一方そのころ、静葉はというと。
「ん……。ここはどこかしら……」
目を覚ますと、そこはまっくらくらの闇の中でした。
わずかな天井の隙間から、かろうじて光が漏れてくるのが分かります。部屋は頑丈そうな石の扉で閉じられています。
どうやら、まことにザンネンな事に、つかまって牢屋に閉じ込められてしまったようです。
いったい、彼女はこれからどうなってしまうのでしょう?
「うーん。自力じゃ出られそうもないわね。まいったわ……。穣子たちは大丈夫かしら」
と、そのとき、扉の向こう側から、何やら話し声が聞こえてきました。どうやら近くに誰かいるようです。
静葉は、すかさず耳を扉にあてがいます。すると何やら聞き覚えのある声が。
「……なるほど、それではツチグモの妖怪と、秋神の片割れは逃がしてしまった。と」
「申し訳ございません。射名丸さま」
「まぁ良いですよ。……さて、椛。アナタは何も見なかった。誰もつかまえてこなかった。……そうですね?」
「はい。私は何も見ていません。ここにもいません」
「よろしい。それじゃあ、持ち場に戻りなさい。……さてと、それじゃ私は、ここにいないはずの者に、会うとしますか」
声の主は、先ほどの白狼天狗の
「さて、お待たせいたしました。どうぞ、外へ」
扉の前には、涼しい顔で、うちわをあおいでいる文の姿がありました。
静葉は、文にうながされて部屋の外の椅子に腰かけます。
「まったく、ずいぶんなおもてなしじゃない。尋問でも受けるのかと思ったわ」
「ふふ。申し訳ございませんね。本来なら私としても、こんな手荒な真似はしたくないんですが、何ぶん、上の監視がきついもので……」
「ま、天狗の社会がそういうものなのは理解してるわ」
「そう言ってもらえると助かりますよ」
「……さて、文。あなたにいくつか聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「ええ、いいですよ。私でお力になれるコトがあれば」
おや、意外にも友好的な態度。
ここは情報ツウの彼女にいろいろ聞いておいた方が良さそうです。
「それじゃ、この幻想郷の現状について。三つ巴になってるって言うけど、詳しい話を教えてくれないかしら」
「ふむ、改めて現状を確認したいと言うコトですね。実にアナタらしい。いいでしょう。それじゃ、まずは私たち、天狗と河童の関係から。恐らくご存じかと思いますが、幻想郷のバランスが突如崩れた『あの日』をきっかけに、元々ナワバリ争いをしていた河童たちとのイザコザが、本格的になってしまったのです」
そう言いながら文は、机の上から新聞を取り出して静葉に見せました。
新聞には『
どうやらこれは、イザコザのきっかけとなった事件の記事のようです。
「へえ。先に手を出してきたのは、河童たちなのかしら。だとしたら、かなり意外ね。河童は基本的に臆病だし、天狗に逆らうとは、とうてい思えないんだけど」
「鋭い指摘ですね。そう、実際はこれは天狗側の自作自演です。河童たちに攻め入る口実が欲しかったんですよ。この新聞は天狗たちの士気を高めるために仕組んだものです。ちなみにこの件は我々の間でも、ごく一部の者にしか知らされてないので、くれぐれも御内密に」
「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。プロパガンダってやつね。じゃ、結局はあなたたちが元凶ってことなの」
「いえいえ、河童たちも天狗に攻め入る気はあったらしいので、一概には言えない所もありますね」
「どっちもどっちってことね。それにしても、河童もやるものね。鬼でも味方につけたのかしら」
「うーん。それはなんとも言えませんね。と、いうのも、今回の件以降、向こうの情報が完全にシャットダウンされてしまってるんです。今の河童の住処の中の様子は、この私でさえわかりません」
「つまりは向こうも本気ってことね」
「ええ、いずれにせよヤツらの動きは、今後要注意です」
「じゃあ、次は紅魔館一派のことなんだけど、レミリアだったかしら。彼女らも何かやらかしてるの」
「やらかしてるもなにも、アイツらが、三大勢力の中で一番最悪といって良いでしょうね……!」
文は、そう吐き捨てると、思わず顔をしかめます。これはよほどのコトをしている様子。
「コトもあろうか、ヤツらは里の人間に手を出し始めたのです。君主であるレミリアとその妹のフランドール、吸血鬼であるあの二人は己の力を維持するためには人間の血が大量に必要。そこで里に攻め入り、人間たちを捕まえて自分たちの養分にしようと、館に閉じ込めてしまったのです」
「まあ、なんてことを。それは黙っていられないわね」
