私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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19.姉について妄想してみた。

 聞いてみた。

 

「浅野。私って実はミステリアスだったりする?」

「どうした振原。まだ春だけど、熱中症か?」

 

 違うらしい。

 

 

 詳しい事情を話す……と、浅野はモカミルクティーをズゴーっと吸いながら、「なるほどねぇ」なんて相槌を打ってきた。

 いやそれだけじゃわかんないけど? という視線を彼女に送る……も、それ以上の言葉はない。だから真美、アキ、那奈へも助けを求める……けれど、三人とも生暖かい目線をくれるだけ。

 だから私も抗議の視線を浅野にぶつける……と、彼女は苦笑いしながらようやく返事をくれた。

 

「お前はそれ直したいと思ってんの?」

「なんか怖がられてるみたいだし、直せるなら直したい」

「じゃあ直さなくていいだろ。金瀬たちも別に怖がってるわけじゃないし」

 

 いやまぁあゆみたちはそうだろうけどさ。

 いのりちゃんが……。

 

「ていうか別に由佳ち理由が無いわけじゃないと思うよ。わかりづらいだけ」

「わかりづらいっていうか、ユカは唐突だから、色々」

「あー、確かにね。私も一応は幼馴染の身として、また唐突ね……とかいきなりね……とか何度言ったことか」

 

 ……あ、そういうこと?

 私はあまり思考を口に出さない。自分の中で考えて、考え終わった結論だけを出力する。

 それが……唐突に思考が切り替わったように見える、というのは……わかるかも。

 

 なら簡単だ。考えていることをそのまま口に出せばいい。そう、たとえば。

 

「那奈に隠れてるけど、アキも結構おっきいよね……」

「そういうとこだぞ」

 

 ハッ。

 考えていることを口にしただけなのに。

 え……難しくない? どうしてその考えに至ったかのプロセスって……目に見えることを浮かべただけ、だと発生しなくない?

 

 たとえば。

 

「こういう話題になった時、真美は基本愛想笑いをするだけだけど、実は結構体型気にしてる……とか」

「由佳ち?」

「逆に浅野はノーリアクションだけど、それは自分のプロポーションに自信があるからとか」

「喧嘩か。全然買うぞウチは」

「真っ先に槍玉に挙げられることで比較的安全圏に居がちな那奈が一番体重の変化を気にするとか」

「ははぁ、普段からそんなことを考えていたのねぇ」

 

 おや。

 素直に心内吐露をしていただけなのに、どうしてか不和が生まれているような。

 

 時間。昼休みの終わりまで、あと二十分くらい。

 

「──戦略的撤退!」

「逃がすか馬鹿」

 

 まず腕を掴まれた。さらに足を掴まれ、持ち上げられ……え、待って。

 

「ちょ、男子もいる中で持ち上げは恥ずかしい流石に恥ずかしい」

「心配しないでいいぞ振原ー。俺達お前をそういう目で見ることないからさー」

「っつーかお前らの方見てるやついたら真っ先に浅野が睨みつけてくるからなー。こえーこえー」

「だから安心して水揚げされてろー」

 

 ……。

 

「それはそれで悔しい、ような」

「いいじゃん別に由佳ちは男子からモテなくてもさ。代わりに女子から結構モテるんだから」

「そうそう。どの道由佳に真っ当な恋とか無理だから」

「あまりにも無自覚無防備で男側が耐えきれなくなるねー」

 

 いや、別にモテたいとも恋したいとも思ってないけど、魅力が欠片もないと言われたら普通に悔しいでしょう。

 確かにおしゃれに気を遣っていないから……こんな可愛くもない地味&性悪女を好きになるやつがいないというのはわかるけど。

 

「浅野が一緒にいても那奈だけとかアキだけとかならガン見するくせに……!」

「そりゃあ、……なぁ?」

「まあ……」

「サイテー! ダンシサイテー!」

「お前が言わせたんだろ……」

 

 ……えっとそれで。

 

「この水揚げ状態はそのままなんですか」

「この際だから普段お前がウチらをどんな風に考えてんのか洗いざらい聞き出してやろうと思って」

「もう出ないですなにも。出涸らしです」

「ほう。つまり振原にとってウチらはさっき言った程度のことしか印象にないと」

「いやそんなことはないけど……普段からずっと心の中に感謝の念とかあったら逆に怖くない?」

「確かに」

 

