私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
本当に一時間とかからず好埜さんは帰ってきた。
その手に明らか業務用サイズな中力粉を持って。
「お待たせ」
「うん。大丈夫? 重くない?」
「大丈夫大丈夫。これでも力持ちなんだから」
言葉通り軽々と中力粉の袋を持ってキッチンへ向かう好埜さん。
彼女は──。
「わ、キッチンまで綺麗になってる!」
とか。
「ちょっとちょっと、お風呂掃除までしてくれてないこれ!? 嬉しい!」
とか……まぁ、掃除をした側からすれば嬉しい反応をしながら至るところを見てくれて。
……おや。
私……嬉しい、のか。
思ってもみなかったかもしれない。いや、私がやったことで喜んでくれたら嬉しいのは当たり前なんだけど、なんていうんだろ……掃除とか家事とか……を、褒められるのって……あ、そっか。
お母さん以来、なんだ。自分にとってできて当たり前のことをやって、喜んでもらうって経験が。
喜んでほしくてやっている料理とはまた違う……予想だにしなかった嬉々。
「あ、そーだこれ。忘れないうちにね」
と……帰ってきた好埜さんは、何かを差し出してきた。
なんだろう、と思いながら受け取る紙片。……紙幣。
いちまんえん。
「え゛」
「お駄賃お駄賃。ここまでやってもらって中力粉と重曹だけってナイナイ。伯母さんから姪へのお小遣い兼お手伝い料金よ~」
「貰い過ぎ貰い過ぎ貰い過ぎ」
「いいじゃない、ほんとだったら毎年上げてておかしくないお年玉なんかもあげてないんだから」
それは……まぁ。
みんなが言う「お年玉」の文化、確かにウチにはなかったから……いやいや。
「あ、言っとくけどこれ自分のために使ってね? 誰かのための資金にしちゃダメだから。……恋人へのプレゼントならいいけど!」
「いきなりテンションあげないで」
「由佳ちゃん全然見た目遊んでないし、さっき趣味はお料理とか言ってたからさー、もしかしてこの子お小遣い貰っても使い道ないんじゃ? とかも思ったんだけど……実際どうなの?」
「結構友達と旅行とか温泉とか行くから使うよお金。……だから一万円は正直ありがたい」
「ならいいじゃない! っていうか、いいわね~友達と旅行! あ、だったら海外旅行が候補に上がった時は私に言いなさい! 安全確保ならお手の物だから!」
「……怖いお友達?」
「怖くな~いお友達」
嘘だな。
……お父さん、好埜さんの交友関係ちゃんと見直した方がいいかもよこれ。
まぁ、なんにせよ。
「そろそろ帰るね。お昼ご飯作らないとだし」
「由佳ちゃんの作るご飯も食べてみたかったけど……流石にそこは弁えるわ。あでも、重曹と中力粉自転車で運ぶのは危ないでしょ。車出したげるから、由佳ちゃんは先帰ってて」
「うちの場所わかるの?」
「……」
「住所教えとくね」
「気遣いのできる子だわ……。……連絡先も交換しない?」
「いいよ」
交換する。
メッセのアイコンは……どうみても大学生な好埜さん。フレームまできゃぴきゃぴしてる。
「後でもう一回会うことにはなるけれど、今日はありがとうね。助かったわ、色々」
「こっちこそ。出会えてよかった」
「ん~、良い子」
そんな感じで。
好埜さんとは、お別れになった。
すぐの再会……中力粉と重曹を持ってきてくれた彼女にもう一度ばいばいをして、では早速和菓子作りを……とはならない。いや当然お昼ご飯が先だから。
お父さんとしおりさんはお弁当なので帰ってこないけど、いのりちゃんは部活終わりでお腹ペコペコで帰ってくるはずだ。
だから、彼女の好物である「男の子の好きそうな食べ物」の中でもがっつりなお肉……カツ丼を作る。
玉子とじひたひたの甘めカツ丼。糸こんにゃくを添えて。
……カツ丼の作り方は流石に要らないだろう。
それが終われば、和菓子作りの仕込みだ。
といっても難しいことはなにもない。材料……薄力粉、ふくらし粉、中力粉、砂糖、塩を混ぜ、全部が均一に行き渡るようボウルの中をかき混ぜる。
その後卵とお酢を混ぜたものを用意し、ボウルの中へ投入。いい感じに混ざったら、大体五十グラムずつくらいに小分けして、冷蔵庫へIN。後は寝かせる。これだけ。
「たらいまー……」
「おかえりー」
丁度帰ってきたらしい。
へろへろ声のいのりちゃんは、玄関からそのままお風呂へ向かう。シャワー浴びるんだろうな。
炊きあがるご飯。ベストタイミングだ。いのりちゃんが寄り道をせずに帰ってきてくれて助かった。
ほかほかご飯の上に卵ひたひたのカツを乗せて、甘く煮た玉ねぎ、糸こんにゃくを添えて……よし。
どんな犯罪者でも口を割るカツ丼の出来上がりだ。……創作物におけるあのカツ丼、出来立てなんだろうか。
「お姉~」
「んー?」
「替えの着替え忘れたぁ~」
「……いのりちゃんの部屋、鍵は」
「あー……閉じてるかも~? でも前ママが外から開けてたよ~」
「開けていいの?」
「可愛い下着と可愛い服でお願い~」
「はいはい」
いいらしい。
ので、十円玉を取り出す。……ま、うちの鍵はトイレなんかでよく見る奴と同じだからね。
外側のくぼみにコインを当てて回せば開く。
階段を上って奥の部屋。ちょっと久々に入る元お母さんの部屋。
……前に入った時より可愛らしさが増している気がするその部屋のクローゼットの前に立ち、開帳。
おお。
シックなデザインの服多め。だけど時折見える可愛らしいもの……は、まさか偽装用?
