私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
四月八日。
昨夜、なんとかいのりちゃんの魔の手を振り払った私は、しっかりと勉強をした上で、今こうして早起きをしている。
……なお、別に褒められた行為ではない。まだちょっと気まずい……から、早起きして朝ごはんとお弁当を作って、誰も起きてこない内に登校してしまおう作戦だ。
作るのは冷めてもおいしい料理。
作り置きしてあった二人用のシチューを取り出して、火にかける。適当な頃合いを見計らって火を止め、それを少し凹ませた食パンにざぶざぶ注ぎ、とろけるチーズを乗せてオーブンで焼く。これを人数分。
あと、トマトジュースと牛乳を混ぜて、コンソメを入れたものをスープとして。まぁ、ビスクモドキだ。
完成、偏見まみれのフランス朝ごはん。冷たくても美味しいver.~。
そのままの手でお弁当も作る。こっちはほとんど冷食なのであんまり描写はしない。
今までお父さんと自分の分だけで良かったところをあの二人の分も作るから少しだけ時間がかかるけど、まぁ冷食を並べて詰めて、スクランブルエッグ程度の料理を申し訳程度に添えて完成なので、そこまでの労力でもない。
ここまでやって時計を見ると、午前五時四十分。ううん完璧。
……しおりさんはお父さんと同じ会社。だから起床時間もお父さんと同じだと思われる。つまり六時頃。
一日の始まりがギスギスだと、その日ずーっと気分が滅入るものだ。ギスギスの原因が私にあるのだとしても、そしていつの間にか出ていった私に気を揉んで結局憂鬱な気分になるのだとしても、まぁ、ちょっとくらいは緩和されるだろう読みで。
着替えやメイクなんかの身支度は既に済ませてある。
から。
「いってきます」
か細い声で呟いて、家を後にした。
人通りなんかほとんどない道を歩く。といっても大通りの方は車が増えてきているし、ランニングをしているおじさんおばさんも見えるから、人っ子一人いない、なんてことはないんだけど。
いやぁ。
……我ながら本当に女々しい。もっとサバサバしてるつもりだったんだけど、とんだ勘違いだったようだ。
「おー? 由佳ちじゃん、なになに、一時間間違えたー?」
なんて元気な声が背後から聞こえた。
振り返れば、長い筒を背負った少女が。
「真美。おはよ」
「おはよー」
「で、間違えたわけじゃないよ。今日から……ちょっとの間は、この時間に登校しようって決めただけ」
「部活でもないのに?」
「いいじゃん、別に学校は開いてるんだし」
中曽根真美。中学からの付き合いの友達で、弓道部に所属している。
朝練があるから早起きなのは知っていたけど、成程、この時間が丁度被るのか。
「……まさか、弓道部の誰かと付き合ったとか!?」
「男っ気とか、ないでしょ私」
「ないからこそじゃん!?」
朝からテンションの高いことだ。
まぁ、そのテンションの高さに……ちょっと救われている。先程までの陰鬱な気分が吹っ飛んだ。
「っていうか、新学期始まってすぐに朝練なんだ。大変だね」
「新学期もなにも、春休み中ずっと練習はあったからなー」
「うひゃあ」
「一年の頃は大変だって思ってたけど、流石にもう慣れっこだよ」
私の所属するグループの中で、部活に入っていないのは私ともう一人だけ。けどその子はバイト三昧なので、部活組と同じくらいには忙しそう。
部活、かぁ。入っていたら、色々違ったのだろうか。
「昨日なんかあったん?」
「え。……なにが?」
「さっきは聞き流したけどさー。今日からちょっとの間、早起きするって決めた、なんて……それ、昨日何かあったって言ってるようなものじゃん?」
「う」
そんなにわかりやすいですか私。
……自分で言っててわかりやすいな、とか思っちゃった。
「ちょっと……人間関係でね。恋愛じゃなくて……」
「えー。なに、嫌なやつ? なんか言われたとか?」
「いや、嫌な奴は私だったっていうか……」
「うわ出た由佳ちの自己批判! 喧嘩になるとすーぐ自分になんか非があったんじゃないかーとか私って本当に嫌な奴ーとか。一回くらい相手が悪いって考えてみればいいのに」
「今回のは本当に私が悪いからなぁ」
「ひぇー、由佳ちハゲちゃうよそんな背負ってたら~」
いや、だってあの三人はなんにも悪くなくて。
私がうじうじしているだけで……。
「はいどーん!」
「きゃっ!?」
足払いをされて、身体を支えられる。
え、なに。いきなりなに。
そのまま……持ち上げられた。
いわゆる、お姫様抱っこ、で。
「ちょ、ちょっと! 真美、恥ずかしい、恥ずかしいって!」
「自分責め責めお姫様には丁度いい罰なのだ~! っていうか軽すぎでしょ由佳。ちゃんと食べてる?」
「いいから降ろしてってば!!」
どんなに暴れようとも、全く降ろしてくれない真美。
