私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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20.再会した。

 四月二十三日。

 いのりちゃんに抱きしめられていたこと、そして彼女が安らかな寝息を立てていたから抜け出すに抜け出せず、ようやく抜け出した頃には時計の針が真下を向いていた。

 とりあえず急いで諸々の支度を済ませている……と、当然だけど朝早い二人とかち合うことになる。

 

「あ……由佳ちゃん」

「由佳。もしかして」

「違う。今日はいのりちゃんの看病をしてたから遅くなっただけ。……それだけだから」

 

 なぜそこで意地を張るのか。

 そうだよ、と話を合わせて、今日からは普通の時間に起き、普通の時間に出ていくようにすればいいのに。

 

 ……そんなパキっとした切り替えができたら、私は初めからこんなにうじうじしていない。

 

 無言で調理を進めていく。

 ここのところ連日パンが続いていたから、今日は和食。白米、納豆、お吸い物、和え物。

 調理というほどの過程を要さないそれらをぱっぱと作って、それを出して、次はお弁当。

 仕込みじたいはやってある。昨日いのりちゃんの部屋へ行く前に済ませておいたものが。だからそれを取り出して、ちょびっとだけカロリー高めな肉巻きお弁当を作り……よし。

 

「じゃあ、いってきます」

「由佳は朝ごはん、食べたのか」

「食べたよ。初めに」

「流しにお皿がないようだが」

「おにぎり作って食べた」

「……そうか」

 

 お父さん鋭いな。食べてないのがバレた。

 けど……やっぱりこの空間には居られない。早く学校へ行ってしまいたい。

 

 そうして、急いでリビングを出ようとした……ところで。

 

「あ、お姉。……おはよう」

「……おはよ。熱は?」

「もう引いたみたい。……お腹空いた」

「一応いのりちゃんのだけお腹に優しいもので揃えてあるから、そっち食べて」

「うん。……あれ、お姉がいる。……パパとママもいる……。……これ夢?」

 

 ハグされる。体温はちゃんと正常に戻っているみたいだけど、まだ寝惚けているというか。

 そのまま持ち上げられて……いやあの、お父さんもしおりさんも見ているのに。

 

「あら……」

「ああ……たまにはそういう強引さも、由佳には必要なのかもしれない」

 

 持ち上げられて、座らされた。脱走した子供を躾けるかのように。

 

「いたらひます……」

「いのり、先に顔洗ってきなさいな」

「んー……。今あたしがいなくなったら、夢、覚めちゃう……。家族みんなでご飯したい……」

 

 お父さんが「だ、そうだが」という視線を投げかけてくる。……はぁ。

 

「わかった。今日は……一緒に食べるから。いのりちゃん、シャワー浴びてきなよ。身体拭いたっていっても気持ち悪いでしょ」

「……いなくならない?」

「いのりちゃんが嫌じゃないなら、一緒に登校してもいいよ」

「ん……じゃあ、浴びてくる……」

 

 寝ぼけまなこを擦りながら、彼女はお風呂場の方へふらふら歩いていった。

 

 溜め息。

 

「やっぱり食べていなかったか」

「……うん」

「本人がいる前で聞くのはずるいとわかった上で聞くが……別にしおりさんと一緒にいることが嫌、というわけじゃないんだろう?」

「うん。別に嫌じゃない。……ただ、私が勝手に気まずくて、私が勝手に……落ち着かないだけ」

「由佳ちゃん……」

 

 いのりちゃんの行動で、お母さんが何かを想っていることはわかったけどさ。

 だからといってしおりさんをすぐに、というのは無理だし、私自身も変わらないし。

 

 自分用の朝食。その支度をする。といっても特別なことはなにもない。炊飯器からごはんをよそって、納豆を一パック冷蔵庫から出して、同じく冷蔵庫から和え物のボウルを出して小皿によそって、お鍋からお吸い物を注いで。

 元々四人分で作っていたんだ。それで使い切れる量にしてある。

 

