さて、そのころ、地霊殿に案内された穣子たちはというと……。
「はぁー! ごくらく、ごくらーく! 美味い酒と美味い料理! これぞ、ご極楽トンボの桃源郷ってヤツだわー!」
一行は、お空を連れてきてくれたお礼にと、さとりにご馳走を振る舞われてました。
テーブルの上には豪華けんらんな料理が、所狭しと並べられ、それを穣子たちは片っ端から平らげていっています。
ヤツらはグルメじゃありません。なんでもペロリです。飲めや歌えや騒げや踊れや。
「はぁー。もう、鬼に絡まれたときは、どうしようかと思ったわよぉー!」
「うん、まったくだよ。さすがに私も一貫の終わりだと思ったさ」
「ええ! ええっ! そうよね。そうよねぇーっ!」
などと言いながら、ヤマメの言葉に、うんうんと大げさにうなずいている穣子は、どうやらすっかり出来上がってしまっている様子。
一方のにとりは、居心地悪そうに、そっぽを向いて酒をちびりちびりとあおっています。
「あーら。どったの。にとりったら、チョコンとかしこまっちゃったりなんかしてー」
「……あ、いや。うん……」
「なによー。その態度は!」
「……あ、わかったぞ。オマエ、お空をあんなにしてしまった張本人が、こんな待遇を受けていいのか、とか思っているんだろ?」
「え、いや……。その」
「なーんだ。そんなの気にしてるのー? そんなのいいじゃん。アンタもこうやって一緒になって連れてきたんだしさー」
「いや、そうなんだけど……。なんていうか」
と、そこへ料理を持ったさとりが現れ、にとりの方をジーッと見ながら、何やらニヤニヤと笑みを浮かべて一言。
「……『酒のつまみにきゅうりをよこせ。私は河童だぞ! こんなモノ食えるか!』……ですか。わかりました。今、もろきゅう用意しますね」
そう言うと、彼女は、ニヤニヤしながら再び台所の方へ消えていきます。
「……おい! なんだよ! オマエ、きゅうりが欲しかっただけかよ!? 余計な心配して損したじゃないか!」
「そっちが勝手に思い込んでただけだろ!?」
「まーまーまー。二人とも落ち着いて落ち着いてー。それにしても面白いわねー、心が読めるってさー」
「何が面白いのさ?」
「えー。だって、こっちがしゃべんなくても相手に通じるってワケでしょ? 謎じゃーん? 不思議じゃーん? 便利じゃーん? 楽じゃーん?」
「うーん。私はそうは思わないけどねぇ」
「えーどうしてよー? ヤマメ」
「だって、ああいうのって、知りたくもないような、他人の心の中なんかも勝手に見えちゃうワケだろ……? 嫌だよそんなの」
「……あー。まー。うーん。そういうコトも、あるのかもしれないわねぇー?」
酔っているためか、穣子はいちいちオーバーなアクションを交えながら会話をしています。ウザりこです。
「あ、そーそー。そういえばさぁー」
「何さ」
「あの時、あの鬼たちは、さとりを見た瞬間どうして逃げたんだろ?」
その時、突然、何者かが会話に割り込んできます。
「……ああ、それはねえ。ヤツラは心をのぞかれるのが苦手だからさ」
「誰?」
会話に割り込んできたのは、もろきゅうが盛られたお皿を片手に、二股の尻尾をフリフリさせて、黒っぽいワンピースをまとった赤髪おさげの猫妖怪。
彼女を見るなりヤマメが、気さくに声をかけます。
「あ、お燐じゃないか!? 久しぶり!」
「やあ、ヤマメ。久しぶりだね。ふむ、その様子だと、どうやら地上侵攻は失敗したみたいだねえ?」
「……ま、察しのとおりさ」
「だから、あれほどやめとけって言ったのに」
「……しかたないだろ。あの時はイケると思ったんだよ」
「明らかにメンツが足りてなかっただろうに。そもそも彼女もいなかったし」
「あのースイマセン……。話の途中で悪いんだけど……。そこの猫妖怪さん。ちょっと聞きたいコトが……」
「ん? ああ、これはこれは秋神さま。申し遅れたね。あたいは
そう言って、にとりにきゅうりを渡すと、ひらりとお辞儀をする彼女。どうやらなかなか礼儀正しい子のようです。
「あ。これはこれはご丁寧にどうも。……で、聞くけど、どうして鬼は心をのぞかれるのが苦手なワケ?」
「ああ、アイツらはウソがつけないんだよ」
「え、ウソ?」
「本当だよ。アイツらってああ見えて、実はピュアなんだ」
「……うーん。とてもそうは見えなかったけど……」
「そういやオマエさんたち、鬼に絡まれたって言ってたね。アイツらも普段はむやみやたらに絡んでくるコトはないんだ。きっと何かワケがあったんだよ。しかも、さとりさまにも知られたくないようなワケがね」
「ふーん……?」
「……なあ、おい。二人とも、もうアイツらなんかどうでもいいだろ。正直、思い出したくもないよ!」
にとりは、不機嫌そうにもろきゅうをバリボリとかじります。そういや彼女は鬼が大の苦手でしたっけ。
「ま、にとりの言うとおりだな。それより、これからどうするか決めないと」
「そりゃーもちろん決まってるわよー!」
「と、言うと?」
「私の家に行って例の装置を見つけるのよー!」
それを聞いたにとりは思わず、食べてたきゅうりをブーッと、吹き出してしまいます。
……ちょっと、ちゃんと掃除して下さいよ?
