そのころ、天狗の住処では……。
「……まったく呆れたものですね。どうして今更ノコノコと帰ってきたんですか? こうなるとわかっていたでしょうに。……射名丸文」
文は謀反の罪で捕まり、残念なコトに牢屋に閉じ込められてしまっていました。
オリの外から典が彼女に話しかけますが、彼女はうつむいたまま何も答えようとしません。
「……この世は綺麗ごとだけでは上手くやっていけない。清濁あわせ持つコトが肝要。アナタはそれを誰よりも知っていたハズですよ。一体どうしたというのです。……まさかとは思いますが、あの秋神に感化されたとでもいうのですか?」
ようやく文が、重々しく口を開きます。
「……私は、ケジメをつけたいだけです。自分自身に」
「……やれやれ。……まったく、アナタには失望しましたよ。射名丸文」
言いたいだけ言うと、典は去って行ってしまいます。
その後も文はうつむいたまま、じっとしていました。
途中で椛がやってきて、何度か文に話しかけましたが、その間も彼女は一切口を開きませんでした。そして。
「……文。顔を上げなさい」
声に気づいた文が顔を上げると、そこには彼女の上司である飯縄丸龍の姿がありました。
「……龍さま」
龍は困惑した様子で文に言います。
「……いったいどうしてしまったというんだ、お前は。こんなコトをするヤツではなかっただろうに」
「……すいません。龍さま」
「……文。一度しか言わないからよく聞け」
龍は咳払いをすると彼女に告げます。
「……もし、今のうちに、もう一度思い直してくれるというのならば、今回の件は不問にしてやってもいいぞ」
「え……?」
「……もちろん私の権限による特別措置だ。……それだけお前は、我々にとって重要な存在というわけだ」
文は龍の顔をしばらく見つめていましたが、やがて意を決したように口を開きます。
「……龍さま。私は里に行って、今の里の現状を見てきました」
「……何?」
「……想像を絶する有様でした。その様子をとった写真は、私のカバンの中にあるので、ぜひ見て下さい。……龍さまならきっと分かってもらえるかと思います」
「……何が言いたいんだ」
「お言葉ですが、龍さま。今は河童と戦争なんかしている時じゃありません。もし、あの吸血鬼がこちらに牙をむいたら、ここも里のようになってしまいかねません。今は河童たちといがみ合うより、協力して紅魔館一派を叩くのが……」
「……そうか。わかった」
「龍さま……!」
「……文。どうやらお前は、考えを改める気はないようだな。ならば仕方ない……」
ハッと何かを悟った様子の文に、龍は冷たく言い放ちます。
「射名丸文! お前を謀反の罪で打ち首の刑に処す!」
更に追い打ちをかけるように付け加えます。
「処刑執行は明日の朝だ。それまで己の犯した罪を、ゆっくりと振り返っておけ」
そう言い残して、龍は去って行ってしまいました。
それからしばらく経ってから、バタバタバタと誰かが駆け寄ってくる気配が。
「射名丸さま!!」
血相を変えて走ってきたのは、椛でした。
「……どうしたのですか。そんな焦って」
「話を聞きました! ……そんな! どうして……!」
彼女は思わずオリの前で、ひざまづいてしまいます。
「……椛。落ち着きなさい。アナタらしくありませんねえ」
「ごめんなさい! 射名丸さま! ううっ……私がっ! 私がアナタのコトを報告したばっかりに……こんな……っ!」
涙混じりに告げる椛に、文は落ち着かせるように告げます。
「……椛。それは違いますよ。アナタは自分の任務を全うしただけです。職務に忠実で、とても結構なコトじゃないですか。私のコトならお気になさらず。なるようになっただけですから……。でも、ゴメンなさいね。アナタを裏切るような結果になってしまって……。そこだけは謝り……」
「いえ、違うんです! 射名丸さま! 私は任務のためになんかじゃなくて……。射名丸さまが、遠くに行ってしまいそうなのが怖くて……。それで……うううっ!」
「……椛。聞きなさい。アナタはただ職務を全うしただけなんですよ」
「……え?」
「なんたってアナタは、私の自慢の部下なんですからねえ? 私の部下が職務に私情を挟むなんていう、あまりにも幼稚で低レベルで子供じみたコトをするわけないですよねえ?」
「……こんな時でもそんなコト言うんですか……?」
「あら、イヤミにでも聞こえましたか……? それは心外ですねぇ。私は心の底からアナタを褒めているというのに……」
そう言って文は、意地悪そうな笑みを、にやっと浮かべます。
思わず椛は、むっとした様子で、何か言い返そうとしますが、思いとどまると
「それでは、失礼しますっ!」
と、言って一礼し、そのまま足早に去ってしまいます。
文はその様子を、何度もウンウンと
「……私の犯した罪か。そんなの数え切れないわね……」
彼女は自嘲気味な笑みを浮かべ、思わず虚空を見つめるのでした。
□
さて、一方そのころ、静葉とにとりは、みとりを探して河童の住処を歩き回っていました。しかし、思い当たるところを手当たり次第探したものの、彼女は見つかりません。
仕方なく二人はとりあえず喫茶店で、休憩するコトにしました。
きゅうり味のコーラなるものをたしなみながら、憩いのひとときです。
「……そういえば、あなたのお姉さんってどういう人物なの。普通の河童と違う感じがしたけど」
「……姉貴は、ワケあって普段は地底に住んでるんだよ。まさか地上に来ていたとはね……」
「ふむ。何か理由があったのかしらね。例えば、長官に呼ばれたとか」
「その可能性はある。っていうのも姉貴は、機械に関する知識は私より上なんだ。そんな逸材をあの長官が放っておくわけがない。……でも、見たところあの工場にはいなかったんだよなあ……」
「そうね。いたらすぐわかるものね。あの赤い髪は遠くからでも目立つし」
「……と、なると、もしかして地底に帰ってしまったのかな?」
「その可能性もあるけど、とりあえずもう少し探してみましょう。それでいなかったら、今回は諦めましょうか」
「……そうだね」
「……ところでにとり」
「何だい?」
「……このジュース、まずいわね」
思わず顔をしかめる静葉に、にとりは言い返します。
「なに言ってんだよー!? これ以上に美味しいジュースはないよ!?」
「……そうなの」
「そうだよ!? 爽やかな炭酸に加えて、まるでとりたてのキュウリのような、このみずみずしいフレーバー! このうえないベストマッチじゃないか!? まるで、奇跡と偶然、太陽と月! どこをどうとっても完全無欠のドリンクだよ! こいつの美味しさがわからないなんて……。静葉さんもまだまだだね!」
などとまくしたてながらにとりは、そのジュースをあっという間に飲み干してしまいます。
「……ふむ、種族の違いってものは、かくも大きいものね」
と、静葉も一人で勝手に納得して、とりあえずそのドリンクを飲み干すのでした。