私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
四月十一日。新しい家族ができてから、初めての土日。
平日に比べて簡素な朝ご飯を作り終えて、それを食べて……ふらふらと自室に戻る。
存外……疲れているらしい。
急に生活リズムを変えたこともそうだし、自分の生活圏内に知らない人がいるというのもストレスの一因。あとは単純に新学期だから、というのもあるかもしれない。
とにかく疲労がすごい。今日ばかりはこのままお昼まで寝てしまおう。
カーテンとレースの隙間から零れる陽光に目を覚ます。
お日様の位置的に、随分と長く眠ったらしい。お昼ご飯に間に合っているといいけど、なんて思いながら伸びをしようと……して。
抱きしめられていることに気付いた。
「……」
「お姉、おはよう。不用心だったよ」
ああ。
鍵、かけてなかったか。
それで……この抱擁は、そのまま拘束とみていいのかな。
「暴れちゃだーめ。お姉は毎日頑張ってるんだから、今日くらい休んで。ね?」
「わかったから、放して」
「ヤ」
ふざけて……の行動ではないように思う。
この子は自ら進んで嫌われにいく真似はしない。その上でこういう行動を取るということは、多分。
「……しおりさんが料理してるんだ」
「うん。せーかい」
「時間稼ぎを頼まれたわけだ」
「あたしが突破されたら昌仁さんが出てくるよ」
「……」
環境という点で言えば、いのりちゃんとしおりさんだって同じだ。いや、お父さんもそうだけど。
みんな疲れていておかしくない。けど、大人二人は働いているのだ。私の疲労具合よりよっぽどだと思う……のだけど。
そんなに……私の信頼を勝ち取りたいのかな。
「お姉ってさ。昔から料理上手なの?」
「……別に。最初はお菓子作りだけやってて……いつからか、こういう土日とかの……お昼だけ、とか……任されるようになってて」
私が料理をする、というだけで喜んでくれていたお父さんとお母さん。
でも、ある時……それこそお父さんの箸が一瞬止まったことを受けて、美味しいものを作りたくなった。まぁあの時は不味くて止まったんじゃなくて嫌いなもの……トマトとナスがあったから止まったみたいだけど。
契機はそこ。
私が調理したもの、という付加価値じゃなくて、心から美味しくての笑顔が見たくなった。
それで……色々勉強して、自分でも試して、ただ本当にそれだけ。
思えばなぜ独学を選んだのか自分でも不明だ。お母さんに習えばよかったのに。お母さんの料理は美味しかったから。
なぜ。
まぁ。
気苦労をかけたくなかった……のかなぁ。現時点でいのりちゃんとしおりさんとお父さんに気苦労をかけまくっている私じゃ説得力がないけれど、少なくともあの頃の私は両親二人に気苦労をかけたくなかった。ずっと健やかでいてほしかった。
「茜さん、ってさ。……どういう、人だったの?」
「──……」
震える腕。声も少し震えている。
「珍しいね。いのりちゃんが、そういう踏み込んだこと聞くなんて」
「まだあたしたち出会って四日目なのに、珍しい、なんてわかるんだ」
「わかるよ。いのりちゃんは基本的に他人の心に踏み込まない。私に対してもお父さんに対しても……多分、しおりさんに対しても」
「……」
「唯一何の遠慮もなく踏み込んでいけるのは佐十さんにだけ。あの子になら今更どれだけ嫌われたって問題ないし、根源的に何をしたって嫌われないっていう信頼があるから」
「見当違いだよ。あたしと泉美はそんな関係じゃない。……あたしの話はいいから」
「踏み込んでほしくない。いのりちゃんとしおりさんには特に、話したくない」
拒絶。勇気を出しての話題だったのだろうけど、嫌だ。
お母さんの思いでは、私の最も大切な棚にしまってあるもの。そう簡単にひけらかしたくない。
「……まだ放してくれないんだ」
「まだメッセ来てないもん」
ああ……スマホに通知が来たら、料理終了の合図なのか。
