私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
五月六日。
ゴールデンウイーク最終日。
今日は──特になんの予定も決めていない。
だから、気が緩んでいたのかもしれない。なにをしようかなぁ、で寝たから。
……思いっきり寝坊した。
「ごめん、寝過ごした! すぐご飯とお弁当つくる……あれ」
「おはよーお姉。今日はママの朝ご飯だよ。お弁当はなんと今作ってる」
「おはよ、由佳ちゃん。悪いかとは思ったけど、キッチン使わせてもらってるわ」
「あ……うん、いいよ。……手伝いは」
「いいのいいの、もう出来上がるから」
「そう? わかった」
今、自然に……そんな許可取らなくてもいいのに、って思えた。
あれだけ……あれだけ、自分の領域、みたいに思ってたのに。
「お姉~?」
「なに?」
「お・は・よ」
「……ん。おはよ」
にか、と笑ういのりちゃん。その顔に笑い返して、洗面所へ。
そこではお父さんが歯を磨いていた。先に食べたのかな?
「む。もぱ、」
「はいはいいいから挨拶は。……ね、お父さん」
「ん」
しゃこしゃこ歯を磨くお父さんの隣に立って、顔を洗って。
「今度さ、家族全員で……お母さんのお見舞い行かない? ……つらくさせちゃうかな、ってずっと思ってたんだけど……お母さんに安心してねって伝えたくて」
「……」
お父さんは、口の中の泡を吐き出して、濯いで。
「勿論、行こう。……大丈夫。いつか茜さんを……もう一度お迎えにいく覚悟だってあるからな、お父さんは」
「……それなんか不純じゃない?」
「ふじゅっ!?」
別にそうなってほしいとは思ってないし。
なんかショックを受けているお父さんを放置してリビングに戻る。
すると、物凄い……なんだろうな、待て、をされた犬みたいな目でこっちを見てきているいのりちゃんと目が合った。
「あれ、食べてないの? 部活あるでしょ今日も」
「お姉と一緒にいただきますしたくて」
「あら……なんだか一気に妹感が増したのね、いのり」
「お姉は言うほどお姉ちゃんっぽくないけどねー」
「この前お風呂入ったのに着替え忘れて取りに行かせた子が何言ってんだか」
「いつもじゃないしー」
席へ着く。じゃあ、と言って、一緒に「いただきます」をする。
目玉焼き、ビスク、白パン。ジャム。……あんまり私がやらない組み合わせ。
嫌だとは思わなかった。新鮮だとは思ったけど。
「お姉? どったの、手、止まってるけど」
「あ、うん。……なんか、日常だなって」
「?」
言葉にして初めてそう思っていることに気が付けた。
日常。
……変遷に劇的は要らない。切替も要らない。
するっと、ぬるっと、いつの間にか変わっているものが日常なんだと思う。
今はただ、それを、なったあとに……自覚しただけ。
私って多分そうなんだと思う。
起きていることには気付けない。現在進行形のことには疎い。
でも、浅野の気持ちも、いのりちゃんの気持ちも、伝えられた時にはわかんなくて、その後に咀嚼して。
だから……この日常への気付きも、そして今はわからない愛情も。
もう少しして、振り返ったら、それがどんなものだったのかを噛みしめるんだろう。
……もしかしたらそれは、遅い、のかもしれない。
後の祭りになっているのかもしれない。
それでも──。
「いのりちゃんさ。今日……私が部活錬見に行ったら、怒る?」
「怒らないし嬉しいけど……え、なに、どーいう風の吹き回し?」
「私には見せてくれないいのりちゃんを見たいなーって思って」
「……えっとそれは、つまりあたしの……その」
「ああ、そうじゃなくて。ほら、この前お友達と会ったでしょ、いのりちゃんの。あの時のいのりちゃんは、なんか……私には見せない遠慮の無さがあってさ。いいなーって感じしたから、テニス部だとどんななんだろって思っただけ」
どれほど私に遠慮ないからって言って、肘鉄とかしてこないからね。
乃蒼ちゃん、だっけ。あの子へはかなり気を許しているように感じられた。
あ……これもだ。
今になって気づいた。
私もなんだ。
キッチンのことも、挨拶のことも、日常のことも。
気を許した……んだ、私。
「それじゃ、一緒に出る?」
「ん……そーしよっかな。服どうしよう。ジャージで大丈夫かな」
「大丈夫でしょ」
「二人とも~? 一緒に学校へ行くなら、そろそろ出ないとじゃない? もう五十分よ?」
二人して時計を見る。七時五十分。
朝練始まる時間は、八時半。まーっずい。
「秘儀かきこみ!」
「あ、行儀悪い」
「今はいーの! あたしメイクしてくるから、お姉ママからお弁当と水筒貰ってあたしのバッグに詰めといて!」
「姉遣いが荒い」
「お願いねー!」
爆速で朝ご飯を食べ終わったのち、ドタバタと洗面所へ向かういのりちゃん。っていうか部活するのにメイクするの? 汗で落ちない?
