私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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38.清算をした。

 頭を下げる。お願いします、と。

 五月五日。こどもの日。

 あたしは、泉美に頭を下げる。

 

「……驚いた。振原先輩って告げ口するタイプだったんだ」

「違う。泉美とお姉が言い争ってるところを見た人がいただけ」

「ああ……だからああいう広い場所で仕掛けるの嫌だったんだけど、見抜かれちゃったしね」

 

 今日はお願いをしにきた。

 拒絶では得られない結果があると考えて。

 

「……色々言いたいことはあるけどさ。初めに聞かせて。……もう、私は要らないの?」

「わかんない」

「わかんない、って……。そうやって……希望を持たせるようなことを」

「でも、わかんないんだもん。……あたしの中で泉美は友達。ちっちゃい頃は色々助けてくれて、パパがいなくなったあととか……本当に助かって……でも、途中から……あたしが頑張ってつくった友達とかに攻撃するようになって、あたしはそれが嫌で……」

「……まぁ、小学校までの排他的な行動はちょっとやりすぎだったって今は反省してるけど」

 

 恩は忘れていない。

 パパが交通事故で亡くなったのは、あたしが小学一年生の時。

 優しいパパだった。一人娘なあたしをこれでもかってくらい可愛がってくれる人だった。

 でも……死んでしまった。

 当時のあたしは塞ぎ込んでしまって、ママはそれを心配してくれたけど、働かないわけにもいかなくて。

 だから昔から家ぐるみで親交のあった佐十家に……泉美のもとへ、あたしを預けることが多くなった。

 

 その時から少し湿気強めな子ではあったけど、泉美は根気よくあたしを励ましてくれて、慰めてくれて、守ってくれて。

 今、あたしがこうやって普通に生きていられるのは、間違いなく泉美のおかげだと思う。

 

「恩を仇で返してるのはわかってる。邪険に扱うくせに今でも頼って、ずっと……向けてくれてた好意に気付かないで」

「そ。……わかった上で、なんだ。今回は」

「うん。……そんなわけない、ってフィルター外してみると、めっちゃアタックされてたなってわかった」

「鈍感」

「だね」

 

 お姉のこと、とやかく言えない程に見えていない。

 

「今回のことでさ。……嫌いになったでしょ、私のこと」

「なったつもりだった、が正しいかな」

「なにそれ」

「お姉にそういうことしたって聞いて、カッとなった。なって、すぐにでも絶縁するってメッセいれようとした」

「……」

「でも」

 

 繋ぐために切るのは、ダメ。

 そう言われて……少しだけ、思い返す、という行為をしてみることにした。

 

 あたしにとって泉美がどんな存在か。

 あたしの人生において彼女がどれほどの存在だったのかを。

 

「色々思い返したらさ。……楽しかったこととか、今でも覚えてるキャンプのこととかさ。色々……思い出せて、なんか……泣けてきちゃって」

「……あったね、キャンプ。みずきさんがまだ……亡くなってなかった時だったね」

「うん。それ以外にもさ、色んなとこで遊んで、色んなとこ行って……お互いの家にも何回も行ったし、家の前の道路で遊ぶこともあったしさ」

「道路で遊んでたのは小学生までだけど」

「そうやって思い出を眺めてたら、自然と……泉美と縁切るのは、絶対やだな、って……そう思った」

 

 誰に強制されても、嫌。

 そう言える、って。

 

「最近はちょっと怖いよ。ううん、かなり怖い。でも……やっぱ大事な友達なんだ、って」

「私の好きは、どうあっても受け入れられない?」

「うん。……多分、泉美に感じてるのは……家族、みたいな感情でさ。その……本当のお姉ちゃんは、泉美なんだろうな、って。あたしの中のお姉ちゃん……双子の姉くらいの感じ? そこにいるのが、泉美」

「振原先輩は?」

「関係性上お姉お姉って言ってるけど、まだ一ヶ月の付き合いだし、正直お姉ちゃんらしいことそんなにしてもらってない……ああいやご飯とかは作ってもらってるからしてもらってないなんて口が裂けても言えないんだけど……なんていうかなー、姉、を感じたことそんなになくてさ」

 

 全然、妹だったとしても……あたしは彼女に告白をしていただろう。

 姉であることにこだわりがないというか、姉でなければならないことはないというか。

 