彼女の「あんまり騒ぐと余計人集まってきちゃうんじゃない?」という悪魔の声で大人しくならざるを得なくなり、学校までの道すがら、私は久方振りの極大羞恥心を味わうこととなる。
……まぁ、真美のおかげで……暗くなりつつあった頭の中、全部ぶっとんだから……ありがとう、だけど。
昇降口で真美と別れて、人のいない校舎を歩く。
通りと違ってこっちは本当に人がいない。ただ部活棟や道場、運動場から元気な声が聞こえてくるから、やっぱり朝練の生徒は結構いるのだろう。
新しい教室。窓側、前から三番目の席に座って……一息を吐く。
どうしたものか。
あとは本当に私の問題だけ。発言から察して、……まぁなんとも思っていない、ってことはないのだろうけど、あちらの親子は旦那さんのことをもう割り切っている、っぽい。そしてお父さんも、お母さんのことを。
かわいい女の子になるための目標その二。いつだって立ち止まっていいけれど、そこに自分一人しかいないって思うのだけは、しちゃダメ。
べたーっと机に突っ伏す。
難しいよ、お母さん。私はお母さんを忘れるとか……できそうにない。
「あれ、振原じゃん。なにしてんこんな時間に」
「ん……浅野か。こっちの台詞だけど」
「ウチはいつもこの時間だっつの。この時間のバス逃すと次二時間後で間に合わないし」
突っ伏していた私に声をかけてきたのは、いのりちゃんとは違う……ちょっとケバいと思われるだろうギャル。
浅野霞。一年の時から女子テニス部副部長になっていた、バリバリのパワー系ギャル。言葉の通りちょっと住んでいるところが田舎めで、バス通学をしている。
……ギャル、か。
「ねえ浅野、的形って子知ってる? 一コ下の」
「中学ん時の後輩だなー。なに、あいつなんかした?」
「いや……どういう子なのか気になって」
「なんかしたのカクテーじゃん。……でもあれ、底抜けに良い奴だったから、振原の逆鱗叩き割るようなことしなそーなんだけどな」
やっぱりギャルはギャルと繋がっているのか。
六ギャルの隔たり。ギャルを六人かませば全世界の人間と友達である可能性が高い。
「良い子、かぁ」
「なに、振原にだけ当たりキツいとか?」
「んー。……逆。めっちゃ良い子で、こっちが蒸発しそうになってる」
「納得」
「すんなー」
この通り友達がいないってわけじゃないけど、比較的陰寄りな私。それは自他共に認めるところで、ああいう手合いを前にした私がどうなるかも知られている。
ぎゅむ、と。
背中に重みが。
「ちょーいー?」
「またくだらねーことで悩んでると見た」
いつの間にか私の座る椅子の背もたれに座ったらしい浅野。当然突っ伏しているとはいえ確かにそこに存在する私の背を押し潰す形を取る。
「くだらなくないしー」
「まー実際振原にとっては重い話なんだろうけど、傍から見ると思い込みにしか見えねーっていつものパターンっしょ」
「……んぬぇー」
浅野は完全なるサバサバ系だ。私のようななんちゃってとは格が違う。
でも……良い子だからなぁ。決して嫌な奴じゃない。
「で? 感情抱え込み女は、的形とどういう関係なん。フツーに生きてたら交わらないっしょソコ」
「別に……。昨日帰り道一緒になって……なんか、住んでる世界違うなぁってなっただけっていうか」
「あーね? ……ん、じゃあこっち引っ越してきたんだ、あいつ。家確かウチの家の近くだったはずだし」
おっと、嘘を吐いたら墓穴になった。
咄嗟の嘘なんか吐かない方が良いという教訓だねこれは。
「ああいうキラキラした子っていうのもそうだけど、年下と関わってこなかったから……どんな話題振ればいいのかわかんなくて、気まずい雰囲気が」
「女に触れてこなかったこじらせ男子中学生かよ」
「同年代ならズケズケいけるんだけど、年下って何流行ってるのかとか知らないし……」
「だいたいウチらと変わんねーだろ。一コしか違わねーんだから」
う、うう。
正論パンチやめて。真美が作ってくれたカサブタが無理矢理剥がされる……。
「まぁそもそも振原が流行に疎いっつーのはそうだよな」
「グサぁっ」
「化粧もちょっとしかしねーし、アニメとかYoutuberの話振っても一切反応しねーし」
「いやだって、勉強してたらそんなの見てる時間ないし……」
「登下校に一時間半かかるウチより時間ないってか」
「……うぅ」
いや、私だってアニメくらい見るけど……ただ、一個のものを好きになるから、流行には乗れないってだけで……。
Youtuberとかは、ごめんなさいだけど、本当に何もわからない。
「んー。的形と仲良くなりたいってことでいいのか、結局」
「仲良くなりたいっていうか……次会った時気まずいと……あっちが気を遣っちゃうから、せめて話題くらいは出せるようになっておきたい、みたいな」
「別にあいつそういうの気にしねーと思うけど。まぁ、中学ん時テニスやってたから、そういう話題で詰めてみれば? なんもなければアイツも女テニ入ってくるだろうし」
部活、か。
……大丈夫かなそれ。地雷だったりしない?
