異世界転移
転移が完了する。
門が閉じられ、二人が地面へと降り立った。
「着いたみたいだね」
ご機嫌な様子である。
対して、なのははポカンとしていた。
まばたきを二回。
それから今の状況を飲み込んでいく。
「ってオイ」
転移してしまっていた。今、なのはは異世界にいる。
「何してくれてんねん!?」
あまりの出来事に関西弁となる。
すずかへ詰め寄るが、当の本人はどこ吹く風だった。
「何でこんなことを」
その疑問に対し、すずかは試すような言い方をしてくる。
「わからない?」
瞳を真っすぐと向けられる。
純愛と狂気が入り混じった視線がなのはを貫く。
視線の意味を理解する。
嬉しさと恐怖、その二つを同時に味わうことになっていた。
「いや、その、だとしてもよ」
こんな方法を取るべきではない。
誰もが思う正論である。
しかし、それを言うことができなかった。
月村すずかの想いは本物だった。
それはなのはにもよくわかった。
嘘偽りなくぶつけられたこともあり、痛いほどわからされていた。
それを知った上で考えると、この行動に出るのも納得が行った。
このチャンスを逃したらなのはと会う機会は二度と訪れない。それはすずかに想いを諦めろと言うのと同義である。
何を犠牲にしても叶えようとする強い願い。
それを否定することはできなかった。過去、なのはも自分の思いを貫くために行動したことがある。
自らの願望のために行動したすずかと、自分以外のために行動したなのはでは違いがあるかもしれない。
しかし、正論だけが人の行動を決めるわけではない。そのことを今までの経験で良くわかっている。そのためなのははすずかを強く責めることができなかった。
それになのはを手に入れるならこの方法がベストでもあった。
今なら誰にも邪魔されない。なのはは独りである。
自らの願望を叶えるなら、これほど理想的な状況はなかった。
「じゃあ、行こうか」
思考は目まぐるしく回っていた。
すずかに話しかけられたことにより現実へと引き戻される。
「行くってどこに?」
「私の家だよ」
「なんで?」
「行くところないでしょ?」
「おまえのせいでな」
言葉には遠慮がなかった。
けれどすずかは嬉しそうだった。むしろ距離が縮まったと感じていた。
「ごめんね。ちゃんとお世話するから」
すずかの視線がなのはの体を這っていく。下から上まで舐めていくようだった。
なにやら淫靡な雰囲気を感じ取る。
危険信号が鳴る。
なのはにとって初めて感じる種類の危険だった。
すずかが歩き出す。
このまま付いて行っても大丈夫だろうか。
そんな不安に駆られる。
どうにも動けずにいたとき、誰かが向かってくるのが見えた。
かなりの速度である。人目を気にする余裕がない飛び方だった。
少女が降り立ち、駆け寄ってくる。
「すずかちゃん!」
思いっきり抱きつく。
その少女は高町なのはだった。
正真正銘のオリジナルなのはである。
「無事で良かった!」
「ごめんね、なのはちゃん」
「もう会えないかと思ったよ」
泣いていた。大切な友達が戻ってきてとても喜んでいた。
感動の再会である。祝福してあげたい気持ちはあるが、これはチャンスでもあった。
静かに後ずさる。
そして飛び立とうとしたときだった。
「ダメだよ」
右腕が氷結する。
なのはの真横には大きな氷の壁が出来上がっていた。氷が地面に固定され身動きができなくなってしまう。
「おいおい、容赦ないな」
「絶対に逃がさないから」
「え? え? す、すずかちゃん?」
すずかがスノーホワイトを取り出す。
「なのはちゃん、少し待ってて。あの子困ってるの。助けてあげなきゃ」
「よく言うぜ」
どの口が言うのかと悪態をつきたくなる。
だが文句を言ってても始まらない。今は現状の打破が最優先である。
「心配しなくても大丈夫だよ? 痛いことしないし、欲しいものがあれば手に入れてあげる。わたしにできることなら何でも叶えてあげる」
「至れり尽くせりだな。じゃあ帰りたいって言ったら?」
「それは無理。わたしの家に帰りたいってことなら何も問題ないけど」
「問題しかないな」
握りこぶしを作る。
そして氷の壁を打ち砕いた。
『Divine Sword』
黒剣は使わない。いざとなれば使用するが、殺傷能力が高すぎるため今の段階では使わないに越したことはない。
