私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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21.宣戦布告してみた。

 大きな出来事があったって、別に人は変わらない。

 心持ちがどれほど変わったって、昨日のことはずるずる引き摺る。

 でも、それは。

 自分で在り続けるために必要なことだと思うから。

 

 

 デコピンを食らった。

 

「痛ひ……」

「遅刻するっていうから何かと思えば、晴れやかな顔しやがって」

「……なに、心配してくれたの?」

「……ふん」

「わー浅野優痛いっ」

 

 もう一発くらった。

 

「由佳ち、ここ最近で一番明るいね」

「そう? そこまで変わる?」

「去年の夏ごろからずーっとねー。思考の半分くらい別のことで塗り潰されてるって感じだった」

 

 う。

 ……なんでもないことかのように振る舞っていたけど、まぁ、透けちゃうか。

 浅野も……そして、ずっとずっと触れないでいてくれた那奈も、絶対そういうことは口外しないだろうし。

 那奈はね。幼馴染だし、家も近いから……隠しようがないんだよね。でも彼女は、本当に何も触れない……気付いた素振りさえ見せない道を選んでくれた。多分だけどいのりちゃんのことも気付いているんじゃないかなって思う。

 通学路が一緒になるとはいえ、真美の家は遠い。アキは全然違うところから通っているし、他の子たちも結構そう。

 

 一番遠いところにいて、ちゃんと踏み込んでくれた浅野と。

 一番近いところにいて、私が話すまで待ってくれた那奈。

 

 なんだかんだ言って頭が上がりません。

 

「騙されるな振原。中曽根のこれは、何の憂いもなくなったなら土日の罰ゲーム心置きなくやれるね、の意だぞ」

「そんなことないってー!」

「ああうん、ゲームだっけ? 何やるかよくわかってないけど付き合うよ」

「……かすみん。なんか私罪悪感が」

「ウチはもう欠片も抱かなくなった」

 

 私普段ゲームしないからね。なんぞボコボコにされるのだろうけど、さもありなんということで。

 

 と……教室の戸から見知った顔がひょこりと出てくる。

 

「そねそねいるー?」

「ん、どったのあゆみん」

「ああいた。ダスマスが〝何か忘れていないか中曽根〟だってさー」

「……あ!! ちょ、ごめん! 私行かなきゃ!!」

 

 飲み干す勢いで購買のパンを食べ終えて、爆速で教室を出ていく真美。

 メッセンジャーを果たしたあゆみは親指を立てて彼女を見送っている。確かに。ぐっどらっく。

 

 そんなあゆみも戻っていって、一瞬静かになった教室に賑わいが戻って。

 

「……解決した、って話でいいのか」

「半分は、かな。……お母さんに会ってきた」

「そうか。……んじゃ、ま、あとは自分でどうにかできるか?」

「どーだろうね。頑張るけどさ」

「お前ならできるよ。……茜さんなんか言ってたか?」

「浅野と私がどうなったの、」

「ブフッ……」

「とか聞いてきて……なに?」

「い、いやなんでもない」

 

 水筒の水を噴き出しかける浅野。きちゃない。

 

「別に何事もなく仲良いよって返したんだけどさ。そもそも私達お母さんの前で喧嘩したりとかしてたっけ?」

「あー……。うわ顔熱。……ウチ開けっぴろげにしてた覚えないんだけど、まさかあの時から見抜かれて……いやいや、去年はそこまででもなかったわけだし……」

「……なんの話?」

「こっちの話。……おい男子連中こっち見んなよ。蹴り潰すぞ」

「どこを!?」

「敵は男子だけだからウチらで浅野っちのレア照れ顔撮っちゃお~」

「くそ、一年の時はウチを不良だとかヤンキーだとか言ってた連中が……」

「実は全然そんなことないってもうバレてるからね。あ、私邪魔なら退くけど」

「ばか、振原さんいないと浅野さん照れないんだからそこにいて!」

「というか振原さんいなくなったらフツーにシメられるからそこにいて!」

 

 なにシメられるって。だから浅野は不良じゃないってば。

 ……私の知らないところでやってたり。

 

「しない。パブリックイメージだよ」

「だよね。良かった」

「つか……ギャルならウチ以外にもいんのにさ。ウチばっか不良扱いされるのちょいムカつくよな」

「浅野笑わないからでしょ。ほらこーやって」

 

 両手の指を浅野の頬につけて、無理矢理むにーっとする。

 あ、手が払われた。

 あ、頬が掴まれた。

 

「そうかそうか、そんなにわからされたいのか。いいぞ、ウチがお前の表情筋鍛えてやるから」

「やへひょー」

「……」

「お……これはキスか? キスの流れか?」

「きゃあ浅野さん大胆……!」

 