 そういうことを考える時はちゃんと考えるけどさ。

 常日頃だと、重い女過ぎるでしょ。

 

 降ろされる。わーい。

 

「でもなんか釈然としないなー。……ね、なななん。なななん家に3Dのゲーム機あったよね。なんか被る奴」

「ああ……弟が誕生日プレゼントで貰った時以外見てないけど、流石にまだあるはず」

「じゃ、今週の日曜日にナナの家集合で。ユカに罰ゲームする、って話でしょ?」

「そそそ。由佳ちってゲームどんだけやるの?」

「スマホゲームなら……中学の時は結構やってたよ」

「じゃあ大丈夫だね。……浅野? なに、都合悪い?」

「は? 別にそんなんじゃないし」

「いきなりキレるじゃん。どうしたの」

「……なんでもねーって」

 

 あれよあれよの間に決まった罰ゲームとやら。

 一切全容が見えない。3Dのゲーム機ってなに。逆に2Dのゲーム機があるの? 薄っぺらいの?

 あと浅野はなんで突然キレたの。不良なの?

 

 何もわからない……けれど、素直に言葉を吐いただけの私がなぜかひどい目に遭うことだけはわかりました。なーぜー。

 

 

 

 

「的形さん最低」

「うわ……引く」

「もう学校来ないでいいよ」

「そういうコだったんだ、いのりって」

「目障りなんだけど」

「キモすぎだろ」

「サイアクなんですけど……」

「いのりちゃん嫌ーい」

 

「ごめん、流石に嫌いになった」

 

 ──嫌な汗をかいて、起きる。

 すぐにスマホを確認。メッセアプリを開いて……そういう言葉が何も来ていないことを確認。

 夢だ。いつもの悪夢。

 

 四月二十二日。時刻は……あれ。

 

「嘘……遅刻……?」

 

 八時二十分。どう考えても遅刻なその時刻に蒼褪め、ベッドから跳ね起きようとして……ぐらつく身体に違和感を覚えた。

 酷く疲れている。それに……身体が熱い。

 

 ベッド横。そこに見慣れないベッドサイドテーブルがあって、食事が置かれていて。

 付箋に丁寧な字で──〝いのりへ。中々起きてこないから、外側から鍵を開けて、確認をさせてもらいました。熱が39度あったので、今日は休む旨を学校へ伝えてあります。今日ママは仕事を早めに切り上げて帰ってくるので、それまで無理をしないように〟と。

 

 熱。……泉美のお見舞いで貰ったか。別にそこまで近い距離に行ったわけでもないから、偶然かな。

 

 すぐに友達へメッセを送る。風邪かどうかはわからないけど、熱が出てしまった旨を。

 多分返事はすぐじゃない。今HRの時間だろうし。

 

 まぁ。

 新環境で……色々無理が祟ったのかな。

 あたしなんかより沢山働いているはずのパパとママ、そしてお姉が体調を崩していないのにあたしだけ、というのは思うところがないわけでもないけれど、なってしまったものは仕方がない。

 

 ……鍵、外側から開けられたんだ。

 通知。お姉から。

 

 ──〝なにか食べたいものある?〟

 

 いちいち優しいなぁ、なんて思いつつ、指を走らせる。

 

 ──〝お姉〟

 

 ……。……ん?

 今あたし、何を打って。

 

 ──〝私は食べ物じゃないよいのりちゃん〟

 ──〝混乱しているということはわかりました。お腹に優しいもので、できるだけ美味しいものにするから、ちゃんと寝て待っていること〟

 ──〝今日明日くらいは寝る時に手を握ってあげてもいいです〟

 

 おお。なにかよくわからないけど、収穫が。

 これは押せばいけるのでは。

 

 ──〝寒いからお姉を抱っこしたい〟

 ──〝あっためてほしい〟

 

 ──〝わかった〟

 ──〝うつっちゃうと大変だから、マスクはするけど〟

 

 ──〝お姉大好き〟

 

 最後のメッセに既読の二文字が付いたことを確認して、スマホを放り投げる。

 仰向けに再度なって、腕を投げ出して。

 

「えへへ……」

 

 顔のにやけ。

 枕……を持ち上げ、顔に押し付けて、何度かごろごろする。

 

「ふぇへ……へへ」

 

