私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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5.妹とお風呂に入ってみた。

 物語の登場人物のすごいところは、気持ちの切り替えにグラデーションが無いことだと思う。

 特別なイベントがあれば、今まで他者に向けていた感情をパキっと切り替えて前に進み。

 少しでも心持ちの変わるようなことがあれば、禍根にさえ感じていた関係性を修復し。

 

 けじめをつける。ケリをつける。

 過去を長くは引き摺らない。

 

 ……多分そこには、あまり長くうじうじしていると、「うざい登場人物」になってしまうから、という理由もあるのだろうけど。

 私には、無理な生き方だな、って。 

 

 昔、児童文学を読んでいる時に、そう思った。

 

 

 

 

 オフロ、イッショニ、ハイラナイ。

 

 ……ハッ。

 

「えっと、なんで?」

「なんで? え、えと、入りたいから……」

 

 でしょうね。

 いやそうじゃなくて。

 

 歳一コ違うだけだけど……妹ってこういうもの……なの?

 私はお姉ちゃんとして振る舞うべき? そのお姉ちゃんとしてがなんなのかわかっていない状態だけど。

 仮に小動物扱いのかーわーいーいーだったとして、一緒にお風呂へ入りたい、もその欲求の一部? 本当に?

 那奈の言っていた「思春期男子」の方が当てはまるんじゃ。

 

「その……話したいこと、あって」

「お風呂じゃなくてもよくない……?」

「け、血圧上がってた方が言いやすくて」

 

 どういうことなんだ。

 確かに血圧が上がっているとアイデアなんかが出やすくなるとは聞くけど。

 

「ダメ……かな」

「……まぁ、いいけど」

 

 同性になら裸を見せることに忌避はない。友達との温泉旅行も結構行ってるし。

 況してやこれから長くを共に過ごすことになる家族が相手なら、さもありなんというやつだろう。

 

 特別に断らなきゃいけない理由もない。

 しいて言えば……気まずいくらい。

 

 だから私は、OKを返して。

 

 

 当然のように後悔するのである。

 

 お湯の中で……背中に感じる膨らみ。お腹に回された手。昨日よりもっと近くに感じる息遣い。

 あのこれ。逃げるとかできない。これ。あの。

 その上でいのりちゃんは時折。

 

「お姉……」

 

 という妙に湿っぽい声を出しているから、これはもう確定ではないでしょうか。

 これから長くを共に過ごすことになる家族が捕食者の場合、どのように対処すればいいのか、被捕食者連盟に問いかけたいところ。

 

「お姉……お姉、あたし、お姉のこと大好き……」

「……なんで?」

「え?」

 

 特に何かを意図しての発言ではないのかもしれないけど、気になってしまった。

 仮にこれが小動物へのそれだとしても、どうしても。

 

「私、今のところいのりちゃんに……好かれるようなこと、一個もしてないじゃん。それとも、お弁当を作ってくれたから好きとかそういうこと?」

「ぁ……ぅ」

「そもそもお弁当作る前から矢印向いてたしさ。……過去に会ってたとか、そういうこともないよね。だから、なんで?」

「その」

 

 私を抱きしめる力が、少しだけ強くなる。

 

「一目惚れって言ったら……信じる?」

「信じない」

「──……っ」

 

 一目惚れの存在の有無についてを語る気はないけれど。

 いのりちゃんのそれは一目惚れじゃない。

 

「私の姿を見る前から……ドア越しの時から、なんか感情向けてたでしょ。それで一目惚れは無理があるよ。いのりちゃんは私の存在を知った時からなんらかの感情を抱いていて、だから聞いてるの。なんで、って」

 

 言い方がキツくなっている自覚はある。

 けど、ここを解消しないと前どころか一歩たりとも進めない。

 会ったこともなかった再婚相手の娘。初対面の姉。それを()()()()()()()()()ことのできる理由は、なんだ。

 

「昌仁さんから、お姉のこと、色々聞いてて、それで」

「お父さんはそこまで子煩悩じゃないし、気遣いできない人でもないよ。……少なくともこれから真実を知る相手に対して、誇張表現とか魅力とか、そういうことを伝えて良く見せようとする人じゃない」

 

 子供を使ってのアピールなんか絶対にしない。言うとしても「娘がいてね、仲良くできるといいんだけど」くらいのことだ。

 それに、私は知っている。──……お父さんとしおりさんはまだ……正式に籍を入れたわけではない、ということを。何の準備期間もなく再婚したのではなく、今が準備期間なのだということを。

