私より背が高くて、私より要領が良くて、私より社交的で、私のことを愛してくる義妹   作:的形みずき

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9.解決策を講じてみた。

 温泉を出たところにある湯冷まし用の御座。そこで、事情を割と洗いざらいめに話した。

 私が意固地になっていることも、いのりちゃんの暴走も。

 浅野は静かに話を聞いてくれて、時折打つ相槌以外は何も言わなくて。

 

 そうして。

 

「電番とか、残ってないのか。茜さんの」

「……残ってる」

 

 茜。それがお母さんの名前。

 旧姓光川茜。浅野は何度かウチに来ているから、ちゃんと知り合いだ。

 

「電話、しろよ。振原ん家の親父さんと何があったかは知らねーけどさ、振原とは別に喧嘩してねーんだろ。だったら……」

「無理。……もし離婚の原因が私だったら……それで、私からの電話でお母さんのストレスになったり、お母さんから……酷いこと言われたりしたら、立ち直れない。学校行けなくなる」

「そういう人じゃねーじゃん。ウチより振原の方が知ってるとは思うけどさ」

「そんなこと言ったらお父さんもお母さんも離婚するような人じゃなかったよ」

「……まぁ、そうか」

 

 離婚の原因は未だに聞けていない。それ自体は数か月前のことなのに、だ。

 ただ、記憶にある最後の夜。離婚する前の夜は……二人とも、普通だった。喧嘩している様子なんかちっともなくて、なのに。

 

「参ったな。……的形とのアレコレは、お前が茜さんに関してを整理付けない限り絶対解消しない問題だ。抱え込みがちな振原がここまで話してくれた手前、言った通り協力してやりたい……が、家庭の問題過ぎるのがな」

「的形さんを窘める、とかは」

「無理だよ。あいつ自分のことでいっぱいいっぱいだもん。自分が嫌われないように振る舞えてるかしか気にしてないから、言葉が届かねーんだよ」

「それは薄々感じてた」

 

 私が無視していたのは勿論あるけど、あの子はそもそも会話をしようとしていない。

 全部が独り言。もしくは自分に向けてだけ喋っている。

 

「お前はお前で周りが見えてないし、的形も的形でそう。似た者同士ではあるんだろうよ」

「そうかな」

「どっちもガキなことも同じだ」

「……それは、そうかもね」

 

 話はそれ以上続かない。

 だから、話題を少しだけ変えることにした。

 

「中学の時の的形さんってどんな感じだったの?」

「んー。とりわけ今と何かが違うってことはない……けど、今より多少余裕があったんじゃねーかな。今は新環境なことと……振原に色々見抜かれてるせいで、焦ってるって感じがする」

「結構伝わってくるよ。まだ一週間だけど」

「ソウイウ強硬手段に出るのだって多分初めてだぞアイツ。中学の時オトコの影とかなかったし、頭でっかちに知識だけあるタイプだと思う」

「去年一年で身に付けたって可能性は?」

「無くはないけど、考えてもみろ。恋愛なんて誰かに嫌われる可能性のたくさんある行為、アイツがすると思うか?」

 

 それは、確かに。しなそう。

 むしろそういう対象にならないよう全力で逃げ回ってそう。

 

 ……じゃあ、結構無理してたのかな。えっちなこと云々も……実はそこまで知識なかったり?

 

「ま……ソウイウ目で見たくなる的形の気持ちもわからんでもないが」

「え。……え!?」

 

 湯着を掻き抱いて這い去る。

 え、え。え、嘘。

 

「嘘だよ。嘘っつーか、お前をソウイウ目で見ることは絶対にない。ただ……なんつーの? ウチには絶対に勝てないんだぞって教え込みたくなるっつーか、力でねじ伏せたくなるっつーか」

「より酷いけど」

「言葉を選ばないなら、どっか生意気なんだよな振原の顔……つか、目って。お前自身はそう思ってないんだろうけど、なんでか反抗的に見える」

「反抗的に見えるとねじ伏せたくなるの……?」

「ん。そう言われるとそうでもないな。……なんでだろ。振原だけだな確かに。反抗的に見えるし生意気に見えるから黙らせたくなるの」

「もしかして今身の危険?」

「まー……こればっかりはウチの感覚だな。でも、もし似たモンを的形も感じてるんだとしたら、そこに友情とか思い出がない分クッションになるモンがなくて……」

「実際に抑え込む、っていう手段に繋がる、って?」

「可能性だよあくまで」

 

