私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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22.過去を思い返してみた。

 四月二十三日。

 ウチとそいつは出会った──なんて劇的なことがあったわけではない。

 なんなら同じクラスであることを知らなかった。

 それほどまでに周りが見えていなかったウチと。

 それほどまでに普通だったあいつ。

 

 だから、ウチらがお互いを認識したのは、入学式を終えてから二週間と少しが経ったあとのことだった。

 

 

「あー……浅野さん? だっけ? これ、先生からのプリント」

「ん……サンキュ」

 

 最初の会話はこれだけ。

 ウチへのプリントを、教師があいつ経由で渡してきた。たったそれだけ。

 この学校では靴からスリッパに履き替えて校内を移動するシステムがあり、スリッパに苗字が書かれているので名前を忘れることはない……はずなのに、そいつは「だっけ?」なんて言葉を使っていた。後から聞くと、「人と会話する時に毎回足元見ないでしょ」だそうで。

 

「……あんたの苗字ってなんて読むの? フルハラ? シンパラ?」

「フリハラだけど……」

「へー」

 

 振原。なんだか女児向けのトレーディングカードゲームみたいな名前だと思った。

 そこから……気になる、とは言わないけど、目に入ったら目で追う程度の興味を持つことになる。

 正直言って地味な見た目。ウチも他人のこととやかく言えないけど、いつも楽しくなさそうというか、口をへの字に曲げて、不機嫌そうな目をしているし。休み時間はずっと勉強で、昼休みの時くらいしか友達と喋ってるとこ見ないし。部活も入る気ないのか放課後はさっさと帰るし。

 こいつは何が楽しくて学校へ来て、日々を送っているんだろう、って。

 今にしておもえばそこまで仲良くない相手にぶつけるにはあまりにも礼を欠いた疑問を抱き──当時のウチはそのままにそれををぶつけた。

 

「振原。あんたさ、人生楽しいの?」

「流石にギャルでも言っていいこととダメなことがあるくない?」

 

 その答えに「お?」と思ったことは覚えている。

 ここが進学校だからというのもあるだろうけど、みんなウチが強い語気でいくと萎縮する。そしてたとえ容姿で判別しないやつだったとしても、ウチのその言葉みたいなものをぶつけられたらやべーやつだって思うのが当然だから、目を逸らしたり曖昧にはぐらかしたりして関わらないようにするものだろう。

 けど振原は正面から来た。

 それがなんだか新鮮で。

 

「そうは言うけどさ。昼休み以外はずっと勉強してて、全然笑わなくて、ずっと不満げな顔してて……つまんなくないのかなーって」

「不満げな顔は生まれつきですぅー。あと笑ってるし。あんまし表情変わんないだけ」

「ああそうなん? 髪とか爪とか全然遊んでないし、マジで無機質な生活送ってるもんだとばかり」

「浅野さんが遊びすぎなだけでしょ……。まぁ……手入れに使う時間が勿体なくて遊んでないのは事実なんだけど。私なんかが盛ったってなんにもならないし」

 

 もっとぶっきらぼうなやつだと思っていた。今の振原が聞けば「お前が言うな」って言われるだろうけど、当時の印象はマジで不満たらたらジト目地味女だったから。

 声も小さくて聞き取れないんじゃないかとか、お友達にちやほやされるばかりで思い通りにならないやつとは遊ばないんじゃないかとか、今のウチから見ればくだらねーことをうじうじ考えていたものだと思う。

 それくらい人付き合いに敏感になっていた、ってのはあるんだろうけど。

 

「あ、用はそんだけだから」

「ワオそんなことある? ……まだ昼休みあるんだからさ、ちょっと誤解解いていってよ」

「誤解?」

「浅野さん今私の事どーやって呼び出したか覚えてる?」

 

 どうやって呼び出したか。

 ……どうしても気になったから、友達の輪の中にいた振原を個人で呼び出して、この屋上へ続く階段に連れてきた。

 おや。

 もしやこれは……ウチが振原に目を付けた、みたいに見えているのか。

 

「大丈夫大丈夫。みんなそんなに怖い人じゃないからさ」

「──……は?」

「たっぷり溜めて威圧したねー。ま、いいからさ。私もクラスで初手ギスギスするのは勘弁」

 