「あ、言っておきますが、彼女らには下手に手を出さない方が良いですよ? 確かに軍勢としては一番数が少ないのですが、あの姉妹、とくにレミリアがケタ違いの力なのです。それこそ、下手に暴れられたらこの妖怪の山はおろか、幻想郷自体が吹き飛びかねません。彼女は今回の異変の恩恵を一番受けた者の一人と言っていいでしょうね」
「やれやれ、どいつもこいつもってとこね。本当、困ったものだわ……」
静葉は、大元は自分の行動が全ての原因であるかもしれないというのは、すっかり記憶の彼方に消し去っていました。まったく都合のいい記憶力です。
「……まあ、天狗側としても彼女らに、いつまでも手をこまねいてるつもりはないみたいですけどね。ちなみに今の天狗のトップは天魔さまではなくて、総大将というお方が指揮しています」
「へえ。そいつはいったい何者なの」
「私も詳しくは分かりませんが、天魔さまが信頼するかなりの実力者のようですよ。態勢が整ったら総大将は紅魔館にも侵略されるつもりだとか」
「ふむ。そんなことになったら、かなり大きな戦になりそうね」
「ええ、きっとそうなるでしょうね。かなりの犠牲が出るかと。……出来れば、私としては避けたいモノですけどね」
「……ふむ。なるほどね。大体の現状はわかったわ。あとはそうね……。他の人たちはどうしてるのかしら。山の神様とか竹藪の医者とか寺と道教組とか地獄のヤクザとか」
静葉の質問に文は、手帳を開いて答えます。
「……他の者に関しては、あくまでも参考程度の情報にしかなりませんが、まず、山の神様たちは、今のところ何も動きがないようです。一説には逃げ出したとのウワサさえもありますよ。博麗の巫女に至っては、もう自らの手に負えなくなってしまって、ふて寝してるという話です。大方今ごろ、神社でヤケ酒でもあおってるんじゃないですか? 彼女がしっかりしてくれないと困るんですけどねえ。永遠亭の一派は、里で人間たちを守ってるようで、多分そこには
「ありがとう。おかげで色々分かったわ」
「ふふ。お力になられたようで何よりですよ」
「……さて、ところで文。あなたにも質問があるわ」
「はい……? 私に質問とは?」
「あなたは、果たして『どっち側』なのかしら」
「え……?」
思いがけない静葉の言葉に、彼女は思わず、きょとんしてしまいます。
「だって、あなたはこの争いには賛同してないんでしょう。あなたの会話の端々からは自分の立場はあくまでも天狗ですけど、私にとっては他人事です。みたいなスタンスを感じたわよ」
静葉の指摘に文は思わず苦笑いを浮かべます。どうやら図星だったようです。
「ふふふ……。まったく、アナタには敵わないわねぇ。ええ、そうよ。私は戦争に参加なんてしたくない。だからこうやってここで新聞を書き続けているのよ」
文は今までの仰々しい口調から、くだけた口調に変わります。いわゆる素の口調ってヤツですね。
「そう、たとえ嘘の記事でもなのね」
「……仕方ないのよ。こうでもしておかないと、私も戦力として借り出されてしまうもの。そりゃ、新聞が戦をあおる様な道具として扱われるのは私だって不本意の極みよ。そんなの私の記者としてのポリシーに反するもの。……でもこういう状況じゃ、そうも言ってられないのよ」
「そう。天狗って大変ね。色々しがらみがあって。……つくづく私、神さまでよかったと思うわ。こうやって誰にも束縛されずに、自由気ままに動けるんだもの」
静葉の言葉を聞いた文は、どうやら思うところがあったようで、それっきりうつむいて黙り込んでしまいます。
「……まったく。いつからあなたはそんなに、こそこそと上司をおびえるような小物になっちゃったの」
「……そんなの初めからですよ? ただ、アナタの前でそういう姿を見せてこなかっただけです」
「じゃあ、何で今はそんな、今まで見せなかった姿を私に見せてるのかしら」
「それは……」
「……ねえ、文。あなた本当は救いが欲しいんでしょう。今のがんじがらめな状況に対する救いが。私の知ってるあなたなら、とっくにこんな下らない事からは降りて、今ごろ自由気ままに飛び回ってネタ集めしていると思うんだけ……」
「いいかげんにしてください!!」
文が叫んだ瞬間、周りの空気がピンっと張り詰めたものに一変しました。
「……それ以上言うと、たとえ静葉さんと言えど容赦しませんよ……?」
「あら、私とやる気なの」
「ええ、割と本気ですよ」
文はうちわを構え、今にも襲い掛かってきそうな様子で静葉をにらみつけました。天狗特有の鋭く威圧するような眼差しです。
そう言えば、彼女は天狗の中でもかなり上の実力を持ってるはず。おお、怖い怖い……。
「……そう、じゃあ私もやらせてもらうわよ」
静葉も負けじと左手を文に向かって構えるようなポーズをとります。はて、大丈夫なのでしょうか……?