……ギャルは大変だなぁ毎日。
「おっとと……。いや、すっかりお姉ちゃんだな、由佳」
「姉感ないらしいけどね」
「そんなことない、大丈夫よ。私達からはしっかり者のお姉ちゃんに見えているから。……いのりがそれを痛感するのは、もう少し先になりそうだけれど」
「ははは……僕も姉に対して姉を感じたのは高三になってからだったな」
「好埜さん、そんなに姉っぽくなかったの?」
「……暴力ゴリラ……いや、ただの暴力……。気に入らないものがあれば後先考えずに突っ込んでいって、勘違いでも思い違いでも周囲のせいにして……僕が謝らなければならなくなって……だというのになぜか慕われていくあの人を見て、こうはならないようにしようと心に決めて……」
わ、わぁ。
なにか押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。
「しおりさん、ごめん。メンケア任せた。付き合ってると遅れちゃいそうだから」
「私達もそろそろ出ないといけないんだけど……」
「だってよお父さん。ふざけてる場合じゃないよ。好埜さんにチクるよそれ」
「やめてほしい切実に。……というか、やっぱり姉さんと会っていたのか。はぁ、なんだか最近妙に探りを入れてくると思ったら……」
そういえば言ってなかった。
お小遣いもらったんだし、言わないといけなかったのに。
「その話は帰ってきてからしようか。時間が時間だ」
「うん。じゃ」
しおりさんからいのりちゃんのお弁当と水筒を受け取り、テレビ台の横に置いてあった彼女のバッグへ詰め込む。私はお昼過ぎまでいるつもりないからね、要らない。
そのまま靴を履こうとして……違和感を覚える。
「お姉、パジャマのまま行くつもりなの?」
「……そういえば着替えてなかった」
「姉感ホントにある~?」
うるさい。
「先行ってて。すぐ追いつくから」
「は~い」
これもまた……日常なんだろうな、って。
そう思うけどね。
緑のコートを白いボールが跳ねていく。
白とか青とか黄色のテニスウェアがふりふりと揺れ、反面物凄い勢いで振り抜かれたラケットが風を切る。
おおー……。激しい。
「見学者……? にゅ、入部希望かな?」
「あ、ごめんなさい。違うんです。友達がテニス部で、練習見たくなって」
「そ、そう……」
なんかシュン、としてしまったテニス部顧問の先生に若干の申し訳なさを覚える。なんだこの先生可愛いな。知らない人だけど。
「だ……誰か呼んでこようか? 友達なら……」
「あ、いえ。……いつも通りの姿を見たいので」
「そっか……。……なら、次がシングルスの練習だから、より……活躍している姿を見ることができるかもしれない、ね……?」
言葉の通り、三年生の……部長なのかな? の人が、「次全体シングルス!」と掛け声を発し、元気のいい返事のあと……試合形式なんだろうか。それが始まった。
どーやったって大半は知らない子。だけど、その中でもわかる二人を目で追う。
「浅野……さんと的形さんが、友達なの……?」
「えっ……よくわかりましたね」
「ああ……これ、職業病かも」
「テニス部顧問の?」
「元々私は……あ、教師やる前は、公式大会のカメラマンをしていてね。ボールが画角の外に出てしまった時は、観客の視線を追うの。そこに必ずボールがあるから」
「へぇ。あ、で今……私の視線を追ったと」
「そう」
さっきまでの自信なさげな感じはどこへやら。
先生感、というかプロフェッショナルを感じた。ちょっとかっこいい。
「あっあっ、いきなりごめんね、引くよね、こういう話……」
「その経験があったからテニス部顧問を任されたんですよね? 浅野、去年はよく話してましたよ。〝シマ先の話すこと全部ためになるからこの高校来てよかった〟って。失礼ですけど、シマ先……が先生のことですよね、多分」
「あ、うん。私は嶋崎だけど……。……浅野さんそんなこと言ってくれてたの?」
「はい。知識も豊富だし、ずっと勉強してるし、練習全部出てくれて部員一人一人をちゃんと見てくれるし、一人の人間としてあれほど尊敬できる人も中々いない、って。まぁ引っ込み思案というかすぐキョドるのが玉に瑕とは言ってましたけど。私もいまそれを実感しましたけど」
「うっ……嬉しいのに……なぜか最後刺された……」
