私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
なんで言わないの、って。
そう問いかけられた。
閉め切りにされた屋上へ繋がる階段。誰も来ない場所。
「……なんの話?」
「家。事故とかじゃない……というか、ブルーシートなんか張られてなかったのに、なんで嘘を嘘のままにするのか」
「……べつに、あたしが吐いた嘘じゃないし」
佐十泉美。あたしはこの子の前でだけは、〝良い子〟でいられない。
昔からの長い付き合いだけど……唯一ずっと、苦手な相手。
あたしの嘘が、なんにも通じないから。
「最近ずっと帰ってきてない。ホテル暮らし?」
「別に、関係ないでしょ」
「幼馴染だよ」
「それだけじゃん」
「家じゃない方向へ帰る姿も見てる。西瀬垣の方。あっちにホテルなんかない」
「やめてよ。ストーカー?」
「それはそっちでしょ。ちっちゃい先輩をストーキングしてたのは、いのり」
どこまで……見ているのか。
それと。
いつまで、保護者のつもりなのか。
確かに小さい頃はよく遊んだし、ママが……「いのりの面倒を見てあげて」なんて言うくらいには大人びた子供だったけど。
その差はもう埋まったのに。
「まさか、あの先輩の家に押しかけてるとか?」
「……」
「ああ、だから……新しい家族、なんだ」
「っ」
出そうになる手を抑える。
本当にデリカシーがない。本当に気遣いというものがない。
嫌われるのが怖いあたしだけど、泉美にだけは……どう思われてもいいとさえ考えてしまう。
「ふぅん。……いのりを預けるに相応しいかどうか、チェックしないと」
「やめて。お……先輩に余計なことしないで」
「なに、お姉ちゃんって呼んでるの? それともお姉?」
「余計なことしないで。黙ってて」
「ひゃあ怖い。誰でも大好きないのりちゃんの口から出たとは思えない言葉」
にらみつける。この子は本当に、あたしの神経を逆なでするのが上手すぎる。
「あわかった。上手く攻略できなくて焦ってるんだ」
「いい加減にして、泉美」
「へぇ、あのちびっこ先輩そんなガード堅いんだ。意外。いのりみたいなのに愛されたらほろほろになっちゃいそうなのに」
「口閉じてよ」
「嫌だけど。嫌われないためならどんなことでも〝できちゃう〟いのりと家族になるなら、私くらいのブレーキ役ができないと務まらない」
本当に。
本当に、苦手。
他の友達には、とりわけ仲のいい子に見えていて。
あたしとの関係性は冷えに冷え切っていて。
「……手、あげないの。ふぅん。ちょっとは成長してるんだ?」
「ほんとにうるさい……。絡んでこないでよ、面倒くさいから」
「ま、前みたいに私の胸倉掴んでるところなんて見つかっちゃったら、今度こそ、だもんね」
あたしは。
あたしは、本当にこの子が──こいつが。
「げ」
「お?」
声。聞き馴染みある二つの声。だから、瞬時に顔を取り繕う。
「的形じゃん。よっす久しぶり」
「浅野先輩……? ああ、そういえばここに進学するって言ってたような」
「なに忘れてたん? まぁキョーミないか、んなもん。……後ろにいるのは佐十か。なんか大人っぽくなってんね」
「はい、お久しぶりです浅野先輩」
中学校の時のテニス部の先輩。
遊んでいるような見た目をしておいて、しっかり勉強のできる……オシャレと勉学と部活動を全部こなしていた、凄い人。
他人に嫌われることなんて一切気にしていない、我が道を貫ければそれでいい。そんな感じの……少しだけ憧れている人。
「……振原先輩」
「なに、的形さん」
──距離。
変に勘繰られたくないからだってことはわかっている。でも……妙に心がズキりと痛む。
「その……どうしてここに?」
「屋上階段はウチらの溜まり場なんよ。まぁ別にナワバリとかやってるわけじゃないから好きに使っていいけど」
「相変わらずワイルドですね、浅野先輩」
「そうかぁ?」