 自分でもちょっと引く笑みがこぼれ続ける。……なんでだろう。お姉と一緒に寝ることくらい──無理矢理とはいえ──それなりにやっているのに。

 今回初めて、無理矢理じゃないから、だろうか。

 

「じゅる……はまずくない? あたし?」

 

 流石にティッシュで拭く。いやどうしてしまったんだあたしの身体。熱でおかしくなっているのは確実にしても、涎って。

 

 でも、わかる。想像がつく。

 お姉は優しいから……病人なあたしを甲斐甲斐しく介抱してくれる。抱きしめさせてもくれるし、抱きしめ返してくれるかもしれない。ああ、それはどれだけの多幸感を生むのだろう。学校を休み過ぎると同情による軋轢が面倒臭いから一日以上休むことは避けたいけれど、お姉がこうも従順になってくれるのならあと二日くらいは休みたいかもしれない。

 ……はて。

 あたしってこんなにお姉のこと好きだっけ。普段のあたし、そんな好きを表現する態度取ってたっけ。

 

 おもむろにスマホをつけて、写真ファイルを漁る。

 その中にある「お姉」というフォルダ。そこを開けば、色んな角度のお姉がずらり。

 

「ふふ……ふぇへへ……。お姉……かわいい……ほんと、お人形さんみたい……」

 

 絵に描いたようなジト目。への字に曲がった口。艶やかでさらりと切り揃えられた黒髪。あんまり日に当たっていない肌。

 胸も確かにスレンダーだけど、それより腰の……これ言ったら絶対に怒られるから言わないけど、〝寸胴さ加減〟がホントにかわいい。顔はお人形さんで、身体は赤ちゃんをそのままでっかくした感じで。幼児体型ともまたちょっと違う、抱っこしやすい形。

 身長は多分あたしより10cmくらい低くて、あんまり言いたくないけど体重も相応に軽い。

 強く抱きしめた時に出る「ふぎゅ」とか「ぐにゅ」みたいな音がかわいい。体重をかけると「ぬぐ」とか「ぐぎぎ」みたいな音がリアルに出るのもいい。

 何よりお姉は諦めないからかわいい。絶対に無理なのに最後まで抵抗し続ける。頑張って頑張ってケージから出ようとしてはひっくり返るハムスターを見ているみたい。

 

 一目惚れ。あの時あたしはそう言って、お姉に全否定されたけど。

 実際、あの扉が開かれた時、あたしは確実に一目惚れというものをした。あのかわいいのを自分のものにしたくなった。

 初めてだった。「他者を愛せば愛し返される」を理念とし、そういう意味で……誰かに気に入られることを第一に生きてきたあたしの、初めてできたお気に入り。

 それは決して年上に向けるものでも家族に向けるものでもない感情だけど、あたしはお姉を自分のものにしたい。

 撫でまわしたい。甘やかしたい。ジト目のあの顔で、不満たらたらみたいな顔で……文句がありますよ、みたいな声色で「好き」って言われたい。嫌がられながら愛されたい。

 

 ……熱ってすごい。

 あたし、こんなこと考えてたんだ。

 

 でも……自覚したら、想いが強まった。

 

「お腹舐めたらどんな反応するのかな……背中とか……ふぇへへ……これは浅野先輩にもできない……妹の特権……」

 

 全身舐め回して、本当に不快そうな顔をされたい。

 困らせたい。で、そういう風にいやいや言ってるお姉をねじ伏せて、無理矢理愛してあげたい。ひきつった顔で「私も……愛してるけどさ」とか言わせたい。

 

 まずい。普段はあれでも抑えている妄想が、熱によってタガを外されているのがわかる。

 

 今のあたし、相当キモい。誰にも見せられない部分が出ている。

 でもいいのだ。だってここにはあたししかいない。あとは風邪ウィルスくらいしかいない。

 

「キス……キス、かぁ。舌を入れるといいって聞くけど……何が気持ちいいんだろ……」

 

 とろけたお姉は見てみたい……けど、今のところあたしがキスの良さをわかっていないので難しい感じはする。

 それをするくらいだったら上記のような「お姉が不快に思いそうなこと」をした方がまだ。

 

「へゅへへへ……じゅる」

 

 お姉、お姉。お姉。

 早く帰ってきてお姉。そうして、あたしの──。

 

 