「……いのりちゃんがいない内に、聞いておきたい……んだけどさ」

「ああ」

「お父さんは……お母さんが今どうなってるか、知ってるんだよね」

「……」

「じゃあ、しおりさんは? ……全部理解した上で、お父さんとの……再婚を決めたの?」

「……。……そうね。想いを通わせあった時は、知らなかったけれど。……こうして……再婚の話が出た時、昌仁さんはすべてを話してくれた。その上で私は……昌仁さんと家族になりたいって、そう思ったの」

 

 ……。

 ……わからない。

 まだお母さんがどうなっているのかはっきりしない、というのもあるけど。

 そんな……お父さんの心はまだお母さんにありますよ、って言ってるようなものなのに、どうして。

 

「これだけはわかってほしい。お父さんもお母さん……茜も、由佳に意地悪をしたくてこうしているわけじゃない」

「わかってるよ。二人の性格は、私が一番よくわかってる。……ごめんねしおりさん。朝ごはんの時に、こんな話しちゃって」

「そんなこと思わないで。あなたがそれについてとてもとても悩んでいるって、私も知っているから」

 

 わかってる。そんなこと、心から。

 ……いつまでも立ち止まっているのが私だけってことくらい、わかってる。

 

「お父さんからも一ついいか?」

「うん」

「由佳は、茜が……お前と会わないことを決めた、と。……誰から知ったんだ」

「……」

「何度も前置きするようだが、お父さんもしおりさんも、その話が由佳に伝わることのないよう細心の注意を払っていた。それを……」

 

 いのりちゃんの名前を出すのは得策ではない。

 彼女はそういう積極的な行動をしない……そういう子ではないと思われたがっている。

 

 が……現行、私の情報源となり得るのは彼女か友達だけ。基本的に学校、家、スーパーくらいしか行き来していない私が他者と交流する機会は限られている。

 隠しても黙っても、バレるのは時間の問題……なら。

 

「誰にも聞いてないよ。ただ、そうなんだろうなって思っただけ。お父さんがお母さんの話を一切しなくなったのに、お母さんとの思い出は別に消してないところとか、怒りも恨みも悲しみも抱いていないこととか。……多分今でもお父さんとお母さんは連絡を取り合ってて、だから安心してられるんだろうな、って」

「……はぁ。本当に、そういうところは茜にそっくりだな」

「すごいのね、由佳ちゃん。私なんて……最初は浮気相手にされて遊ばれているんじゃないか、なんて思っていたのに……」

「し、しおりさん!?」

「あ、やっぱり思うことは思ったんだ。だよね。離婚したにしては……お父さんの待ち受け、家族写真のままだし」

「由佳まで……」

 

 驚愕の目を向けてくるお父さん。どういう……え、もしかして隠し通せていると思っていたのだろうか。

 いのりちゃんのことがなければお母さんの現状を知ることは無かったけど、それでも仲違いをしたわけではないのだろう、ということは最初からわかっていた。だってお母さんの荷物を整理する時ですら険悪な雰囲気がなかったし。

 ……だからこそ理由が分からなくて、ずっとずっと悩んでいたのだけど。

 これは……お父さんもお母さんも、互いに善意で、譲り合っての離婚……っぽいなぁ。……だとしたら、もしかしてお母さんはなにかトラブルに……。

 いや、そうだとしたらお父さんがお母さんを逃すはずがない。むしろ寄り添う、協力すると言って彼女を手放さなかったはず。

 

 私に会うことができないというお母さん。でもいのりちゃんとは会っているし、お父さんとも連絡を取っているのだろうことから……隔離されているとか、意識のない状態にあるとかではない。私に会えないのは物理的な距離や性質的なものではなく、お母さんの意思で会いたくないとしているのが妥当な線だろう。

 その上で二人が仲違いをしておらず、しおりさんもお母さんの現況に理解を示している……となると。

 

「──もしかしてお母さん、病気……なの?」

「……!」

「……」

「ああ……うん。二人は嘘が吐けないんだね」

 

