私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
五月三日。ゴールデンウイークもあと四日。
なんだかんだお世話になったから、ということで、いのりちゃん同伴で好埜さんへ和菓子を差し入れにいき、そのままの足でお母さんへも差し入れにいく。
検査の類は数日ないらしい。使っちゃいけない素材も抜いてある。
ただ──。
「お休み中……みたいだね」
「うん。……おいていこっか。付箋貼って」
眠っている様子だったから、起こさないでおくことにした。
大丈夫、だからね。
その帰りのことである。
「ヲォォォォオ──」
「ん、なんか犬の遠吠えみたいなものが聞こえたような」
「げ──」
「──パイ・オツをぉおぉおぉぉぉおお揉みまァァァァァァァアアアス!!」
疾風の如く。
凄まじい速度で後方より現れた小さな少女が、いのりちゃんの胸を背後より揉みしだき──。
「どふっ……!」
ダブル肘鉄で地に沈んだ。
「あ、ナイスいのり。そうよ、反撃していいんだからね」
「の、脳天カチ割れる……」
はぁ、と溜息を吐くいのりちゃん。
察するに。
「お友達?」
「うん。昨日言った、高校でできた友達。菊花と乃蒼」
不思議そうな目でこちらを見てくるお姉さん感のある少女と、結構良い肘鉄を食らったのに特にダメージを受けてないっぽい元気っ娘。
ここののをより純化させたような二人だな、なんて失礼なことを考えた。二重の意味で。
「いのり、この子は?」
「親戚の子かにゃ? めんこいでござるなぁ……」
「あたしのお姉。だから、先輩だよ」
言うんだ、って。
そう思った。
「え! あ、あ、ごめんなさい!」
「えぇ~? 確かに背は吾輩より高いですけどぉ、なんか雰囲気が中学生? 小学生感? マシマシっていうかボフォ!?」
「失礼なこと言わないの!! ……けどいのり、お姉さんいたのね。勝手に一人っ子だと思ってた」
ツッコミが激しいね。
良いと思うよ。
「初めまして。いのりちゃんの姉の由佳です。よろしくね」
「いいよお姉。そこ気を遣わなくて。もう……言うつもりだったから」
「じゃあ、いのりちゃんから言おっか。そこはいのりちゃんが勇気を出すところだから」
「……うん」
ハテナを浮かべる二人に、彼女は少しばかりの深呼吸を挟んで。
「義理のね、お姉ちゃんなの。家庭事情ちょっと複雑で」
「え! あ……そうだったのね」
「なるほど。義理の姉ならば付き合っても合法! だからデートしてた──キクちゃんステイ、今その指が狙っているのは延髄だね?」
「デ・リ・カ・シー」
「ごめんなさいです……」
付き合い長いんだなぁ、というのが伝わってくる。阿吽の呼吸だ、これ。
そしてわかる。
そりゃこの子たちなら、いのりちゃんが踏み出そうとする相手になり得るでしょうね、って。
「……二人ともさ、今時間ある? ちょっと……本気の相談があって」
「なんですと!? このお悩み相談バスターズにお悩み相談とな!?」
「お悩み解決バスターズじゃなかった?」
「どっちでもいい! お悩みバスターズでいい!」
なにそのダサい名前。
……いや、それくらい突き抜けている方が、なのかな。
「そして時間ならモーマンタイ! なぜならこれからキクちゃんの家に行って乳繰り合う予定だったから!!」
「ち……!?」
「真に受けないでねいのり。この前言った楽器の件、改めて披露するってなると不安だから、確認だけしておこうってことになったのよ。こう見えてノアは完璧主義だから」
「こう見えてもなにも、吾輩は完璧超人……!!」
これは。
「なら、いのりちゃん。私先帰ってるから」
「あ、うん。ごめんねお姉」
「いいのいいの。菊花さん、乃蒼さん。この子をよろしくね」
「はい、任せてくださいお姉さん」
「お任せあれお義姉さん……!!」
なんかニュアンスがちょっと違った気がするけど気のせいだろう。
グッドラック、いのりちゃん。その二人は多分、あなたを世界へ連れ出してくれるから。
確かに和ではなかった。
でも……わ、わぁ……。
「なんか勘違いしてるみたいだから言っておくけど、パパがちょっと……言葉を濁さず言うと突飛なことを相談もせずにやっちゃう人で。リフォームの時に無駄な注文しまくってママにどやされた、みたいな事情でこうなってるだけで、お嬢様とかではないからね?」
「それでも庭付きなことは変わらないのであーる!」
