夜明け前の天狗の住処にある大広場。
多くの天狗達で集まる
見物人に囲まれながら、うつむいている彼女の前に典が現れます。
「……まったく。アナタは本当に愚かですね。何が自分のケジメをつけるですか。こうなるコトは分かっていたでしょうに……」
典の言葉に、文はうつむいたまま答えます。
「ええ。わかっていました。……でもそれでも、望みを捨てきれなかった。龍さまにきっと通じると……」
「……で、その結果がこのザマというわけですか……? まったくブザマ以外の何モノでもない」
呆れた様子の典に文は呟くように言います。
「……私は龍さまを信じる」
「……やれやれ。この期に及んでまだそんなコトを言えるとは、大したものですねえ。呆れを通り越して、むしろ尊敬に値しますよ」
鼻で笑う典に、文は真面目な表情で告げます。
「……私は里の現状を見てきたんです。今は天狗や河童がいがみ合っているときじゃない。それは龍さまにもきっとわかってもらえるはず」
「……ふーん。それじゃ、なんですか。アナタはまさか、天狗と河童で手を組めとでも……?」
「ええ、できるなら、それが一番、理想的ですね」
「……そんな夢物語を語っている場合ではないでしょうに……。アナタはこれから処刑される身なんですよ? ……まったく」
典はふうと息をつくと、急に真顔になって文にたずねます。
「……あなた怖くないんですか? 死ぬのが」
典の質問に文は、はっきりと答えました。
「ええ。不思議なコトに本当に何も恐怖を感じないんです。無の境地というか。これが、これから処刑を受ける者の心境というものなのでしょうかね」
そう言って、ふっと笑みすら浮かべる文に、典は不敵に笑って言い放ちます。
「……ふむ、そうですか。……ならば、己の運命を変えてみなさい。射名丸文。……出来るものならね」
「え……?」
思わず文は典の方を見ますが、彼女はそのまま、こーんこーんと去って行ってしまいました。
□
同じころ、龍は椛から鬼が襲撃に来たコトを聞き、総大将に報告に来ていました。
総大将は珍しく焦りの色を見せる彼女に告げます。
「……龍。何一つ焦る必要はない。例え、多少の犠牲が出ようとも我々は成すべきコトがある。それが種族の宿願ではなかったのか」
「はっ! ……ですが、しかし」
「……どうした」
「……我々は本当に正しいコトをしているのでしょうか。今、河童と争うコトが果たして正解なのか……」
「……龍。お前の部下の射名丸文の処刑が、もうすぐだったな」
「……はい」
「一つ聞くが、わざわざ公開処刑を選んだ理由は」
「……はっ! 見せしめのためです。裏切り者の末路はこうなるというものを種族に伝え、種族の団結力を高めるための」
「後悔はないか」
「……はい。それが、我が種族のためとなるのならば……」
「そうか……。ならば、お前にある使命を与える。ちこう寄れ」
「はっ……」
龍が言われるままに、
「……飯縄丸龍。おまえが射名丸文の処刑を執行しろ」
「な……っ!?」
総大将の思いがけない言葉に、龍は思わず言葉を失ってしまいました。
□
さて、そのころ、穣子、ヤマメ、お燐、勇儀の四人は、天狗の住処の近くの森で車座を組み、作戦の立て直しを図っている最中でした。
「……作戦の練り直しったってどうするのさ?」
「大丈夫。あたいにいい考えがある!」
そう言ってお燐は、ウインクをします。
「……それ大丈夫なのか? 何かフラグのような……」
「……ま、話を聞くだけ聞いてから判断しても遅くはないだろう。あまり悠長にやってると夜が明けてしまうが」
勇儀は落ち着いた様子で、盃に口をつけます。酒クサいです。
「そーそー。お燐はウチの姉さんみたいに、頭回るみたいだから信用できるわよ」