本当、ペルソナにかけるリソースが多すぎるよ……とか思いつつ、通気性の良い素材の服をピックアップ。下着は……まぁ適当でいいだろう。あんまり物色するのも悪いし。
それらを持ってお風呂場へ向かう。
「あ」
「あ」
扉を開けたそこには、当然裸ないのりちゃんが。
いやまぁ当然っていうかちょっとは待てないのかとか言いたいこと色々あるけど。
「服ここおいとくね」
「……なにか言うこと無いの?」
「え゛」
言いながら……なんかポーズを取るいのりちゃん。
いやあの。
前一緒にお風呂入りましたやん。
「……肩とか首のあたりちょっと焼けてるね。日焼け止めクリームちゃんと塗りなよ?」
「え、嘘」
「それじゃ、お昼ご飯はカツ丼だから、冷めないうちにね~」
言うことなんかこれしかないよ。
あ……恋人的な発言を期待した、ってこと? だから無理だってばそういうの……。
いつもの三倍くらい美味しそうにカツ丼をたいらげたいのりちゃん。本当にこういう系好きらしい。しかもお腹ペコペコだったのが良いスパイスになったんだろうね。
彼女はそのまま私を抱え上げる……かと思いきや。
「うう……誘惑はあるけど……あたしちょっとお昼寝するねお姉。……一緒に寝てくれたりは」
「しないしない。おやすみ、いのりちゃん」
「おやすみ……」
と、GoodSleep……もといぐっすり眠ってしまった。食後すぐ寝るのは太るよ、とか余計なことは言わない。
饅頭皮が良い感じに冷えるまであと三十分くらい。少し暇を持て余す。
ふとスマホを見る……と。
複数の通知。好埜さんからのお礼メッセにはこっちからもお礼を。アキからの「ウェア ほつれ 修復」という検索窓みたいなメッセには「もしかして:今度持ってきな」を。ののかからの「求:新聞ネタ」というメッセには「そういえば吉切川の方でなんかイベントやるらしいね明日」を。
そして……スクロールした先にあった、浅野からの通知を見て、「ヒュ」という変な音が出る。
──〝的形の告りOKしたらしいじゃん〟
……いのりちゃん、もしかして自慢したとかじゃないよね。
というかいのりちゃん以外から漏れないよねこの情報。
──〝怒ってる?〟
──〝いや?〟
──〝ちょい虚無ではあるが〟
──〝無理矢理押したらいけたらしいけど、なにされたん〟
いーのーりーちゃんー?
──〝的形めっちゃテンション上がってたよ〟
──〝謝りながらなのに嬉しい気持ち伝わってきて超複雑だった〟
──〝なぁ〟
──〝ウチもさ〟
──〝好いてくれなくていいから付き合いたいっていったら二股してくれる?〟
……What?
