私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹 作:的形みずき
四月十二日。
家にいるといのりちゃんがアプローチを仕掛けてくるので、少々辟易している……ので、逃げるようにして浅野の家に転がり込んだ。
バスで一時間半。流石にストーキングもできまい。
「粗茶ですが」
「どう見ても水」
「水道水じゃないだけ感謝しろ」
「急に押しかけてごめん」
「別にいいけどさ」
出されたお水に口をつける。ふぅ。
浅野の家は昔ながらの瓦屋根的日本家屋。本人が時たま自虐するくらいには田舎にあるけど、別にウチ周辺だって都会というわけではないのでそう変わらない。
敷地面積でいえば浅野の家の方が圧倒的に大きいし、枯山水……じゃないけどなんだかアーティスティックに整えられた庭が綺麗で心地いい。……だからこそギャルな浅野はひどく浮いているんだけど、今更だ。
「さて」
「おい、勉強道具を出すな」
「え」
「え、じゃない。仮にも友達の家に来て一番にやることが勉強とか、夢がないにも程があるだろ」
「……浅野はいいよね。授業聞いてれば追いつけるんでしょ?」
「そういう話じゃない。春休み挟んで休み明け一週間挟んでの今日。ウチに部活がなくて、お前も暇。そうと来たら遊ぶべきだろ」
と言われましても。
どこか行く……なら、街の方で待ち合わせしていた方が良かったし。
子供みたいにはしゃぎまわるって歳でもないし。
「お……おはじきとかやる?」
「昭和か?」
「パン遊び……」
「あー……ああ、大正か」
「下駄スケートとか」
「……知らんけど流れ的に明治か」
はぁ、とため息をつく浅野。
いやあの。言ってよ、遊びたいなら。先に。ならカラオケとか買い物とか選択肢あったのに。
「この辺ってショッピングセンターとかあったっけ」
「無い。遊びに行けるようなモンは一個もない」
「あー……じゃあ公園とか行く?」
「別に外へ出なくたっていい。とりあえず勉強すんな」
「はーい」
ノートや筆記具をカバンにしまう。ナイフとランプも。
「寝転がれ、そこ」
「はぁい」
言われた通り寝転がるは畳。草の匂いがするー。
「よし」
そう言って浅野は……少し離れた柱に寄りかかって、ケータイを開いた。
……?
「えっと」
「だらだらしろ。ウチに来たらウチに従うのがルール。いいな」
「えぇ……? ……まあいいけどさ」
じゃあ、とスマホの電源を入れて、英単語を記憶するアプリを開く。
取り上げられた。い、いつの間に近付いたんだ。
「あんまりふざけてると腹に膝蹴り入れるぞ」
「死ぬよ多分浅野の蹴りは」
「じゃあやめろ」
「はぁい」
まぁ今のはふざけただけだけど、だとしても……だらだらって、難しい。
えーと。えーと?
「新学期入ってからゆっくりしてないだろお前。一年の時からではあるけど、休むのが苦手なのどうにかしろって」
「あー……いやそれはまぁ、だって……何かしてないと勿体ないし、怖いしさ」
「そこまで気にしなくてもお前の学力は充分にあると思うんだけどな……」
「前に一回突き放されてから怖くなっちゃって」
スマホ中毒だった中学生の時、勉強のほとんどをせずにスマホばかりを見ていて……たった一週間とかそこらで、先生の話している言語が日本語かどうかすらわからなくなった時があった。それ以来……特に理系分野は恐怖の対象だ。高校に上がって物理と化学が台頭してきてそっちも怖い。どっちも一回授業を聞き逃すだけでちんぷんかんぷんになるから。
頭を掴まれる。
……ぇぅ?
