永琳は、フッと笑みを浮かべると、ゆっくりと語り始めました。
「……そもそもの発端は、鬼人正邪、少名針妙丸。あの二人がこの『幻夢鏡』を手に入れたことだったわ。『幻夢鏡』は、現実と夢の世界を自由につなげる魔具で、持ち主の夢が現実になるというもの。本来なら夢の世界に存在するものだったけど、どういうわけかそれが現実世界にまぎれ込んできてしまったのよ」
「……そしてあの二人の元へってコトかい?」
「ええ。どういう経緯があってあの二人があの鏡を手に入れて、使い方を知ったのかまではわからない。……もしかしたら、直接夢の世界で手に入れたのかもしれないわね」
「夢の世界でだと? そんなことは……」
「あり得ないとは言い切れないわよ。慧音。前にも似たようなことあったでしょう? 夢の世界の住人が現実の世界に……」
「む。確かにそうだが……」
「……話を続けるわよ。正邪はもともと下克上を狙っていた妖怪。彼女は『幻夢鏡』の力を利用して、まずこの世界の妖怪だけの力を強くしたのよ。いわゆる『あの日』と呼ばれている事件ね。この日を境にして、幻想郷のバランスは大きく崩れてしまったわ。人間はもちろん、下手すれば一部の神よりも、妖怪は強大な存在となってしまったのよ」
「それにしても、彼女たちはなぜそんな回りくどいことを……? 最初から自分が支配者になるようにすれば、もっと手っ取り早かったでしょうに」
「……ええ、聖の言うとおりね。最初から自分たちが支配者となった世界にしていれば、もっと手早く野望は達成できていた。しかし、彼女らはそれをしなかった。……考えられるのは、恐らく彼女は鏡の力をまだ信じ切っていなかったのでしょう。それで鏡の力を試す意味も兼ねて、まず『あの日』を引き起こした。それともう一つ。彼女は、どうやら仲間を従えたかったというのもありそうね? ……典」
と、話を振られた典は、永琳のそばに来ると皆に語り始めました。
「ふふふ……。そうですね。彼女らは単に幻想郷を征服するのが目的ではなく、今まで下層にいた妖怪たちを仲間に集って反乱を起こした上で、この世界を転覆させようとしていたのです。と、いうのも本人いわく、そうしないと世界征服の達成感が得られないとのコトでしてね」
「なるほど。だからわざわざそんな回りくどいことを……。まあ、何とも業が深いですね……」
「……典には私が直接お願いして、いち早く正邪らのもとに潜り込んでもらったのよ。なるべくバレないようにしてもらってね」
「……まったく。大変でしたよー。なんせ、このコトを知っているのは私と彼女を含め、幻想郷でもごくわずかな者だけでしたからね」
「えーと。ごくわずかな者って……。例えば誰よ?」
「ああ。山の神たちとかですね」
「え!? アイツらは知ってたの!? 私たちには何も言わなかったわよ!?」
「そりゃそうでしょう。トップシークレットですし」
「ぐぬぬぬ……! 同じ神なのにぃ……!」
腑に落ちない様子の穣子に対し、典はニヤリと笑みを浮かべると、からかうように尻尾を振ります。
そのとき、それまで黙っていた静葉が口を開きます。
「……ふむ。つまり、まとめるとこういうことかしら。天邪鬼さんたちのせいで、妖怪の力が強くなり、天狗と河童のいがみ合いがはじまった。それを抑えるために山の神たちが動き出した。当然、あの二人は今回の異変の真相も知っていたが、神が必要以上に介入するのはよくないという神特有の考えのもと、とりあえず地上のイザコザのみに手を付けることにした。しかし、二人がそれぞれの妖怪の沈静化に、てこずっているうちにレミリアも動き出してしまい、いよいよ収拾がつかなくなってしまった。そのがんじがらめになってしまった状態をなんとか打破するために、竹藪の医者さんの命令で、あなたが裏で動いていたと」
「ふふふ……。そのとおりですよ、秋静葉。レミリアがあれだけ強大な力を手に入れてしまったのは本当、予想外でしたし、何よりリバースにとっても野望達成への大きな障害となってしまいました。それでリバースとしては当初、河童と天狗と紅魔館の三つ巴の争いに誘導させて、共倒れを狙おうとしたのです。まあ、途中から河童と天狗で同盟を結ばせる方向になったのは意外でしたがね」