え、なに? ……目をこすっても現実が変わらない。
──〝何言ってんの?〟
──〝二股嫌ならもう付き合わなくてもいいからさ、デートしよう〟
──〝かわいい服でもかっこいい服でもいいからさ、二人でさ〟
──〝遊園地とか水族館とか行ってさ〟
──〝頭預けたり手ぇ繋いだりするデートしたい〟
──〝ウチから的形に許可取ったらやってくれる?〟
え……っと。
浅野? 本当にどうしちゃっ……たのは、流石に失礼だけど。
好きって言ってくれるのは勿論嬉しいんだけど、その……ちょっと暴走し過ぎじゃ。
──〝部活終わりで酸素足りてない説〟
──〝お前今どうしちゃったのって打ちかけてやめてそれ打っただろ〟
──〝意味同じなんだよ〟
──〝いやだって……〟
──〝デートもなにも〟
──〝今までやってきたことじゃんそれ〟
友達として、だけど。
グループの中でも格段に多い、浅野との二人きり旅行。この前の日帰り温泉然り、アクティビティに二人で向かうこともあれば、カラオケも二人だけの時が何度かあった。
そりゃ頭を預けるようなことはしてな……くもない気がする程度には近い距離だったし。
──〝そんなのデートじゃなくても行くけど〟
──〝わかってねーこいつ〟
──〝デートがいいんじゃん〟
──〝一個のパフェ食わせ合いしたりさー〟
──〝ロマンチックなとこ来た瞬間キスしたりさー〟
──〝ふとした瞬間に可愛いって言い合ったりさー〟
──〝してーのよ〟
はあ。
それは確かにしてこなかったけども。
……それがデートなのだとしたら、いのりちゃんとの電車デートは全くの別物だったな……。
──〝話は変わるんだけどさ〟
──〝急に冷静になるじゃん〟
──〝いいから〟
──〝中曽根さ、なんか〟
──〝旅行のあとから変なんだけど〟
──〝心当たりない?〟
ありますけど。
いやほんと話変わり過ぎ……でもないか。関連話だ。
──〝どう変なの〟
──〝部活中とか部活終わりにたまーに会うんだけどさ〟
──〝いやたまーにって頻度じゃねーけど〟
──〝なんか大型犬ぽいっつーか〟
──〝ウチに送ってくるメッセもなんか〟
──〝いつも以上に!マークついてっし〟
──〝るし〟
アプローチでは。わかりやすいのになんで気付かない、とか言うと、お前が言うなって言われるんだろうな。
真美、はりきってるんだなぁ。……でもあの子の性格ならすぐにでも告白すると思ってた。結構遠回りするんだ。
……流石に私から何か言うのは野暮だよね。それくらいはわかる。
──〝今度それとなく聞いてみるけど〟
──〝期待しないで〟
──〝サンクス〟
──〝それとさ〟
──〝今度振原の家行っていい?〟
──〝ウチは的形との関係性知ってっしさ〟
──〝ああ、いいよ〟
──〝というかいのりちゃんそろそろ明かすつもりみたいだし〟
──〝もうちょっとで色々大丈夫になりそう〟
──〝おう〟
──〝あ〟
──〝てかさ〟
──〝抱いて眠りたい〟
──〝抱きしめて寝たいって意味な〟
──〝私どんだけ馬鹿だと思われてるの?〟
──〝それ以外どんな意味があると〟
──〝で、それはダメ〟
──〝えー〟
──〝それ流石に恋人のやることでしょ〟
──〝腹舐められるのと抱きしめられて寝るのだったらどっちがいい?〟
──〝やっぱ酸素足りてないよ〟
──〝深呼吸しろ〟
なんだお腹舐めるって。犬か。それこそ大型犬だろ。
……あ、三十分経った。さーて出来は。
起きてきて、なんか超絶不機嫌になっていたいのりちゃん。彼女は無言で私を持ち上げソファに座る。私をクッションみたいに抱きしめて。
和菓子作ってみた、とは言い出しづらい不機嫌さ。それはそれとして、私の頭に顎を乗せてぐりぐりするのはやめてほしい。痛いから。
「がるるるる……」
「それちゃんと口に出すんだ……。……なに、誰を威嚇してるの」
「……浅野先輩」
察しました。
いのりちゃんの「報告」に対し、浅野がなんか言ったんだな。
それは先に仕掛けたいのりちゃんが悪いと思います。
「浅野に何言われたの」
「……お姉を貸してくれって。デートごっこでいいからやりたいって。……ダメだよお姉。絶対襲われるよ」
「浅野はクマか何かか」
「そういう意味じゃない。えっちなことされるって言ってんの」
「……いやあの、流石に弁えてるでしょその辺」
「はぁ?」
怒気を孕んだ声。
そんなに怒ることですかね。
「お姉さ……あたしにも浅野先輩にもさ、泣き顔とか困り顔が可愛いって言われてるの覚えてるよね」
「困らせたいとは言われたけど泣き顔が可愛いは初耳です」
「どうやったらさ、お姉を簡単にその顔にできると思う? 本当に悲しませたり困らせたりせずにさ」
と言われましても。
自分の事だからなぁ。
……とかぼんやり考えてたら、首筋を湿ったものが駆け上がった。
「な、なひぃ!?」
「首舐め。……ほら、次耳いくよ」
「いきなりすぎるって……ちょ、ぅぁ……」
浅野にも食べられたけど、耳を食べるのは本当になに。ミミガーなの?
