私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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3.妹と一緒に帰ってみた。

 恙なく一日が終わった。

 少しだけ身構えていた昼休み。つまり、いのりちゃんが突撃してくるというようなこともなく、びくびくしていた私だけが道化のように時間が過ぎた。

 何に怯えていたのか、なんて。

 ……なんだろうねと嘯きたいところ。

 

 友達自体は十人ほどのグループだけど、全員が同じクラス、というわけにはいかなかった。クラス替えなんて高校生でもやるんだ、なんて驚きは初日に流れ去っていき、新しい交友関係も得たのでまぁトントン。

 ただやっぱり部活という共通ワードがないからそっちで話を膨らませることはできなかった……けど、料理の話題で良い掴みを得ることができた、ような気が、しなくもなくも。

 

 今日はスーパーに寄って買い物をしなければならない。人数が増えたことを考慮した食材選びが必要だし、家計も見直さなきゃいけない。

 それと。

 

「聞かなきゃ……だよね」

 

 誰もいない校門でぽつりと呟く。

 いのりちゃんとしおりさんの、苦手なもの好きなもの。たとえばお父さんは……由佳の作ったものならなんでも食べるよ、とは言ってくれているけど、実はトマトと茄子が嫌い。ただし嫌いなのは味じゃなくて食感みたいだから、できるだけあのにゃぐにゃぐ感が出ないようにすればちゃんと食べてくれる。

 そういうように、あの二人にだって好みがあるはずだ。……ああけど。

 

 あの二人こそ好き嫌いに関しては遠慮しそう。遠慮して話が長引いて、結局気まずい無言の時間になりそう。

 うう。

 深く話し合わなきゃダメってこと……?

 

「よーす辛気臭子。今帰り?」

「ん……」

 

 がっくり肩を落としていると、校庭の中から声が。

 振り返れば陸上部のユニフォームを着たポニテの姿。

 

「アキ……アキさぁ、今時間ある?」

「どう見ても部活」

「どう見ても部活だけど声かけてきたあたり」

「二年の初月にサボってくっちゃべってたら先輩と顧問にどやされるって」

「……ごめん」

 

 日野秋葉。例に漏れず友達。

 そして彼女は料理の話が通じる系女子だ。だからなにかアドバイスを貰おうと思った……んだけど。

 

「時間ないならいいや。長くなるし」

「ふーん? ま、明日か、あとでメッセージ入れといてよ。見るから」

「ん。部活頑張って」

「あいよん」

 

 でもアキが私からのメッセージを見るのは買い物が終わって夕ご飯まで作り終わったあとなんだろうな、って。

 部活大好きウーメンめ。

 

 ……まぁ、今日は無難なものにして、バレないように反応伺いつつ、かなぁ。

 

 歩く。うちの学校は大きくはないけど進学校だ。

 だからというわけでもないかもしれないけど、塾通いの生徒も結構いる。私みたいに合うものが何も無くて部活をやっていない、ではない人達。

 そこで……新しく友達になった子とかとばったり会って、会話できたらなぁ、なんて考えて、ふらふら歩いて。

 

 普通にスーパーへ着いてしまった。

 万事そう都合よくはいかないのである。

 

 買い物の時にまでうじうじしていたって仕方がない。

 カゴを手に取って……量を考えてカートに変えて、いざ戦場へ、である。

 

 

 お……重い。

 買い過ぎた……とは思わない。必要最低限にした。

 けど、単純に食材量が二倍になったから、とても重い。

 

 これからは学校の帰りに買うのやめて、一回帰ってから自転車とかで来た方がいいなぁ、なんて考えながら、さっきの倍以上ふらふら歩く。

 車のほとんど通らない通りでよかった。大通りだったら迷惑をかけまくっていた。

 

「あ……あ、あたし持つよ、お姉!」

「うん、ありが……え゛」

 

 エッジボイスが出た。ジャギっと乗った。

 軽くなる左手。持ち上げられているエコバッグ。

 おそるおそるそちらを見れば、おそるおそるこっちを見たらしいギャル……もといいのりちゃんと目が合う。

 

「な……んでここに?」

「まだ部活とかないから、帰り道、同じだし……あ、その、当たり前なんだけど」

「いやだって、学校からウチまでの直行コースからは大分外れてるはずだ、よ?」

「それは! えと、その……。……実はガッコ出た時から見てて、どこ行くんだろうってついていって……その」

 