 溜めた訳でも威圧した訳でもないけれど。

 理解が追いつかなかっただけだ。だって言われるとしたら逆だから。「浅野さんはそんなに怖い人じゃなかったって伝えるからさ」ならまだ理解が及ぶ。けど、「みんなそんなに怖い人じゃないから」は……誰への説明なのか。誰に向けての言葉なのか。

 足早に教室へ戻っていくその小さな後ろ姿を眺めて、それが振り返って手招きしてくるのを見て、疑念を疑念のままについていった。

 戻った教室で、「大丈夫だった?」とか「なんか脅されたりしてたら言うのよ?」とか「ギャルは手強いが……」とか「人海戦術! 人海戦術!」「ののちゃん意味わかって使ってる……?」とか、どーにも騒がしい振原の友達グループの声を聞いて……まぁ、流れで謝った。

 

「すまん、騒がせた。マジでなんもないんだ」

「って言ってるけど、本当? 無理していない、由佳」

「那奈、嬉しいけどそういうのって浅野さんがいないとこで聞くものじゃない? こーやって睨みが利いてる状態じゃ何を言うにも言えないじゃん」

「いうこと無いって知ってるからこーやって開けっぴろげに聞いたのだけど。ここまで悪意なく謝れる子が悪い子なわけないじゃない」

「そーやって言ってくれんのは嬉しいけど、そもそもあんた誰? こいつの母親?」

「──由佳、やっぱりこの子悪い子だから付き合うのやめなさい」

「ママって言われてほんとは嬉しいクセに」

 

 丸っきり教育ママみたいな口調でしゃしゃり出てきた女。ウチと同じくらいのタッパがあって、かなりの巨乳。

 なんつーのかな、「お姉さんぶりたい」が全面に出てて、付き合うのだるそーな女だった。

 

「ああ、浅野さん、この子は」

「いいよいいよ、紹介しなくて。ま、因縁とか目ぇ付けたとか一切無いから。じゃあな」

 

 このままだとなし崩し的にグループへ入れられそうだったから突き放した。

 女子におけるグループ。これは本当に面倒臭い。中一の時にクソ面倒な目にあってからソロを好むようになった。以来ウチは自由になったし気楽になったけど、当然深い仲の友達もできなくなった。

 ……その頃における唯一の心の拠り所がイケメン兄貴だった……んだけど、ウチが中二に上がって兄貴が高一になって、兄貴がオタク化して……いいや、思い出したくないわ。

 

 そこからしばらく普通の日常が続いた。

 振原とはそれこそプリントの受け渡しくらいでしか接触せず、ゴールデンウイークにも特になんもなくて、それが開けたら余計疎遠になったというか元通りになって。

 

「あ、そうだ浅野さん。一緒にお弁当食べようよ」

「……ん?」

「今日みんないなくて丁度いいからさ。私一人で食べるのあんまり好きじゃないんだよね」

「それ……ウチは埋め合わせってこと?」

「ありていにいえば?」

 

 委員会やら部活やらで、その仲良しグループが誰もいない日。

 一人で弁当を広げていたウチに、同じく一人で弁当を食おうとしていた振原が声をかけ──。

 

「ただいま~……由佳ちお弁当わけて~……ってあれ、浅野さん?」

「もう、昼休みの半分使われちゃったじゃない。ね、由佳、慰めて……って、あら」

「ここちゃんそっちのジャムパン渡せー!」

「ののちゃんにはマーガリンパンで充分」

 

 その後戻ってきたそいつらに囲まれる形で、結局、その輪に入ってしまったのである。

 

 

 

 改めて、四月二十三日。

 

「ウチらの馴れ初め、こんな感じだったなって」

「いやー……覚えがあるようなないような。っていうか馴れ初めって。友達同士でそれ使うのおかしくない?」

「細かいやつだな」

 

 去年から一切変わらないチビ、もとい振原。

 ちなみにあの時よりかは表情変化がわかるようになった。確かにそれなりの頻度で笑うし、への字に曲がった口の割に人生楽しそう。

 最近あった「悲しいこと」でそれが塞ぎ込みかけていたけれど、今の振原は明らかに晴れやかだった。

 

「あれ? でもさ、浅野……五月の初週の土日に遊ばなかったっけ、皆で」

「だからそれが初めてのやつだよ。あと第二週な。初週がゴールデンウイークだったはずだし」

「そうだっけ。……細かいこと覚えてるなー」

「四月と五月の土日を跨いだ連休をゴールデンウイークって言うんだから初週なわけないだろ」

「昔の那奈より小姑感出てるよ浅野」

「それは嫌だな。気を付けるか」

「聞こえてるわよそこ」

 