穣子はそう言いながら、寝そべって干しイモをかじっています。
……ってアナタそれどっから取り出したんですか。
「おいおい……。なんなんだよ? 酒飲んだり、芋食ったり、この緊張感のなさは……。とてもこれから敵地に乗り込むって感じじゃないぞ!?」
まわりの様子に思わずため息をつくヤマメ。……その気持ちよくわかります。
「はっはっは…! 何事にも余裕ってのは大事なのさ。クロマメさんよ」
「ヤマメだよ!?」
「……さて、それじゃあ、さっそくだけど、その前に確認したいコトがある」
「っていうと……?」
「まず、そもそもあたいたちの殴り込みの目的はなんだい? ヤマメ」
「ええと……。天狗に一泡吹かせるだっけ?」
「もちろん、それはそうなんだけど、具体的に何をすれば目標達成になるかって話さ」
「目標達成……。ああ、そういえば、きちんと決めてなかったような……」
「そう。まず、そこからなんだよ!」
お燐が二人にそう言い放つと、それまで酒を飲んでいた勇儀が口を開きます。
「……おいおい。マジかよ? そんなコトも決まってなかったとは呆れたもんだな。殴り込みって言うくらいだから、てっきり敵のカシラを叩きにいくんだとばかり思っていたが」
「いや、本来それが一番ラクなんだけどねえ。……でも、その、なんていうか、後々のコトを考えるとそうもいかなくて……」
「……ふーん。なかなかフクザツな事情があるようだな」
「……ああ、実はあたいらとしては、最終的に天狗と河童で同盟を組ませようと思っているんだ」
「ほう、それはまた難儀な……」
「え……っ!?」
「んぐっ……!?」
驚きのあまりに穣子は、干しイモをのどに詰まらせました。
「んぐぐぐぐーっ!?」
「おいおい。神さま、大丈夫か……?」
心配した勇儀が背中を叩いてあげますが、どうやら力が強かったようで、その一撃で彼女は今度は気を失ってしまいました。
まったく世話の焼けるイモ神です。
三人は、もう穣子のコトはほっといて話を進めるコトにしました。
「……ねえ。それ、私、聞いてないんだけど!?」
「……ああ、そういえば。おまえさんたちに言うの忘れてたね!」
そう言ってペロッと舌を出すお燐。
「いや、言ってくれよー! 大事なコトじゃん!? 根本的なコトじゃん!? 私たち仲間じゃん!?」
「いやー。スマンスマン。ともかく、そういうわけなんだ。だから出来れば天狗の総大将にあって、可能ならば話が出来ればと思っている」
「……ふむ。そうなると、この中で一番、弁が立ちそうなオマエさんが行くのがいいだろう」
勇儀の言葉にお燐は頷いて返します。
「ああ、そのつもりだよ。でも、さすがに心細いんで、出来ればもう一人欲しいところだけどねえ……」
「それなら……。そこで伸びてる神さまがいいんじゃないか? 彼女は、天狗でも河童でも鬼でもないだろ」
「おお! 名案だよ。勇儀! 戦力的にはちょっと心細いけど、立場的にはうってつけだ!」
その時、ちょうど穣子が起きます。
「……ん? あれ? 私、何を……」
「よし! 穣子。頼んだぞ!」
「え……?」
「穣子! お願いするよ!」
「は……?」
「責任重大だぞ。秋神さん」
「ふぇ……?」
ワケが分からない様子で、生返事を繰り返す穣子ですが、もうすぐ夜明けを迎えます。もうノンビリはしていられません。
「……よし! これであらかた作戦も決まったね! そろそろ行くよ!」
「よーし! 殴り込みだ!」
「な、なんかわかんないけど、やってやるわよー!」
「天狗とやり合うのは久々だな。腕が鳴るねぇ!」
四人はエイエイエイオ-と声を上げると、朝日が昇りつつある天狗の住処へと向かっていくのでした。
さあ、いよいよ戦いの幕開けです!