 多分、私が、このままずっと心を開かなければ。

 お父さんは、しおりさんを、いのりちゃんを……諦める、くらいには。

 

「なんで嘘吐くの、いのりちゃん」

「……」

 

 私のことを「大好き」だといういのりちゃん。

 けれどそこに、堂々とできる理由が無いことはわかった。

 思春期男子とか、小動物扱いとか、その次元じゃない。

 もっとなにか……別の理由がある。

 

「放して。先上がるから」

「……」

 

 力が強くなる。

 なんだろう。これ以上こうしていても意味ない気がするけど。

 時間はすべてを解決してくれる、なんていうけど、それは超長期の時間の話。こういう短期の時間に関しては、むしろ溝や傷を深めるだけだって知っている。

 

「お姉……あの、ね」

「うん」

「あたしのこと、嫌いにならないで……ほしくて」

「……?」

 

 口をついて出た言葉なのだろう。

 いのりちゃん的には、私を引き留めるために放ったいつも通りの言葉であるように感じられた。

 

 けど、同時に。

 

「とりあえず放して」

 

 力を込めて、いのりちゃんの拘束を抜け出す。

 そして……浴槽に座ったままの彼女を、見下ろした。

 

「ごめんね。操り人形にはなれそうにないや」

「!」

 

 理解は深まった。いのりちゃんの人となりが少しだけわかった。

 でも──溝も深まったなって、そう思った。

 

 

 ──人から嫌われるのが怖い。

 漠然と、物心ついた時からあった衝動。

 パパはあたしが幼稚園の時に亡くなった。病気だった。

 そこからママと二人で生きてきて、その中で……誰かに嫌われたら終わりだって、そういう感情が芽生えるようになっていったんだと思う。

 

 人から嫌われないようにするためには、どうしたらいいか。

 答えはあった。

 愛せばいい。

 人というのは、愛されると、()()()()()()()()()()()()()()という心理に苛まれる生き物だ。くれたのだから返さないと。貰ったのだから相応のお返しを用意しないと。

 その後に興味を失くされることは構わない。少なくとも嫌いのカテゴリには入らない。

 会う人会う人、会う人会う人会う人。

 あたしの世界観に入ってくる人すべてを()()()()()()()()、あたしは嫌われない。

 

 だから、一つだけ。

 あたしがこう考えて動いているということだけは、絶対に、誰にも知られてはいけない。

 

 気付かれる前に愛して、気付かせないよう覆い隠して。

 

 お姉。

 振原由佳、さん。先輩。

 

 ママの再婚相手……職場の同僚だったらしい昌仁さんの、娘さん。

 同年代で、これから長くを共に過ごす家族になる人だ。

 そんな人に嫌われたら、と思うと、心の底から恐怖がのぼってくる。

 

 間違えてはいけない。いつも通りをいつも以上に、愛される妹にならなきゃいけない。

 その結果愛情が行き過ぎているとか、愛情表現が下手だとか、そういう勘違いをされるのならそれでいい。あたしの根底が見えなければそれでいい。

 

 ただ、なぜか、あんまり上手くいかなくて。

 今まで上手にできていたのに、お姉にだけは通じない。

 お姉。ちょっと卑屈でひねてて、優しいけどネガティブで、〝できた人間〟になろうとはしていない女の子。

 人が愛された時、愛し返さなきゃいけないのかな、と思うのは……多分、〝できた人間〟になろうとするからなんだろう、って思ってる。貰ったものをちゃんと返す人間。貰いっぱなしを良くないと考える人間。相応の代価を支払おうとする、ちゃんとした人間。

 あたしはその心理を利用して生きてきた。誰にでも笑顔を振りまく良い子で、周囲の全員を愛する良い子で、〝できた人間〟なら愛し返さずにはいられない女の子。

 

 ──その、すべてが。

 

「……お姉」

 

 彼女には、通じない。通じなかった。

 口元をお湯に沈めて、ぶくぶくと泡を立てて。

 

 今のあたしは多分、酷い顔をしている。

 誰からも愛される善良少女なんかじゃなくなっている。もっと暗く深い目をした、恨みがましい目で相手を睨む……ヘビみたいな女。

 

 昨日抱きしめた時、ちょっと微妙な反応だったから……今度こそあたしを嫌えないよう、心までぽかぽかにしてあげようと思っての、一緒にお風呂、だった。

 けど、焦り過ぎたのかな。

 見透かされてしまった。初めて。

 