「ご存じかと思いますが、あの日を境に、今の妖怪の力は倍以上になっています。もちろん私も例外なく。いくら神さまといえど無事じゃすみませんよ?」
「ええ、結構よ、やりたきゃどうぞ」
「そうですか。後で恨まないでくださいね?」
文は冷たく言い捨てると、うちわを鋭くなぎ払います。
とたんに猛烈な突風があたりに吹き荒れ、テーブルも、椅子も、棚も、そして静葉も廊下に放り出されてしまいました。
うむぅ。なんという威力! こんな攻撃をまともに食らったらひとたまりもありません!
「……大した力ね。さすがに鴉天狗なだけはあるわ。並みの妖怪なら今ので既に勝負ありだったでしょう。ただし私は神さま。そんじょそこらの妖怪よりは頑丈よ」
「心配ご無用。次で決めますから」
そう言う文の周りには、なおも風が吹き荒れています。どうやら力をためているようです。
「……そう、じゃあ、あなたのその風、利用させてもらうわ」
静葉がふわりと手をかざすと部屋の中に突如、真紅の紅葉が集まりだします。そしてその紅葉の群れは、文の風に乗ってひらりひらりと舞い始めます。
「……なんの真似ですか?」
「桜吹雪と紅葉は風に舞うもの。あなたが風を起こせば起こすほど、その紅葉は舞い踊り、あなたの妖力を減らしていく。少しずつではあるけど確実に」
「ふん。こんなものこうしてあげますよ!」
そう言って彼女が気合一閃! うちわを振りかざすと、轟音とともに先ほどとは比べ物にならないような、暴風があたりに吹き荒れました。
静葉は再び吹き飛ばされてしまいますが、紅葉の群れは、その風の勢いを殺ぐように、ヒラリヒラリと文のまわりを舞い続けてます。これは、うっとうしい!
「……まったく小賢しいですね。実にアナタらしい」
「柔よく剛を制すとはこのことよ」
「そうですか。なら……。こうするまで!!」
そう言い終わる前に文は、目にも止まらぬスピードで静葉に突っ込んできました。そしてそのままイナズマのごとき蹴りが、静葉の体を貫きま……せん!?
「……えっ?」
なんと、次の瞬間、仰向けで倒れていたのは文でした。いったい何が起こったというのでしょう!?
「……文。あなたは勘違いをしてるわ。確かに私は戦闘は不得手。でも、だからと言って、護身術を持ち合わせていないほど間抜けじゃないわ」
「……なるほど、『やわら』ですか。……これはウカツでした」
「言っておくけど、心が不安定な今のあなたになら、たとえ弾幕ごっこでも負ける気はしないわね」
そう言いながら静葉は、吹っ飛んだ椅子やテーブルやらを、律儀に元の場所に置き直し始めます。
文はボーゼンと放心状態でそれを見つめています。静葉が彼女に告げます。
「……文。私はこの世界を元に戻すつもりよ。そのためにはあなたの力が必要なの。ぜひ力を貸してくれないかしら」
しかし、静葉の問いに文は答えず、例の部屋へ入ると、重い扉を閉めて中に閉じこもってしまいました。
その様子を静葉は、笑みを浮かべて見やると、床に散らばった新聞に目を通し始めます。
そのまま二人は一夜を明かすのでした。