 大勢で遊ぶ、という経験は……初めてのものだった。件の中一の時の付き合いは、言って五、六人のグループ。対して振原の仲良しグループは十数人いる。

 全員が揃ったことはまだ無いらしいけど、どれほど人数を減らしたってカラオケ行くにもスポーツ総合いくにも大所帯。当然行く場所は限られる……んだけど。

 正直言って、とんでもなく楽しかった。文化祭感、文化祭の打ち上げ感。どこ見ても友達がいて、どこ向いても話し相手がいて、そして誰も我慢をしない。

 スーパーサバサバ系集団。湿度高いのは振原くらいで、他はカラっとしたやつらばっか。まぁここのの姉妹は結構ドギツイ性格してたけど、全部口に出すからそこまで気になることでもない。

 

 だからこそ気になった。

 なんでこいつら振原と一緒にいるんだろう、って。

 ……言葉を繕わないのなら、振原とこいつらは絶望的に〝合わない〟し、きっかけがそうあるとも思えない。井俣だけは幼馴染らしいから理解できなくもないんだけど、それ以外は……振原の性格をウザがりそうなもんなのに。

 ウチでもまだたまにウザって思うことあるしな。こいつのうじうじ悩んで「私が悪い」って言いながら「私が悪いわけじゃないもん」みたいに拗ねてるクソ面倒なところ。

 

「今すんごい罵倒された気がする」

「気のせいだろ」

「木の精ですか?」

「あ?」

「ごめん」

 

 振原は箸で自分の唇を抓み、潰し、ぐりぐりやって。

 

「自分で言うのもなんだけど、みんなのパズルの凹部分にちょーど合致しただけなんじゃないかなーって」

「……いきなりなに?」

「浅野今なんでみんなと私が友達なのか、って考えたでしょ?」

「考えたけど……。お前さ、普段死ぬほど察し悪いのに、こういう時だけ心が読めるようになるのなんなん?」

「いや浅野わかりやすいし。私の顔見て那奈とかアキの顔見て首を傾げてさ」

「え、ウチそんなことしてた?」

「してたしてた」

 

 そりゃわかりやすい。

 ……気をつけよ。

 

「で、凹部分に合致したっつーけどさ。それはなくね? だとしたらお前全方位凸部分になんじゃん、でもお前そこまでじゃないじゃん」

「……確かに?」

「だから全員の凸部分に合致したんだろ。全身凹み人間」

「それはそれでどうなの。というかディスだよねそれ。多分じゃなく完全なディスだよね。っていうか論調からして私は全然尖ってない超絶普通人間って言ってるよねそれ」

 

 ウチを含めて尖り腐ったやつらばっかりだ。

 そこで……振原はあまりに据わりが良かったのだろう。的形も尖ってるしな。

 

「那奈~、助けて~浅野がいじめる~」

「はいはい。ダメよ由佳、あなたはただでさえいじめたくなる顔をしているんだから、隙を作っちゃ」

「あ、あれ? 咎められるのは浅野では」

「霞は自然体だし」

「いや私も自然体だけど!?」

 

 ……昨日。

 的形に誘導される形で……ウチは自分の恋心を自覚した。

 出会いはあんななんでもないもので、そこから大きな何かがあったわけじゃない。

 今でも時たまウザいと思う程度には心は離れている……はずなのに。

 

 井俣に対してパタパタ怒るさまも、「もー」なんて言って弁当食うのに戻るさまも、全部が愛おしい。可愛らしい。

 そして……的形に盗られたら。

 嫌だな、って思う。今自然と心の中で漢字を盗むに当てるくらいには、ウチはこいつを手放したくないらしい。

 

「振原」

「なに……んぇ?」

 

 無防備な振原。その顎に手を伸ばし、机越しにぐいと引き寄せる。

 抵抗の欠片もしない、誘っているとしか思えないその唇を──。

 

「き……キスか? キスか!?」

「きゃあ浅野さん大胆」

「ついに歴史が動くか!?」

 

 ……。

 ……。

 

