私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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30.恋愛相談をしてみた。

 家に帰ったらいのりちゃんに抱きしめられた。

 まぁ、予想の範囲内。ごはんつくるから放してーと言っても聞く耳持たず。そのまま部屋に連れていかれそうだったので、わかったから手とか洗わせて、といって一旦解放。

 で。

 

 仰向けになった状態のいのりちゃんの上に乗せられること数十分。

 一向に解放してくれる気配がない。

 

 だから──()()()()だと思うことにした。

 

「いのりちゃんさ」

「んー?」

「恋愛って、したことある?」

「……あるよ」

 

 浅野曰く、付き合った経験はないだろう、とのことだけど。

 心の中で誰かを好きになったことはある、ってことかな。

 

「それってどういう感情? 私……まだ人を好きになるって気持ち、経験したことなくてさ。好きって……よくわからなくて」

「……」

 

 お母さんが好き。お父さんが好き。

 でもそれとは多分違う。親愛や友愛とはまた違う、恋愛という感情。その実態。

 

「……教えない」

 

 その声は……普段のいのりちゃんの声とは違うものであるように感じられた。

 欺瞞も興奮も、そのどちらもが乗っていない声。底冷えするようでいて呆れかえっているような、突き放すようでいて踏み込まれたくないような。

 

「聞かれたくなかった?」

「違う。違うけど、……お姉には教えたくない、が……一番近いかな」

「あ、そ……そう」

 

 踏み込んではいけない雰囲気があった。

 

「なんであたしにそういうこと聞こうと思ったの?」

「え……なんでだろ。……曲がりなりにも私に好きって言ってくれてる子だから?」

「曲がりなりにも、って……。……あたし、お姉のこと本当に好きだよ」

「ああうん、だから聞いた」

 

 好きとは何か。

 そこに至る経緯は理解できるのだ。

 よく聞く「気付けば目で追っていた」は充分な理由だろう。「気付けば目で追っていた」……無意識が好いていたから、好き。

 何か出来事があったから好きになった、でもいいし、一緒に居る中で自然と惹かれ合っていった、も理由になるのだろう。

 

 理由はわかる。動機も理解できる。

 でも、他者を一定以上に好むことが……うまく咀嚼できない。

 友達じゃダメなのか。わざわざ恋愛感情にまでする必要は、どこにあるのか。

 

「わざわざ恋人になる必要……かぁ」

「いのりちゃんはそれを理解している……んだよね?」

「んー。改めて言われると、どうなんだろう。言葉にできるかと言われたら難しいかも。あたしも……感覚で好きって思ったことがあるだけ、なのかな」

「そうなんだ。……わかってなくてもいい、ってこと?」

「ん……言葉にしなくてもいい、って感じ。……ね、お姉ってさ。たとえば……そーだなー、茜さんが……あたしとか、浅野先輩とかに優しくしてたら、どんな風に思う?」

「どんな風って……誇らしい?」

「う゛。例えが悪かった。……好きなケーキが売られてて、どーしてもそれを買いたいって思ってるのに、お店の人からお客様全員で分け合ってくださいって言われた……あー。うー。……例え話って難しい……」

 

 確かにその例えだとおかしくなるけど、言いたいことは伝わった。

 

「私だけを見てほしいって感情があるかどうか、私だけのものにしたいって感情があるかどうか、ってことだよね、いのりちゃんが言いたいのは」

「あ、うん」

「……まだそれになったことはないかなぁ。というかそれが恋愛感情……ってこと?」

「ム」

 

 教えないつもりだったのだろう。遠回しな言い方をすれば伝わらないと思っていたのかな。

 けど……自分だけをみてほしい、か。

 

 だとしたら私は……その感情に出会うことはないんじゃないか、って思う。

 

「当ててあげる。……自己評価が低いからでしょ、お姉は」

「……たぶん、ね」

「わかってたし、わかってる。……でもさ。浅野先輩から告白されたんでしょ、お姉」

「……」

「浅野先輩がそんな価値無い人間を好きになるって本当に思ってるの?」

「だから……好きってどういう気持ちなんだろう、って気になって」

「え? いやだから、今その前提が間違ってるって話だったじゃん」

 

 ……気まずい沈黙が降りる。

 天使が通ったとは言い難い重苦しさ。

 

「わかんないならストレートに言うけどさ。浅野先輩はお姉に魅力を感じて告白したんだよ。お姉に、自分だけを特別視してほしいって思って、お姉を自分だけのものにしたいって思ったから告白したの。それが好きってことじゃなかったらなに?」

