その少し前のころ。龍と勇儀の弾幕合戦を観覧していたお燐たちは。
「……ん? なんだか雲行きが怪しくなってきたようだね」
「ほんとだ。なんか、ひと雨来そうじゃん?」
「……もうさあ、引き上げた方がいいんじゃないのー? ねえ、お燐、ヤマメ」
お燐は、しばらく上空の雲を眺めていましたが、何かをハッと思い出したかのように二人に告げます。
「……ちょっと、あたい出かけてくる!」
「えぇっ!?」
「大丈夫! すぐ戻るから、二人とも勇儀と一緒にテキトーなところに避難しててくれ」
そう言い残すと彼女は、どこかに飛んでいってしまいました。
「ちょっと!? テキトーなところって言われても……。ドコよ!?」
思わず困惑する穣子。と、そのときです。ポツリポツリと空から雨が。
「うわっ……。ちょっと、降ってきちゃったじゃないのよー。ねえ、ヤマメもう帰るわよー!?」
しかし彼女は、まだ二人の戦いに夢中です。
穣子はため息をつくと、うらめしそうに思わず空を仰いでしまうのでした。
□
さて、現在に戻って、屋敷の謁見の間。場の様子をあざ笑っている典に、静葉が言い放ちます。
「どうやらあなたが諸悪の根源のようね。菅牧典。……あなたが天狗と河童、両陣営を裏で操っていた。あのとき言っていた内通者というのは。……あなた自身のことだったのね」
典は何も言わず、不敵な笑みを浮かべたままです。
「……いったいあなたは何を企んでるのよ」
すると典は仰々しく両腕を広げると、彼女に告げます。
「……ふふふ。悪く思わないで下さいね? 実は私には、ある『
「……それはどういうことよ」
すると典は、今まで見せたコトもないような、得体の知れない笑みを浮かべて言い放ちます。
「……まぁ、いずれ、わかりますよ? ……いずれね? 秋静葉」
「……!!」
彼女のオーラに静葉は思わず気圧されてしまいます。
「……さてと、それはそうと……。私、他にやることありますし、なんかいろいろと面倒そうなんで、ここはあなたに丸投げするとしますね。……あなたならなんとか出来るでしょ? 秋神さま。……では、あとはよろしくおねがいしますね」
「ちょっと待ちなさいよ」
しかし、言ってるそばから典は、高笑いをあげながら姿を消してしまいました。
「……ちっ。逃げたわね」
思わず舌打ちをして静葉が、ふと辺りを見回すと、依然として外では神奈子と諏訪子が、嵐の中でお互いののしり合いながら、ハデにドンパチやらかしてます。
とても簡単に止められる状態ではありません。しかし、彼女らを止めないコトにはこの場がおさまりそうもないのも事実。
にとりも文も、どうしていいか分からない様子で、オロオロしています。
(……仕方ない。こうなったら。……私も覚悟を決めましょう……!)
静葉がゆっくりと外へ向かって歩き出すと、それに気づいた二人が呼びかけます。
「……ん? 静葉さん、いったい何を……?」
「ちょっと! アナタまさか、あの中に割り込む気じゃ!?」
「……ええ、そうよ。たぶん、あなたたちが行ってもあの二人のケンカは止まらない。なら、ここは同じ神である私が行くしか……」
「いや、それはキケンだよ!?」
「静葉さん! やめてください!」
二人の制止を振り切って、静葉はハラをくくって外へ出ようとします。と、そのときです!