 そういう……ことか。

 だから会いたくないんだ。会ってしまえば私がショックを受けるし、毎日のようにお見舞いへいく。友達との時間も勉強の時間も削って、毎日毎日。

 お母さんもお父さんも優しいから……そうなった私がどうなっていくかの予想がついている。今でさえ会いたくなって、今でさえ……想う気持ちが大きくなって。

 

「無理しないし、自分の身体を大事にする、って言っても……会わせてもらえない?」

「……それは」

「由佳ちゃん」

「ん……うん。なに、しおりさん」

「まだ、一緒に住み始めて一ヶ月も経っていないけれど。……今の由佳ちゃんにそれができるとは思えないの」

 

 言い淀んだお父さんと違って、しおりさんは極めて直球だった。

 

「そう……かな」

「ええ。あなたは自分がこうだ、って決めたことに対してなら、どこまでもどこまでも頑張れちゃう子。だから……気持ちはわかる、なんて口が裂けても言えないけれど、焦っているのはわかるから、もう少し、もう少し……自分を大事にできるようになってからじゃないと」

「……でも、もう思い至っちゃったから、無理かも」

 

 お母さんは言うほどミステリアスな人じゃない。お転婆でお茶目で……ちゃんと寂しがりや。

 口では気丈に振る舞うけれど、人より多く傷ついて、人より多く前に進むだけ。

 

「ごめん、お父さん、しおりさん。……多分北瀬垣だよね。この辺で……重い病気で、入院できるとこ。そこしかないし」

「由佳……」

「今日、学校遅刻するね。……二人の言う通り、ダメみたい。居ても立っても居られない。……大丈夫、ちゃんと……心を落ち着けて、帰ってくるから」

 

 と、そこで。

 スマホに通知が入る。

 

 ──〝三階病棟、エレベーターを出て右手奥の部屋〟

 ──〝一緒にご飯食べる約束を反故にしたので、あとで補填をもらいます〟

 ──〝( ⩌⤚⩌)〟

 

「いってきます」

「……はあ。行動力が高いところも本当に……。しかも堂々とサボり宣言とは……。まぁ、電話はしておいてあげるから、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい。ふふ……茜さんにも似ているのかもしれないけれど、昌仁さんにもそっくりよ?」

「え?」

 

 そんな声を聞きながら。

 私は、北瀬垣総合病院へ向かう。

 

 

 勝手知ったるというほどではないにせよ、何度か来たことのある病院。面会者としての受付をして、足早になる歩を抑えつけつつ、そこへ向かう。

 三階で止まるエレベーター。扉が開くと、見慣れない病室だらけのフロア。

 制服で来てしまったからだろう、時折奇異の視線が看護師さんたちから向けられるけど、首に下がる面会証を見て納得したように仕事へ戻ってくれる。

 

 エレベーターを出て、右手奥の部屋。

 個室だ。そしてそこに……「光川茜 様」の文字があった。

 

 恐る恐る、ノックをする。

 

「どうぞー」

「っ……」

 

 あまりに懐かしい声。七か月前に聞いたきり、聞くことのなくなってしまった声。

 スライドドアを開ければ……ベッドを囲うカーテンの奥に、シルエットが見えた。

 

「こんな朝早くから……今日もお注射? それとも検査?」

「……」

「……あら、看護師さんではないのね。それに……。……ああ」

 

 ふふ、と笑う彼女。言葉を紡げない私。

 でも多分、伝わった。

 

「もう……昌仁さんもいのりちゃんも、口が軽いんだから」

「……違うよ。二人はちゃんと言わなかった。……私が勝手にたどり着いただけ」

「あらそうなの? そっか……じゃあ、かわいい女の子になるための目標は、少しずつ達成できているのね」

 

 一歩、また一歩とベッドへ近付いていく。

 私達を阻むカーテン。それを掴んで。

 

「ダメ。……こんな姿見たら、あなたは目を回しちゃう」

「いい。そうなってもいい。……ここまで来て会わないのは無理。……無理だよ」

 

 開く。

 ──ああ、確かに、そう考えてもおかしくはない。

 やつれている。記憶にある彼女よりずっと、ずっと。

 髪のない場所。不自然に膨らんでいる場所。逆に痩せこけている場所。

 