すると、今度はさとりが口を開きます。
「……それは私が発端ですね。私は今の幻想郷の情報収集をお燐にずっとお願いしていました。何かあったときすぐ動けるようにするためにです。そして彼女が集めた情報により、地上が大変なコトになっているというのがわかりました。もし、レミリアが地上を征服したら次に来るのは恐らく地底。そうならないように河童と天狗で同盟を結ばせてレミリアにぶつけようと試みたのです。もっとも、あとから聞いた話によれば、山の神たちも同盟とまではいかなくても、お互いに協力態勢をとろうとは考えていたようですが……」
「そういえばそうでしたねえ。あたいは、はじめこの話を聞いたとき、なんて無茶なコトをしようとしてるんだろうと思いましたよ。さとりさま」
「……あの時は、それが最良の策だったのよ。お燐。私たちが直接地上に介入したら矛先がこっちにも来る。それにリバースのコトもあったから下手に動けなかった。アナタには本当に無茶をお願いしてしまって申し訳なかったわね」
「……ま、いいですよ。おかげさまで無事、目的は達成できましたしね」
そう言ってお燐はニッと笑みを浮かべます。すると永琳が再び語り出します。
「お燐もスパイとしてリバースの配下となってもらったわ。と、言っても、典やナズーリンよりもずっと後の話だけどね。何しろ彼女はさとりの命で色んな情報を集めていたので、元々顔が広かったのと、レジスタンスともつながりがあった。そんな彼女を利用しない手はなかったわ」
「いやー。あの時はすいませんでしたね。さとりさま」
「……あの時、永琳さんから事前に話があったときは、正直驚いたわよ。まさかアナタをスパイに送り込むコトになるなんて……。でも、あの時のアナタ、結構ノリノリだったわね」
「いやーあははは……」
と、苦笑するお燐をさとりはジト目でみやります。すると今度は慧音がナズーリンにたずねます。
「ああ、そうだ! ナズーリン! お前にもに聞きたいことがある」
「なんだい? 慧音。……ああ、もしかして裏切りについてかい?」
「ああ、そうだ。お前はいったい、いつからリバースと繋がっていたんだ?」
「いつからもなにも……。あのノートのとおりだよ」
「ノート……。我々が地底と手を組もうとしているところをレミリアに漏らしたことか?」
「いや。もっと前の話さ。なんだ、きちんと読んでないのかい? せっかく目立つところに置いておいたのに……。この様子だとぬえのヤツもきちんと伝えてないようだな……。まったく困ったモノだ」
呆れてため息をつくナズーリンに、聖が告げます。
「……あのノートは私が最初から最後まで読ませてもらいましたよ。ナズーリン」
「……ああ、そうか。なら私が改めて語るコトもないだろう。聖」
「……元々レジスタンスは地上の惨状を何とかしたかった私と、私と同じ意志を持っていた永琳によって結成されたものです。……そして私は寺の者たちもレジスタンスに引き入れました。もちろん、あなたも。……しかし、ナズーリン。あなたはレジスタンスに入る前からリバースの一員だったのですね?」
「……そのとおりさ」
「な、なんだと!? と、いうことは……」
「そうだよ。慧音。私は当初、リバースのスパイとしてレジスタンスに介入していたんだ。しかし、次第にリバースのメンツとウマが合わなくなってね。私は星にこのコトを打ち明けたんだ」
「……それで星はなんと言ってましたか?」
「『あなたが正しいと思うことをすればいいでしょう』と、さ」
「そう。実に彼女らしい……」
「そして考えた末に、永琳に話をして、はじめからレジスタンス側のスパイだったというコトにしたのさ。つまり、リバースを裏切ったんだ。……結果的にとは言え、旧地獄街道をあんなコトにしてしまったのは申し訳なく思っているよ。いくら計画のために必要だったとはいえね」
「……ええ、そうですね。あのレミリア襲撃による損害は極めて甚大でした。土地の地主として到底許せるモノではありません」