 お姉。ちょこん、なんて擬音の似合いそうな、頑張る姿の可愛い女の子。

 ミニキャラみたいだ、というのが第一印象だった。他がみんな等身大な世界で、一人だけデフォルメキャラクター、みたいな。

 胡乱な垂れ目で、口はいつもへの字に曲がっていて、遊びのない黒髪を肩口まで垂らした……言葉を選ばないのなら、地味めな女の子。

 彼女の一番可愛い表情はどれかと聞かれたら、多分百人中九十八人が「困り顔」と答えるんだろうな、ってくらい、困った顔の似合う子。

 

 ……。

 

「どうしよ……」

 

 失敗した。焦り過ぎて、溝が深まった。

 一応お姉は〝人を嫌う〟という行為自体をしなそうではあるけど、今のニュートラルな感情は、どちらに転ぶかわからない。

 ただでさえ……再婚相手の娘というだけで、彼女はどこか複雑な思いを抱いているのに。

 あたしがこういう人間だって知ってしまったら、その溝は深まるばかりだろう。

 

 嫌われたくない。怖い。

 嫌いという感情を向けられることが、嫌で嫌で仕方がない。

 

 でも多分、これ以上お姉に直接的なアプローチをかけたって、避けて引かれて逃げられるだけ。本当に心の底から嫌われてしまうかもしれない。

 なら。

 

「外堀……かなぁ」

 

 学校でのお姉、登下校時のお姉を少しだけ観察したけど、どうやら彼女は友達が多いらしい。

 それも気兼ねない仲の、カーストや派閥みたいな上辺だけの関係性じゃない、ちゃんとしたお友達が。

 

 個人の心理が使えないのなら、今度は同調圧力で。

 お姉だって、友達からは嫌われたくないはず。

 周りがみんなあたしを愛していたら、彼女も折れてくれるだろう。……だから。

 

 

 

 四月十日。

 朝起きると、当然のように朝食が用意されている。

 

「はぁ……。昌仁さん、ごめんなさい。由佳ちゃんに負担をかけるつもりは本当になかったの」

「しおりさんのせいじゃないから、謝らなくても。それに……由佳は強い子だから、早起きを負担には思っていないと思います。ただ……」

 

 ただ。

 昌仁さんもわかっている。お姉の心を溶かすのに必要なことが何かくらい。

 でも、それはできないから。あたしたちでもどうにもできないことだから。

 

「ママ、パパ。お姉の作ってくれた朝ごはん、食べよ? お腹が空いてると、暗いこと考えちゃうんだから」

「……それもそうだね。ありがとう、いのり」

「土曜日はお休みだから、そこでちゃんと話し合ってみないと、ね」

 

 どうだろうね。

 話し合ってどうにかなる問題なら、お姉は多分もう心を許してくれていると思うけどな。

 

 

 登校する。

 まだ通学路は見慣れないけど、時間帯的に合流する友達がいるから、迷うことはない。

 

「おはよーいのりー」

「おはよー」

「いのりー、また背伸びた?」

「昨日も言ってたよねそれ……」

「いいよなー高身長。憧れー」

 

 背が高いことは、もう少し幼い頃はコンプレックスだった。

 インターネットを見ると、背が高いことで愛されない人達が沢山愚痴を吐いている姿が散見されて、勝手に傷ついていた。

 でも、愛されないだけで嫌われるわけじゃないのなら……この身長はむしろ武器になる。愛することの最も手っ取り早い表現が、相手を抱擁することだから。

 

「そーだ、いのり。明日には部活なんにするか決めなきゃらしいけど、もう決めてる?」

「うん。あたしはテニス部かな。中学の時からやってたし」

「そうなんだ。大会とか出てた?」

「んーん、全然。テニスは好きだけど、上手くはなくてさー」

「良かったぁ」

「良かった?」

「いやだって、いのりみたいにかわいい子が運動神経抜群で部活バリバリだったら、さしもの私でも嫉妬しちゃってたからなー」

 

 ヒュ、と出そうになる声を封じ込める。

 そうだ。その通り。それが怖くて、目立つのが怖くなった。

 今も怖い。誰からも愛される人間というだけで嫌ってくるヒトもいるから。そういう人の目につかないように、細心の注意を払わなきゃいけない。

 

「さしものってアンタ、どういう立ち位置なのよ……おはよ」

「おはよー。朝から盗み聞きかー」

「アンタの声が大きいだけ。少しはいのりみたいにお淑やかにしたら?」

「オシト、ヤカ? ……何語?」

「うわ……馬鹿もここまで来ると芸術……」

 

 誰にでもいい顔をする。誰とでも仲良くなる。けど八方美人にならないように立ち回り、嫌われないよう全力を注ぐ。

 それだけが、あたしの日常。

 