「……えぇー? 本気でさがす気なの?」
「当たり前でしょ。にとり! むしろそれが私たちの本題よ!? にとり! 私たちの当初の目的忘れたとは言わせないわよ!? にとり! アンタは私にしたがってればいいのよ! にとり!」
「ア、ハイ……」
酔った穣子の迫力に気圧されたにとりは、思わずシュン……と、なってしまいます。
「ふーん。なるほど……?」
「ん……?」
ふと、穣子が何かの視線に気がつくと、いつの間にか戻ってきていたさとりが、例のニヤニヤした表情で穣子をジーッと眺めていました。
「うぉわっちょっちょあーっ!? びっくりしたー!? アンタいつの間に来てたのよー!?」
「……ふむふむ。穣子さん。アナタは、なかなか面白いコトを企んでいるようですね……」
「へ……?」
どうやら、彼女は穣子の心を読んだようです。
穣子はキョトンとしたまま首をかしげるばかり。
その様子を見てさとりはまた、にやっと笑みを浮かべます。
「……まあ、今はあえて多くは語らないでおきましょう。それに、そろそろ料理の方も打ち止めですので」
「お。そうかい。そんじゃ私たちも少し休んだら出発するとするか。いやー。馳走になったね。おかげで楽しいひとときを過ごせたよ。ほら、二人とも出かける準備しなよ?」
「ちょっと! ヤマメ! なんでアンタが仕切ってるのよ!?」
「え? だってこの中じゃ私が一番常識人枠だろ?」
「どこがよ!? 徒党組んで地上に殴り込み行くようなヤツのどこが常識人なのよ!?」
「あ、そこはまぁ……。魔が差したって言うか、野心がうずいたって言うかな……」
「常識人が野心とか口走らないでしょ。普通!」
「そうだ! 今、穣子、良いコト言った! それじゃ間を取ってここは私が……」
「にとり! アンタは黙って私にしたがってなさい! にとり!」
「いい加減、河童にも人権くれよー!?」
と、不毛な主導権争いでギャーギャーピーピーやかましく騒いでいる一行を、さとりはニヤニヤ笑いながら横目で眺め、お燐は苦笑を浮かべてましたが、やがて一言。
「……あのーオマエさんたち。盛り上がってるところ悪いけど、地上へ戻るというなら秘密の近道を案内するよ。そこなら鬼にあわずに地上へ出られるさ」
その言葉を聞いた三人は、ピタッと静かになります。
「ウソ!? ホント!? マジで!?」
「そいつは願ったり叶ったりだ!」
「ありがたい! いよっ! 神さま仏さまお燐大明神さま!」
「よせやい。そんな大げさなー」
と、言いつつも、マンザラでもなさそうな様子のお燐。どうやら案外、ノリが良い子のようです。
そんなこんなで三人が、なんやかんやと支度をして地霊殿を旅立とうとすると、ふと、さとりが穣子に告げます。
「……地上へ出るついでに、一つお願いがあるのですが」
「ん? 何よ?」
「私の妹、こいしをもし見かけたら戻ってくるように伝えてくれませんか。もうずっと帰ってきていないので」
「へえ、そうなんだ。わかったわ。まかせて!」
「あの子は、もともと風来坊気質ではあるのですけど、何にしろもう数年近く帰ってないので……」
「そんなに!? いくらなんでもそりゃ不安でしょうね。よし! 見つけたら帰るように伝えておくわ!」
「よろしくお願いしますね」
こうして一行は、さとりに見送られながら、地霊殿をあとにして、お燐の案内で地上に向かうのでした。