「ちょっと待ってろ。〆てくる」

「あ、うん。……暴力沙汰はダメだよー」

「それ以外は?」

「いいよー」

「ちょバ、なんつー許可だしてやがる振原!」

「きゃあ鬼神」

「つかんな大声で煽るなよ。マジでキスしたら写真撮ってたのによ」

「ばっかお前、煽れば煽るほどいざマジでやるって時に羞恥で顔が歪んでそれが可愛いゴァ!?」

「そ、狙撃!? チョークで額を撃ち抜かれて……しっかりしろ! 脈は……ない! ご臨終! ご臨終!!」

 

 おかしいだろう。確かに一年の頃から同じクラスのやつは何人かいるとはいえ、半数以上は四月からのクラスメイト。

 なんなんだこのノリの良さは。ウチの怖がられっぷりはいずこに。

 

「そんなの夏休み前には終わってなかった?」

「……もうツッコまないが」

「六月に体育祭あったじゃん。確かあの時浅野が実は怖くない子って知れ渡ったと思うんだよね」

「ああ、懐かしいわね体育祭。今年の優勝も貰いましょう」

「も、って。私達去年準優勝だったくない?」

「準優勝も優勝も総なめしましょう」

 

 自然な動作で近付いてきた井俣。昼食は食べ終わっているらしく、椅子だけを近づけての雑談参戦。

 ふむ、確かに覚えている。体操服姿の井俣の巨乳がとんでもなくて、他クラスの男子の目線を集めに集めて……ヌ。

 

「痛い。何をするんだ井俣」

「チョップよ。邪な視線に対しての」

「ね、那奈。こーは言ってるけどさ」

「ええ、そうよね。言いたいことはわかるわ、由佳」

 

 邪な視線。二人して。

 なんだ。ウチの身体になんか求めてんのか。なんも出んぞ。

 

「ウチの身体についてを弄るってことは自分が弄られる覚悟あるってことだよな、振原」

「だって私なにもないもーん。男子にソウイウ目で見られないってこの前わかったし」

「玉入れの時、井俣と金瀬に肩車してもらってたのは?」

「別に恥ずかしいことじゃないし。戦略だし」

「二人三脚の練習の時、あまりにも歩幅が合わなくて抱き上げられてたのは?」

「あれは……不正になるから、って注意受けてよかったね。本番でやってたら失格だった」

「昼飯食って眠くなってたところを三年の先輩に保護されて危うく放送部で迷子のお知らせかけられかけたこと、が抜けてるぜ浅野」

「それは関係ないだろ!!!」

 

 知らなかった。そんなことあったのか。

 ああそういえばあの男子は放送部だったな。……結構あるのか、そういう一部生徒しか知らない伝説。

 

「つか男子がウチらの会話に入ってくるな。野次馬に徹してろ」

「ひでぇ! 男女差別だ!!」

「ぶっちゃけ浅野は中学の時からそうだよ。基本男より女が好きなレ──緊急回避!!」

「すげー、今シャー芯まっすぐに飛んできたぞ。羽無しダーツかよ」

 

 うるさい。

 まぁ……認めるけど。確かに……中学の時から、好みは女子になっていた気がする。それもこれもクソ兄貴のせいだ。あれで幻滅したからそうなって……。

 

 ニヨニヨしている井俣の顔に消しゴムをぶつける。掴み取られた。……反射神経いいな。

 

「やっぱり霞ってそうなのねぇ。なら……こっちもやっぱり?」

 

 こっち、の時に、指でハートを作って振原の頭上へ向ける井俣。

 ……チ。バレてやがる。

 

「へぇ~。ま、私は自分につっこまれたくないから聞かないけど……相談なら受け付けるから。幼馴染として、ね」

「なに、何の話」

「まだ由佳歴一年な霞には教えられることがたくさんあるって話」

「由佳歴is何」

 

 確かにそうだ。

 的形に対してウチの方が一年先ってマウントを取ったけど、そんなことを言ったら他の連中の方が上。

 ウチは高校に入ってからの振原しか知らない。それ以前のことは……ポツポツ話題に出るものを拾っているくらいで、ほぼ知らない。

 

 振原。振原由佳。

 先を越されないためにも、少し……もう少し積極的に動いてみよう、かな。

 

「ちなみに井俣は狙ってねーの?」

「なにいってるのよ。私にはかr……何言わせるのよ!!」

 

 まぁ、良かったよ。

 お前相手じゃ絶対に勝てないからな。

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