 解放された。立ち上がる浅野。

 

「一分かからん。ちょい野次馬片付けてくる」

「逃げろ逃げろ片付けられるぞ!」

「きゃあきゃあきゃあ照れててかわいいきゃあきゃあ」

「実はオレ達より女子連中の方がからかってるってソレ」

 

 大変仲の良いことで。

 浅野は人気者だからなーこう見えて。

 ……後輩に大層怖がられていて不満たらたらなところはチャームポイントかもしれない。

 

「ったく、あいつら……」

「はい浅野、あーん」

「は? ……む」

 

 いつも欲しがる肉巻きえのきを一つプレゼント。まぁ、諸々のお礼ということで。

 

「どう、美味しい?」

「……。……」

 

 あれ。

 ノーリアクションですか。いつもなら「いつも通り美味いよ」とかボソっとでも言ってくれるのに。

 え、配分間違えた? 

 残っている方を自分で食べてみる……けど、うん。

 普通に美味しい。なんだよびびらせやがってよー。私のお弁当が美味しくなかったら、お父さんたち全員のお弁当もそういう味ってことになるんだからなー。

 

「……振原。お前ってさ。本当に無自覚なわけ?」

「え、なに急に」

「マジありえねー……。なぁ、野次馬してる暇あったらちょっとは同情してくれよお前ら」

「まぁ無自覚は浅野さんもだし」

「どっちもどっちだからなぁ」

「はあ?」

 

 主語のない会話やめてください。ハイコンテクスト過ぎてついていけないので。

 

 ……しかし、うん。

 お母さんのことが……やっぱり胸のつっかえで、思考の半分をずっとずっと埋め尽くしていて。

 それが……解消されたわけじゃないけど、筋道が通ったから、かな。

 友達の顔をちゃんと見ることができるし、前も上も向ける。

 

 会いにいって、本当に良かった。

 

「振原」

「なに」

「口元、白米ついてる」

 

 そう言って手鏡を見せてくる浅野。いや別に取ってくれたらいいのに、なんて思いつつ、その鏡を見る……と。

 

 微妙に傾けられたその鏡に、佐十さんが映っていた。

 スマホを……そのカメラを私達に向ける彼女が。

 

「……えと、なに。気付いてる浅野」

「気付いてるから気付かせた。……あの目、お前のストーカーって感じじゃないよな。……的形関連か」

「ああ……かも」

 

 私といのりちゃんの距離は多少近付いている。

 それが……逆鱗を踏み割った、のかな。

 

「とりあえず飯粒取る動作しろ」

「いや別に声そこまで聞こえてないんじゃないかな……」

「いいから」

 

 言われた通りにやる。そうしたのち、浅野は手鏡をしまい、お弁当を片付けて自分の席へと戻っていった。

 

 ──〝なにされるかわかったもんじゃないから、佐十の前で一人になるなよ〟

 ──〝なんかあったらウチ呼べ〟

 

 そんなメッセを残して。

 

 いやいや。

 そんな怖いこと起きませんて。

 

 

 ──〝風邪、移しちゃったお詫び〟

 

 そんなメッセとともに、お姉と浅野先輩が……とんでもなく顔を近づけ合っている写真と、お姉から浅野先輩へあーん、及びあの浅野先輩がめちゃくちゃテレ顔になってる動画と……。

 諸々が送られてくる。

 

 ──〝どういうことこれ〟

 

 ──〝ソウイウことでしょ〟

 

 ──〝この二人って、付き合ってるの〟

 

 ──〝先輩たちに聞き込みしてみたけど、結構有名みたいよ。無自覚百合カップル〟

 ──〝恋心は自覚してるけどソウイウ風に見られていることは自覚してない浅野先輩と、そもそもなんにも自覚してない振原先輩〟

 ──〝いのりの初めての恋は失礼終わりか。悲しいね〟

 

 思わずケータイを叩きつけそうになった。

 別にあたしは。

 あたしは……お姉のこと、そういう……意味で。

 

 ……。

 

 ──〝どうしよう〟

 ──〝無理かも。諦められない〟

 

 ──〝驚いた〟

 ──〝素直過ぎない? 本当にいのり?〟

 ──〝でも無理でしょ。相手浅野先輩な時点で〟

 

 ──〝どうしても無理かな〟

 

 ──〝直接聞いてみたら? 一緒に住んでるんでしょ〟

 ──〝それか、振原先輩が浅野先輩の気持ちに気付く前に、オトしちゃうとか〟

 ──〝とりあえず告ってみれば〟

 ──〝成就したら教えて〟

 

