私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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32.向きあってみた。

 四月三十日。

 解けているいのりちゃんの抱擁から抜け出し、起こさないように部屋を出た。

 簡単に自分の支度を済ませて……さて。

 

 朝ご飯を……つくる。

 焼き魚にお味噌汁、白米。ほうれん草のおひたし、お漬物。

 それを人数分作って……席に着く。

 

 時刻は朝六時半。

 ……あと少しで、みんなが起きてくる。

 

 覚悟を、決める時間だろう。

 

 

 ドアを開けて出てきた彼女と目が合ったその瞬間、表情が明るくなったことを観測した。

 

「由佳ちゃん。……今日は、一緒に食べてくれるの?」

「うん。いのりちゃんと約束したし……そろそろ私も向き合うべきだな、って」

 

 もう、蟠りなんかなくて。でも、ずっとずっと引き延ばしていて。

 私には物語の登場人物のようにパっとした切り替えはできないけれど、グラデーションにしたって最初の起こりがないと何も始まらない。

 意固地になっていた頭に、意気地なしの気持ちを上向きにして、部屋を出るんだ、って。

 

「おはようしおりさん。……と、……由佳」

「ん、おはようお父さん」

「ああ。……そうか。……ああ、おはよう」

 

 二人の寝室は一階にある。だから予兆が掴めないというか、心の準備のできない出来事になる。

 でも、彼女は別だ。

 

 食卓に着いて、三人して上を見上げる。

 

「今日も部活……だよね? いのりちゃんはいつも何時くらいに起きるの?」

「この時間、もう起きていてもおかしくない頃合いだけれど……」

「十分になったら一度様子を見に行ってきてくれるか、由佳」

「わかった」

 

 時計の針は七の文字を通り過ぎようとしている。

 部活動の朝練が何時からなのかは知らないけど、普通に考えるなら八時、または八時半からなんじゃないかなって。

 大丈夫……かな?

 

 と。

 どたん、どたばったん、と二階で物音がして……次いで、足早に階段を下りてくる音もした。

 

「いのり、危ないわ」

「寝惚けたままじゃ、転ぶかもしれないよ」

「んぁ……ごめん、パパ、ママ……。……ぇぁ? ……お姉? ……お姉~」

 

 ふらふらと寄ってきて。

 席に着いている私を……ぎゅむ、と抱きしめるいのりちゃん。

 あの?

 

「あらあら、甘えん坊さんね」

「いのり、部活間に合わなくなるぞ。お姉ちゃんに甘えるのは帰ってからでもできるから、まずは顔を洗ってきなさい」

「ぇ~」

「時間無くなってバタバタして……私と一緒に朝ご飯食べられなくなっちゃって、いいの?」

「む。……それはヤだ。顔洗ってくる」

 

 おお。なんと聞き分けの良い。

 これはお父さんの前だからかな? 寝惚けててもその辺はしっかりしてるんだなぁ。

 

 なんて目で見送ったら、ふらふらゴツンと額を思いっきり壁にぶつけるいのりちゃんの姿が。

 だ……大丈夫かな、あれ。

 

「いのりは昔から朝弱くてねぇ。そのあたりは……多分、父親に似たのでしょうね」

「父親……いのりちゃんの、お父さん」

「そう。ああ、そう暗い顔をしないで。あの人が亡くなったのはもう何年も前のこと……いのりが小学一年生の時のことだから」

「みずきさん、だったかな。……正直な話、写真を見せてもらった時……素直に嫉妬してしまうところがあるほどに……かっこいい顔立ちの男性だったよ」

「半分海外の血が入っていたから、その影響かもしれないわね」

 

 へぇ。

 まぁ……お父さんの顔はかっこいい系じゃないからなぁ。どっちかというと優しい系。

 

「……悲しい。由佳、そこはお父さんもかっこいいよ、とだな」

「え? ああ。いやお父さんはかっこいい系じゃなくて優しい系の顔だから、どうやっても勝てるわけないなぁとか思ってて、言葉を忘れてた」

「そ、そうよ~昌仁さん。目元や笑顔が優しくて……私はそういうところに惹かれたのだから、そう落ち込まないで」

「ありがとう……娘の鋭利な言葉にめった刺しにされた心が癒されるよ……」

 

 そんな風に言われましても。

 事実じゃないですか。

 

「おはよー三人とも」

「お、来た来た」

「おはよういのり」

「いのりちゃん、おはよう」

 

 顔を洗ってシャキっとしたいのりちゃん。

 彼女が席へと着いて……では、ようやく。

 

「いただきます」

 