「ちょ痛い痛い痛い」
「頭が凝ってんの。ほれ頭皮揉んでやるから力抜け」
「ぬぁあああ」
ぬぁあああ、なんてリアクションはしたけれど……む、むむ。
ちょっと気持ちいい。へぇ、頭って凝るんだなぁ。肩こりとかはよく聞くけど。
「ぁふ……」
「いっつもいっつも難しいこと考えやがって。少しはウチらのことも頼れっつの」
「のぁー」
両手の十指でぐにぐにされたり、一点突破でぐいぐいされたり。
頭に血が通う~……いや通ってなかったわけじゃないと思うけど。
ひとしきりもみほぐされたあと、解放される。ぽいっと。
そのままごろごろと転がって、仰向けになって。
「……温泉行きたみ」
「行くか? 近くにあるぞ、日帰り温泉」
「着替え無いし」
「貸すよ。学校で返してくれりゃいいし」
「……じゃあ行く」
頭がリラックスしたからだろうか。
昨日が疲労回復に使えなかった分、全身の疲労が浮き彫りになった。
温泉自体は割と頻繁に行ってたから、もう抵抗とかない。
「あ、でも」
「デモもストライキもない。一回行くって言ったら行く」
「りょ」
起き上がる。……やっぱり浅野はかっこいい。そういうところだけは、本当に尊敬する。
二人、少し傾斜になっている道を歩く。
日帰り温泉は山のふもとにあるとかで、そこまで徒歩でいく。
「ああそうだ、あっちの道行くと的形ん家あるけど、寄ってくか?」
「別に的形さんとはなんでもないって。……なにより先輩が土日に家来たら怖いでしょ」
「ふぅん。まぁいいけど」
今いのりちゃんの家がどうなっているかはわからないし。
余計なことを知ってしまいたくない。
「浅野ってさ」
「学校関連のことだったら田んぼに突き落とす」
「ナンデモナイデス」
進路とか決めてる? って聞こうとした。
危ない。全身泥パックになるところだった。
「あ、カエルだ」
「春だからな。……振原ってカエルとか虫とかヘーキなんだっけ」
「うん。かわいいよね」
「前井俣がウチ来た時デカめの蜘蛛が出てさ。アイツ、ウチの後ろに隠れてめっちゃ震えてて面白かったよ」
「何メートルくらい?」
「お前ウチん家のことジャングルかなんかだと思ってる?」
デカめって言うからさ。
あ、トンボだ。
「虫ヘーキで言えば、アキもヘーキだったはず」
「そもそもアイツ爬虫類好きじゃん。トカゲとか飼ってたら餌虫になるから、自然とだろ」
「あー、そういうことか」
「逆に中曽根はセミとかカブトムシでもダメとか言ってたな。何がそんなに怖いんだか」
「真美はああ見えてバリバリの都会っ子だからなぁ」
「ああ見えては失礼じゃね?」
「真美ならいいでしょ」
虫、なぁ。私ゴキブリも平気なんだよなぁ。衛生的に汚いのはわかるから素手で掴んだりはしないけど、普通に外へ逃がしてあげられる。
お母さんは昔から虫ダメダメで、出た瞬間に「由佳、由佳ー!」って呼ばれてたっけ。
……お母さん。一人で大丈夫かな。
カックンと膝が落ちる。
「ちょぉ、転ぶって!」
「今日一日ウチの前で暗い顔したらこれやる」
「う、そんなわかりやすかった?」
「お前自分の事無表情だとか思ってる? めっちゃ表情出るぞ」
「無感情寄りな自己評価ではある」
「ダウト」
いやダウトは違うと思う。本人自覚の話だし。
「あ、みっちゃんだ!」
「おーいみっちゃん!」
「ん……ケータ。それに、アツカラの爺さん。どった?」
浅野に駆け寄ってくる少年とお爺さん。近所の子、かな?
しかしみっちゃんとは。み? ……あ、霞のミか。
「じっちゃんとトンボ捕まえてん!」
「お、とと、ごめんなぁみっちゃん。友達ぃと一緒やたか。どこ行くんか?」
「
「ああやっとったよ。煙でとったし。ほんじゃケータ、次行くだて。じゃあなぁみっちゃん」
「またなーみっちゃん!」
「またなー」
嵐のように来て、嵐のように去っていった二人。
なんというか。
「近所のお姉さんしてるんだね、みっちゃん」
「余程田んぼに落ちたいらしい」
「ステイステイステイ」
危ない。後で風呂入るんだからいいだろ、とか言って本当に突き落とされかねない。
浅野はやる女だ。
「アツカラってどういう字?」
「知らね」
「タマリは?」
「トンネルの隧に坂」
「みっちゃんは?」
「そら」
足が払われ、田んぼに──落ちる前に、腕を掴まれた。
……心臓びっくびくなんだけど。
「怖いって」
「お前が悪い」
「そうだけど。……実際さ、ちょっと羨ましいんだよね。私親戚全然いなくて、ああいう年下の……自分をお姉さんとして慕ってくる子と接したことがなくて」
