さてそのころ、静葉は河童の住処へと来ていました。
「……おそらくここに、にとりがいるはず。早く探し出さないと」
静葉が足を踏み入れると、中は驚くほど静まりかえっています。
「……ふむ。なんか様子がおかしいわね。もう少し活気があってもいいものだけど」
静葉が、無人の街中をしばらく歩き回ってみると、路地に座り込んでいる赤い髪の河童の姿が。
静葉は、その河童に話しかけてみます。
「もしもし。そこの河童さん。ずいぶん静かだけど、他の河童はどうしたものかしら」
静葉が話しかけると、その河童はうつろな目で答えました。
「……ああ、みんな流行病にやられちゃったのさ。ああ、私が地底に行っている間にこんなコトになってるとは……」
「流行病ですって。河童は頑丈さが取り柄なものじゃないの」
「ああ、私もびっくりしたよ。少し調べてみたけど、どうやら河童に感染する特殊なウィルスが原因らしい」
「あなたは平気なの」
「ああ、まだ今のところはね。でもこのあとも無事でいられるかはわからない」
「ふむ……。困ったわね。私はある河童を探してるんだけど」
「そうだったのか。でも今は、たとえ会えたとしても、まともに会話できる状態じゃないだろう」
どうやらとても人さがしが出来る状況ではない様子です。
「ふむ。何か特効薬みたいのはないのかしら。そうね。例えば永遠亭の薬とか」
「あいにくだが、永遠亭の者は人間側についてるそうだ。知ってると思うが、今、人間の里は吸血鬼たちに支配されてしまっている。接触するのは不可能に近い」
「ふむ……。たしかにそうね」
「……そう、一つ方法があるとすれば、河童秘伝の万能薬をつくることだけど……」
「あら、そんなものがあるの」
「ああ。河童に代々伝わっている薬で、文字通り、あらゆる病や怪我に効くと言われている。でも残念なことに、その材料となる薬草は天狗の領地に生えているんだよ」
「それは、なかなか厄介ね」
「ああ。下手に侵入して見つかったりでもしたら、向こうも黙ってはいないだろう」
「ふむ……。八方手塞がりってわけなのね」
「ああ……。私はいったいどうすれば……」
それっきりその赤髪の河童は、うつむいてしまいました。さてはて、いったいどうしたものか。
静葉はしばらく何かを考えていましたが、やがて意を決した様子で彼女に告げます。
「よし。わかったわ。私がその薬草を採ってきましょう」
「えっ?」
彼女は思わず驚いて静葉の方に目を向けます。
……そういや、この河童誰かに似ているような……。
「河童じゃない私なら、天狗の領地に侵入しても問題ないでしょう」
「ああ。確かにそうかもしれないけど……。でも」
「いいのよ。私はどうしてもある河童を探し出す必要があるの。そのためには、この状況が解決してくれないと困るのよ」
「……そうか。わかった。ありがとう。それじゃ途中まで場所を案内するよ」
「ええ。ぜひ、お願いするわ」
静葉は彼女の案内で沢の先へと向かいました。そして沢の先の山中へ入ると、突然、彼女が立ち止まります。
「この先は天狗の領地だ。すまんが、私が案内できるのはここまでになる」
「そう。わかったわ。じゃあ、ここからは私一人で行くわね」
「ああ、すまない。この先に大きな岩の壁があって、その壁の根元に生えている草が、くだんの薬草さ」
「ええ。わかったわ」
「くれぐれも気をつけてくれ。常に白狼天狗達がウロついてるから、危なくなったらすぐ引き返してくるんだよ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわね」
赤髪の河童とわかれた静葉は、一人、山奥を進みはじめます。
しばらく進むと彼女が言ったとおり、岩の壁が見えてきました。
どうやら崖の真下のようです。そしてそのそばに、緑のハッパが生い茂っているのが見えます。
「ふむ、あれが例の草ね」
静葉がその緑のハッパを取ろうと近づいたその時です!