 四人そろっての、朝ご飯だ。

 

 

 ぽけーっとする。

 ……今、家に誰もいない。いのりちゃんは部活で、お父さんとしおりさんは会社。ゴールデンウイーク中なのに出社しなければならない用事ができたらしい。社会人は大変だ。

 

 呆気なかった……と言っていいのかな。

 終わってみれば、なんてこともなかった。

 蟠りも気まずさもない。話が弾むような場でもなければ、箸が進まないような重さもない。

 日常風景。いなかった私が合流しただけのそこ。

 

 ……気負いはもう、ない。

 

 しかし。

 どうしよう。勉強しようかな。

 ここのところ忙しくてちゃんと時間が詰め詰めだったから、暇になる、とか考えないで良かった。

 明日は用事があるけど、今日は完全フリー。……お母さんのところ行こうかな。実はもう結構頻繁に行っちゃってるけど、そう何度も何度も来られたら迷惑じゃないかな。

 お菓子作り……も、そうだ。お菓子の差し入れするんだった。あ、でも牛乳が今ダメってメッセに書いてあったから……洋菓子じゃなくて和菓子かな? 丁度いのりちゃんも食べたがってたし……。

 となれば材料調達だ。

 自転車に乗って、スーパーへ行こう。

 

 

 来た。

 

「『GW休業三日』……」

 

 そ。

 そ……そうだよね。スーパーだって……休みたい時はあるよね……。

 

 えー、じゃあ商店街……久しく使ってないから何がどこにあるのかとかわかんないけど、ゆるゆる見て回れば──。

 

 

 無い……!

 和菓子自体は売ってたけど材料は売ってない……!

 

 こうなれば駅前のショッピングセンターまで行くしかないか。

 ただあそここそ……。

 

 

「やっぱり……和菓子自体は売ってるけど材料なんて……!」

 

 撃沈である。

 これ以上遠くのスーパーとなると……隣町になる。いや、市境手前に一個あったっけな。

 なにぶん田舎なもので。あの終着駅ほどじゃないにせよ、都会とは言えない場所なので。

 スーパー……。いや田舎の方がスーパーあるんじゃないかってツッコミは聞かなかったことにして。

 

 誰か……誰か通りがかって、何か天啓をくれたりはしませんか。

 

「ん?」

「……んぇ?」

 

 お姉さんと目が合う。

 ……うわ気まず。いや誰かとは言ったけど全く知らない誰かって話じゃ……。

 

 ……?

 

「好埜さん……?」

「あらなんで私の名前を。……。……なんか見覚えある顔……って、マサの子じゃない! 久しぶり! 元気してた?」

 

 物凄い勢いで理解して物凄い勢いで詰め寄ってきた女性。

 振原好埜。お父さんのお姉さんだ。

 ただウチはあんまり親戚の集まりなんかに行かないから、会ったのは本当に数回程度だけ。

 

「うん、元気だよ」

「そっかぁ~……。……って、あ。……あなたの母親って……当然茜さんよね」

「え、うん」

「ふ、複雑……。っていうか……あなた……なんか、昔と変わってなすぎじゃない? 身長はわずかに伸びたけど、なんていうか雰囲気が」

「よく言われるけど、私の中では色々成長してるつもりだよ」

「それは良いことね。……で、こんなところで何してるの? 彼氏と待ち合わせ?」

「お菓子作りのために材料買いに来たんだけど、スーパーはゴールデンウイーク中で閉じてて、他のとこでは欲しいの売ってなくて」

「へぇ~、お菓子とか作るんだ。女の子ね~」

 

 こっちも同じ感想である。

 最後に会ったの多分中一とかの時だけど、この人変わらなすぎ。お父さんより年上のはずなのに、大学生って言われても通じる見た目をしている。

 妖怪か何かなのでは。

 

「何が必要なの?」

「足りないのは中力粉とふくらし粉かな」

「ふくらし粉って……あなたまた古臭い言い方を。……んー、重曹は結構あるけど、中力粉を常備してるわけでもないから……ちょっと知り合いに聞いてみてあげる」

「いや、作るの別日にすればいいだけだから」

「なに言ってんのよ。姪が困ってるんだから伯母さんが張り切るんは当然でしょ? ……あ、もしもし? アンタってパン屋やってたわよね。……え? もう辞めた? いやどうでもいいけど、今でも繋がりあったりしない? なに……弟子と喧嘩別れで飛び出してきた? そう。でもまぁ知らないから、とっとと仲直りしてちょっと中力粉もらってきなさい。以上」

 

 なにかとんでもないことをしていませんかこの人。

 聞いてみてあげる、の域に無かったように思うのですが。

 

「よし、これで中力粉はオッケーね」

「本当に……?」

「大丈夫大丈夫。加えて一つの師弟の蟠りも救えたから万々歳でしょ。……じゃあそうね、とりあえずウチ来る? 待ってる間時間潰せないでしょ、どこ行ったって」

「お邪魔じゃなければ、じゃあ」

「そういうところの踏み切りがいいのは私似? いやお母さん似なのかも」

「?」

「マサは優柔不断だからね~」

 

 そう、だろうか?