 

 理由は、と問おうとして。

 ようやくわかった。

 自分で言っていた通りだ。それ自体が理由なんだ。

 そう思ったから、好き。なぜそう思った、は無くていい。

 

 感情なんて気付いたら湧き出てくるもので、すべてに由来があるわけではないのだと。

 

「……なんかこの流れで……るのヤだな。浅野先輩を踏み台にしてるみたいで……」

「いのりちゃ……わ、わ!?」

 

 私を抱きしめたまま立ち上がるいのりちゃん。

 ふ、普通に怖いですやめてください。

 

「知ってるよ。フったんでしょ、浅野先輩のこと」

「なんで知って……」

「聞いたもん。浅野先輩から。……あたしとお姉のデートさ、明後日じゃん。明日……まぁ午前は部活だけど、午後は丸一日あるわけだからさ。ちゃんと……ちゃんと話し合いなよ。今ようやく好きがなにかわかったんならさ、浅野先輩の告白をもう一回……」

「ううん。それでも……変わんないかな。好きがどういうものかわかっても、やっぱり、私からあの子に向ける感情は友情だけ。愛情じゃないってわかるから」

「……。……そう。……それじゃ、お姉は……今後、そういう感情持つ可能性あると思う? 自分が」

 

 うん。それは、やっぱり。

 

「無いかな。……わかんない、にしておいた方が良いのかもしれないけど……少なくとも今、誰かに告白されてもOKを返せるとは思えないし、誰かに告白する気分になるとも思えない」

「そ……っか」

「あ……、浅野にはこれわざわざ言わなくてもいいからね。大丈夫、聞かれたらちゃんと答えるから」

「そういう心配はしてないし、あたしは浅野先輩になにかを頼まれてるわけじゃないけど……ん、わかった」

 

 満足したのか、解放してくれるいのりちゃん。

 この……この空気感で思うのはあまりに場違いなんだけど、なんだかスフィンクスみたいだなって思った。

 問いかけに対して満足いく答えを返さないと通してくれない、みたいな……。

 

「ご飯作ってくるね」

「ん」

 

 でも、ありがとう。

 おかげで頭の中がすっきりした。

 これで心置きなく〝友達〟に戻ることができるから。

 

 

 

 

 通話をかける。

 

「あ、……お疲れ様です、浅野先輩」

『お疲れ様です、って……部活中でもないんだからそう畏まんなよ』

「はい。……あの、その……メッセの件の続きなんですけど」

『わかってるわかってる。……振原も大概そういうのに無頓着だけどさ、お前はわかった上で無視してるから相当だよな』

「無視……してるわけじゃないですよ、あたしは」

『だろうな。じゃなきゃそんな落ち込んだ声出さないだろうし』

 

 メッセの件。

 ……それは。

 

 ──〝恋愛相談、いいですか〟

 

『で? 傷心中も傷心中なウチに、ウチをフった相手をどう落とすかの相談がなんだって?』

「……ごめんなさい」

『ああいいよ、茶化したつもりだった。すまん』

「……はい。あの……さっき……お姉に、意思確認をしたんです。好きって感情は理解してるのかとか、今恋愛する気はあるのかとか」

『またピンポイントな話題振りを……よくバレねえなそれで。まぁいいや、で?』

「無い、そうです。人が人を好きになる事象については納得した、でも自分は無いかな、だそうで」

『ふーん。……ウチも別にまだ諦めたわけじゃないからふつーにぶっ刺さるんだけどさ。……そりゃ今更じゃね?』

「え?」

 

 今更、とは。

 そんなの……それじゃあ、脈無しがわかってて告白した、みたいな。

 

『振原に恋愛感情無いとか今更だろ。見りゃわかる。普段から自分自身の感情にも疎いやつなんだから、恋愛感情なんて上級者向けの面倒臭い感情理解できるわけないだろ』

「……じゃあ、浅野先輩は断られるとわかってて?」

『それもなワケねーっつの。……普通に……旅行中とか、ゴールデンウイーク中とかにアプローチしまくって無理矢理気付かせるつもりだった。けど、旅行中はあんまり二人きりになれなくて、んで……あいつが思ったよりすぐに返事をしてきて全部パァだ。……正直さ。前の振原だったらゴールデンウイーク中待ってくれたと思うんだよ。そういうの……先延ばしにするやつだったから。でも』

 

 でも。

 ……心当たりは、ある。

 