それは気の遠くなる待ち時間だことで。
「……なになら話してくれるの。あたし、お姉のこともっと知りたい」
「効率よく愛するために?」
「っ……」
この子の性格は結構わかってきた方だと思う。決定打はお風呂でのやり取り。鏡に映った彼女の顔を見て確信した。
あの後学校でばったり出会った時なんかは顕著だった。佐十さんへの信頼を込めた敵愾心と、私や浅野への「可愛い後輩感」の双方を両立させようとしていて……大変な生き方を選んだんだなぁ、って思った。
要領よくやらないと絶対にできない生き方。ある意味で、要領のよくない生き方。……ま、生き方は大抵が要領のよくないものだ。よい生き方はだいたいが他人に迷惑をかける横暴な生き方だから。
浅野からいのりちゃんについてを聞いた時から考えていたことで、お風呂で確信に至ったこと。
この子は愛されたくて愛している。小動物に対しての愛情のようだ、と感じたのはそれが原因。言葉は好意にまみれているのに、感情の一切が乗っていない。無声映画みたいな好意。
それは佐十さんも同じだったから、多分この二人はそういう生き方を選ぶだけのなにかが過去にあったんじゃないかな。あるいは、どちらかがどちらかに影響を受けたか。
私を抱きしめる力が強くなる。
「違う……よ。あたしはお姉のこと、本当に好きで」
「じゃあ、何が好きか言ってみてよ」
「頑張ってるとこが可愛くて──」
「可愛いから好きなの?」
「そう、それと」
「買い物の時も、料理のことも、今のこれも……頑張っている姿を見て、楽させてあげたいから手伝ったり強制的に休ませたりする、じゃなくて……可愛いなんて言葉で片付けて、じゃあ、これは、憐れみでやっているの?」
頑張ってて可愛いって、そういうことでしょ。
「違う……やめてよお姉。曲解しないで。あたしはそんなこと思ってない」
「だよね。その頑張ってて可愛いっていうの、私が本当に嫌がってるの全然理解してなかったし」
「嫌だった……なら、もうやめるから。怒らないで、お姉」
「いのりちゃんの
「お姉」
さらに強くなる腕の力。あの、そろそろちゃんと潰れます。
……あと足を絡めてくるのやめてくれませんか。腕の力だけで充分逃げられないってば。
「あたしは、お姉のこと、好き」
「好きにならないといけない。好きじゃないといけな──んぎゅ」
身体を拘束していた手が口元にやってきて、口を塞がれた。……足を絡ませたのは緩くなる腕の拘束を補うためだったか。ちゃんと考えて拘束してるんだね……。
しかし、甘いよいのりちゃん。
口を塞がれる、なんてもう何度も経験済み。私の友達グループにはこういうことをしてくる奴が沢山いるから。
だから対抗策もある。そう。
「……!?」
「
塞いでいる掌を舐める。
そうすれば大抵驚いてその手を離す……んだけど。
あれ。驚いてはいるけど、離してくれない。
そのまま何度も舐めたり突いたりをしてみるけど、ノーリアクション。……くすぐり耐性か?
とか思ってたら。
「は、ふぃ!?」
「……お姉ってさ。結構すぐ調子乗るよね。気分がノってくると周りが見えなくなるって言った方がいいかな」
いのりちゃんが……その手を閉じた。私の口を塞いでいた手を。
そうすると当然、私の口の中に、彼女の指が入ってくることになる。
細くしなやかな指。土日だからかネイルはつけてないみたいで、指の腹と揃えられた爪先がさらさらと頬裏や歯茎を撫でる。
え、えと、えっと、あの、なんですかこの状況。
「
「じゃあ、こうする」
ぐりんと回る視界。
今までは横向きに抱きしめられていたけど、今度は仰向け。つまり、いのりちゃんの上に乗っかる形になった。
こぼれそうになっていた唾液が口の中に戻ってくる……けど、そういうことじゃなくて。
「
「嫌。……ふふ。お姉のほっぺ、もちもちで可愛い。抗議してくる舌も……短いね。あたしのはほら」
ぞぞぞっと背筋が粟立った。
え、え、え。
今……首筋を舐められた? きゅ、吸血鬼かなにかなの?