 お父さんって基本ピンキリで、やると決めたらとことんやるタイプだと思ってたけど。

 

「あ……そっか。マサ、家族の……っていうか娘の前ではカッコつけてるんだ。……ま、偽ってたアイツが悪い!」

 

 この人なんか本当にとんでもない人なのではないだろうか。

 

 

 

 オッシャレィな家の前に自転車を停めて、中へ入る。

 中もオッシャレィだ。……とんでもなくお金持ちだこの人。

 

 ──けど。

 

「ごめんねー散らかってて。一人暮らしだとどーしてもこうなりがちでさ~」

「いやあの。……私片付けようか?」

「いいの?」

 

 散乱する下着類。しわくちゃの服。ソファにあるクッションは半分以上カバーが取れていたりほつれていたりでボロボロ。ちらっと見た寝室は……オシャレなのに床にペットボトルの空がたくさんあって、ゴミ箱に入っていないゴミ袋にコンビニおつまみがたくさん入れられていて……ベッドシーツも捲れたままで……。

 こ……これは。

 宝の持ち腐れ……。

 

「ふくらし粉と中力粉、タダで貰うのは悪いから……片付けて、その報酬にもらう」

「姪から代金取るなんてことしないけど、やってくれるならありがと」

 

 ──ジェノらないと。

 もうわかった。

 この人、他人に厳しく自分に甘くタイプだ。とんでもない人間だこの人……!

 

 

 終わった。

 正確にはクッションや衣服のほつれ直しが残っているから、あとはこれを直すだけ。

 幸い裁縫セットはあったので、今ちまちま修復を行っている。

 

「すごーい。あっという間に片付けられちゃった」

「まぁ……ゴミ屋敷ってほどじゃなかったから、ごみを出して、衣服類をアイロンしたり洗濯したりして出しただけだからね」

「ね、ウチでハウスキーパーとしてバイトしない? 時給三千円くらいは出せるわ~」

 

 ……愛璃に紹介しようかなそれは。

 高額バイトが過ぎる。

 

「しないし、もしそれがお父さんにバレたら……流石の好埜さんもお父さんに怒られるんじゃない?」

「う゛、たしかに。……あの子怒ると怖いのよね」

「静かに怒る系だよね」

「ね~」

 

 とりあえずクッション終わり。

 あとは服類だ。……たっくさんあるなー。

 

「……ね、今何歳?」

「十六歳」

「誕生日は?」

「来月だよ。だからもうすぐ十七歳」

「きゃあ、華の十七歳ね……」

「……好埜さんって今何歳なの?」

「五十二~」

 

 !?

 う、嘘だあ。

 その見た目で……五十二!?

 

「若作りしてるから。若く見えるでしょ」

「う、うん。最初目が合った時大学生かと思った」

「やだ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。……そういうあなたは雰囲気が幼女よね」

「どういうこと」

「なんていうの? 幼さ全開なのに夢のない感じが……まだ世界を知らない雛鳥に見える」

 

 夢のない感じは悪口では。

 まぁないけども。ショートケーキさん! は流石にもう脱している。

 

「若さの秘訣は童心を忘れないことよ」

「聞いてないよね」

「あと毎日湯舟に浸かること。やりたい時にやりたいことをやること、行きたい時に行きたいところへ行くこと、ストレスっぽい気配を感じたらすぐに逃げること……!!」

「大分ダメ人間だよね」

「どうかしら由佳ちゃん。あなたは……やりたいこと、やれてる?」

 

 問い。

 それには、詰まらずに返せる。

 

「うん、最近は特に」

「そ。……良い声に、良い目ね。それならお姉さんも安心」

「ね、好埜さん。……いのりちゃんにお母さんの居場所教えたの、好埜さんでしょ」

「あら唐突」

「教えたっていうか、いのりちゃんから事情を聴いて突き止めた、かな? いのりちゃん単独で見つけられるとは到底思えないから……なにか行動力の化身で、且つ私達に縁のある人が関わってないと無理だなって思ったんだよね」