「はい、とっても。……そして、初めまして、振原先輩。佐十泉美といいます。いのり、浅野先輩と同じ中学で……振原先輩のことは、いのりから沢山聞いています」
「え゛。……ち、ちなみにどんなことを」
「頑張る姿がとっても可愛らしい先輩だと」
「ああ、それ正解」
二人の手前、睨みつけるわけにもいかずに笑顔で対応する。
お姉もお姉だ。昨日あれだけきっぱりとした決別を出しておいて、なんで普通の後輩と接するみたいな雰囲気を出せる。
そんな演技ができるなら、ママとあたしをやり過ごすことだってできるだろうに。
「またそれ……。あんまり嬉しくないから広めるのやめて、本当に」
「ああ、ごめんなさい。からかうつもりはなくて」
「いいよ。特にこれといった感情がないのは伝わってるから。ごめんね長々と。もう充分伝わったよ」
「えっと……何がですか?」
「何の話してんだ振原」
「え? 佐十さんは的形さんのことが大好きって話じゃないの、今の。……違った?」
珍しい。泉美が動揺してる。
「あ……え、ええ。いのりとは仲良くさせていただいてて……」
「ん、いつの間に私的形さんの親になったんだろう」
「なるとしても逆でしょ」
「うるへー浅野だって的形さんより身長低いでしょーが」
「1cmとか2cm差しかないっつの。……だよな? あれからまた伸びてるとかないよな?」
「あ、いえ……浅野先輩がテニス部にいた頃より、2cm伸びてて……」
「マジか」
的形さん。的形さん。
お姉にそう呼ばれるたび、心のどこかが痛む。
嫌われたと……そう錯覚してしまっているのだろうか。
「やーい相対的チビー」
「なら振原は絶対的チビになるけど」
「……く、言い返す材料を探したけど何もない……!」
「見切り発車でバトル仕掛けてくんな」
仲が良いんだな、って。
そう感じた。
……また、何かが痛い。
「仲、良いんですね。その……失礼ですけど、浅野先輩ってあんまり振原先輩のようなタイプと遊んでいるイメージがなくて」
「中学ん時ならまぁぶっちゃけ嫌いだったな、振原みたいな地味女は」
「私も中学の時だったら絶対近付いてなかったと思う。パーヒャク性格キツいって偏見あったし」
「それならどうやってそこまで仲良く……? 私も……お察しの通りいのりとは仲良しで、いのりのことが大好きなのですけど、中々両想いになれなくて」
やめてほしい。この二人に適当を吹き込まないでほしい。
でも……いやな顔は、しない。
「んー……なんか特別なこととかあったっけ?」
「特には。きっかけとか無かったくね? ウチらいつの間にか仲良かったよな」
「まぁ私は中学の時からの仲良しグループがいて、浅野は……多分そこの誰かと仲良くなって、自然と合流したとかそういうんじゃない?」
「いや? 今のグループの中で一番に話してたのは多分振原だけど。振原経由で他の奴らとも仲良くなったはずだし」
「じゃあなんでだろ」
「さぁ……?」
ずきり、ずきり。
自然と仲良くなった、という言葉。いつの間にか仲良かったという言葉。
それは。
あたしが、欲して欲して、欲して欲して止まないもの。
「波長が合った……ということなのかもしれませんね」
「妥当な表現だな。さすが佐十」
「あー……合わないからって自暴自棄にならないで、ちゃんと正面から向き合ってあげると進展があるんじゃない?」
「さっきからどうしたお前。日本語忘れたか?」
「いやぁ、なんだか通り過ぎた道を見ているというか、老婆心というか」
「そうか。じゃあ後輩ズに迷惑かける前に教室戻るぞババア」
「私がババアなら浅野もババアだけど」
「ウチはいいよババアでもギャルやるから」
「こいつホント無敵が過ぎる……」
んじゃ、なんて手を振って去っていく二人。
去りながらもぎゃーぎゃーと言い合いをして……「仲良し」をこれでもかと見せつけられて。
ようやくその声が聞こえなくなって。
「……泉美でも自分が取り繕えなくなることあるんだ」
「初めての手合い。あの人苦手。デリカシーがない」
「あんたに言われたくないでしょ」