 でも。

 実際にそうかもしれない。

 えっちなこと云々は結局キスマーク以外してこなくて、そのほかは文字通り圧し潰されただけ。

 あの程度のことで私の意思が変わるわけないのに、いのりちゃんは昨日ずーっとあれをやってきていた。

 

 まるで言うことを訊かない子供を傷つけることなくあやして諭して……躾ける、かのように。

 

「ちょっとさ」

「ん……んにー?」

 

 顔を触られる。そのまま粘土でも弄るかのように、ぐにぐににゃぐにゃぐされる。

 なにごとですか。

 

「あー、やっぱり。ジト目なのが生意気pt高いんだな。んで口がいつもへの字なのも悪くて」

「悪くて。私の生来のデフォルト表情が悪いと」

「ねじ伏せられ顔だって話」

「どんな顔それ……」

 

 手を振り払う。生来の顔が悪いとはあまりに失礼ではありませんか浅野さんや。

 

「今の、腋締めて両手わやわやーってやって手を振り払うの、死ぬほどガキっぽかった」

「知らないって。ってか、だったら浅野はどうやって振り払うのさ。ほら」

「ん。ミリでも力込めたら噛むけどそれでもいいならやれよ」

「ピラニアか?」

 

 怖いからやらないけど。

 ……いや。

 

「次的形さんが顔に触れてこようとしたら、噛むよって言えば良いってこと?」

「反抗的だからタオルとか噛ませられそう」

「原始的猿轡が過ぎない?」

「やってこないと思うか?」

「やってきそう……」

 

 う、うーん。

 やっぱり最速で動いて最速で鍵を閉めるくらいしかないのかなぁ対策。

 

「あ。そうだ、それこそ、があった」

「?」

 

 ポンと手を打つ浅野。

 彼女から齎されたその〝策〟は──。

 

 

 お昼を日帰り温泉で済ませ、昼過ぎ頃に家へと帰宅。

 お父さんたちにはそうなる旨を伝えてあったので、お昼は外食したかまたしおりさんが作ったかをしたのだろう。

 

「──おかえり、お姉。逃げずに帰ってきて偉いね」

「……」

 

 ここは私の家ですからね。

 ま、そんな大口叩いていられるのも今の内。いのりちゃんの横を通り抜け、手洗いうがいをして、なんでもない顔で自室へ向かう。

 そこで待ち伏せしていたらしい彼女。「さ、おいでよ」なんて腕を拡げる彼女をスルーして、自室のドアのノブに掛札をかける。

 

「昨日あれだけされたのにまだそんな反抗的なんだ。お姉ってホントほしがりだよね。……じゃ、今日もあたしが好きになるまで押し潰してあげ……きゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴を上げて一歩二歩と下がるいのりちゃん。

 効果覿面!!

 浅野大明神!!

 

「じゃ、私は勉強するから」

「ぁ、ぁう、ぁ……」

 

 心の中でガッツポーズをする。

 部屋へと入って、しっかり鍵を閉めて。

 

 ──〝アイツ、すっげー虫嫌いだったはずだから、ちょっとリアルめなタッチの虫とか爬虫類とかの絵をドアにかけておくだけで近寄れないと思うぞ〟

 

 素晴らしい……Sbalasy……!

 

 これでゆるりと勉強ができます。家の中で警戒する必要もありません。

 いっそのことカブトムシとか飼おうかな部屋で。そうすれば絶対に……まぁそんな目的で命を飼いたくはないけれど。

 何はともあれ、勉強するぞー!