「そりゃまぁ、この辺は田舎だからな。狭いんだよ人間関係が。んで……ウチにも慕う姉ちゃん兄ちゃんがいたけど、みんなどんどん都会に行っちまってさ、結果的にウチが一番上になった」
「あー」
「的形とか佐十の住んでるあたりまで行くとまた違ってくるんだけど、ウチはほら、見ての通り家柄旧めでさ。地域の付き合いとかも多いんだよ」
「え、なに、浅野ってお嬢様だったりすんの?」
「金持ちだったらよかったよな……。単純に家が古いだけで特権とかはない。ああでも、祭りの時はウチが笛吹くよ。屋台引いてさ」
「なにそれ。去年呼んでくれなかったじゃん」
「振原が今想像したような縁日みたいなもんじゃないから。神さん連れて各家に訪問しにいくやつだから」
へぇー。
郷土、って感じだ。
「浅野って一人っ子だっけ」
「いや兄貴いるけど。……さっき言った姉ちゃん兄ちゃんは年上ってだけだぞ」
「そうじゃんお兄さんいるじゃん。ただしっかりしてるから姉っぽいなーって……前にもこの話したっけ」
「したな。なんなら三回目くらいな気がする」
「ごめん……」
興味が無いわけではないんですけどね……。
それほど浅野がしっかりし過ぎているというか。妹感がないというか。
「浅野もいつか、都会行くの?」
「どーだろーな。ババアになっても田舎にいても、ギャルできるし。然して物欲もなければ洒落の利いた場所に行きたい欲もない。フツーに働いて、休みの日とかにメイクバリバリにして、まぁ、それで満足でも良いだろ、って思ってる」
「大学は? 行かないの?」
「結局ガッコ関連の話になってるけど……まぁ、行くには行くよ。行かせてくれるらしいし」
「何系?」
「……笑うなよ」
「笑わないよ」
「……美術系」
「ああ。浅野、絵上手いもんね」
言えばぎょっとした目を向けてくる浅野。
ん?
「ウチ、高校に入ってから一回も絵描いてないけど。美術の授業でやったの程度だろ。しかもただの模写」
「浅野の家に飾ってある風景画、浅野が描いたんでしょ?」
「……いやそーだけど。なんでわかった? 名前も書いてないのに」
「目線が子供の高さだったし、左向きの曲線が浅野の字にそっくりだったから」
「え、なに振原お前は筆跡鑑定師とか目指してんの?」
違うけど。……逆にそれどうやったら目指せるの?
「絵、なぁ。というか美術……私、可もなく不可もなくだから……羨ましい」
「ウチは割合好きだよ振原の絵。どっかの好事家に高く売れると思う」
「それ褒めてる?」
「概ね」
褒めてないよね。
……わかってる。前にお母さんとお父さんに見せた時も、なんか反応微妙だったし。中学の時の美術の先生は「……これは、これはこれで味ですよ振原さん! いつか個性になります!」って言ってたし。みんな下手とは言い切らないの優しいよね。
真美曰く「可愛いんだけど目だけ虚ろ」らしい。那奈曰く「すべてを失くした人の顔なら描けると思う」、アキ曰く「ユカの絵毎回笑うからやめて」。
なんなんだこの友人たちは。
「昔は……絵しかやることなかったんだよ。ウチの婆さんがなんか本格的な画材道具持っててさ。ちょぅ描いてみぃな、とか言うから、それでやってたら……いつの間にか好きになってた」
「なんで高校では出さないの、それ」
「マジで勉強してる美術部とかに悪いから。あと、美術部入ってねえのに美大目指すのも……あんましウケ良くないんじゃね、って」
「我が道を行くの体現者な浅野がそんな気遣いしてたの?」
「よく言われるよそれ。変なところ気にするんだなって」
いや本当に。そういうの気にしない子だと思ってたのに。
でも、まぁ、そんなものか。
こっちがこうだからそっちもそう、なんて一辺倒な人間いないよね。
「……それで、結構歩いたけどあとどれくらい?」
「あと半分くらいだな。つか結構て。まだ二十分も歩いてねーだろ」
「田舎時間感覚……!」
「ウチが自虐で田舎って言うのはいいけど、外野に言われるとムカつくんだよなー」
「そういえば浅野もあの魔法使えるの?」
「話ぶった切るな。なんの魔法?」
「田舎魔法:完璧天気予報」
「ぶっ飛ばすぞ。使えるけど」
やっぱり使えるんだ。
「聞かないんだ。私の進路については」
「聞いてほしくなさそうだから」
「……やっぱ凄いね、浅野は」
「わかりやすいんだよお前が」
「そうかなぁ」
「ま、お前ん家の事情はちょっと知ってるしな。こういう頼られ方でも嬉しいよウチは」