「結構長くてさ……。友達とかには驚かれるんだよね」
「う、うぅ……」
「あたしの性格、全部知られちゃったみたいだし……お姉に対してだけは特別に、みんなとは別の方法で愛してあげ──」
にゃぁ、なんて可愛い電子音が鳴る。
……通知だ。
「
「……しょうがないか。食べ終わったら続きね」
よし、鍵は必ずかけよう。私の家は猛獣の住処になってしまったらしい。
こういう時どうすればいいかは、うん、那奈に聞くとしよう。
一階に降りると、焼けたチーズの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
リビングに入ればその匂いは強くなって……食卓にいる二人が笑顔を向けてくる。
「おはよう、由佳」
「……ん、おはようお父さん。しおりさんも、料理させちゃってごめんなさい」
「謝るなんて、そんなことはしないで。……私の方こそ、勝手にキッチンを使ってごめんなさい。冷蔵庫の中やタイマー、調理器具の位置は、できるだけ変えないようにしたけど……その、できれば、これからも……」
「うん。土曜日はじゃあ、お願いしようかな」
「……! ええ、ええ! 嬉しいわ。ありがとう由佳ちゃ……由佳」
心がざわつく。
それはちょっと……距離、詰めすぎだけど。
「グラタン? ママが作ったの? ……冷食、じゃないよねこれ」
「ホワイトソースから全部しおりさんの手作りだよ。さぁ二人とも座りなさい。家族四人でいただきますをしよう」
また心に棘が刺さる。
家族四人。……家族、四人。
いただきます、の声に、一応揃えて……重い気持ちでスプーンを取る。
掬った白を充分に冷まして口へ運べば、うん。
美味しい。ダマになったり偏ったりもしていない。というより、普段の私のような目分量じゃなくて、ちゃんと計量カップや大匙小匙を使っているんだろうな、って感じのする料理だ。しっかりと作られたもの。
「ど……どう、かしら」
「美味しいよ。ありがとう、しおりさん」
「よかった……」
食べながら考える。
牛乳買ってこないと。あとマカロニ……は、必要になったらでいいや。スライスチーズ確か残り四枚とかだから、これは買わないとで、ついでに野菜も買ってきて……。
「この後ね、私と昌仁さんは買い物に出かけてくるから、二人で仲良くしていてね」
「はぁいママ」
「食材補充なら私が……」
「いいのよ。毎日頑張ってくれているんだから、ね?」
いや、買い物まで任せちゃうと、冷蔵庫の中身がぐちゃぐちゃになっちゃうから。
一週間で作る料理の数は私の方が圧倒的に多いんだから、そこは任せられない。
「じゃあ私も行く」
「え、お姉。
「──」
「おお、もう勉強をしているのか。偉いな、いのりは」
「良かった……二人とも、仲良くなったのね。お母さん嬉しいわ」
……ここでこれ以上蒸し返すと……流石に険悪な雰囲気になる、か。
幸せそうなしおりさんとお父さん。その空気をぶち壊したいとは思わない。
けど、この子。いのりちゃん。
随分と吹っ切れたな。……そういうことをしてくるとなると、いずれは……嫌いになりそうなものだけど。
その辺り、わかっているのだろうか。
鍵を閉めることはできなかった。ぴったりとくっついてこられてしまったから。
内側から閉めるだけの鍵じゃ、先行されるとどうしようもない。
「勉強するんじゃなかったの。教科書とか、そっちの部屋にあるでしょ」
「お姉の去年の教科書でもいい。内容はほとんど変わってないと思うし」
「私には私の勉強があるんだけど」
「安心してよ。早く終われば早く終わるから」
そして……先ほどと全く同じ姿勢になっている。
私の背の方が低くて、私の方が非力。だから無理矢理持ち上げられて拘束されるとどうしようもない。
本気で暴れたらどうにかなるかもだけど、怪我をさせるのは本意じゃないし。
「さっきのでわかったけど、お姉、クチの中弱いでしょ」
「……」