 尾行されていた、だと。

 もし私がスパイだったら一発アウトだったということだ。スパイじゃないからセーフ。

 

「それ、重くない?」

「大丈夫。あたし……結構力持ちだから」

「力持ちでも重いものは重いと思うけど。……つらかったら言ってね」

「お姉こそ、そっちも持つよあたし。これくらいならホントヘーキだから」

 

 う。この譲り合いはどちらかが妥協しないと止まらないやつだ。

 っていうか。

 ……話さざるを得ない距離で、話さざるを得ない状況だと……私って詰まらずに話せるんだな。

 

 じゃあこの流れで。

 

「あー。……いのりちゃんさ」

「う、うん」

「嫌いなものとか、食べられないものとか、ある?」

「無い、無いよ。お姉の作ってくれたものならなんでも食べる」

 

 言うと思った。

 この子は素直なこと言わなそ~……。

 

「てゆか、じゃない、というかね、ママが……料理するから、いいよって、お姉は休んで──」

「あーいいよそれは。しおりさんだって働いて帰ってきてるんだから、それくらいはやらせてって……伝えといて。私はもう好きでやってるから」

「──あ、う、うん」

 

 なぜ話を切ったんですか振原由佳さん。今この子が話題を提供してくれたでしょう。

 しかもこんな冷たい言い方を……。「じゃあ土日とかは手伝ってもらおうかな」くらい言えばいいのに。

 

 さらにこの流れで「お弁当美味しかった?」とか聞こうとしたけど、調理したものはスクランブルエッグくらいで他は冷食だったことを思い出して踏みとどまる。いや冷食は良いものだけど、私が労力を賭したものじゃないから褒められても何言えばいいかわからない。

 ……なんでも食べる、って。好き嫌いありますよ、ってことだよなぁ。

 私の作ったもの、出した料理で微妙な顔とかされたくないなぁ~。

 

 あ……待って、そうか……しおりさんは……お父さんのこと、好き、なんだよね。

 じゃあ、料理をして、お父さんが喜ぶ顔を見たいとか……あったりするのだろうか。

 それだと善意から代わってくれようとしているんだろうな、って読みが外れる。

 ……でも冷蔵庫の中とか変えられちゃうのあんまり好ましくな……うわこの思考キツい。キッチンを自分の領域だと思ってる典型的な……家に居場所ない女、みたいじゃん。

 

「お……お弁当、ありがとね、お姉」

「え。ああ……ほとんど冷食だけど」

 

 それ言う必要なかったよね。なに、責めてほしいの。もう欲しがってるよね振原さん。

 うわ、これからは振原さんだと私以外にも言ってるみたいになっちゃうのか。

 

「その、あたし、お弁当が初めてで……今日、本当に嬉しくて」

 

 重いよ。お弁当ファーストキッスが私ですか。うわそれならもっと凝ったのにしてあげるべきだったかなぁ!

 ええ……明日からもう少しだけ早起きして手料理にする? でもそれだと流石に睡眠時間が……夜勉強ちょっと減らして……。

 いやだから、冷食だって充分美味しいものだよ。企業努力の結晶だし。……でも、あー。一回くらい全部手料理のお弁当も食べてほしい……けどどうなんだろ。今の子って、あんまり綺麗じゃない手料理お弁当より理路整然とした冷食お弁当の方が良いのかな。ギャルちゃんだしそういう見た目とか気にするよね。

 

 わ……わからない。

 流石にこれは浅野に聞いた方が良い? ギャルにはギャル専門家の意見。あとでメッセ入れておこう。

 

「あ……と、まぁ、量とか……少なくなかった? お父さん基準だったから、多かったかな」

「ううん、丁度良かったよ」

「そっか。それならいいけど」

 

 量はあれくらいで……しおりさんにも聞かないとだけど、ハードル高いなぁ。

 でもなんでもかんでもいのりちゃんを挟むのも感じが悪いが過ぎるし……。

 

 もうすぐで家が見えてくる。

 家に帰ったら……また会話を拒否して勉強に逃避することは目に見えている。

 

 何か聞いておくべきだ。今の内に、聞くべきことを。

 

「あ……あのさ」

「う、うん。なにお姉」

 

 あのさの続き、考えてないんだよね。

 ただ焦って切り出して。えーと、だから。

 

 えーと。

 