「お母さん」

「……ごめんね、由佳」

「なにが? ……黙ってどっか行ったことなら……うん。たくさんたくさん謝ってほしいけど」

 

 お母さんだ。変わらず、お母さん。

 ……ああ。夢じゃない。

 

「つらかった?」

「うん。当たり前」

「そっか。……そうよね」

 

 でも、理解はできる。

 この状態のお母さんを放置して……友達と遊んだり、なんだり。

 そういうのが……心構えのなかった私には、できていなかったと思う。

 

「治んない病気なの?」

「そんなことはないみたい。三年ほどかかるらしいけれど、必ず治る、って。それまで……こうして身体が健康でなくなってしまうけれど、死病じゃない、って」

「そっか」

「由佳に……高校生活をめいっぱい楽しんでほしくて言い出したこと、だったけど……。……つらい思いをさせちゃった」

「ううん。伝わったから、いい」

 

 おかげで友達がたくさんできた。たくさん仲良しになった。

 それに……本来であれば出会うはずのなかった子とも、交差した。

 

「初めに言っておくね、由佳」

「お父さんと再婚する気はない、でしょ」

「あら……言の葉の先を取る癖。私もだけど、お父さんのお姉さんもそうなのよね。これは完全なサラブレッドかも」

「わかるよ。……しおりさんとももう会ってるんでしょ。それで、気まずい空気を敢えて読まずにお父さんの背中を押したとか、そんなところじゃない?」

 

 問えば舌を出すお母さん。お茶目。

 ありありと想像できる。その時どんな空気になったのか。

 

「妹ちゃん。……いのりちゃんと、仲良くできてる?」

「最近、少しずつ、かな」

「お姉ちゃん、やれてる?」

「それも少しずつ」

「そっか」

 

 牛歩だけど。

 一歩一歩、だ。

 

「なら……由佳」

「うん」

「かわいい女の子になるための目標。姉になる、なんて意識しないでいい。家族になるなんて考えなくていい。だから……目の前にいる相手を、一人の人間だ、って。ちゃんと認めてみてね」

「……ちゃんと、認める」

「由佳には思い込み癖があるから。一回こうだって決めちゃうと、それ以上のアップデートをしない悪いクセ」

「それ……朝、しおりさんにも言われたな」

「あらあら。じゃあ、それほど由佳がわかりやすいのね。……しおりさんのことも、無理して……お母さんって呼ぶ必要はないの。そうねぇ、お姉さんとか、近所のお姉さんとか、まぁ、なんでもいいから……あの人のことも、ちゃんと見てあげて」

「うん」

 

 ちゃんと見る。

 記号としてでなく、関係としてでなく。

 

 ちゃんと。

 

「……これからも、お母さんって……呼んでいい?」

「当たり前でしょー? あなたをお腹痛めて産んだのは私で、そこはどーれほど由佳としおりさんが仲良くなったって変わらないんだから。むしろ呼ばれなくなったらお母さん泣いちゃうけどー?」

「お父さんと……別に、喧嘩とかしてない、んだよね」

「してないしてない。ま、私が離婚を言い出した時、ちょっと言い合いになったけど。何が何でも寄り添うって聞かなかったから、由佳のことを引き合いに出して無理矢理納得させちゃった」

「ひどい。私を出汁にしたんだ」

「それ以外の方法じゃ昌仁さんは引いてくれないもの。今でさえ働いたお金は全部入院費にあてるーとか言ってて……それを断るのにお母さんが毎回どれほどの苦労をしているか」

「しおりさんとは? 仲良いの?」

「昌仁さんほどじゃないけど、結構やり取りするのよ。ほら」

 

 そう言って彼女が見せてくれるはケータイ。そのメッセ送受信履歴。

 並べられるは写真……って。

 

「……え、隠し撮り?」

「人聞きの悪い。私はただ、由佳といのりちゃんが仲良し姉妹っぽいことをしていたら、ちょーっとでいいから幸せのお裾分けをしてもらえませんか? ってお願いしただけ」

「それを隠し撮りって言うと思うんだけど」

 

 写真に写るのは、私を抱っこして眠るいのりちゃん、私を抱っこして座るいのりちゃん、私を持ち上げて椅子に座らせているいのりちゃ……いやこれさっきのだし。

 い、いつの間に……!