「熱は三十八度一分。大分下がったけど、油断はできないから、静かにしてなさい」

「うん……」

 

 玄関の鍵が開く音に喜び勇んだのもつかの間、「ただいま」の声がどう聴いてもママで、すぐに布団を被り直した。

 ……明日も明後日も、とか思ったけど……ママを心配させたくはないから、このまま熱が引いてくれたらそれでいい。

 

「あとこれ、冷感シートとのど飴と、クーラーボックスの中に氷のパックも入れておいたから、タオル巻いて使って、あと……」

「大丈夫、大丈夫だよママ。自分でわかる」

「そう……? ……なにかあったらすぐにメッセージをちょうだいね」

「はぁい」

 

 冷静に考えると、お姉よりも早く帰ってくるって……相当な無理を通したに違いない。

 悪いことをしたなぁ、という気持ち。午前中一人で舞い上がっていただけに、罪悪感がふつふつと。

 

「悪いことをしたなぁ、とか考えてないでしょうね」

「う゛……か、考えてないよ」

「まったく……病気なんて誰でも罹るんだから、なった時は素直に弱って、素直にママを頼りなさい。勿論パパも、由佳ちゃんもね」

「ん。ありがと、ママ」

 

 やっぱりママには敵わない。

 ……頼る、かぁ。それこの前も聞いたなぁ。

 

 

 掌に小さな温かさを感じて目を覚ました。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。そんなあたしの手をちょこんと掴むはお姉の手。

 ベッド脇で座ったまま眠る、お姉の手だ。

 

 時刻は二十二時。多分みんな夕ご飯を食べ終わったあと。

 鍵……は、そっか、ママが出入りするからって締めてなかったんだっけ。

 

 少し名残惜しいけれど、お姉の手をそっと離す。

 ベッドサイドテーブルに置かれたあたし用のごはん。メッセで言っていたように、消化しやすくそれでいて美味しいごはんを目指して作られたらしいそれぞれは、そこまで食欲のない身体でも食べられそうなものばかり。

 生憎とあたしに料理の知識がそこまで無いから何がどれとかはわからないけれど、とにかく美味しそうで。

 

「いただきます」

 

 お姉を起こさないよう小さく呟いて、それをいただいた。

 

 

「ごちそうさまでした。……で、お姉、狸寝入りしてないで、トイレ行ってきていいよ。あたしも後で行くから」

「なぜバレて……」

「明らかに途中からむずむずもぞもぞしてたし」

「……行ってくる」

 

 こういう妙な意地を張る所が可愛いんだよなぁ、なんて思ってから……さらに冷静になった頭で、ずぅんと落ち込む。

 

 そういえばあたし、今まで……お姉に嫌いになってもらおう、みたいな運動をしていたような。

 茜さんの件もそうだし、その他も……。結果としてお姉があたしを嫌わなかっただけで、下地は十二分にあるというか。

 

 ……お姉の不透明な愛情は今でも苦手。

 だけど、今日自覚した「お姉をあたしのものにしたい」という欲求は強さを増すばかり。

 でも、初期のアプローチのせいで、あたしからの愛情はすべて偽物だと決めつけられてしまっている。

 

 ど。

 

 ど……うしよう。

 

「いいよ、いのりちゃん。……いのりちゃん?」

「あ、う、うん。行ってくるね」

 

 一瞬全てが赦されたのかと勘違いしたけど、そういう話じゃない。

 多少フラつく足取りでトイレへと向かいながら考える。

 

 これは……恋、だろうか。

 以前感じた距離感。それに伴う痛み。

 あれも恋故だろうか。それとも「所有物」が離れることへの痛み?

 

 トイレ中も、トイレを済ませたあとも、脱衣所で軽く身体を拭いて着替えをしたあとも。

 今抱いている感情の種別が判断できなくて、もやもやして。

 

「お帰り。あ、身体拭いてきたんだ」

「うん……。ねえ、お姉」

「なに?」

 

 お姉を持ち上げる。抵抗しないお姉。

 そのままベッドへ入って、彼女をぎゅうと抱きしめて。

 

「お姉をだっこしてると……落ち着く。これってなんなんだろ」

「いのりちゃんがしっかり妹をしてて、私がしっかりお姉ちゃんできてる証拠じゃない?」

「……」

 

 違う……と思うんだけど。

 これ、道のり……果てしなく長かったりするのかなぁ。

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