「うわあ、そのなにもないところから正答に辿り着くの、私の……っていうかお母さんの系譜過ぎる。そこに加えて茜さんの底知れない感じが加わって……ちょっと怖いわ~」

 

 あ、お母さんまた底知れないって言われてる。

 ミステリアスモードで応対したんだろうなぁ。お茶目モードでいけばいいのに。

 

「ま、正解。いのりちゃんが言ってほしくないっぽかったから言わなかったんだけどね。……あの子を咎める?」

「ううん。その行動で、私はお母さんに会えたから。どっちにもありがとうって言うかな」

「良い子。そういうとこはマサそっくり」

 

 だとしたら、それは嬉しい言葉だ。

 どちらもの性質を受け継げているのなら……胸を張れる。

 

「……ね、さっきからお母さん……お婆ちゃんの話してるけどさ。私、まだ会ったことなくて」

「そりゃそうでしょ。お母さんはあなたが生まれる前に亡くなってるんだから」

「あ……そうなんだ」

「そうよ~。振原家で親戚の集まりが無いのは、生き残りが少ないから。お母さんもお父さんももういないし、姉弟は私とマサだけ。親戚もゼロ。どっちも一人っ子だったから」

「生き残りって……」

「あら、そっちも知らないの? 振原は旧字で風林原って書くのよ。つまり武田信玄の系譜なワケ」

「うん、嘘だね。小学校の時に振原って苗字を調べたことあるけど、一番多くいた神奈川県でさえ別にゆかりの地でもないし」

「知らない? 三増峠の戦いっていうのがあってね~」

「ただ戦っただけだねそれは。合戦があっただけ」

 

 なんでこの人嘘を貫き通そうとするんだ。

 

「……はぁ。最近の子はこれだから。夢がないわ~。もしかしたら私も武将や偉人の血を引いているのかも……!? ってなるでしょフツー。あなたより長く生きてる伯母さんから齎された情報なら特に」

「私より長く生きてる大人だから嘘も吐き慣れてるんだろうなぁって思ってるよ」

「スーパーリアリストね……」

 

 ふわふわしていないだけです。

 ……よし。縫い終わった。次次。

 

「由佳ちゃん、あなた趣味は?」

「前までなら無いって言ってたけど、今は料理かな」

「彼氏は?」

「いないよー」

「男の子と付き合った経験は?」

「ないよー」

「告白したことは?」

「ないよー」

「されたことは?」

「……まあ」

 

 ぱぁ、と顔を明るくする好埜さん。

 う、うわあ。

 

「イケメン? 年上? 年下?」

「……女の子だよ。全員」

「うわ百合!? それはそれで……! え、え、年齢は? 同い年?」

「……。……上も、同い年も、年下も……かな」

「きゃあモッテモテじゃない! なにそれ……わ、わぁ……青春の味がする~~!」

 

 怖いなこの人。

 やっぱ妖怪なんじゃないか。妖怪青春食らい。

 

「ね、女の子同士ってどうやってデートするの? 一緒に映画館いったりショッピングいったり?」

「どう……なんだろ。一回……しか付き合ってないし、どこに行ったってわけでもないし」

「つまり……おうちデート?」

「そうなる、のかな? あとは一緒に寝たり」

「寝ッ……!? ……いえ落ち着きなさいヨシノ。流石にそういう意味じゃないわ。びーくーる……! ……だとしても、うへへ、へへへ……うわ……え、抱き合って眠って……きゃあかわいい、かわいい!」

 

 これ警察に通報した方が良いのかな。

 不審者だよねこの人。

 

「か……彼女ちゃんの写真とかある? 見せてほしいナ~って」

「無いし、見せないし。……中力粉の人、本当に来るの? 騙されてない、私」

「ああ確かに、ちょっと遅いわね。待って、電話するから。……もしもし? ソウ、あんた何して……なに今良い所だからって……あ、ちょっと!」

 

 切られたらしい。

 ……ふつふつ、ぐらぐらと怒りのボルテージが上がっていくのが見える。

 

「由佳ちゃん、ちょーっとだけお留守番できるかしら。そうね、一時間かからないわ」

「いいけど……」

「良い子ね。──ちょっと〆てくるから。ついでに中力粉も調達してくるから。あ、お腹空いたら適当に冷蔵庫のお菓子とか冷食とか食べていいからね」

「あ、うん」

 

 ……本当に行ってしまった。嵐のように。

 

 とんでもない。色々。

 

 うん。

 お裁縫だけじゃなくて、もうちょっと……家の掃除とかしておいてあげよっかな。

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