「認めてくれたお姉には悪いけど、あたしはお姉のことを家族だって思ってないんだと思う。……好きな人、だって……想ってるから」

「……はぁ」

 

 大きなため息。

 

「そんな言葉遊びで誤魔化されるって本気で思ってる?」

「世の中……話しても分かってくれない人は、確かにいるけど……泉美はわかってくれる側だって思ってる」

「その勝手な……都合の良い信頼に応える義理ないんだけど」

「うん。だからお願いしにきた」

 

 頭を下げる。

 言う。

 

「あたしのために、身を引いてください。あたしが幸せになるために、あたしを諦めてください」

「……」

 

 好き、という感情を知ってしまって、取られたくないという感情を知ってしまって。

 それが向けられているのなら、もう、言葉ではどうにもならないってことも理解している。

 だから──あたしを想う気持ちに訴えかけるっていう、最低な手段を使う。

 

「最低」

「……そう言うってことは」

「馬鹿、気が早い。もうちょっと愚痴言わせてよ」

 

 泉美は、頭を下げるあたしの……顎をグ、とやって、前髪を全部上げてきて。

 強制的に向き直らせてきた。

 見る。少し涙目な泉美の目を。

 

「独り善がりな恋だったら、ここで身を引かない。いのりの気持ちなんてどうでもよくて、ただ私が恋したいだけだったら……いのりを自分のものにしたいだけだったら、いのりの幸せなんてどうでもいいから、って断る」

「……」

「でも、違う。いのりが振原先輩に向けてたそれとは違う。本当は嫌われたくない。本当は幸せになってほしい。本当は……いつまでも、いつまでも……私の大好きないのりでいてほしい。……いい、いのり。自分のためにするのが恋で、相手の行く末を真に想うのが愛だよ。でも過干渉はダメだし、無関心もダメ。そういう器用なこと、ホントにいのりにできる?」

「今できてるかって言われたら、多分怪しい。お姉の行く末なんて考えられてるとは思えないし、昨日も過干渉って怒られたし。……でも、そうなるって約束する」

「約束って、まさか私に?」

「今、背を押してくれようとしている大親友に」

 

 目を逸らさない。頭を下げて顔を見ないという逃げ道を選んだあたしを蹴っ飛ばす。

 

「……ほんと、都合のいい女。そうやって……振原先輩に飽きたら、また次の女に寄生して、寄生の仕方を私や振原先輩に相談して……そうやって生きていくんだ」

「かもね」

「馬鹿、度を越えた皮肉にはちゃんと怒りなよ。寄生って……相当ひどい言葉なんだから」

「それを恥じる気持ちがあるなら、お姉にも謝ってよ。死ねとか言ったんでしょ」

「イ・ヤ。あの女が私からいのりを取っていった事実は何も変わらないし、そうでなくともあの女苦手だし。なに考えてるかわかんない冷徹女。まだその辺の犬猫とかの方が感情わかる最悪女、」

「でも……あたしを預けるに足る、って。そう思ってくれたってことだよね」

「……」

 

 最初に泉美が言っていた話だ。

 預けるに足るのか見極める。一連のソレは、多分、その派生。

 あたしが一人で空回りして、悩みに悩んでいたから……お姉と付き合うのはあたしに毒だと思って、無理矢理引き剥がそうとした。

 もちろん泉美自身の恋心もあったんだろうけど、根底にあったのはあたしへの愛情だって……今なら、わかるから。

 

「はぁ……失恋か。幼稚園からの恋が……終わっちゃったな」

「え、そんなに前からだったの?」

「そうだよ。ずーっとずーっとアプローチしてたのに、いのりはいつまで経っても気付かなくてさ。私が……それこそキャンプとか、お泊り会とか……スキンシップ多目ないのりのその無自覚無意識な行動に、どれだけヤキモキさせられたか……」

「いやだって、家族同然の女友達になら、あれくらい当然じゃ」

「当然なわけないでしょ。ここは海外かって思うくらいハグは当たり前で、悪戯する時はくすぐりとかじゃなく口に指突っ込んでくるとかの過激なのがスタンダードで、寝る時は正面から抱き着いてきて……。……これで好きにならない方が無理だっての」

 

 身に覚えしかない。けど、いや、だってそれは、親愛の表現であって。

 っていうかそれを言うなら。

 