「待って! 静葉さん!!」
「……その声」
静葉が振り返ると、そこにはなんと毅然とした表情の早苗の姿が。
「……早苗」
思わず静葉は、彼女をじっと見つめます。
「……あなた、なんでこんなところに」
「ふー。やれやれ、なんとか間に合ったかい」
続いてお燐も姿を現します。どうやら彼女が連れてきた様子。
「早苗……。実は」
「大丈夫です。状況はあらかた理解しました」
「……あの二人を止められるかしら」
「はい。やってみます!」
早苗は外にキッと視線を向けると、そのまま戦場に近づいていきます。
「うわ。アイツ、一人で行っちゃったけど、大丈夫なの……?」
「ええ、大丈夫よ。きっと慣れてるでしょう」
しばらくすると弾幕音がおさまります。
「ほらね」
「ほえーすげぇー……!?」
「いやー。さすがですね……」
「……いやはや。あたいにはとても出来ない芸当だねえ」
一同、思わず感心してしまいます。ダテに普段一緒に住んでいるというワケではないというコトでしょうか。
外をうかがってみると、風雨のせいで声は聞こえませんが、早苗が神奈子と諏訪子に向かって何か言ってるのが見えます。
二柱とも頭を下げている様子から、どうやら彼女に叱られているようですね。いやはやなんとも……。
やがて三人は、ズブぬれのまま屋敷の中に入ってきました。
神奈子と諏訪子は、お互い顔を見ないようにしているところを見るに、どうやらまだ仲直りはできていない様子。
「ありがとう。早苗」
「いえいえ。こちらこそありがとうございます。静葉さん」
そう言ってペコリとお辞儀をする早苗。
「……さて。どうしたものかしらね」
静葉が神奈子と諏訪子を見やると、ともにバツが悪そうにしています。
早苗が呆れた様子で二柱……いや、もう、二人でいいかな。二人に告げます。
「……とにかく! 神奈子さまも諏訪子さまも、今後の身の振り方を考えて下さい! ここまでまわりを引っかき回して、どう収集つけるつもりなんですか!?」
「……いや、そうは言うがね。早苗。私たちにだって
そう言いながら頭を抱える神奈子。すると……。
「どうせさー。やろうとしているコトは同じなんだから、上手くそれぞれ調整すればいいだけの話だったんだよ。それなのにコイツときたら少し神の威厳を見せるために! とかなんとか言い出して……。天狗側にちょっかいなんか出しやがってさー」
と、両手を地につけたカエルポーズの諏訪子が、思わずぼやきます。
「そう言うオマエだって人のコト言えたクチかい? 河童に攻め入る口実が欲しかったとか言ってたくせに」
「だから、なんとかしようとしてたんでしょうよ!?」
「なんともできてなかったじゃないか!?」
「なにぃ!? オマエも人のこと言えるか!?」
「ちょっと二人ともやめてください!?」
早苗が
「……ふむ。お互いの言い分も分かるわ。ようは、かいつまんで言えば、天狗も河童も一枚岩じゃない、色んな考えを持った者がいる。その調整にお互いてこずっているうちに両陣営とも話がややこしくなったってコトなのよね」
「……まあ、早い話がそうだね」
諏訪子がコクコクとうなずきます。すると静葉は二人に言い放ちます。
「それなら、もう、あなたたち。……さっさとくっついちゃえばいいじゃないの」
「な、なんだと?」
「そ、それはどういう……」
思わず動揺する二人に静葉は付け加えます。
「同盟って意味で」
「あ、そういうことね。びっくりしたー……」
「いや、だが、そうは言うがな。秋神よ。そんなコトしたら……」
「……ええ。確かに反対派が何をしでかすか分からないでしょうね。……でも、今はそれよりも、紅魔館という共通の脅威を何とかするということに、専念するべきじゃないかしら。……それに」
静葉は、にとりと文の方をチラリと見やります。
「幸い、ここには天狗と河童が両方ともいるわ。いざと言うときは、この二人に活躍してもらえばいいのよ」
「……え? どゆこと?」
意味が分からず、ポカンとしているにとり。
対して文は、どうやら意味を受け取ったようで手をポンと叩いて告げます。
「ああ、つまり私たちが、反対派を説得するというコトですか」
「え゛っ!? マジで言ってんの!?」
思わず焦るにとり、すると静葉が耳打ちをします。
「……大丈夫よ。その時はあなたのお姉さんにも協力してもらうから」
「あ、おっけ。それなら大丈夫!」
にとりはすぐさまオーケーサインをつくります。まったく変わり身の早い河童です。
「……さて、お二人とも。これでどうかしら」
静葉の問いに、諏訪子はちらっと神奈子を見ます。神奈子は、アゴに手をあてながら、思案ありげに答えます。
「……ふーむ。いいのはいいが。しかし、それだと二人はヨゴレ役になってしまうじゃあないか? オマエたちはそれで……」