 矢継ぎ早に、それでいて……どこか突き放すようなメッセ。

 いつも通りといえばいつも通りだけど、妙にがっついてこないというか……これはこれで泉美らしくないというか。

 

 浅野先輩。中学の時の部活の先輩。

 見た目や雰囲気ほど怖い人じゃないけど、自分の決めた道を絶対に逸れない芯の強い人。

 

 あの時も言っていたけど、お姉とは……何があっても交わらない道を歩むと思っていた人だ。

 でも。

 

 ──〝泉美、おねがい〟

 ──〝協力して〟

 

 ──〝いつもいつも親友じゃないとか仲良くないとかなんとかかんとか言ってくるのに、こういう時だけ便利屋さん?〟

 

 ──〝ごめん〟

 

 ──〝実際、好きなの? ほんとに? 愛しのお姉ちゃん、ってだけじゃないの?〟

 

 ──〝違う。女の子として好き〟

 ──〝風邪の時自覚した〟

 ──〝嫌われてもいいから自分のものにしたいって思った〟

 ──〝はじめて〟

 

 ──〝何がどう好きなの〟

 

 ──〝わかんない〟

 ──〝見た目も好きだし声も好きだし空回りするトコも好きだし優しいとこも好きだし〟

 ──〝卑屈なとこも結構ひねくれてるとこも唐突に察しがいいとこも〟

 ──〝多分全部すき〟

 

 メッセを打ってて、自覚がどんどん強くなる。自認する。

 あたしは、お姉のことが……好きだ。大好きだ。

 

 浅野先輩であっても、盗られたくない。妹してじゃなく、女の子として愛されたい。嫌われてもいいから愛したい。

 

 ……泉美の返事を待っていると、通知が来た。

 泉美、じゃない。

 

 ──〝待って、浅野先輩からメッセきた〟

 ──〝ちょっと会ってくる〟

 

 そう、一言入れて。

 

 呼び出しに、応じる。

 

 

 場所は以前のところ。屋上へ続く階段。

 

「来たか」

「……はい」

「まぁそう畏まんなって。……昼休みん時さ、ウチと振原のこと、佐十のやつが盗撮してたんだよ。しかもめちゃくちゃこえー目で」

「うぇ……え? あ、さっき送られてきた写真と動画って……」

「うわ動画も取ってたのかアイツ。……それでさ、ウチはもう的形と振原の関係性知っててさ。その上で聞くんだけど、お前振原のこと佐十に相談してたりする?」

「……はい。してます」

 

 その受け答えより、あの動画の撮られた経緯を聞いて頭が混乱している。

 なにやってんの泉美……。いや確かに誰が撮った動画なんだって思ったけどさ……。

 

「まー、お前が気付いてるかどうかは知らんし、お前のせいじゃないからアレだけどさ。……佐十ってちょっと行動力高いっていうか、自分のテリトリー守るためなら手段は選ばない節あるだろ」

「ああ……ありますね」

「とりあえずお前が守ってやってくれよ、振原のこと。……もしかしたらがあった時、手がでかねん」

「泉美はそういうことしないと思います、って言えたらよかったんですけど……わかりました」

 

 やりかねない。泉美は……なんというか、日常が崩れることに対して強い拒否反応を示す。

 中学の時もあたしたちが所属していた仲良しグループの一人が他のグループの子と付き合いを持つようになった際、そっちのグループの子たちに噛みつくような素振りを見せていたことがあった。思い返せば小さい頃から……あたしと泉美が遊んでいるところに誰かが入ってこようとするととても不機嫌になったり冷たくなったり……そういう子だったと思う。

 お姉。……あたしがお姉に恋してる、って。ああ、だからさっきのメッセ、突き放す感じになったのか。

 ……気を付けよう。もし泉美がお姉に……嫌がらせとか、怪我させるとかしたら……壊れちゃう、かもだから。

 

「ま、そんだけ。お前も色々あるみたいで大変だと思うけどさ、頼むわ」

「はい。……あの、浅野先輩。あたしからも一個いいですか」

「いいよ。なに?」

 

 つばを飲み込む。

 飲み込んで聞く。

 

「……振原先輩と浅野先輩は……ホントに付き合ってるんですか?」

「……。……はぁ?」

「ち……違うんですか? 有名だって……無自覚見せつけカップルだって……」

「デマだよんなもん。ウチと振原はそんな関係じゃない」

「そう……なんですね?」

「そうだよ」

 

 なら。

 なら。

 

「なら……あたしが振原先輩に告っても……浅野先輩は、あたしのこと嫌いにならない、ですよね」

「……。……別に元から嫌いにはなりゃしねーけど。……やっぱそうなんだな」

「はい。振原先輩……お姉のこと、いつの間にか大好きになっちゃったみたいで」

「……まぁ、いいんじゃねえの。家族が……恋人なら、色々安全だろうし」

 