「泉美ってなんか、反応が……女の子に慣れてない男子っぽいよね」

「は、はぁ!? な……ホントにやめて、私がどんだけ男子嫌いか知ってるでしょ!?」

「ごめんごめん。でもさ、今思い返してみれば、ハグするとすぐ顔赤くしてた気がするし、一緒にお風呂入った時も耳まで真っ赤で……こんだけ一緒に居たら、慣れない? 普通」

「好きだったんだから慣れるもなにもないんだってば……」

「えぇ……? でもあたしだって大好きなお姉と一緒にお風呂入ることあるけど、別に顔赤らめたりしないよ?」

「……やっぱ好きじゃないんじゃないの? 好きな……子と、一緒にお風呂とか、一緒に寝るとかなったら……多少は興奮するでしょ、普通」

「それってさ……究極、なにかあったらあたしと……えっちなことになる、みたいな妄想してるから、とかじゃないよね」

 

 あれだけあたしに真っすぐを見させてきていたのに、ぷい、と顔を逸らす泉美。

 ちょっと。菊花ちゃんもそうだけど、君たちちょっと。

 

「だ、だから……無防備ないのりが悪いんだって。お風呂とかで……はだか、何度も見てるから……そ……そういう、ネットで……そういう知識に触れるたび、いのりで想像しちゃって」

「どこまで想像したの、それ」

「ど……どこまで、って」

 

 泉美の目線はすすす、と下に行く。

 ちょうど……あたしの足の辺りまで。

 

「やば」

「勿論胸も妄想したし、キスも……色々妄想したけど」

「え……うわ、生々しっ。……なんか、えー、そこ……は、ちょっと……恋愛っていうか肉欲って感じあって……ちょっと」

「ふん、どうせいのりは振原先輩にキスくらいしかできてないんでしょ。口では脅しみたいにやってあげようか、とか聞くけど、実はやり方わかってないんだって知ってるから」

「そそ、そんなことないけど? あたしはもうお姉と、それはもうめくるめく百合の世界を楽しんでるし」

「生々しいと引くくせに?」

「……うるさ。ていうか別に泉美だって経験あるわけじゃないじゃん。ネットで知ってるだけじゃん」

「当然でしょ、初恋幼稚園から高二の今まで同じ人好きだったんだから、経験なんてあるわけないし」

 

 ぐぐぐ、と。

 おでこを付き合わせていがみ合って……ふと気づく。

 

「ってことは……あたしたちって、恋愛の仕方まで似た者同士だったんだ」

「……まぁ、そうだね」

「浅野先輩にさ、言われたんだよね。〝お前ら二人とも湿気すごい〟って」

「そういえばそれどうなったの? 浅野先輩も振原先輩のこと好きだったんでしょ」

「なんかよくわかんないけどすっぱり諦めてた」

「ふーん? ……で、湿気がすごい、ねぇ。……確かに浅野先輩はからっとしてるけど、あの人も相当諦め悪いんだし、言われたくないよね」

「ね。粘着質の度合いで言ったらどっちもどっちだよね」

「そのどっち、って。片方浅野先輩だとして、もう片方は私達を置いてるんだよね?」

「いや、泉美単体だけど」

 

 無言の抗議の視線。

 

「冗談冗談。あたしもだよ」

「ならいい」

 

 ──お昼を知らせる市内放送が流れる。

 

「そろそろ……帰るね」

「えぇ? ここはエモい感じになって、アルバムとか見返して、なんかいい雰囲気になって流れでヤっちゃって、〝お姉、ごめん……あたし、やっぱ泉美の指が忘れらんなくて……!〟のパターンじゃなかったの?」

「キショ」

「ほらこの指。ちっちゃい頃のいのりが〝みーちゃんの指は、さらさらでつるつるできれーだねぇ〟って言ってくれたの嬉しくて、ずーっと育ててきたんだから」

「指を育てるってなに。……っていうか懐かし。そういえばみーちゃんいーちゃんだったね、昔」

「悲しいよ。あの頃のいのりは純粋に私を求めてくれていたのに……」

「キショい言い方やめて。……これ、あたし帰ったらさ、泉美泣くじゃん」

「泣かないけど」

「泣き顔あとでメッセにちょうだい。お姉のと比較してそそるか検証する」

「最悪。はやく帰って浮気女」

「うん。……次は学校かな。じゃあね、泉美」

「はいはい。じゃあね、いのり」

 