「ノア、余計なこと言わないで。っていうかノアの家にもお庭あるじゃん」
「ウチは由緒正しき築三十年の家であるからな……!」
一瞬勇気が薄れる。
お金持ちの子。そうは思っていなかったけど、そうなのだとしたら。
……この二人に嫌われた時、あたしはどれだけの人に。
同時に底冷えもする。もしかしたら……この二人に取り入った、という風に捉えられていて、既にあたしは嫌われているんじゃないか、って。
「いらっしゃい、いのり」
「吾輩はどうしたぁぁあ!」
「ノアはもう家族みたいなものだから、いらっしゃいも何も無いって」
「お、おふ、そそ、それは良き関係……」
「キショ」
「ドストエフスキー……もといドストレート……!」
いや。
いや。……ほとんどうやむやにされたし、あの〝取引〟のこと、ほんとは認めてないけど。
でも、約束は約束だから。
一歩を踏み出すんだ。
「お邪魔します」
通された菊花ちゃんの部屋。なんというか……見た目や雰囲気にそぐわず、とてもパステルカラーな……女の子女の子している部屋で、ちょっとそわそわする。
「ふむ、いのりんよ。そうそわそわきょろきょろしたところで、キクちゃんの部屋にエロ本はないぞ?」
「ほんとに?」
「お、ノってくるとは……むふふぐふふふ、まぁエロ本ではないのだが、吾輩は知っている。確かクローゼットの……あ、あったあった」
勝手にクローゼットを開けて、勝手に上段の棚を引いて、そこから雑誌のようなものを取り出す乃蒼。
乗っておいてなんだけど、あんまりそういうことは……。
「これを見よ」
そう言って見せてくるは、雑誌……少年誌だ。あんまり触れる機会のないそれ。
挟まれている簡素な栞。そのページには。
わ、わぁ。
「普通に少年向けお色気シーン……キクちゃんはな、こういうあられもない姿で──」
「それをすぐにしまうのと、ノアの頭に湯飲みが落下するの。どっちがいい?」
「しまわせていただきます」
思ったよりスゴイのが描かれていた。ちらっと見た発行年月日は五年以上前のもので、だから多分〝おたから〟なのだろうことが伺える。……本誌ではないやつ、だろう。多分。言えることは。
「ったく……油断も隙もありゃしない」
「ご、ごめんね菊花、あたしが止めればよかったんだけど……」
「いいのいいの。あ、でもノアの言うこと鵜呑みにしないでよ? 私は普通なんだから」
「う、うん」
「そこで言い淀むと欠片も信じてない風に聞こえるんだけど大丈夫そ?」
いやぁ。
あの感じのシーンに栞まで挟んでて、普通は……ねぇ?
「とりあえずお茶、ここ置いておくから。……話っていうのを聞こうじゃない」
「おおそういえば本題はそちらであった。さしもの吾輩も居住まいを正す。スチャ」
「そういうの声に出さないものだと思うけどね……」
面と向かって、ではないけれど、あたしのことを正眼に捉える二人。
う、うう。
まっすぐな目過ぎる……灼かれる……熔ける……。
でも。
「……あのね。……その……あたしさ。……誰に対しても優しい感じ……ある、じゃん?」
「そう?」
「なんのこっちゃ?」
「──え」
冷える。身体の芯が。
「確かにいのりは優しい子だけど、興味ない相手に対しては〝とりあえず優しくしておけばなんとかなる〟みたいに思ってるでしょ? ま、あんまり優しくされたことない性格キツめの子なんかはそれでもいいんだろうけど……言葉を選ばずに言うと、私達みたいな愛されて育ってきた子供には丸わかりっていうか」
「うむ。いのりんの振りまく〝好き〟や〝大好き〟には感情が乗っていないでござるからな。ま、人間関係などそんなものにござる。だから基本誰も気にしないし、少なくとも敵意を向けない限りは敵意を返してこないのが宥和社会というものにござろう……!」
「そうね。誰だって喧嘩なんかしたくないし、一年生のうちからこじれた関係性とか持ちたくないのよ。それだけ」
心臓が激しく脈を打つ。血管の音が聞こえる。
じゃあ、あたしは。
あたしの今までは。
「あ、話逸れちゃった。で、それがなに?」
「う……うん。その……。……あたしは、実は……そんなに優しい子じゃなくて。そう思われるのが……つらいのに、そう振る舞うことしかできなくて……泉美とかお姉とか、あと昔からよくしてくれる先輩とかだけに……その鬱屈としたものを吐き出してた、んだけどさ」
「ははぁん? つまり、吾輩たちにも心を開いた、と?」