「しばらくは首輪が必要かな」
「餌代かかるぜ? 親に相談してからのほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫、一族に迎え入れるって言えば認めてくれるよ」
何を言っても無駄だった。
残された道は戦いのみである。
なのはとすずか。
両者の視線が重なる。
次の瞬間には剣と槍が衝突していた。
「すごいね。思いっきり力を入れても大丈夫だなんて」
なぜだか声色は楽しそうだった。
(くそっ。やっぱ単純な力比べじゃ不利か)
すずかの怪力によって少しずつ押し込まれていく。
「誰かと全力で遊べる日が来るなんて思いもしなかった。君といると楽しいことばかりだよ」
「それは良かったな。俺も月村といると刺激が尽きないよ」
「ドキドキする?」
「ある意味な」
槍を滑らせる。
そのまま回転し、一文字切りへ繋げる。
すずかが空中へと逃げる。
空で制止する。下を確認するが視界になのははいなかった。
どこに行ったのかと周りを確認する。
背中から気配を感じ取る。
なのははすでに背後に回っていた。
実のところ、もはやすずかは相手ではなかった。
膂力や魔力量では上回っているかもしれない。しかし、圧倒的に戦闘経験において差があった。
初見であればすずかにも勝ち目はあった。しかしながらすでに情報は抜き取られている。
今の時点において一対一での勝ち目は薄かった。
ディバインソードがすずかを襲う。そうして攻撃が届くかと思えたときだった。
『三時の方向、来ます』
砲撃が向かってくる。
目標を変更し、ディバインソードで迎え撃つ。
(重っ!)
凄まじい威力だった。
速くて重い。だがそれ以上に目を張るものがあった。
「ぐっ!」
剛力をもってしてもそう簡単に打ち払うことができない。
油断すれば一気に飲み込まれてしまう。術者の性格を反映したかのような一撃だった。
真っすぐで一途な気持ち、頑固と言い換えてもいいような砲撃だった。
「ごめんね、でも、すずかちゃんが傷付くのは見過ごせない」
撃ったのは高町なのはだった。
バリアジャケットを展開し、なのはが使えなかった砲撃を撃ってきていた。
ようやく砲撃が止まる。
なのはは痺れた手をほぐすように振っていた。
「何か事情があるなら聞かせてほしい。だから」
まっすぐな瞳に固い意思。
眩しいほどの善人がそこにいた。
「お話、してくれるかな」
どこからその思いが来るのかなのはには理解できなかった。
(知り合いならともかく、見知らぬ俺の話を聞く必要はないだろ)
なのはであれば関わらないか、害がありそうなら斬るだけである。
(いや、月村の知り合いだからか。それなら話を聞くぐらいはするか)
納得できそうな結論を出して思考を打ち切る。
「少し一人で考えたいんだ。後でいいか?」
「それも一緒に考えよ。一人で悩むべきかも二人で一緒に考えたほうがいいと思うの」
堂々巡りだった。
どう転んでも話し合いに持ち込みたいらしい。
(俺ってこんなに頑固だったっけ?)
自分を見つめ直すいい機会でもあった。
またオリジナルと自分自身の違いについても考える。
まず一番の違いとして砲撃魔法を使うことができる点である。
それも実戦で活用できるレベルの魔法だった。
近接戦闘は得意ではなさそうである。
男女の差と言ってしまうと元も子もないが、筋肉の付き方からして肉弾戦は主としていないように思えた。
そして何より頑固である。
負けず嫌いなところは一緒な気がするが、あそこまで意固地かと言われると違うような気もしていた。
(結構違いはあるもんだな)
思考もそこそこにしておき、二人の少女と対峙する。
(二対一か)
一対一であれば負けはない。
ただ複数人が相手となると話が変わってくる。
(近接が月村、中距離から遠距離がアイツか。逃げるのは難しそうだな)
前衛と後衛の組み合わせは厄介である。
これが二人とも前衛だったら楽であった。近接はなのはの独壇場である。二人が相手であろうと負けるようなことはない。
「すずかちゃんも後で話聞かせてね」
「うん、ごめんね。後でちゃんと話すから」
二人の間には信頼があるためか、この場で問い詰めるようなことはしなかった。
ただ一言交わすだけで十分だった。
戦闘が再開される。