「ああ、私のコトでしたらお気にせず。なんならイザというときは、龍さまや椛も巻き込む所存ですので!」
「私も平気さ! なんにせよ、追放されるよりは、はるかにマシだからね!」
と、二人があまりの笑顔で言うもんで、神奈子は思わずふき出してしまいました。
「……ふっはっはっは!! ……こりゃ、どうやら、私が少々気をつかい過ぎていたのかもしれないな!」
「そーそー。アンタはいつも考えすぎなのよ!」
「そういうオマエは、もう少し気をつかうことを覚えたらどうだ?」
「はいはいはい! 二人とも! それで! これからどうするんですか!?」
早苗の言葉に神奈子は、再びアゴに手を当てて答えます。どうやらクセのようです。
「……うむ。そうだな。静葉の言うとおり、まず天狗と河童で同盟を結ぼうじゃないか。諏訪子」
「おっけーいいよー。そして一緒になって紅魔館のヤツらを叩くってワケね!」
「ああ、そうだ! 私たちは引き続きお互いの指導者のまま、指揮をする。そしてコトがすべておさまったら身を引くとしよう」
「そうね。私も天魔のヤツと、もともとそういう約束だし。いいよ! じゃ、それで決まりってコトで!」
二人のやりとりを見ていたにとりが、思わずつぶやきます。
「……な、なあ? コレって、仮にも天狗と河童のトップ同士の会談なんだよね? ……いいの? 歴史が変わるかもしれないような瞬間が、こんな軽いノリでさ……」
「……あら、にとり。歴史が変わる瞬間なんて、昔から案外こんなものなのかもしれないわよ」
そう言って静葉は、ふっと笑みを浮かべました。と、そのとき。
「……いやー! さすがだね。まかせて正解だったよ」
今まで様子を見守っていたお燐が、そう言って拍手しはじめました。すかさず静葉が彼女に告げます。
「そう言うあなたこそ素晴らしいわ。あなたが早苗を連れてきてくれたから、なんとかおさまったのよ。ファインプレーってやつよ」
「……ああ、あの上空の黒雲を見て、イヤな予感がしたのさ。もしかして長官さまが、じきじきに来たんじゃないかって。それで神社に行ってこいしさまにお願いして、無理矢理にこの子を引っ張り出してきたんだよ」
すると早苗が、告げます。
「……本当は、勝手にここに来てはいけなかったのでしょうけど、それ以上に神奈子さまと諏訪子さまが心配だったんです」
「あら、あの二人を心配って……」
静葉が不思議そうにたずねると、早苗は笑顔で言い放ちます。
「はい! 二人が顔合わせたら、絶対大ゲンカになると思ってたので!!」
「ふふっ。なるほど。たしかにね」
そう言って思わず苦笑する静葉。
「……まあ、あたいとしては、これ以上この子が、悲しむ姿を見たくなかったってのもあったけどね。そりゃあ、身内が幻想郷を揺るがすような事件の張本人だなんて誰だってイヤだろうよ」
「……でも、もうこれで大丈夫です。本当にウチの二人が、ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございません」
「まあまあ、気にするなって」
「そうですよ。まあ、色々ありましたけどなんとかなったので」
「そうね」
と、ここでお燐が思い出したように一言。
「あ、そういえば……。一つオマエさんたちに謝らなければいけないコトがあったんだ」
「あら、何かしら」
「……実はオマエさんたちに、総大将と長官の正体を教えるのを忘れてしまっていたんだよ」
「……あら、あなたは知っていたの」
「ああ、早苗から聞いていたんだよ。コトの
「そうだったの。……ま、なんとかなったからいいけどね」
するとすかさず、にとりと文の目の色が変わります。
「いやいやいやいやー!? よくないですよ!? 知ってたんなら最初から教えて下さいよ!?」
「そーだよ!? 私ぁびっくらこいたよ!? 尻子玉飛び出るかと思ったよ!?」
「いやー。ホント申し訳ない申し訳ない!」
二人に責められ思わずペロッと舌を出すお燐。案外うっかりさんのようです。
その様子を見て静葉は思わずフッと笑みを浮かべます。
「さてと、これから忙しくなるわね……」
そうつぶやいて静葉は、その場にいる人たち一人一人に眼差しを向けます。
ふと、気がつくと、外はいつの間にか柔らかな日差しが戻り、天狗の住処一帯を暖かく照らし出していました。
――その後、河童と天狗による同盟結成の調印式が正式に行われ、ここに河童と天狗の同盟が誕生するコトとなりました。
両者のトップは引き続き、諏訪子と神奈子が姿を隠したまま務め、それに加えて、新たに特別顧問として、秋静葉が就任するはこびとなりました。
こうして、一時的とはいえ、妖怪同士が同盟を結ぶという、幻想郷の新たな時代が幕を開けるコトとなったのです。
次回で一章終了となります。