 ぷい、と、拗ねたように顔を逸らす浅野先輩。

 

 う、うわ。

 この人もお姉並みに……! っていうか知らなかった、こんな顔するんだ……。

 

「んだよ」

「……ホントに良いんですね? お姉、しっかりしてるから……あたしが告白して、それが恋愛の方だって認めて……OKしちゃったら、浮気とか絶対してくれなくなると思いますけど」

「自信満々だな。最近まで嫌がらせしてたんだろお前。ホントに成就すると思ってんのか?」

「なんで知って……って、お姉経由か。そりゃ相談もする、か」

「知ってるか的形。女をオトす最適解。そりゃ、告り告られて参ってるやつの相談に乗って、なし崩し的に依存させることにあんだよ」

「え、普通に最低……」

「ご明察ご明察。……ウチも振原のこと好きだよ。でも別に今のままで……友達のままで充分。だから、お前が失敗したら、おこぼれを貰う、くらいの感覚でいい」

 

 ……えぇ~?

 本当に……?

 表情が明らかな嫉妬なんだけど……。

 

「い……いいんですね。あたしは妹特権で、お姉を服の中に入れて抱きしめたり、うなじを吸ったり、口に指を入れて遊んだり、ベッドに抱き潰したり……色々やってて、だから恋人になったらもっと凄いことするつもりですけど、ホントにいいんですね!」

「大分やってんな……。……つかなに、止めてもらいたいの? 良いって言ってるだろ。……ウチは一緒に弁当食ったり食べさせ合いっこしたり、今日みたいな……明るい顔で名前呼ばれる程度でいいんだよ」

「き、キスして、どろっどろに溶かしちゃいますけど、いいんですね!」

「さっきからなんなんだよ。なんて言ってほしいんだお前。……つか、キスの経験なんかないだろ。強がんなって」

「べ、別に強がってるわけじゃ……というか浅野先輩だって経験ないクセに。遊んでるっぽい見た目にしておいてそっちの経験ゼロなくせに」

「見た目はお互い様だろーが。……ま、敢えてマウント取るなら、ウチはもう振原と何回も旅行とか温泉行ってるし、去年とかあっちからウチに抱き着いてきてそのまま寝たこともあるし。距離って点では妹なお前よりウチの方が近いだろ」

 

 それは、か、看病でなら、あっちから抱き着いてくれたし。

 ……はぁ~。あたしもお姉と温泉旅行行きたい。ぽやぽやに茹で上がったお姉を膝に乗せたい。

 

「なによりこっちには一年のアドバンテージがあるからな。は、どうするんだよ的形お前。あいつに告ってさ、〝私には浅野がいるから〟とか言われて立ち直れんの? お前のメンタルって失恋に耐えられんの?」

「なんですかその妄想。しっかり好きじゃないですか。しかも愛してほしいって願ってるじゃないですか」

「……っせーよ」

「なんて言ってほしいかって聞いてきましたけど浅野先輩。あたしは……浅野先輩にまず告白してほしいんですよ。それで……それで、二人がくっつくなら……あたしは諦める。先輩の言う通り、あたしは嫌がらせばっかしてきて、邪魔ばっかしてきて……一緒にいたってお姉のためになるとは思えないから。それに、恋人にならなくても家族ですし」

「そーやってウチが告って振られて、友達関係がギクシャクしたとこ突いてお前があいつを、って算段だろ。見え透いてんだよ」

「だからそれは──」

 

 ──予鈴が鳴る。

 

 ……はぁ。

 

「あたし、本気ですから。……手遅れになって後悔して、あたしに当たったりしないでくださいね」

「こっちの台詞だっつの。失恋して佐十に相談とかやめろよ。あいつ振原を監禁して口が利けなくなるまで……みたいなことしかねん」

「そういう発想が出るあたり、実は浅野先輩がお姉に対してそういうことしたいんじゃないですか?」

「したいかしたくないかで言えばしたいな。一回目隠しして部屋に放置して、泣くところまでやってみたい気持ちはある。……お前もあるだろ」

「あるかないかで言えばあります」

「……あいつ家でも、っつか的形に対しても無自覚なん?」

「絶対誘ってますよねあれ」

「っとにな」

 

 明確な。

 明確な……恋敵、だけど。でも多分、浅野先輩は理解者だ。

 

「ただの先輩後輩の関係じゃなくなっちまったけど、これからもよろしくな、的形」

「はい。色々……相談すること、あるかもしれませんので」

 

 握手を交わす。この人の前ではもう取り繕わなくてよくなったし、うん。

 ……結果として、色々良かったかも。

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