「て、て、テニス! テニス、好きなの?」

「う、うん。中学の時はテニス部だった……けど、すごい、お姉。そういうのわかるの?」

「まま、まーね。こう……テニスやってそう感、というか、いやあの悪い意味じゃなく」

「テニスやってそうに悪い意味があるの?」

 

 う゛。

 ……チャラそうとか、カーストやばそう、みたいな偏見は……どう考えても伝えるべきではない。

 危ない。余計なことまで口走らなくてよかった。あ、で、だから。

 

「部活は、テニス部にする、の?」

「うん、そのつもり。お姉は今日部活なかったの?」

「あ゜、ん゛っん……私は部活やってないだけ。運動は好きだけど……みんなで一丸となって、みたいなノリが苦手でさ。中学の時から部活動は一回もやったことないんだよね」

「運動、好きなんだ。その……ちょっと意外かも」

「よく言われる」

「あと、羨ましいな。好きって言えるの」

「好きじゃないの?」

「あたしはダイエットと体型維持のために入ったのが最初で、そこから……やめちゃったら太っちゃうんじゃないかって続けてるだけで、心の底から運動とかスポーツが好きってわけじゃないと思うから……お姉みたいに好きって言い切れるのは、憧れるよ」

 

 へえ。

 あー。いや、確かにこう……ブレザー越しだと着痩せするからわからないけど、昨日見た限りの、そして抱き着かれた限りの感想としては、結構肉付きがいいな、ふわふわだな、だった。

 私はその、よく言えばスレンダーだから、あんまりわからないけど……こういうプロポーションの良い子は良い子で悩みがあるんだなぁ。

 

「お姉って、ダイエットとか……したことなさそう」

「無いね。肉がつかな過ぎて健康診断の時怒られるのはあるけど」

「むぅ……ずるい」

「こればっかりは体質だねー。お……」

 

 お母さんの、と言いかけた。

 でも口を噤んだ。そんなの禁止ワードに決まってる。

 今大分スムーズに……姉妹かどうかはしらないけど、同年代の友達くらいのノリで話せていたから油断していた。

 

「と……と、と。ようやくついた」

「あ、あたしが鍵開けるよ。お姉早くおろしたいでしょ?」

「どっちみち運ぶから良いけど……ありがと」

「うん!」

 

 本当に、どうしようなぁ、いろいろと。

 

 

 コトコトクツクツ煮込んでいくはルウ。まぁ、誰でも大好きカレーである。

 これ苦手な人そうそういないでしょ、で作っている……けど、辛いの苦手だった場合を考えて甘口に。そもそも香辛料がダメとかだったらお手上げ……だけど、大丈夫であることを祈る。

 

 お父さんだけだったら無水カレーも択だったけど、あれは具材によってはダメな人もいるので普通カレーに。

 手探りの内は奇を衒わない方がいいという教え。誰に習ったわけでもないけど。

 

 煮込みながら見るスマホにぴょこんと通知が。

 

 ──〝弁当の見た目とか気にしねーっつの。つか何、彼氏じゃなくて彼女できたとかなん〟

 ──〝あでもあれ。前水筒で出汁持ってきて明石焼き食ってたじゃん。あれうまそうだった。私に持ってこい〟

 ──〝総じておまえの料理はうまそうだよ。自信持てネガティブ女〟

 

 ……ぬう。

 こういうところが……良い奴の良い奴たる所以というか。

 私みたいに一言多かったり一言少なかったりしないで、ちゃんと的確な言葉を投げかけられるというか。

 ぐぬぬ。

 

 ──〝今度女子会やるってなったら料理やってやらんでもない〟

 ──〝ありがと〟

 

 簡素に返しておく。

 まぁ女子会は大抵カラオケでやるから手料理になることほぼないんだけど。……うわ余計なこと言ったかな。無理矢理タコパとかにされて、私だけ一生タコ焼き回してるとかにならないかな。

 

 火を止め、ウスターソースをひと回しして、蓋をする。

 ご飯がしっかり炊けていることも確認。ふぅ。

 

 ……そこまで終えて顔を上げて。

 じーっくりといのりちゃんに見られていたことに気付いた。

 

「え……あ、いつからいたの?」

「お姉がお鍋を火にかけたところから」

「それは大分だね……」

 

 一切気付かなかった。下校の尾行の件といいこれといい、探偵に向いているのではなかろうか。アンパンとコーヒー牛乳を持たせよう。

 よれよれのコートと葉巻……は流石に似合わないけど。

 