「すごいですよね。前弓道部の増田先生にもお話伺ったことあるんですけど、増田先生も弓道部のことを一心に考えてて……。私は部活動やったことないから感覚になっちゃいますけど、なんか……仕事だから、というより、……保護者? みたいな印象を受けました。今の自分と、これからの自分を総動員して、子供達の扶こうとする姿勢が……すごいな、って」
私も姉になったけど、まだそこには至れていない。
いのりちゃんに対してそう在れるようにありたいけど、まだ自分のことで手いっぱいだ。
自分の経験。自分の知識。心を尽くす。
大人というのは、そういう余裕のある人なのだろう、と。
「……」
「嶋崎先生も、なんか……嬉しいです」
「う、嬉しい?」
「浅野もいのりちゃんも私にとって大切な存在なので、本当に大事にしてくれているんだな、っていうのが伝わって……嬉しいんです」
「ほぁ……。……まっすぐな子なのね、あなた。……名前は? ごめんね、生徒さん全員の名前を覚えているわけじゃないから」
「振原って言います」
「振原さんか。ん、覚えた。じゃあ振原さん、一個お願いがあるんだけどね」
「はい?」
嶋崎先生は……ぷるぷる震える指で、ある一点を指す。
「あ、あの鬼……どうにかしてくれたりは」
「おい、シマ先。確かにシングルスの時はやるこたねぇが、それにかこつけて見学者と雑談たぁ良い度胸じゃねえか。あァ?」
わぁ。
おにだ。
おにこわい。
「確かに私語は禁じてねぇ部活だがよ、それをあんたが率先して──……あん? 振原?」
「や、鬼」
「誰が鬼だ。……なんだ、入部希望か?」
「いや、部活中の浅野といのりちゃんを見にきただけ。ほら、嶋崎先生連れてとっとと戻りなよ。このままだとミイラ取りになるよ」
「ミイラになんねーならいいじゃねえか」
なんて言いながら嶋崎先生の首根っこを掴んで引き摺っていく浅野。わぁ、現実で見るとあれ、首締まって超危なそう。
というかどういう力関係? あ、いのりちゃんと目が合った。手を振ってみる。
……おお、ウィンクが返ってきた。ファンサかな?
「次! 浅野と的形!!」
とか思っていたら、まさかのドリームマッチが。
出てくる浅野といのりちゃん。なんか二人ともオーラが凄い。やる気に満ち溢れているというか。
そして──死闘が始まった。
長い長いラリーが。長すぎて「また来るね」ってなっちゃうくらいのラリーが。
いやぁ、浅野って副主将なんじゃなかったっけ? それと互角に打ち合えるなんて、いのりちゃん凄いんだなぁ。
ふらっと寄った体育館。そこの休憩スペースに、見知った顔が二つ。
「アキと真美? 二人とも休憩?」
「え……由佳ち? ……なして?」
「ユカ、とうとう部活入る気になったの?」
方や体育着、方や弓道着。……装甲量の差がすごい。
「いや、テニス部の練習見にきてた」
「……へ、へー」
「浅野の応援?」
「そんなところ」
「へぇ……へぇ~~~」
「なに?」
なんだその反応は。
「昨日告ったらしいの」
「なにが……え、誰が? 真美が?」
「そう、マミが。スミに」
「え!?」
思わず大きな声を出してしまって、口を塞ぐ。弓道場と剣道場からパシュパシュ音が響くのと、遠くの方で陸上部の笛が鳴っている以外静かな空間だ。大声は響いてしまう。
……今日吹奏楽は音楽室でやってるのかな?
え、え、いや、え。
「成功したの、その感じ」
「そ……そうだよ。だからもう無駄だからね由佳ち。今更ポイント稼ごうったって……」
「アキ、これ何の話? 恋の話であってる?」
「大会でもなんでもない日のスミへの応援がアピールに見えたとかそんなんでしょ。マミって普段は思慮深い馬鹿なのに、恋路になると思い込み馬鹿に変わるから」
「あきぱちひどい」
「どーみてもそうじゃないユカに対して変に威嚇するから。ユカが恋とか愛とかわかるわけないのに」
「アキ、それはそれでひどい」
この子全方位刺すよねたまにね。
「あ、恋といえば……那奈は結局どーだったとか知ってる? 彼氏さんの家行って、誕プレ渡した話。詳細全然知らなくて」
「……それねー」
「あー……ははは……」
何だこの反応は。
珍しく私に一切の連絡を寄越さないから、もしかしたらなんかあったんじゃないかって心配してたんだけど……これは本当になんかあったか?