 泉美の部屋を出る……と、廊下に泉美の姉である真琴お姉さんがいた。

 しー、と指を立て、ウィンクするお姉さん。……全部知ってたんだろうな、この人は。

 

 会釈をして……帰る。

 泉美は多分、嫌がりながらも慰められるんだろう。

 

 ……姉妹、だから。

 

 実は姉と思っていない、と。

 あたしは言った。それは多分事実で。

 

 これ……裏切り、だったりするのかな。

 だってお姉は、懸命に姉たらんと……。

 

 そんなことを考えながら、帰路に就いた。

 

 

 呟く。

 

「恋、してーな……」

「えーっ、いきなりなに?」

「……中曽根。お前恋してる?」

 

 ホントは四人でくるはずだったカラオケ。が、残り二人の体調不良と突然の呼び出しがあって、二人になった。

 中曽根真美。弓道部。だぼっとした服を好むから、時々首元から見えるブラがエロいやつ。

 

「んー……してる」

「マジ? ……誰? 男……じゃないか。お前女好きだもんな」

「言い方言い方。あゆみんもだけど、なんで私を女の子食い散らかしてる人みたいに言うかなぁ」

「そんだけ告ってるのが目立ってんだろ。ウチにもしてきたし」

 

 前に一度告られた。

 そん時は……ま、振原のこととやかく言えないくらい、ウチも好きって感情わかってなかったからな。

 そんな奴と付き合ったってこいつに得ないだろ、って……こんだけ可愛いんだ、もっとお前を幸せにしてくれる人はいるはずだ、って断った。

 その後友達として再会して、あの選択は間違ってなかったって思える。

 マジで良い奴だからな、こいつ。元気だし。

 

「誰か教えてほしい?」

「言いたくないなら言わんくていいよ。別に振原みたいに相手に凸ったりしないけどさ、隠しておきたい恋心ってものもあんだろ」

「……。……かすみん」

「おう」

「呼びかけじゃなくて、かすみんだよ。……今、私が好きなの」

 

 え。

 

 ……いや。え。あー。

 

「どう……どういう」

「恋心、消えたわけじゃないもん。……正直今回のカラオケ、ラッキー、とか思っちゃった。体調不良だった子もいるんだから、そんなこと思っちゃいけないのに……かすみんと二人きりになれる、って。だし……丁度傷心中なかすみんなら……ワンチャン、あるかなー……とか……トカ……」

 

 とりあえずその頭をべしっとする。あいた!? なんて頭を押さえる中曽根。

 

「馬鹿が。そういうのは隠しておけよ。……傷心中っつか、なんか不完全燃焼なのは事実だし、前告られた時のことも忘れてねーんだからさ。……っとにワンチャンあったかも……しんないだろ」

 

 言ってて恥ずかしくなる。何言ってんだウチは。

 振原のこと諦めて、すぐ別の女か。食い散らかしてんのはウチじゃねえの。

 

「ほ……ほんとにワンチャンある?」

「……その。……ワンチャン、って言い方されると……なんだかなぁ、ってなるけど、まぁ、付き合えるポテンシャルは……あんじゃねえの」

「好き! かすみん、私かすみんのこと好きなの! わ、私さ、その……自分で言うのもなんだけど、かわいい系? あー、ほわほわ系? おっとり系? じゃん? だから、かすみんのそういうかっこよさが……たまらなく憧れて、ほんとに好きで!」

「ちょぁ、がっつくながっつくな。……お前ほんと、大型犬みたいだよな」

「わん!」

「犬になれとは言ってない。……いいのか? ウチの心……まだだいぶ振原にあるぞ。嫉妬するだろお前案外」

「う。……する。するけど……私だけを見てくれるように頑張ろう、とは……思える」

 

 最低なことはしたくない。

 なんとも思ってないのに付き合うとか、双方悲しい未来が待つパターンばかりだ。だから振原たちのことも心配だったりするんだけど、今は措いて擱いて。

 

 中曽根。

 その恋心は……伝わってくる。

 

「うあー……。……。……じゃあ……なんだ。お試し期間、じゃないけどさ。……いや、いいや。……付き合うか、中曽根」

「ほんと!?」

「キザったらしい台詞言うけどさ。……振原のことで頭いっぱいのウチを、塗り替えてくれよ」

「──~~~っ! じゃあ今すぐホテル行こう!!」

「張っ倒すぞお前」

 

 ……そんな一コマが、あったとか。

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