 

 

 夕飯を作る時間になっても、ノックの一つすらされなかった。

 いやー集中した集中した。

 

 と、スマホを見る。通知が一件。

 なんだろ、と思ってメッセージアプリを開くと、奇妙なことにいのりちゃんからのメッセージ。

 まーた変なイタズラかな、と思いつつ、そこに書かれたメッセージを開き──。

 

 バン、とドアを開ける。

 そこでは、いわゆる女の子座りをしたいのりちゃんがぷるぷる震えて座していた。

 

「だ、大丈夫?」

「う、うぅ、お姉……」

「はい、外したから……行ってきなさい」

「うぅぅうう!」

 

 駆け足で階段を下っていくいのりちゃん。

 いや。まぁ。うん、自業自得だけどさ。

 

 振原家は、一階にしかトイレがない。

 いのりちゃんの部屋……元お母さんの部屋は二階の廊下の奥にあり、彼女の部屋から階段へ行くには私の部屋の前を通るしかない。

 

「……まさかそこまで嫌いとは」

 

 通れなかったそうだ。トイレに行きたいのに、虫が嫌いで……というか怖くて通れなくて、今にも漏らしそうだった、と。

 う、うーん。

 良い対抗策ではあるけど、要検討……しばらくはこの掛札、部屋の中だけに留めておくことにしよう。それでも充分な抑止力になるだろうからね。

 

 

 夜二十三時。

 明日に備えてみんなが寝静まったこの時間にキッチンで動く影が一つ。私だ。

 

 この土日を経て、早起きがかなり身体へ負担をかけていることがわかった。

 だから朝の作業量を減らすべく、こうして夜に仕込みを行っておくことにしたのだ。

 

 仕込みといっても簡素なものだけ。食パンにマスタードを塗るとか、卵を予め溶いておくとか、そういう話。

 

 ──物音。

 

 料理をする手から顔を上げる……と、そこにいたのは。

 

「あ……由佳ちゃ……由佳」

「……しおりさん」

 

 しおりさん。

 どこかぎこちない笑顔の彼女が、そこにいた。

 

「その……明日の料理をしているの?」

「うん。朝ごはんの準備」

「……つらく、ない? 朝早く起きて、四人分の支度をして……」

「好きでやってるから。……しおりさんこそ、私のこと呼び捨てで呼ぶのまだ慣れないんでしょ。ちゃん付けでいいよ、呼びやすいやつで」

「それは……でも、慣れていかないと」

「どれだけ慣れたって私はしおりさんのことしおりさんって呼ぶよ。……そこは、無理」

「……」

 

 お母さん、とは。

 呼べない。

 

「じゃあ……そうね。由佳ちゃんって、そう呼ぶ」

「うん」

「……由佳ちゃんは、好きなものとかある? 食べ物でもいいし、趣味でもいいし」

「甘いものは好き。料理を始めたのもお菓子作りからだし。……趣味はなんだろ。勉強?」

「一人で居る時は何をしているの? 勉強以外だと……」

「……うーん。中学まではアニメとか音楽とかの視聴だったけど、高校上がってからは……うーん」

 

 ない、かなぁ。

 一人の時間ができたら勉強をする。習慣づけるために実践して、実際に習慣づいたこと、だし。

 

 あとは……まぁ。

 

「これも中学までだけど、編み物とかお裁縫とか……創作はからっきしだけど、編み図のあるやつは結構やってたよ」

「編み図、読めるの? すごいのね……」

「編み図ないとなにもできないけどね。絵もそうだけど、頭の中の映像を出力するのが苦手みたいで、何度やっても上手くいかなかった」

 

 字は上手なのに、不思議よね~、なんて。

 お母さんにもよく言われていたっけ。……私から言わせてもらえば、字も編み図も、型にはめられているからできるというだけだ。「自由」「フリースタイル」がとことん苦手なだけ。

 

 あ、でも料理は得意……だから、結局は経験数なのかな。

 

「しおりさんは? 食べ物とか趣味とか。好きなもの」

「食の好みはほとんど無いの。ああでも、シナモンは苦手」

「あれ好きな人そんなにいないんじゃないかな……」

「八角やニッキも苦手ね」

「香辛料系か。ん、わかった」

「趣味は……驚かれるかもしれないけれど、ギターが好きなの」

「ああ、だからお父さんと知り合ったの?」

「へ?」

「え、知らないの? お父さんベース弾くよ」

「……初耳。昌仁さんたら……私がギター弾くことは知ってるはずなのに、なんで黙って……」

「……多分、それで気を引くっていうことをしたくなかったんじゃないかな。知らないけど」

 