「そこで何をしている!」
静葉が振り向くと、そこには白狼天狗の姿が。
天狗は険しい表情で静葉に問い詰めます。
「こんなところで何をしている! ここをドコだと思っているんだ!」
「あら、天狗さんごめんなさいね。私はあの草を取りたかっただけなのよ」
静葉は、やんわりとかわそうとしますが、白狼天狗は険しい表情のまま静葉に言い放ちます。
「いかなる事情であろうと、何人たりとも我が天狗の領地に勝手に入るのは禁じられている。すまないが、ついてきてもらおうか」
なかなかのカタブツなようです。以前であった椛といい、どうやら白狼天狗というのは、頭の固い種族のようです。
渋々静葉が天狗について行くと、詰め所のようなところにたどり着きます。そしてそこにいたのは……。
「ぬぅ、オマエは……!?」
「あら……」
なんと、そこには椛の姿が。どうやら彼女がこのチームのまとめ役のようです。……これはメンドウなコトになりそうな予感。
「キサマ! どうやってあそこから抜け出した!?」
「文が出してくれたのよ」
「嘘をつくな! さては脱走したな!?」
「文が出してくれたって言ってるでしょ」
「オマエは我々を襲撃した土蜘蛛をかくまおうとしたヤツだ! そんなヤツが言うことなど信じられるか!」
「……相変わらず頭が固いわね。……では、仕方ないわ」
静葉は目くらましに、ふわっと紅葉をまき散らして、その場から逃げ出します。
「追え! アイツは河童側についてる可能性がある! なんとしてもつかまえろ!」
椛の号令で下っ端の白狼天狗が、ワラワラと詰め所から出てきます
静葉は急いで逃げますが、曲がりなりにも相手は天狗。あっという間に取り囲まれてしまいます。
「さあ、観念しろ! 二度と脱走できないように天狗の住処に送り込んでやる!」
静葉は、縄でぐるぐる巻きにされてしまいました。
「まったく乱暴なことね。天狗ってのはそんなに品のない種族だったかしら」
「……大人しくしていれば、これ以上痛い目にあわせはしない」
「ふーん。その言葉、信用していいのかしら」
「……白狼天狗に二言はない。それに我々は上からの命令に従っているだけだ。こうするのは本心ではないことを、どうか分かってもらいたい」
「……ふむ。難儀なことね。あなたたちの事情や苦労、もちろん分からないわけではないわ」
「……そう言ってもらえると助かる」
「……でも、ごめんなさいね。私は、どうしてもあの草を手に入れなくてはいけないのよ」
そう言うと静葉は、一瞬で縄から逃れます。
「あ、キサマ……!?」
「一応、私も神さまの端くれ。その程度の束縛は意味をなさないわ」
「……なるほど。ならば実力を行使するまで!」
椛が刀を構えると、すぐに他の天狗達もいっせいに刀を構えます。よく統率が取れています。
(……やれやれ、出来れば力は温存しておきたいところだけど、そうも言ってられないわね)
静葉は紅葉をまき散らすと、彼女らにまとわりつかせます。
「ぐっ! 何のつもりだ!?」
「その紅葉は、あなたたちの力をゆっくりと確実に奪い取るわ。悪く思わないでね」
「ええい、こしゃくな……!」
静葉は天狗達が紅葉に対して手こずっているうちに、その場から逃げ出すと、そのままなんとか崖のふもとまで、戻ってくることができました。
「……さてと、あの草を取ってはやく戻らないと」
「待て! キサマ……!」
再び彼女の前に椛が立ちはだかります。どうやら紅葉攻撃を振り払ってきたようです。
さすがチームのまとめ役だけあって、他の白狼天狗たちよりも実力がある様子。
それにしてもしつこいヤツです。
「キサマがその草にこだわる理由は何だ!? その草は河童達の秘薬の材料と聞くぞ! やはりキサマは河童と繋がっているんだな?」
「もし、そうだと言ったらどうするのかしら」
「我々の住処まで連行だ!」
「ふむ、なるほどね」
「で、どっちなんだ!?」
椛の問いに対し静葉は、何も答えません。
「なぜ黙っている。黙っているというコトは、認めているというコトか?」
静葉は、無言を貫きます。
「……ああ、そうか。わかったぞ。キサマ! そうやって時間稼ぎをしようってわけか。そんなのムダだ。誰もキサマを助けになんか来やしない。ムダな抵抗はやめて白状しろ!」
それでも静葉は答えません。
「ええい。もういい! 疑わしきものは罰せよと上からの命令が出ている! このまま力づくでも連行して、詳しい話はあとでじっくり聞かせてもらうとしよう!」
そう言って椛が弾幕を構築した、そのときです。
突如、上空からヒューンと弾幕が降り注ぎ、椛の弾幕をかき消してしまいました。
「……なっ!?」
思わずうろたえる椛。すると、どこからともなく聞き覚えのある声がこだまします。
「椛。誰がいつそんな命令しましたか?」
「そ、その声は……!?」
いったい何者なのでしょう!?