『どっかの誰かさんがあいつを焚きつけて急かせて……あいつを成長させた。あいつを変えた。その変化に気付いてたはずなのに、昔の振原に甘えてたのがウチの敗因かね』

「……謝りません」

『おう、そうしろ。……で、だから……あいつに恋愛感情ないとか今更だから、ンなもん気にすんな馬鹿後輩。一応アドバイスをくれてやるなら、これからは自分の欲しいだけをぶつけんじゃなくて、どうやったら振原がお前だけを見るか考えてアプローチすることだな。ま、ウチもそうするからどっちが早いかの勝負になるだろうけど』

「こうなってくるとどっちもフられて終わりってパターンも全然ありそうですね……」

『あるだろうなぁ。なんせ振原だ。ウチらの心なんか推し量れるわけがない』

 

 酷い言いようだけど、本当にそう。

 お姉は……心についての理解が、甘い、というか……幼い、というか、稚拙というか。

 あたしだって別に長けているわけではないけど、彼女と接しているとほとほとそう感じる。

 

「塩、送ってくださってありがとうございます」

『敵に、ってか? ……別にウチはお前のこと敵だなんて思っちゃいないよ。……つか、それだよな。お前も振原のこと言えないくらい幼稚なんだよ。その敵か味方かしかない世界観そろそろ抜け出せよ。だから愛情が伝わんないって可能性もあると思ってるぞウチは』

「それは……」

『もうちっと気を緩めることを覚えな。先輩からのありがたぁ~いお言葉は以上だ。切るぞ』

「は……い。ありがとうございました」

 

 通話が切れる。

 

 敵か味方かしかない。確かに……そうだ。

 あたしの世界には、それしかいない。

 

 現状、お姉は、あたしにとって……なんだ。

 そこがはっきりしていないのなら、そうか、愛情なんて伝わるはずもなかったか。

 

 あたしにとって、お姉は。

 

 

 お風呂でぽけーっと天井を眺める。

 明後日。お姉とのデートがある。どういうデートにするかは決めているけど、そういえばまだ服を見せていなかった。いなかったし、あたしの服もまだ買ってないなー、なんて思いながら……ふと防水ケースに入ったスマホを見れば。

 

 ──〝ブーケ、取れなかった〟

 ──〝無念〟

 

 と……泉美からのメッセが。

 なに本気にしてんだか、という思いで返事をする。

 

 ──〝機じゃないってことじゃないの〟

 

 ──〝そんなはずはない〟

 

 ──〝なんで〟

 

 ──〝GW中にいのりは告白するんでしょ〟

 ──〝振原先輩に〟

 ──〝絶対失敗するから〟

 ──〝付け込む隙はある〟

 

 ──〝どういう意味?〟

 ──〝振原先輩のことはともかくとして〟

 ──〝付け込むってなに〟

 ──〝まるで泉美があたしを狙ってるみたいに聞こえるんだけど〟

 

 ──〝そう言ってるんだけど?〟

 

 はぁ……。

 またこの子は。別にメッセ上はもう誰が見ているわけでもないんだからそのムーブはしなくていいだろうに。

 

 ──〝好きだよいのり〟

 ──〝今すぐキスしたいし肌合わせたいって思ってる〟

 

 ──〝今お風呂中だから余計に怖気走ったんだけど〟

 ──〝キモいこと言うのやめて〟

 

 ──〝何言っても何しても信じてくれないなら〟

 ──〝今からいのりに会いにいって〟

 ──〝振原先輩に宣戦布告でもしてあげようか〟

 

 ──〝だからキモいって〟

 ──〝てか振原先輩巻き込むのやめてって言ったよね〟

 

 ──〝しょうがないじゃん〟

 ──〝いのりが私の愛情に気付いてくれないなら〟

 ──〝他を排斥して、強制的にこっち向かせるしかない〟

 ──〝どーせその人いのりのこと傷つけるだけだし〟

 ──〝いのり言ってたじゃん〟

 ──〝嫌われてもいいから自分のものにしたいって〟

 ──〝今同じ気持ち〟

 

 話が通じない。

 そう感じた。……いつものことだけど、今日は特に。

 

 ──〝てゆかさ、その人結構最低だよ〟

 ──〝去年飼育関係でとんでもなくデリカシーないこと言ってたり〟

 ──〝球技大会とか体育祭とかで、ちょくちょく心無い発言してる〟

 ──〝すごい噂になってる〟

 

 調べた……のだろう。

 お姉の教室近くにいたって話だし、色んな人に聞き込みをしたんだ。それも悪い噂だけを集めるように。

 でもそれで心象悪くなるの、お姉じゃなくて泉美だけど。

 