あっちだって一時かそれ以上は離婚した母子家庭だったわけで……しおりさんが働いていたから貧乏じゃなかったかもしれないけど、部活とかやる時間無くて、途中で引退した、とかだったりしない?
「妄想抱え込み女に浅野様からひとつアドバイスをやろう。後輩女子と接するコツだ」
「ははーっ」
「あいつらもあいつらでこっちの出方見てビクビクしてっから、年上なウチらがガツガツ行ってやった方がスムーズ。気を遣わせる云々言うならまずそっから」
「……浅野のクセに本当にためになること言うじゃヌグェー!?」
「ウチのくせにとは、どういう意味だこじらせ女」
体重が、背中に体重が!
潰れちゃうからやめてください!
「あ、そうだ。ちなみになんだけどさ」
「ん」
「あの子って、口癖みたいに大好きとか言う子?」
「まぁ、そういうタイプではあった気がする。友達とかめっちゃ大事にするタイプ」
「なるほど。そういうことか」
「大好きって言われてそういうケがあるのかって勘違いしたワケだ」
「うるさーい」
抱きしめられて大好きなんて言われたら、誰だってちょっとは「お、おお?」ってなるでしょ。
でも危なかった。本当に勘違い女になる一歩手前だった。
ぎゅ、と圧が強まる。
「よっこいせ」
「ぬぐぎゃ」
「うわ可愛くない悲鳴」
「……可愛さなんて求めるな私に」
「えー、お前案外可愛いと思うけどな。ほとんどメイクなしでそれとか、ウチに喧嘩売ってるだろ」
「浅野に可愛いって言われてもなぁ」
「じゃあ誰に言われたら喜ぶんだよ」
それは……。
お母さん、になっちゃうけど。
「はぁ、性格がコレじゃなけりゃなぁ、結構モテてた説あるよなー」
「コレて。……ヤな奴の自覚はあるけども」
「ソレなんだよなぁ」
彼氏なんかできたことない。
中学の時、先輩……女子の先輩に告白されたのが最後だ。断ったけど。
なお、その先輩は「由佳ちゃんはぷっくりむすーってしてる顔が一番可愛いから、常に怒らせたいし常に拗ねさせたい!」とか言ってくるド変態だったので、あそこでお断りしたのは英断だったと思われる。
「まー、特に険悪な仲でもないなら、良くしてやってくれ」
「なにその保護者面」
「マジで良い奴だかんなアイツ。ウチのこともめっちゃ慕ってきてたし、毒っ気ないし。ああでも、テニス上手いのだけ玉に瑕だな」
「なんで。長所じゃん」
「上手いからやっかみ受ける。ウチが守ってやんねーとなー来たら」
ああ……。女テニ、そういうの怖そう。
まぁ浅野がガーディアンになるなら問題ないか。
「振原は完全帰宅部オンリーなん?」
「まぁ、二年からいきなり部活とか、どこも迷惑でしょ」
「そうかぁ? そんなナリで運動できるんだし、どこも結構受け入れてくれそーなもんだけど。水泳部以外」
「……別に泳げるし」
「犬かきだけしかできないやつを泳げるとは言わん」
犬かきは海難救助でも使われているれっきとした泳法だし。馬鹿にされる筋合いないし。
……腕を振り上げたり伸ばしたりするとぶくぶく沈んでいくだけだし。
「っと、噂をすれば」
びく、と身体を起こす。
え……いのりちゃんが来た? なんて構えて教室のドアの方を見ると、いのりちゃんより更に背の高い女子がそこに。
「なんだ那奈か」
「なんだってなによ。いきなりご挨拶にも程がない? あ、おはよう霞。失礼な由佳も」
「おはよーさん」
井俣那奈。水泳部。一応幼馴染……になるのかな。単純に幼稚園からずーっと一緒のルートを辿っているだけだけど。
なお、彼女の身長は中学時点で175㎝くらいあったはず。デカい。あと……デカい。
「なんだか疲れてるみたいだけど、何かあった?」
「由佳*後輩の元気溌剌女子。いこーる?」
「ああ、勝手に由佳が蒸発したのね」
「ざっつらーい」
なんて理解のある、なんてうるさい友人たちだ。別に元気溌剌な女の子を前にしたって十秒くらいなら意識保てるし。
「っていうか、なに那奈。水泳部に朝練とかあったっけ。早くない?」
「ああ……まぁ色々……いいでしょ、早くに登校したって、べつに」