本当に……かっこいい、親友だなぁ。
かぽーん、とは鳴らないけど。
「あ゛ぁ゛~……」
「浅野それは流石におっさんだって」
かっこいいって思った私の心を返してほしい。
メイクなんかはしてないとはいえ、バチバチのギャルから出るその声は本当に勘弁だ。
「温泉は日本人の心だよ……」
「温泉浸かるたび人が変わるよね浅野」
「こっちが本来のウチだよ……。いつもは頑張ってんの」
「やめてくれないその新事実。普段から気ぃ遣っちゃうじゃん」
温泉。私達以外の利用者はいない。閑古鳥が鳴いているのかと思ったら、午前中はこんなものらしい。午後になってくると仕事や農作業を終えたお爺さんお婆さんでごった返すのだとか。
「……」
「なに?」
「振原ってさ……胸ねーよな」
「藪からスティック過ぎない?」
「毎日思ってるけど、なんで振原って子供っぽいんだろうな。特別背が低いわけでもねーし、言動はおとなしめで、きゃーきゃーうるせえクラスのやつらに比べたら充分大人な感じするのに……めちゃくちゃガキっぽい」
いやそれいのりちゃんにも言われたけど。
そんなにかなぁ。
「……いいなぁ」
「え……なに、子供になりたいの?」
「ちょっとは憧れるよ。ウチほら、こういう性格でさ。さっきも話したけど、前は姉ちゃん兄ちゃんがいて……甘えられてたんだけど、中学上がったあたりでもういなくなっててさ。そっからずっと近所で一番の姉ちゃんだったわけ。だから……甘えるとかなくてさ」
「別に私もそんなに誰かに甘えてるわけじゃないけど」
「ウチが振原だったら、もっといろんな奴に甘えるね。井俣とかぜってーまんざらでもない顔して甘やかしてくれそうだし」
「あー、それは想像つく」
那奈の名前を捩って「ママ」って言うとあの子怒るけど、時々口元にやけてるんだよね。
ママ扱いが嬉しいらしい。
「……けど、そっか。じゃあ」
「ん? ……ん?」
湯の中をするすると移動して浅野の隣に行き、その頭を抱き寄せて……とん、とんと優しく撫でてあげる。
「……チョークスリーパー?」
「違う。ほら、母性母性。甘えていいんだよー」
「無いだろ母性。対義語レベル」
「そんなこと言って、温泉であったまった頭で、こーやって抱きしめられると、リラーァックスできるでしょ? ね?」
「……。……まぁ」
気を張り過ぎという点でいえば浅野だってそうだ。我が道を行くの体現者とは言ったけど、この子はとても気遣いのできる子だから……気配り上手さんは、こうやって気力を回復しないと、いつか気後れして気疲れして気付けなくなって気絶してしまう。
「……その……とんとんするのやめろ。ねむくなる」
「ちゃんとリラックスできてる証拠でしょ。でも危ないから寝ないでね」
「おう……」
返事をしながらも、どこか声が眠そうな浅野。
これは危険だ。溺れるし逆上せる。だからとんとんをやめようとして……上目遣いの浅野と目が合った。
やめちゃうの? と。そう言われているような感覚。
「しょ、しょうがないなぁ、もうちょっとだけ──きゃあ!?」
足……膝裏にくすぐったさ。突然のことであまりにも可愛らしすぎる悲鳴が出てしまった。
「礼は言っておくけど、やっぱ恥ずいからここまで。それよかほら、振原の知らない振原の弱点。力抜けるだろ?」
「ふゃぁ……ちょと、やめへ、ふやける……」
「膝窩っつーんだとさ。ここの柔らかいとこ。前みんなで温泉旅館行った時、ねぼけてた振原のここをつんつんしたら、めーっちゃ甘い声で〝しょこ弱いからだめりゃ~〟とか言ってた」
「本気で知らない記憶過ぎる……」
「しょーじき自分の触ってもくすぐったさなんて欠片も感じなかったから何が良いのかわからないけど、こうも反応が顕著だとまるでエロい場所みたいに思えてくるよな」
「だとしたらもう色々最低だよ……友達解消だよ……」
「首筋にキスマークつけておいてよく言うよな~」
──体温が一気に氷点下まで下がった……かのような錯覚を覚えた。
え、嘘。……本気?
「一見して虫刺されだけど、これキスマークだろ。んで、今日逃げるようにウチに来たのは、これをつけた奴が家にいるから。──当ててやる。的形だろ?」
「……」
「その沈黙は肯定だよ流石に。……さ、上がって、詳しく聞かせてくれ。ホントに悩んでんなら協力すっからさ」
「……うん」
嬉しい、けど。
もうちょっとやり方なかった? あったまってリラックスしてた心身が竦んじゃったんですけど……。