 だから、ちょっと怖い。

 先輩に声をかけに行くことが。

 先輩たちに嫌われるのを恐れているというよりは、同級生に「点数稼ぎをしている」って思われるのが、怖い。

 

 でも、それでも、お姉との溝があのままなのは、無理だから。

 

「あ……ちょっと先行くね。中学の時の先輩見つけちゃった」

「おー。地元高だとそういうのあるのニャー」

「あれ、アンタって違うんだっけ」

「実は電車で来てるぜい」

 

 全然地元じゃない……あたしも引っ越してきたクチだけど。

 そんな訂正は当然入れずに、その人へ声をかける。

 

 お姉、待っててね。

 困った顔でもいいから、絶対、あたしのことを好き、って言わせてみせるから。

 

 

 お昼休み。

 昨日から豪華になったお弁当を食べる。

 

「どひゃー。的形のお弁当うまそー」

「これ全部手作り? 的形のお母さんって料理好きなんだねー」

「羨まし~。ウチ給食と学食しか食べたことないよ」

 

 ママ……は、料理をあまりしない。得意じゃないらしく、外食へはよく連れていってくれるけど、自分で料理というのは数えるほどしか見たことがない。

 できないわけではない、と思う。その数えるほどの時に出てきた料理はどれも美味しかったから。

 ただ、仕事が忙しいから、料理をするほどの時間に恵まれないだけ。

 

「アイサイ弁当ってやつだな!」

「アイサイのサイの字、アンタわかってるの?」

「才能のサイ!」

「だめだこりゃ」

 

 昨日、ああやって突き放されはしたけど……お姉はちゃんとお弁当を作ってくれた。

 美味しい美味しいお弁当。一昨日の帰り道でお姉に言った「初めてのお弁当が嬉しかった」というのは嘘偽りのない言葉だ。そこはちゃんと、嬉しかった。

 

「的形って料理すんの?」

「あー……あたしの料理は、まぁ、その……見た目は良くないけど美味しい、みたいな、あはは……」

「わかる。超わかる! 見た目とか気にしてられないよね!」

「まぁ自分用のならそれでいいけど、誰かに出すなら気にしたいよなー」

 

 そういうところも……お姉の料理はしっかりしている。

 朝ご飯。お弁当。夕ご飯。

 全部が全部、毎回「おいしそう」と感じる料理。ちゃんと……食べる人のことを考えて作ってある料理。

 

「あそうだいのり」

「なに?」

「今度の土日、いのりん家行ってもいい? 折角友達になったんだし、しっぽりがっぽり遊ぼうよ」

「しっぽりもがっぽりもこういう場面で使う言葉じゃないと思うけど……」

「さっきからこまけーってー!」

「ただ、いのりの家は私も興味あるから、行きたいかも」

「ウチもー」

「あー……えっと」

 

 断る、のは。

 どうなんだろう。付き合いが悪いと……そうやって少しずつ、こじれて。

 

「あんまり困らせちゃダメ、皆。今日いのりの家の前を通ったけど、ブルーシートが張ってあった。事故か何かあったんでしょ?」

「え、あ」

「マジか! 大丈夫だったかいのり!」

「ケガしてない?」

「じゃ大変だ。流石にメーワクになっちゃうな」

「何か手伝えることあったら言ってね」

 

 蜘蛛の子を散らすように、といえばいいか。

 〝できた人間〟な皆は、それだけで退いてくれた。

 

 けど。

 隣の席の女子……この学校で唯一「幼馴染」と言える枠の少女に目を向ける。

 

「いつも言っているけど。無理なものは無理って言わないと、より酷いことになる」

「……ありがと」

「急いては事を仕損じる。急がば回れ。いのりは〝やればできちゃう子〟なんだから、早くブレーキを覚えて。高校生だよ、もう」

 

 佐十泉美。……多分だけど、あたしの本質に……それとない理解のある子。

 あたしが現状最も恐れているウィークポイント。

 

「ヒュウ……さっすが本妻は違いますな……!」

「ねー。泉美さんが喋るといのりちゃん大人しくなるのかわいいよねー」

「オジギソウ感ある。へにょってなる」

「確かに私は本妻だけど。めかけは許す」

「ははーっ! って、調子乗んな!」

「めかけってなに?」

「めかぶのことだよ」

「ちょっと泉美、否定してよー」

 

 誰か一人と特別仲が良い、というのは……そこに軋轢を生みかねない、嫌悪の芽だって思うから。

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