いきなり言い淀む那奈。
私は突っ伏したまま、浅野は左斜め後ろの席に座って……アイコンタクト。
「男か」
「彼氏できたんだ那奈」
「ちょ……やめて。先輩とはそういうのじゃないから……」
「先輩なんだ」
「ヒュー、これから大学受験の時期にカノジョ作るとか、すげー男もいたもんじゃん?」
「だ、だから違うって」
私自身には恋人っ気というのは全くないけれど、フツーの女子なので。
興味津々でございます。特に昔からの友達となれば。
「先輩に会うために早起きして早くに登校したってこと……つまり、朝練のある部活」
「サッカー部野球部弓道部……吹奏楽の一部も朝練あったはず。あとは……」
「だから、違うってばぁ!」
違うわけがない。
うむ。ニヨニヨが止まりませんな。
「浅野。どこに惚れたと思う? その先輩」
「まぁ乳だろ。次点でヘソ。競泳水着のヘソは刺さるらしいぞ、男に」
「競泳水着だとおへそって隠れちゃわない?」
「水着の材質でちょっと凹んでるのが良いらしい。キモ兄貴が力説してた」
「相変わらずキモいんだ浅野のお兄さん」
「相変わらずキモいけど相変わらず頭いいから毎日ムカついてる」
良いなぁ異性の兄弟。お兄ちゃんとか、甘えてみたかったな。
……今は私がお姉ちゃんなわけですけど。
で……おへそか。
思わず下へ向かう目線。ばっと身を……おへそのあたりを掻き抱いて下がる那奈。
「違っ……確かに胸は見られてたけど、おへそなんか一言も、あ」
「語るに落ちたな」
「まぁ胸は見ちゃうよ。でっかいし」
「だだ、だからぁ……!」
「別にいいじゃん。なんでそんなに隠すの? むしろみんなでお祝いすることでしょ。お赤飯焚こうか?」
「振原、それちょっと違う。……けど、久しぶりにみんなで集まって女子会とかしてーな。そこで全部吐けよ井俣」
「ぜったい嫌!」
「で、結局誰なの。私達知ってる先輩?」
「お前は同学年以外興味ないだろ」
「いやそうだけど、気になるじゃん。写真とかないの。ツーショ撮ったりするでしょ彼氏って」
まくし立てるように責め立てれば、茹蛸みたいに真っ赤になっていく那奈。
これは良いおもちゃを見つけたりですよ。……まぁこうなるってわかってたから言わずにいようとしたんだろうけど。
「そ、それを言うなら二人はどうなのよ! どっちも……モテそうだし」
「ウチは男とかキョーミねー。そういうのに金かけるの勿体ないってタイプだし。んで振原は性格がコレだから無いってわかるだろ」
「ああ……まぁ、由佳は、内面さえ見なければ……だから、喋らなければ可愛い子だから、その辺を頑張れば……」
「さっきから酷くない二人して」
「事実だし」
「このまま成長しても残念美人になりそうって昔から思ってる」
こんなのと友達で本当に良いのか振原由佳。
今からでも関係性見直した方が良くないか。
「まー、愛されるってのは多少キョーミあるよ。ウチから、ってのがダルいだけで」
「相手の好きが伝わると、それだけで嬉しいものね」
「じゃあもうラブラブなんだ」
「あ、いや、違……って、私のことはいいのよ、由佳の話!」
「んー、振原は溺愛されそーだよな。たまにウチですら思うもん。こいつハムスターみたいだなって」
「わかるわかる。色々一生懸命頑張るけど、たまーにぜーんぶ空回りしてて……それが可愛いのよ由佳は」
「ちょっと身の危険を覚えた」
言ってることあの先輩と同じなんだけど。
私の徒労がかわいいって、本当にどういう感覚なの。怖いよ。
「なんかこう……ハムスターが頑張ってケージから出ようとしてるのを上から見下ろして、どんだけ頑張っても無理なもんは無理だぞーって言ってる感覚」
「ひっくり返ったり回し車で走って勢いつきすぎて自分ごと回っちゃったりしてる姿がかわいい、みたいな」
「ま、真美ー! 早く朝練終えて帰ってきてー! この二人怖いよー!!」
それって溺愛なんですか。
……うぅ、まさかいのりちゃんの言う大好きって、そういう意味だったりしない、よね?