「理解速いね……。うん、そういうこと。……その、そんな相手にされるの……勝手に選ばれて、嫌かもしれないけど……」
「嫌とかはないけど、私達正直愚痴吐く相手としては最低の部類よ? 基本正論パンチで返しちゃうし」
「吾輩もよく〝もう少しだけでもオブラートに包めない?〟と涙目で言われること多しである」
「それに関しては、泉美もお姉もその先輩もそうだから、大丈夫」
「……泉美は確かにそんな感じしてたけど、さっきのお姉さんもそんな感じなんだ……」
「いのりんの世界、優しい人いなすぎでは?」
「そんなことないよ。お姉も先輩も……二人も、優しい。心の底から助かってる」
本心だ。
明るさに救われている。二人を見ているだけで、日常に違う彩りが生まれる。
同時に、この二人は完成しているから……入り込めない空気もあるけれど。
あたしの言葉に顔を見合わせる二人。
そして。
「いのりんの隠したい本音受け止め係、委細承知した。──しかしノーギャラというのはまかり通らぬのがこの業界」
「そうね。口止め料は貰わないと」
「お……お金? その……う……その」
「金など到底払える金額ではない……カラダで払ってもらわねばなるまい! ということで!!」
「はいいのり、暴れないでね」
一瞬のことだった。
あたしの背後に回った菊花ちゃんが、羽交い絞めを仕掛けてきて。
そして……わきわきと手を動かす乃蒼が、あたしを──。
ぜぇぜぇと肩で息をする。
ぼろぼろ零れた涙もそのままに、なぜかツヤツヤしている二人へ恨みがましい視線を送る。
「お、おお。ゾクゾクする視線……これが完全に素のいのりん……結構攻撃的な顔……」
「ねー。さっきまでのいのり、まだ取り繕ってたものね。ようやく初めましてって感じかな」
喋る気力もないので、乃蒼にむかってこいこい、と手招きをする。
無警戒で寄ってくる乃蒼。その小さな身体をガシ、と掴んで、抱き寄せ──首筋を噛む。
「ひょああああ!? 血、血を吸われりゅうううう!?」
「あら大胆。……もしかしてそれが求愛行動なの? 独特ね……」
「菊花ちゃんにもやります……乃蒼、協力してくれるよね……」
「は、はひ! 今吾輩はいのりんの眷属になったので!! ちなみに眷属になったから胸を揉ませてくれたりしますか!」
「……」
「なんでもないです! キクちゃん捕まえます!」
解放する。ああ、心の中では菊花ちゃんって呼んでることバレちゃったかな。
……もういいや。あたしの素が見たいなら、お姉という起爆剤でとんでもなく進化したあたしのこのくらーい部分、全部見せちゃえ。
「ちょっと乃蒼、ふざけてるにしては固めが痛い痛い──って」
ベッドにいた菊花ちゃん。その彼女を押し倒す。
どうやったってあたしの方が体格に勝る。だから逃れられない彼女の──その顔の上で、口を開いて、舌を突き出して。
唾液を、滴らせる。
「ちょ、いや、なにその求愛行動!? エイリアン!? プレデター!?」
「おお……凄まじく淫猥な空気……それはさながら本誌ではなくSQの方をおたからとして有し、中でも有害図書まっしぐらなアレに栞を挟んでいたキクちゃんお気に入りの漫画で見られるワンシーンが如く……!!」
「い、言わなくていいから!! ちょ……ちょっといのり、ほんとに涎垂れる! やばいって!」
ぎりぎりのとこで、じゅる、と吸い取る。
ほっと一息吐く菊花ちゃん。
その首筋をかぷっとした。
舌でぞぞっと舐めもする。
「ひゃ……!?」
「吾輩、一つ推測することがある。──いのりんがお姉と呼んでいたあの先輩。義理の姉だというのなら、既にこの毒牙にかかっていてもおかしくはない。というよりあのいぢめると良い反応くれそうな少女こそがこの暴走の原因なのではないか、と」
「んにゅむにゅむ」
「や、やめていのり、ヘンな気分になっちゃう、ヘンな気分になっちゃうから!!」
「ほほう? ヘンな気分とは……具体的にどういう気分かねキクちゃん。たとえば吾輩がこの状態でキクちゃんのパイオツを揉んだら、それは加速するのかね?」
「やめろ馬鹿!」
「どふっ……腹蹴り……くりーん、ひっと……!」
足を絡めて菊花ちゃんの暴れを抑えつける。
キスとかスキンシップとかはお姉以外にやるつもりはないけど、こういうのは誰でも良い反応をするものだ。
三十分以上もくすぐってくれた二人への仕返しとしては十二分だろう。
「吸わ……吸わない、でぇ……!」
……あの、菊花ちゃん?