ちゅるちゅるちゅぱちゅぱ、じゅちゅじゅちゅと……液体特有の気泡を孕んだ破裂音が響く。
あのぉ、和菓子ぃ……。
「っぷは……。……あ、ほら」
ようやく口を離したいのりちゃん。
その彼女がほら、と……私の顔を見て、得意気に言う。なんですかもう……。
「今お姉特大の困り顔してる」
「え……ああまぁ、困ってるし」
「お姉にとってえっちなこととかこういう過激なスキンシップって理解できないことなんでしょ。だからそれをされるとお姉は困る。あたしも浅野先輩もそれを知ってるから、お姉の困り顔が観たかったらえっちなことをする」
「なにそのピタゴラ装置」
「そして泣き顔は──」
ちゅ、と……キスをされる。
……いや、「ちゅ」なんて軽いものじゃない。
「ひ、ひほぃあ」
「んー」
長い。……っていうかなに!? 歯を……歯茎を、なんか舐められて……ちょ、え、なにどういうこと!?
っていうか長いよ! 流石に苦しい!
「んー! んー!!」
「んー?」
抗議の声を上げてもいのりちゃんは放してくれない。どころか私の後頭部に手を当てて、さらに強く引き寄せてくる。
いや待て由佳、落ち着け。鼻呼吸をすればいいだけだ。パニックになるな。
後頭部を押さえていた手が下がり、背中をツツと指で撫でられる。歯の手前で舌が暴れる。お腹がさわさわと弄られる。
……は、息を忘れていた。そういう作戦か。
「っぷは」
「……っ、は」
「あ。ほら。……泣き顔~」
スマホの内カメを見せてくるいのりちゃん。
いやね。この涙は酸素不足の涙であって、泣き顔ではないんですよ。
「……なんかフンイキ出てきたかも。ね、お姉。……本当のえっち、やってみない?」
「どういう……」
「あたしもさ、確かに経験はないけど……知識はあるんだ。だから」
ソファに放り出した私に対し、四つん這いで覆いかぶさってくるいのりちゃん。
目がもう肉食動物のそれだ。
よって私はここで切り札を使う。
「いのりちゃん」
「もう止まらな──」
「和菓子作ってるんだけどさ。食べない?」
「──……それ今逃すと美味しくなくなっちゃう?」
「まだ今日初挑戦だからね。できればレシピ通りがいい」
「……。……ちぇ」
よーし。
食は世界を救う! まぁ戦争の原因は食糧難であることも多いから一概には言えないけれど。
寝かせてあった饅頭皮を取り出し、おにぎりよりちょっと小さいくらいの大きさに丸める。
それを拡げてクッキングシートに置いて、適量のあんこをぽんぽんぽん。それを包んで……あとは蒸し器へIN。
十分ほどで取り出せば、はい。
「おまんじゅう~」
「わぁ~」
ほかほかのお饅頭。火傷に気を付けて、と注意を促しつつ、一口を食べてもらう。
ドキドキだ。だって味見する機会無かったから。
……ど、どうかな。
「んまい」
「良かった」
一番簡単なものにしたから大丈夫だとは思ってたけど……嬉しいね。
これなら持ち運びも楽だから、お母さんにも持っていける。……好埜さんにお裾分けしてもいいかもしれない。
「んまいー」
「はいはいおかわりね。もう少しで第二陣が蒸しあがるから」
「んーまー」
洋菓子作りは理科の実験みがあるけど、これはかなり匙加減だった。
もっと高級な和菓子になれば話は別なのかもしれないけど、私の作るものは……ちょっと経験を積まなきゃなぁって感じ。でも良い経験だった。
「お姉」
「ん?」
「はいあーん」
と、充分に冷ましたお饅頭を食べさせてくれるいのりちゃん。
ん。
「おいし」
「お姉の料理はぜーんぶ美味しい」
あ。
……その言葉、嬉しいよ。
ありがとうね、いのりちゃん。