 ──〝その人いのりのこと愛してくれないよ〟

 ──〝私にはわかる〟

 ──〝振原先輩、他人に興味ないもん〟

 

 ──〝かもね〟

 ──〝そんなの知ってるし、知ってる上で好きだから、余計なこと言わないでよ〟

 ──〝あと、たとえお姉が最低なのがわかったって、泉美のこと好きになったりしないから〟

 ──〝これ以上キモいのやめて。面倒臭い〟

 

 ──〝キモかった?〟

 

 ──〝とんでもなく〟

 

 ──〝じゃ、それが答え。これからいのりが振原先輩に対してやろうとしてることの〟

 

 白む。

 何の話だ。

 

 ──〝相手の都合も考えず、相手の気持ちも考えず、嫌われてもいいから自分のものにしたい、で動くと〟

 ──〝今いのりが感じたことを振原先輩に感じさせるだけ〟

 ──〝自分がされて嫌なこと他人にするの?〟

 ──〝こんな小学生みたいな話しないとわかんない?〟

 

 そ……れ、は。

 ……それは。

 

 ──〝やめといた方が良いよ〟

 ──〝これ以上嫌われたくないでしょ、ホントは〟

 ──〝じゃ〟

 

 その時、お風呂の戸をノックする音があった。

 びっくりしてスマホを取り落とす……までは行かなかったけど、早鐘を打っていた心臓がそれはもう跳ね上がる。

 

「いのり? 大丈夫? もう一時間以上入ってるけど、逆上せたりしてない?」

「あ、ママ。大丈夫大丈夫、ちょっとスマホ夢中になってただけー」

「ならいいけど……」

 

 そんなに時間が経っていたとは、気付かなかった。

 

 あまりの長風呂は肌にも悪い。……上がろう。

 

 ──鏡に映った自分を見る。

 

「酷い顔……あたし、本当は……」

 

 言葉に出して。

 最後まで言うのを、ためらった。

 

 本当は。

 本当は……嫌われたくなんか。

 

 

 四月二十八日。

 午前の部活錬。

 

「じゃ……じゃあ、二年と一年でシングルスとダブルスを順番にやる……から、あーっと……」

「とりあえず実力で割り振る必要があるから、まずウチがラリーしとくよ。コート全面使うの勿体ないだろ」

「あ、ああ。そうしてくれると助かる。じゃあ一年は浅野に従うように! 浅野以外の二年は──」

 

 もやもや、ぐるぐるした気持ちを抱えたままの部活。

 でも表情には出さない。心配されることは軋轢を生みかねないから。

 

「苅田、葛野、遠山、兵頭、的形、宵木の順で行くぞー」

「はい!」

 

 ラリーを始める浅野先輩。

 その顔に翳りはない。むしろ……精力的、いや意欲的……?

 

 して、あたしの番がくる。

 

「──じゃあ、行くぞ的形」

「はい!」

 

 びゅん、と。

 ラリーなんてする気のない速度であたしの横を駆け抜けていったテニスボール。

 

 ……。

 あの。もしかしてなんですけど。

 

「怒ってたりし……ます?」

「部活に私情を持ち込むわけないだろ。力加減をミスっただけだ。ほら行くぞ──次はちゃんと取れよ。そんだけの実力あんだろ、お前」

 

 ……そこから。

 ラリーと呼ぶにはあまりにも重すぎるボールに辟易しながらも何度かラリーを成立させて、解放となる……のだけど。

 

「的形さん、ホントにホントに大丈夫?」

「明らかに嫌がらせされてたよね……」

「優しい人って言ってたけど、そうは見えなくて……!」

「大丈夫、本当に大丈夫だから……」

 

 歯噛みする。

 こういうのが嫌で立ち回りをしていたのに、一気に崩されたし。

 あたしは依然としてこの子たちのことを「今は味方」だと思っているし。

 多分浅野先輩は、自分の鬱憤を晴らすと同時……あたしのこの価値観を崩そうと荒療治を仕掛けてきているのだろうし。

 

 全部が理解できて、余計に……余計に。

 

 今もし、あたしと浅野先輩がお姉に対してイーブンだとしたら。

 どうやったって……あたしじゃ勝てないじゃん、って。

 

 そう、思わされてしまったから。

 

 デート。

 デートで……どうにか、落とさなきゃ……嫌われない程度に、本気を……想いを……。

 

 ──確実に、焦っている。

 そう自覚できる日だった。

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