「まぁ、そのままお姉に近付かなくなってくれたらいいけど……とか考えてる?」
「別に。……お姉なんて呼んでないし」
「ふぅん。……じゃ、私アタックしてみようかな」
「は?」
──自分でも驚くくらい、どす黒い「は?」が出た。
あたしってこんな低い声出せるんだ。
「苦手に思う人ってことは、少なくとも私が普通に生きてたら絶対に出てこない主義主張を言える人ってことだし。いのりのこと聞くのも含めて、親密な関係になってみるのはアリ」
「本当にやめて。あたしの生活圏に入ってこないでよ」
「なに、大事な大事なお姉が私に盗られるのが怖いの? さっきも浅野先輩に嫉妬してたみたいだったし」
「嫉妬なんかしてない。振原先輩がどうこうじゃなくて、心休まる日常に泉美が来ると休めなくなるだけ」
「じゃ、ガッコでアタックする分にはいいんだ?」
「……好きにすれば。相手にされないと思うけど」
あたしを怒らせるため。泉美の価値観を埋めるためのアプローチ、なんて。
お姉は見抜くに決まってる。
──予鈴が鳴った。
「タイムアップ。じゃ、私先戻るから。いのりはその顔ちゃんと直してきなよ。こっわいよ?」
「誰のせいだと……」
「じゃあね」
ふらふらと去っていく泉美。
本当……苦手。あたしはあんたの玩具じゃないってば。
希望する部活動を提出し、入部届を持って部活を見に行く。
高校でもテニスをやる。テニスが一番慣れていて、調整しやすいから。
「おっす、来たな」
「はい! また浅野先輩の下でテニスできて嬉しいです!」
「ヨイショはいいって前から言ってんじゃん。で、ウチが副部長だからさ、入部届はウチが受理しちゃうよーっと……あ、そうだ。ガッコとか部活でなんかヤなことあったら言えよ? 溜め込むなよー」
「ありがとうございます、浅野先輩」
この人は本当に良い人だ。
だから絶対に嫌われるわけにはいかない。
「──ああただ、振原からかうのはそこそこにしといてくれ。度が過ぎるとちょっと考える」
「え……。ぁ、え、あたしはそんなこと」
「最近登下校がめっきり早くなったのも、昼休みとか弁当食ってるときとかずっと悩んでんのも、的形関連だろ。知り合った時期とあいつがああなった時期が重なり過ぎてるから誰にでもわかる」
仲が、良いんですね。
その言葉を凄まずに言える自信がなくて、飲み込んだ。
「あいつ、中身が色々終わってる……卑屈でネガティブで、自分は悪くないと思いたいくせに自分が悪いことにしようとして、結果的に本当に悪いやつみたいな態度取りがちだし」
「えっと……仲、良いんですよね?」
「けど、ウチには絶対真似できない〝頑張り屋さん〟だからな。過労でぶっ倒れる姿は見たくないんよ」
浅野先輩から感じられたもの。
嫌悪じゃない。そうだったらすぐわかる。
これは……怒りに近しいもの。
「振原に無理させたら、フツーにラケットで顔殴るから、そのつもりでな」
「……させないですよ、無理なんて」
「そうか。ならいい」
少なくともあたしがさせることはない。
お姉が勝手にすることは、あるかもしれないけど。
それはあたしには関係な──。
「っ?」
「ん、なんだ。そんなに怖かったかウチ」
「い、いえ。そういうわけじゃないので、大丈夫です」
今、どうして。
心が痛んだのだろう。
部活動見学を終えて帰路に就く。
これからはもうお姉と一緒に下校することはできない。そこでの信頼回復は望めない。
事実は多少憂鬱でも、部活動をしないことよりはメリットが勝る。そう考えることにする。
「パイオツを──揉みまぁぁぁああああドフォアァァ!?」
「へ?」
突然の大声に振り返れば、身体を見事なくの字に曲げた友達の姿が。
──しまった。帰り道がこっちだとバレた。
「あ、いのり、また月曜日にね。それとコレは気にしないで。不審者として突き出しておくから」
「う、うん。ありがとう……? また月曜日にね、菊花ちゃん」
「キクちゃんステイステイ背骨背骨腰骨背骨!!」
バレた……訳ではない?