反応がちょっと……えっちすぎないですかね。
菊花ちゃんと乃蒼、それぞれ交互に仕返しをして、ようやく落ち着いた。
なんか部屋の温度が上がったので冷房をつけてくれた。五月に冷房。
「これで互いの素がさらけ出せたな……」
「そうね……」
「つかれた……」
「まず、いのりんはぽやぽやした子ではなく、結構過激で結構苛烈な子だった……吾輩びっくり……」
「で、菊花ちゃんが思ったより脳内ピンクで常時えっちなこと考えてる変態で」
「……それ認めるの嫌だけど……まぁ、否定はしない。学校でも……いやなんでもない。で、乃蒼は実は誰に対しても敬語な子ってことくらいかしら、素といえば」
「なんでそれバラすんですか!?」
え。
あ、さっきのってそういうことなの?
「この子の小学生時代を知っている子なら覚えてるはずなんだけどね。中学からの印象が強すぎて上塗りされてるみたいで」
「へえ……乃蒼、ちょっと取り繕わずに喋ってみて」
「断る──舌を出すのやめてください。……うう、恥ずかしい、です……!!」
「かわいいでしょ」
「かわいい」
「その反応が嫌で吾輩はぁぁああ!」
正確に裏表はないけど、一応中学生デビューはしてたってことか。
へー。……まぁ正直菊花ちゃんのソレの方があたしはドン引きだけど。
「ナマモノ……っていうかクラスメイトのソウイウシーンを思い浮かべて学校生活してるって、正直激ヤバだよね」
「ですよね」
「べ、別に常にじゃないって! ただ……体育の授業とかあると、男の子も女の子も……そう見えるっていうか」
「ちなみにプールの授業の時はキクちゃん文字通りにへら、って笑うので必見です」
「うわ」
「うわ……ってなによ! だって……だってあんなのハダカ同然じゃない! 紺色部分肌色にしたら全裸じゃない!!」
「うっわ……」
引くわ。ふつーに。
なんならその辺の男子より酷いんじゃない?
「さらにちなみにな話、キクちゃんは中学生の時自分の見えてる世界をノートに描いたことが──」
「え゛」
「馬鹿乃蒼! それはダメだってば!!」
「でもキクちゃんあのノート捨ててないでしょ? さっきクローゼットの中にあるの見ましたよ」
「……菊花ちゃん、それ……ちょっとダメ過ぎかも」
「わかってるってば! ダメだなって思ったから封印してあったの! ただ頑張って描いたし、それで人体描くの上手くなったから、捨てるのは勿体ないなーとか思ったりして……」
「……ちなみにあたしのこともそういう目で見たことあったりするの?」
サッと顔を逸らす菊花ちゃん。
うわ。
「あの、友達宣言取り下げで……」
「え? ダメよそんなの。逃がさないわ。私の秘密を知った時点でいのりはもう死ぬまで友達決定だから」
「これは大マジですよいのりん」
「お互いの弱みを握る者同士の三人なんだし、仲良くしていこうじゃない」
あのこれ、友達って言えるんですかね。
なんて。
ふざけてくれているのはわかるんだけど、……知ったものが大きすぎるのも事実。
「……実はさっきのくすぐりの時色々見えちゃって、脳内補完はかどったから……もっと正確なのが描けるのよね」
「もっと?」
「おお気付いたないのりん。そう、キクちゃんは既にいのりんの絵を──」
「わーわーわー!!」
「本気で取り下げてもいい?」
なんか、思っていたのとは違ったし、あたし全然できてなかったみたいだけど。
本音で話し合える友達は、結構簡単に……作れました、と。
……ありがと。