 お父さんはそういう……物で釣る、みたいなこと、嫌いなはずだから。

 共通の話題や共通の趣味からじゃなく、性格一本で行ったのだろうことは容易に想像できる。

 基本は放任気味で、私の解決できることだと見定めれば、私自身が変化したり自己を見つめ直したりするまでずっと待っていてくれるお父さん。けれどどうしようもないことでは直球になる……ピンキリな性格。一か百しかないから、多分結婚とかもそのルールに則ると思う。

 

「ギターは、エレキ? アコギ?」

「アコギ。学生時代軽音部でね」

「お父さんの部活までは知らないや。自分で聞いて」

「……素直に話してくれるかしら」

 

 どうだろう。……音楽性の違いで喧嘩になったらヤだし、話さない方が良いかも知れないけど。

 

「由佳ちゃんは、楽器はやらないの?」

「……リコーダー、鍵盤ハーモニカ、マラカス……」

「み、見事に学校で習うものばかりね」

「私に料理以外の創作性を期待しちゃいけない」

 

 多少、ぎこちなくはある。

 あるし、親子の会話ではないかもしれないけど……今までで一番、会話が弾んでいる。

 

「いのりちゃんは何か楽器やってたの?」

「小学校の数年間だけ、ピアノをね。ただ、あんまり好きにならなかったみたいで」

「ちょっと憧れるけどね、ピアノ。……ギターとベースもだけど、私手がちっちゃいから色々届かなくて」

「ああ……そうねぇ。由佳ちゃんの指の長さだと、難しいか」

 

 そうなのだ。ピアノはめいっぱい指を拡げても届かない鍵があるし、弦楽器は山なりでコードを押さえるということができない。

 指が長いというだけで人生アド。覚えておくといい。誰が?

 

「いのりちゃんの好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか、ある? あの子に聞いてもなんでも食べるしか言わなくて」

「私にもひた隠しにしているけれど、好きな食べ物は男の子の好きそうなもの全般で、嫌いなものはベリー系ね。ブルーベリー、ラズベリー、レーズン……そういう、ちょっと酸味のあるフルーツ」

「ん、ありがとう。……苦手なものは無理矢理食べさせたくないから」

「こちらこそ、ありがとう。毎日毎日……心のこもったお料理を食べさせてくれて」

 

 ……うん。

 じゃあ、そこも話そうか。

 

「しおりさん、料理……したい?」

「……任せきりなのがちょっとだけ……大丈夫かな、って。そう思っていたけれど、……本当にお料理が好き、なのよね」

「うん。つらいとか無いよ。みんなが喜んでくれる顔を思い浮かべて料理するのが好き」

「なら、土曜日は、っていうのもやめる。お買い物も……由佳ちゃんがしたい、のよね」

「なんでわかったの?」

「昨日、お買い物は任せて、って言った時、由佳ちゃん何も言わなかったけど、すっごく苦い顔してたもの」

 

 うわ。本当に分かりやすいんだな私の表情って。

 ポーカーフェイスできてるつもりだったのに。

 

「でも、学校の帰りとか、一人で自転車で、とかじゃなく……せめて車を出させてほしいの。四人分は重いだろうし、多いだろうし。それくらいは手伝わせて」

「わかった。じゃあ、土日に買い出し行こ。平日は二人とも忙しいだろうし」

「譲歩してくれて、ありがとう。じゃ、そうしましょう」

「うん」

 

 時計の針が地底を指す。

 よし、仕込み終わり。

 

「もう寝るよ。……そうだ、しおりさんは何のために起きてきたの?」

「トイレに起きたら、リビングにキッチン灯が見えて……消し忘れかと思って覗いたら由佳ちゃんがいた、ってだけ」

「じゃあ、おやすみ。ゆっくり休んでね」

「ええ、おやすみなさい、由佳ちゃん」

 

 うん。……やっぱり親子の会話じゃなかったかもしれないけど。

 過去一で穏やかに……しおりさんと話すことのできた、真夜中の出来事。

 

 ……ちょっとだけ、心のつっかえが取れたかもしれない。 

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