、ずっとずっと塞ぎ込んでいる由佳を外へ連れ出すために、そのきっかけとして私を探そうと決めた子。由佳の現状を理解しつつ、あの子の心境を汲み取らないで動ける子。あとは……私の親族として来ることができる程度には間柄の近い子」

 

 蛇に睨まれた蛙、って言葉があるけど、まさにそんな感じだった。

 一瞬で丸裸にされた……そんな感覚。

 

 ヨシノお姉さんにも感じたものだけど、この人は更に、かもしれない。

 

「ふんふん……だから、昌仁さんの新しい奥さんの、娘さん、かな」

「……はい、そうです」

「そんな申し訳なそうにしないで。私と昌仁さんは円満離婚だったんだから」

 

 円満離婚。それは。

 

 ベッドを囲うカーテン。それが少しだけ開けられて……息を呑む。

 

「見えた? ……私がこんなになっちゃったって由佳が知ったら、驚くし、落ち込んじゃうでしょ。だから……私達は離婚したの。まだまだこれからな昌仁さんにも由佳にも、迷惑をかけたくなくてね。……いきなりこんなことを聞かせるべきではなかっただろうけど、これがあなたの聞きたかったこと。そうでしょ?」

「……重い病気、なんですか」

「そうねえ。死に至る病ではないけれど、長期の治療が必要で……見た目もこうやって、どんどんボロボロになっていっちゃう病気みたいで。こんなの由佳が知ったらどうなると思う?」

「お姉は……多分、毎日毎日お見舞いに来ると思います」

「でしょ? あの子気にしいだから、毎日毎日来て、行けない日があったらどんどん落ち込んで、友達と遊んでいる時でさえ私のことを気にしちゃって楽しめなくて……っていうのが、容易に想像できる。そう思わない?」

 

 思う。お姉は絶対そうなる。

 

「だから離婚をしたの。昌仁さんには、由佳には絶対何も言わないで、って……つらいことをさせてしまっているけれど」

「……」

 

 そうか。だから、なのか。

 パパは家族で起きたことをずっと黙っておくような人じゃない。それは短期間ながらもあの人を父親として過ごして理解した。

 当然お姉にだって……大切なことは全部話す人だと思う。そんな彼がお姉と茜さんの話をしなかったのは、しないでと言われていたから。そしてお姉が壊れてしまうってわかっていたから。

 

「幸い治療費は自分だけでどうにかなりそうだったから、隠れて援助する、なんて馬鹿なことを言っていた昌仁さんを追い返して、今かな。……どう? 満足した?」

「……はい。でも……どうやってお姉に説明しようかなって思ってます。勿論……茜さんの現状を伝える気はなくて」

「そうしてくれると助かるかな。……由佳のこと、お姉、って呼んでるのね」

「いつも優しくしてもらってて……。でも、お姉が本当にあたしのことを見るためには、茜さんがなぜいなくなってしまったのかを伝える必要があって」

「……そう。やっぱり納得できなくて、抱え込んじゃったか」

「はい」

 

 困った。

 ……無理だ。

 今の茜さんの状態をそのままお姉に伝える、ということはできない。今以上にお姉はあたしを見なくなるし、ううん、他の全てが見えなくなる。そのまま……お姉の心が壊れてしまう。

 でも、何も伝えなかったら……お姉は今のまま。ずっと茜さんのことを引き摺って、ずっとヘーキなフリをして。

 

 教えない……ということは、できるのかもしれない。

 あたしが知っている、ということは教えて。

 でも、詳細は教えない。そうしたらお姉は……お姉は、どういう反応をするだろう。

 

 流石に嫌いになる? それとも、教えてもらうためならなんでもする、とか言っちゃう?

 

 あたしは。

 あたしは……お姉の不透明な愛情が嫌なだけ。

 もしそれが、嫌悪に変わったとしても……中身が見えているのなら、それでいい。嫌われるのが怖いあたしだけど、それは理由の浅い嫌悪が嫌なだけで……ここまで深くかかわった相手なら。

 家族は、逃げられない鎖だから。

 

「あらら……これは、相当拗らせた子に……。でもま、あの子昔からそういう子を惹きつけるから……」

「あの、今日は突然失礼しました。……その、次は……お姉の現状とかわかるもの持ってきます。だからその、えと」

「あなたが私の居場所を知っている、と……由佳にそう思わせることができるような材料。それがほしい。合ってる?」

「は、はい!」

 

 凄い。全部言い当てられた。

 

「そうね。それくらいしかあの子の心の氷解はない、か。……それなら、うーん。まずはあなたのお名前聞かせてくれる?」

「はい。あたしは」

 

 ──これが。

 かなり歪な、共犯関係の出来上がり。

 しばらくの間お姉を悩ませ続ける、あたしの勘違いと茜さんの企みが詰まったプレゼント。

 

 

 病室を出たあと、無言のヨシノお姉さんと一緒に病院を出て、その場で別れて。

 あたしはお姉に、メッセを送った。

 

 ──〝お姉。茜さんの居場所わかったよ〟

 

 あとは──。

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