 

「あの子、だーいぶ拗らせてるみたいだけど……どう? 仲良くできそ?」

「んー。ちょっと怖い部分もあるけど、根っこは良い子だし……怖がりだし、それに……なんていうのかな」

 

 気恥ずかしさはあるけれど。

 彼女が常に取り繕っている、愛されるために愛している、の方じゃなくて。

 

「これでもかってくらい……愛してくるの、わかるから」

「へぇ。……へぇ? あら……でも、由佳。霞ちゃんとはどうなったの?」

「どうなった、って? 変わらず友達だけど」

「……あらそう。これはこれは。へぇ~……」

「な、なにお母さん。その目はなに。──あ、そういうこと?」

「そうそう、あなたは無自覚だけど──」

「二人ともギャルだから、私まで染まらないのか、ってこと? 大丈夫大丈夫、それはないって。私にギャルとか無理だし」

「……」

 

 にっこりとしながらジト目という大変器用なことをするお母さん。

 あの?

 

「前途多難に女難の相……大丈夫、お母さんはいつでも味方だから」

「え、あ、うん。ありがとう」

「……さ、そろそろ学校行きなさい。サボってきたでしょ」

「……うん」

「お母さんは逃げも隠れもしないし、逃げようと思っても逃げられないし、由佳から逃げたいなんて絶対に思わないから……ね?」

「ん。……でも最後にさ、もう一回ハグしたい」

「もちろん」

 

 ぎゅ、と。

 骨の浮き出てしまったその身体を抱きしめる。

 

「それに、最後だなんて言わないで。来たくなったら、会いたくなったら、いつでも会いに来ていいんだから」

「うん。……ね、お母さん。今って食べちゃいけないものとかあるの?」

「んー、まぁ、色々あるから、あとでメッセに送っとく。なぁに、何か作ってくれるの?」

「今度ね、いのりちゃんが和菓子好きっていうから、作ってあげることになってて……そのお裾分けできたら、って」

「スイーツ作り、再開したんだ」

「まだだけど……最近はずっとお料理しててさ。食べて喜んでもらえるのが嬉しくて……だからお菓子も……自分の趣味のためだけじゃなくて、喜んでもらうために作ろうって思うと、やる気がまた湧いてきたっていうか」

「いいじゃない。──ね、覚えてる? 由佳の小さい頃の夢」

「覚えてない。……もしかしてパティシエールだった?」

「ううん。ショートケーキさん、だった」

「え゜」

 

 ……え、ちっちゃい頃の私そんなだったの?

 な、なんにも覚えてない。

 

「私も似たような反応をして、だから由佳に、なんで、って聞いたのよ。そしたら由佳……〝ショートケーキさんを食べた時、みんなの顔がぱぁって明るくなるから、ショートケーキさんになりたい〟って」

「は……恥ずかしい」

「良いことじゃない。今は作る側になったけど、同じ夢を持ってる。……確かにお母さんも、久しぶりに由佳の手料理とかお菓子とか食べたくなっちゃった」

 

 うん。

 ……うん。そうだ。

 

 だってそもそも、料理を始めたのは。最初の最初は、お母さんの──。

 

「闘病生活も、由佳がいてくれたら……もっともっと頑張れるから。お願いできる?」

「任せて」

「あ、でも、毎日毎日通うとか、友達との付き合いを疎かにするとか、いのりちゃんやしおりさん、お父さんをほっぽりだすとか……ダメだからね」

「わかってる。……その、今日から数日は……結構な頻度で来ちゃうかもだけど、ちゃんと成長できるって信じてる」

「明日の由佳に丸投げ?」

「明日は明日の風が吹くよ」

 

 少なくとも昨日や一昨日の私と今日の私は、全然違うから。

 

「……もう行くね。……またね、お母さん」

「ええ。いつでも」

 

 心は。

 思ったよりも、穏やかで。

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