「はいこれ」
アキがケータイを見せてくれる。休憩中とはいえなんで部活中にケータイ持ってんの。
画面に映るは……え゛。
「な……なにこれ」
「競泳水着にプレゼントリボンを巻き付けたナナ」
「あははは……迷走と暴走の権化……」
「
「実用……?」
「わーわー、由佳ち、聞かなくていいから。あきぱちも余計なこと言わない!」
「ああ、そうだった。ごめん、忘れて」
流石に分かる。
これは変態だよ那奈。
「で、これ受け取った彼氏さんは?」
「烈火の如く怒ったんだってー。もっと自分を大事にしろって言って、ゴールデンウイーク中はもう会わないとまで言ったらしーよ」
「一聴して美談だけど、実は興奮するから説を……」
「あきぱち~? 今日なんかヘンだよ~?」
「スミから女同士ってどうすればいいんだ? とか朝っぱらに聞かれた私の身にもなってほしいのよね」
「え……やだ、かすみん……」
なんかくねくねしてる真美。溜息を吐くアキ。
えーっと。あのー……これは、もしかして退散した方が良い空間かな。
「あ、だからね。そーいうわけで絶賛塞ぎ込んでるなななんだから、この後時間あるなら慰めに行ってあげて。私達が行こうと思ってたけど、由佳ちのパンチが一番効くから」
「まぁ……でしょうね。このままだと明日学校来ない可能性もあるし」
「由佳ちでダメなら私、あきぱち、ここねんのかのかで突撃するから」
「浅野は突撃させないの?」
「私とかすみんのイチャラブを見せつけちゃったらなななん立ち直れなくなるかなって」
「自意識過剰かっての」
う、うん。
真美と浅野、どういう会話になってるのか、どうイチャイチャするのか一切想像できないけど……が、頑張って。
「立ち直らせたらメッセちょうだい。この写真ウチらのグループメッセに上げていいか聞くから」
「絶対ダメって言うと思うけど。……っていうかなんでそんな写真持ってるの?」
「考えに考え抜いたのだけど、これでいいかしら? って最終確認受けたの私だから」
「じゃあアキのせいじゃん?」
「私はちゃんと、三点リーダー十個付けた後にもう好きにすれば? って返したし」
…………………………好きにすれば? か。
確かにこれでGOサインと受け取ったのなら、那奈に問題があるだろう。
「とりあえず了解。ところであっちから増田先生が般若みたいな顔で向かってきてるけど」
「よーし休憩終わり! あきぱち、由佳ち、またね!」
「私もそろそろ戻らないと。じゃ、ナナのことは任せた」
「はーい」
では。
メンケアと行こう。
ずぅぅぅぅぅうん、と……それはもうここだけ夜で海底なんじゃないかってくらいの重苦しさだった。
赴いた私を出迎えてくれたのは弟くん。その目にあったのは助けを乞うもので、那奈の部屋に通された時は勇者かなにかになったかのような気分だった。
特に鍵などはかかっていなかったその部屋へ入ってみればのこれ。弟くんはそそくさと退散した。
ベッドの上。そこで……なんかの動物みたいに布団を被ってごもごもしている那奈。
「あー、那奈? 話は聞いたよ」
「……由佳? いつのまに……。……ああ、幻覚? ……由佳ぁ、ちょっと抱っこさせて……」
いいよ、とか言う前に引き込まれて抱き着かれて……結構な力でぎゅーっとされる。
う、うんうん。つらかったね、苦しいね。頭なでなでしてあげるね。
「……フラれちゃう、かなぁ」
「大丈夫でしょ。那奈のためを想って怒ってくれたんだろうし」
「でも……」
「そのあとメッセとかした?」
「した……けど」
「読んでないんだ?」
「怖くて……」
未読無視は彼氏さんを傷つけるだけじゃないかなぁって思うけど。
ふむ。
「私が見てもいい? 怖いこと書いてあったら見せないからさ」
「……ん」
と、ケータイのパスワードを外して、渡してくれる那奈。
受け取ってメッセアプリを開けば……十件くらい溜まったメッセが。知らない先輩の名前。この人か。
一応「お邪魔します」と心の中で呟いて、中を見る。