「……ああ、そうだろうね。私はいかなる罰でも受けるつもりだよ。地霊殿の主さん」
「……しかしですよ。ナズーリンさん」
「……ん?」
「旧地獄街道の復興活動を通じて、土地の支払いが滞っていたグータラ鬼たちを強制的に働かせるコトができました。そしてヤツらが働いて得た収入から土地代を徴収するコトも出来たので、今回は特別にチャラにしたいと思います」
「……な、なんだと?」
思わずあぜんとするナズーリンにさとりが告げます。
「ほとほと困っていたんですよ。どうしようもない鬼たちは本当にどうしようもないので。なにせ酒飲んで酔っ払って暴れるだけですからね。でもヤツら、力だけはムダにあるので、こういう仕事はピッタリだったんです。……いっそ、これからは時々、わざと街を壊してアイツらの働き口を作ろうかしら。なんてね」
「……さとりさま。そんなコトしたらまた、みとりが怒りますよ?」
「ふふふ。そうね。冗談よ、お燐」
二人のやりとりを尻目に、再び永琳が口を開きます。
「……今、本人が言ったとおり、ナズーリンは元々リバースの一員だった。しかし彼女から、レジスタンス側に入りたいと私にじきじきオファーがあったのよ。たしかに彼女は、裏切り者かもしれないけど、同時にリバースを内部から崩壊させるにはうってつけな人材でもあった。だから、思い切って彼女を受け入れることにしたの。リバースのメンバー情報の提供を条件にしてね」
「ああ、情報は逐一、星に渡していたよ。少しでもお役に立てていれば本望だ。それにしても、改めてお二人の寛大な処置。感謝するよ……。本当に申し訳なかったね」
そう言ってナズーリンは永琳とさとりに深々と頭を下げました。
すると静葉が再び話し始めます。
「神奈子たちの協力もあって天狗と河童になんとか同盟を結ばせることに成功し、更にレジスタンスとも協力してレミリアの打倒にも成功。そして最大の障壁だったレミリアがいなくなったことによって、ついにリバースがじきじきに動き出した。やつらはまず、地底を制圧し、地霊殿を拠点にして地上への侵攻をもくろんだようね。しかし、レジスタンスを筆頭に、その他の協力者が力を合わせてリバースを内外から壊滅させることに成功。そしてすべての元凶だった『幻夢鏡』も博麗の巫女が封印し『異変』は無事解決を迎えた。『異変』解決のために活躍したことで、彼女は巫女としての威厳を再び取り戻し、この世界の秩序も戻ってくることでしょう」
「ええ、きっとね」
「で、竹藪の医者さん」
「……なにかしら?」
「これらはすべて、あなたの計画通りだったってことでいいのかしら」
静葉の問いに永琳は、うっすらと笑みを浮かべて答えました。
「ええ。その通りよ。いくつか想定外の出来事もあったけど、概ね計画通りだったわ。天狗と河童で手を組ませて、レミリアを叩き、最後にリバースを内部から崩壊させる。そして霊夢にも『異変』解決のために活躍してもらうことで、この幻想郷に再び秩序を取り戻す。……それが私の描いた『壮大な計画』こと『プロジェクト・リバース』よ」
「プロジェクト・リバースだと……? なぜ、わざわざ敵の組織の名前を計画名に……?」
「慧音。リバースには二つの意味があるのよ。一つは文字通り、逆さまにするという意味。……そしてもう一つは、リ・バース。意味は……。あなたならわかるわね?」
「ああ。……再誕だな」
「そのとおり。今日のこの日をもって、幻想郷は文字通り生まれ変わったのよ! ……そう、新たなる幻想郷へと!」
そう言って両手を広げて微笑む永琳に、一同からは自然と拍手が起き起こります。
その様子を見ていた穣子は頭をかきながら、思わずぽつりとつぶやきます。
「……うーん。なんか、むつかしいコトはよくわかんないんだけどさー。よーするに、色んな人たちが色んな思惑で色んなコトをやったら、無事『異変』が解決したってコトでいいのかな?」
静葉は、ふっと柔和な笑みを浮かべて穣子に告げました。
「ええ。そういうことよ。穣子。あなたもよく頑張ったわね」