高校に上がってから知り合ったあの元気印の子……乃蒼と、その乃蒼のブレーキ役というかツッコミをする菊花ちゃん。
元気印なだけあってリーダーシップもあり、彼女の行動が友達みんなを巻き込むことも少なくはない。昼休みの私の家云々の話も乃蒼発だったわけだし。
気を付けないと。
あの二人、帰り道こっちなのかな。
もし……ついていくとか言われて、断り切れなくて……振原のネームプレートを見られたら。
同情とか、憐憫とか。
そういう余計な感情が不和を生ずるって、あたしは知っている。
二人から逃げるように、速足で帰る。
ひと気のない道を選んで、且つ最短距離で。
お姉に無理をさせたら。
浅野先輩が、あたしを嫌う。
──外堀から埋めて、同調圧力で好きにさせる作戦だったのに。
外堀は……もう、埋まっているのかな、なんて。
そんなことを考えながら、家路を辿る。
そうして、何事もなく家について。
好きな匂いが鼻腔をくすぐった。
「……今日、ハンバーグ?」
「おかえり、いのりちゃん」
「あ……うん。ただいま、お姉」
普通だった。
普通に挨拶をしてくれる。距離の近い挨拶に、少しだけ心が緩む。
「あの子、凄かったね。佐十さん、だっけ」
「……ん」
「いのりちゃんのこと大事で大事で仕方がなくて、思い込みじゃなければだけど、多分私を敵だと思ってたね。いのりちゃんを取ろうとする敵」
「そんな風に感じたんだ」
「言葉は丁寧だったけど、敵意がすごかった。でもいのりちゃんはあの子のこと苦手そうだから、本当に親友なのかなって一瞬思っちゃったよ」
すごい。その通りだ。
ハンバーグを作りながら……こっちを一切見ないで話すお姉の泉美像、そしてあたしたちの関係性像は、大正解。まぁ泉美があたしを好きっていうのは、よく音の出る玩具として、だろうけど。
「今日は不注意だったけど、ガッコじゃ近寄らないようにするね」
「え……なんで?」
「佐十さんが不機嫌になっちゃうし、いのりちゃんはまだ的形さんって呼ばれていたいでしょ」
──何かがすとんと落ちる。
まだ、的形さんって、呼ばれていたい。
あたしは。
「ハンバーグ、好きなの?」
「あ……うん」
「えっと……じゃあ逆に、嫌いなものとか、ある? 私の作った料理ならなんでも食べるとかはナシで」
無理をさせたら。
嫌われる。
「ないよ。本当に無い」
「ホントにぃ~?」
「ホントだって。……お姉はないの、苦手な食べ物」
「あるよ。ぬか漬けとつぼ漬け。浅漬けはいける」
「……ラインナップがおばあちゃん」
「おばあちゃんは浅漬けだけが好きとか言わないし」
あれ。
普通に話せている。お姉の言葉が詰まることもなければ、変に距離を置かれることもない。
もしかして、昨日のお風呂のこと……そこまで気にしていないのだろうか。
「お姉……昨日のお風呂の、」
「はい、タネ作り終わり。あとはお父さんたちが帰ってきてから。──じゃ、私は勉強するから」
……だめだ。ちゃんと気にしている。
今の今までは、それが無かったかのように振る舞ってくれていただけ。
掘り返したのだ。あたしが。
後片付けを終えたお姉が足早に階段を上っていく。
それをただただ眺めて……ぼふ、とソファに横たわる。
嫌われては、いない。まだ。
でも……このままだと。
「なんだろ……なんか、しんどいな……」
あたしの人生に刻まれてこなかった形容詞が、ずっとずっと心を苛んでいた。