「手際」

「ん」

「手際、いいなぁ、って」

「まぁ……慣れだよそれは。いのりちゃんだって慣れたらできるし、できるようになるまで早いと思うし」

 

 カレーに手際もなにも、という気持ちもある。

 最初にお米を炊いておけばあとは具材切って煮込むだけだし。

 

「お腹すいちゃった?」

「ううん。その……時間できちゃって」

「リモコンの場所わからなかったりは」

「そういうのは大丈夫。てゆか、時間できたから、お姉を眺めてたかった、っていうか」

「え……と、面白かった?」

「かわいかった……じゃなくて、参考になった」

「そ、そっか」

 

 私は別に忘れたわけではない。

 昨日の第一声……「抱きしめてもいいですか」という言葉。そして昼間の学友ズによる「空回りしている私が可愛い」という旨の発言。

 ……いのりちゃんもそういう趣味なんじゃないかって、疑っている。

 

 だって、そうでもなきゃおかしい。私みたいな険悪女にあそこまで矢印を向ける意味が分からない。

 

「じゃあ……じゃあさ、テレビ見るから、お姉も来てよ」

「や、私は勉強するから」

「勉強? 新学期始まったばっかなのに?」

「いつまでも春休み気分だと一瞬で置いていかれちゃうよ」

「……まじめだ」

 

 いえそんなことはないです。

 ただ……ふと思った。「いや私は勉強するから」って、つまり「(あなたみたいに遊んでいる暇はありませんのよオホホ)」って意味だよな、って。

 ただでさえカンジ悪いのに、さらに悪くするのか振原由佳。

 

 ここは……十分か三十分くらい付き合ってあげるべきじゃないのか。

 

「まぁ、ちょっとだけなら……いいけど」

 

 ナイス! よく言えた私! 勇気の一言だよこれは!

 

 ほら、いのりちゃんもパァって顔を明るくして……そう、こういう歩み寄りがね。

 じゃあソファに……隣り合って座って、あんまり興味ないけどイイカンジに合わせてリアクションして、それでなんとかなると見た。

 

「あ、そこじゃなくて、ここ」

「へ」 

 

 隣に座ろうとしたら移動させられた。

 いのりちゃんの膝の上に。

 ……?

 

「はふ……」

「あ、と?」

 

 そのまま私を抱きしめて、頭の上に顎をおいて……温泉にでも浸かったかのような声を出すギャルさん。

 えと。

 あの?

 

「はぁ……! ぁあ……んんぅ……」

「ちょ、潰れる潰れる」

 

 ぐりぐり顔を擦りつけてくるいのりちゃん。猫か? 猫なのか?

 というかリモコンを取る気が一切ない。テレビ見るんじゃないの?

 

 お腹に回された腕の締め付けがどんどん強くなっていく。

 やっぱり潰す気と見た。暗殺にしては直接的過ぎるし迂遠にも過ぎる。

 っていうか、本当に肉付きが。ふわふわだあ。

 

 じゃなくて。

 

「おーい、いのりちゃーん?」

「……はっ」

 

 ぱっと放してくれるいのりちゃん。

 思わず立って振り返れば、それはもうワタワタあたふたした少女の姿が。

 

 なんだかパントマイムみたいな動きをして、口も金魚や鯉みたいにパクパク動かして。

 

「あ、あ、違うの、お姉これは、その、衝動的な犯行で」

「犯行なんだ」

「あいや違うくて!」

 

 違わないよね。やっぱりいのりちゃんもそういう手合いだよね。

 ……へいへい、どうせ小動物ですよ。まぁいいよハムスターも猫も犬もかわいいし。かーわーいーいーのノリってことでしょ。

 やはり身長。姉としての威厳は……とか考えたけど、威厳のある行動一つもしてないどころか、二人が来てからずーっと拗ねたガキンチョみたいな態度しか取ってないんだから当然かぁと独り言ちる。

 なんにせよ、まぁ、満足したでしょこれで。テレビ見る気とかないっぽいし。

 

「じゃあ、私は勉強するから」

「違っ、違うのお姉! 本当に違くて!!」

「別に気にしてないから」

 

 尊敬されたいなら尊敬される行動を取ること。

 今の私は本当に……餌が貰えなくて拗ねてる犬猫と変わらないのだろうから。

 

 さて勉強勉強。カレーを食べるしおりさんを観察するっていうこれまた気まずイベントが後ろに控えているんだから、集中できる時にやっておかないとねー。

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