「あ、口開けない作戦だ。ふふ、子供っぽい。……じゃあ他の所触って、口開けざるを得なくさせてあげる。──わかる? えっちなことだよ、お姉」
「……ふざけない
「はい指入れた。噛まないでね。痛いから」
吐息が耳にかかる。
また首筋が舐められる。こころなしか、身体を抱きしめる腕が……その手先の動きが、なんだかいやらしいように感じられる。
「わー、お姉の胸ふにふにだ。肩楽そー」
「……」
「なんでなんだろうね。お姉って身長がとりわけ低いってこともないのに、ちびっこ感強いんだよね。パタパタ動くからかな」
「……」
「喋ってくれないと潰しちゃうぞー」
ごろん。
溜まってきた唾を呑み込んだタイミングでの寝返り。体幹と両足を拘束されているので、当然私の身体もひっくり返る。
ひっくり返って……ベッドといのりちゃんの身体にサンドイッチされて、潰される。
「うりゃー」
「んぶ……」
「あは、お姉可愛い。……さっきさ、頑張ってて可愛いは憐れみとか言ってたけど……それ自体は違うよ。でも、今お姉に感じてるのは近いかも。……ね、お姉。なんにもできないでしょ。あたしとベッドに挟まれて、全然動けない。抜け出そうと頑張ってるけど、無理無理。──それは可愛いよ。そっちの意味でね」
酷く嗜虐的な声だった。
もしかしたら、こっちが本来のいのりちゃんなのかもしれない。
普段の取り繕っている彼女や、その奥にある臆病な彼女。けどそれらはいのりちゃんが培ってきた処世術でしかなく……こっちが本物の。
ぐ、ぐい、とベッドへ押し付けられる。そのたびにカエルが押しつぶされたみたいな声が出る。
「喋ってよ。いつまでも無視できると思わないで」
「……」
「喋らないと……本当にえっちなことするよ。お姉の知らないコト。ま、みんなやってるコトだけどね」
「……」
「……ふーん。そんなにやってほしいんだ?」
胴を拘束していた腕がベッドと私の身体の隙間を滑って。
お腹のとこから、服の中に侵入してくる。
その手は下腹部を撫でさすり、上へ。ツツツと駆け上がった先にあるのはおへそ。
いのりちゃんの指は、ゆっくりとおへその周辺でぐるぐる円を描く。
「ああ……お姉かわいい。お腹つるつるだねぇ……ん……ちゅ」
首筋に湿り気。キス……されたらしい。
溜まってきた唾液は、口の中に入っていた指が再度口を塞いだことで溢れられなくなった。……濡れた指が頬を撫でて、それが不快。
「喋ってよ」
「……」
「いいの? あたし、本当にやるよ」
……なにを、だろうか。
えっちなことと言っていたけど……私にはソウイウ知識がまるでない。……痛いことなのかな。
「はぁ……お姉ってホント頑固だよね。意地っ張り。適当に話して場を流しちゃえばいいのにさ」
「……」
「はい、そろそろよだれが大変だから仰向けー」
またごろん。
服の中をまさぐられたまま寝返り。
口元から離された手は……私の首へ向かって、べっとりついた唾液がそこで拭き取られる。不快。
「ねえお姉。つまんないよ、喋らないと」
「……」
「喋ってって言ってんじゃん」
「ぎゅっ!?」
ぐ、と……お腹を押さえられた。そんなことをされたら流石に声が出る。
「痛かった? 苦しかった? ……喋ってくれないともう一回やるよ」
「……」
「欲しがりさんだなぁお姉は」
「ぶ、ゅ……!」
「やるって言ったらやるからね、あたし」
「……」
「……ほんっとに強情。ま、いいや。あたしこのまま寝るから。お姉も一緒に寝てよ。ああ、トイレ行きたかったら起こしてね。喋りたくないの一心で我慢してもいいよ。漏らしちゃったらあたしがおしめ替えてあげるから安心して」
そう言うと彼女は再度私の身体を両腕でがっちりホールドして……健やかな寝息を立て始める。
抜け出そうともがくけれど、体格差のせいでどうにもならない。
溜息を吐く。
まぁ、明日日曜日だし。ちょっと零時回るかもだけど、夜に勉強しよう。
この子の癇癪……早めに終わるといいなぁ。