最初の方は……お小言。だけど途中から謝罪文。言い過ぎたとか、怒ったけど許さないわけじゃないとか、落ち込まないでとか。
……話聞いた時は変態の人だって思ってたけど、良い人っぽいな。
じゃ……ちょっとタタタンと文字を打ちまして~、っと。
「那奈? 那奈はなんであんなのことやったの?」
「……わからないの。志藤先輩の……何が好きかなとか、どれなら喜んでくれるかとか、物が残ったら邪魔かもとか、重すぎちゃダメ軽すぎちゃダメとか……色々考えて、自分でも自分が何考えてるかわかんなくなって……思いついた時は、恥ずかしいけど妙案だって思って、それで……」
「那奈のことは好きにしていいから先輩に喜んでほしい、とか思ってた?」
「そういう……ことじゃなくて。……そういう、私が要らないみたいな話じゃないの。上手く言えないけど……先輩の……私に対する好きって、なんだろ、って考えて……いつも私が私でいてくれるだけで好きって言ってくれるから、じゃあ、私が一番私らしい瞬間って……水泳の時かなって思って……」
「ふむふむ。ちなみにアピールポイントはお胸とおへそどっち?」
「おへそ……って、へ?」
スピーカーオン。
チャットに「もう声出していいですよ。お暇しますね」と書く。
『──井俣さん。ごめんね、まずは謝罪を……』
「きゃ……え!? ちょちょちょっと由佳!? なんで……!」
「さっきの贖罪は全部通話オンだったから。あとは……お幸せに~」
「ちょ、ダメよ! 切る、切るわ!」
『ま、待って井俣さん!』
「待たない待たない待たない!!」
暴れ出す那奈。はぁ、もう、仕方ないなぁ。
まず那奈の首に息を吹きかけます。「ひゃあ!?」なんて可愛らしい声を出して身体を弛緩させ、その間に抱擁から脱出。
左手を首に回して那奈を引き倒し、やや前のめりに彼女に身体を乗せる。そして顔をお腹に、右腕を那奈の右足の付け根に回して……完成。
横四方固──!!
「え、ちょ、なにこれ抑えつけられ……!」
「志藤先輩今です。那奈はがっちり抑え込んでいるので思いの丈ぶちまけちゃってください」
『ありがと、名前も知らない井俣さんのお友達。……井俣さん。いや、那奈さん。僕は──』
そこから……そこから語られる、彼がどう、どれほど那奈を想っているかの話。今回の話を含めた……多分、改めてのプロポーズ。
私へ向けられたものではないのに、私が恥ずかしくなってしまうようなそれ。途中から那奈もあわあわしだして、とても正気では聞いていられない様子だった。
逃がさないけどね!
『──だから、本気で愛してるんだ。……僕は、その……結婚を前提で、と……そう考えてる。重いって思われると思うけど、それくらい──』
「もも、もうわかったから! 反省したし、想いも伝わったし、私も……じゃなくて、えと、あの、そう今友達聞いてるから、お願い勘弁して!」
「明日ちゃんと学校行くって約束できる?」
「するするする!」
「今日この後志藤先輩に会いに行く?」
「行……いえそれは、その……まだ恥ずかしいっていうか……その……」
『じゃあ、僕が伺ってもいいかな』
「へぇぁ!? あ、いや、えと……今髪とかぼさぼさで、その」
「一時間あれば諸々準備終わりますから、一時間後でお願いします」
『ああ、わかった。本当にありがとう。……それじゃ、切るよ。逃げないでね、那奈さん』
「は……はひ」
メッセ通話が切れる。
よし。
「……由佳……なにしてくれて……」
「仲直り。さ、シャワー浴びてきて。髪乾かしてあげるから。っていうかその日から何日お風呂入ってないのこれ。髪ぎとぎとじゃん。……ちょっと整えて、梳いてあげるから、早く行ってきて」
「う……うぅぅぅうう!!」
ぐちゃぐちゃの顔とぐちゃぐちゃのパジャマでシャワーを浴びにいく那奈。着替えは大丈夫なんだろうか。
しかし。
「け……結婚を前提でお付き合い、って……ほんとにあるんだ……」
なんか。
え、なんか……え。
な、なんかかも。……彼氏さん来る前に退散しなきゃ、流石にお邪魔になっちゃうよね。
ひい、熱いなぁもう。