予想通り、すずかが近接を担い、高町なのはが援護射撃を行っていた。
すずかと衝突する。
鍔迫り合いをすると横から魔力弾が飛んでくる。
足を止めるのは得策ではなかった。できる限り立ち止まらず、動き続けるのがベストである。
なのだが、なのはは立ち止まることを選択した。
再びすずかとの押し合いが始まる。そこへディバインシューターが向かってきていた。
奇策というにはお粗末だが、この魔力弾を利用することにした。
側頭部まで迫った弾を裏拳で弾く。弾かれた弾はそのまますずかの顔面へと向かった。
避けることなど不可能。
ほぼゼロ距離であるため普通であれば必中である。
だが躱す。
驚異的な身体能力だった。
「ちょっと痛いかもだけど、勘弁な」
思いっきりディバインソードを振り下ろす。
スノーホワイトで受け止める。受けるしか手段が残されていなかった。もしすずかが訓練された人間であったならば、万全な体勢で受けることができただろう。
ここでも戦闘経験の差と、訓練を受けたことのある人間の差が出ていた。
崩れた体勢では力が入らなかった。すずかがそのまま地面へと叩きつけられる。
「すずかちゃん!」
高町なのはが安否を確認しに行く。
「いてて」
「大丈夫?」
「うん、平気だよ」
「良かった。後は私に任せて休んでて」
「大丈夫だよなのはちゃん」
「ダメ!」
「う……」
子どもを叱りつけるように言い放つ。
ただでさえ、すずかがいなくなって今の今までずっと気を揉まされていた。
そこにケガの心配も出てくる。
一度も攻撃をもらわなければ黙っていたかもしれないが、もうこれ以上は許容できなかった。
親友の気迫に押し負ける形となり、すずかは強制的にベンチ入りとなった。
高町なのはが上がってくる。
その顔は少しだけ怒っていた。なんだか悪いことをした気になってくる。
「怒ってる?」
「ちょっとだけ」
「そっか……ごめんな」
「謝るならすずかちゃんに謝って」
「それもそうか」
さっきより顔つきが優しくなる。
話が通じない相手ではないと認識したのだろう。
「謝る気があるなら話を聞かせてほしいの」
「仕方ないな」
「……いいの?」
「嘘」
ほっぺたが膨れていた。
しかも怒っているためかちょっと赤い。
それを見てなのはは楽しくなっていた。
(妹がいたらこんな風にからかっていたのかな)
ありもしない現実を思い浮かべる。
もしそうだったら寂しくもなかったかもしれない。
なんて思いにふけっているところへ魔力弾が飛んでくる。
心なしか攻撃に感情が乗っていた。
上に飛んで逃げる。
弾がその後を追ってくる。
(追尾弾か)
振り切るのは難しい。それほどの速度と正確な追尾だった。
戦闘中の迷いは負けを呼び込む。
そのため即座に判断し、追尾弾を斬り落とした。
その間に次弾が発射されていた。
今のと全く同じ攻撃である。
芸がない、とまでは言わないがあまりにも実直過ぎた。
その攻撃も同様に斬り落とす。
だが先ほどの攻撃と違いがあった。
陰からもう一つの魔力弾が現れる。
全く同じ軌道を描き、かつ気付かれないように追尾させていた。
着弾寸前となるが、ギリギリで裏拳が間に合う。
間一髪防ぐことに成功した。
ダメージはない。
しかし額には冷や汗があった。なのはは今の攻撃に戦慄を覚えていた。
(今考えた技か……? だとしたら)
追尾弾の陰に隠して二発目を当てにきた技。
これが元々会得していた技であれば問題ない。練度にも納得がいく。問題は今この瞬間に編み出して実行したかどうかである。
それであればとんでもない才能である。凡庸さのかけらもない。
優れた発想力にそれを実現させる力量。さらに実戦で実行に移す男顔負けの度胸。
なのははオリジナルの才能に驚愕を隠せなかった。
(長引くとまずいかもな)
情報を与えれば与えるほど対応出来る幅を増やしてくる。それは自分自身と同様の才能でもあった。
(あまり気乗りはしないけど)
戦いを手っ取り早く終わらせる。その手段を取ることにした。
砲撃少女に突撃する。
高町なのはも負けじと迎撃態勢に入る。
負けん気は人一倍だった。また気合だけでなく、ちゃんと実力に裏付けされた自信でもあった。
ある程度距離が詰まる。
それから待ち構える高町なのはの目線が三か所を確認した。
その目線を見落とすなのはではなかった。
(ここと、あそこと……あとはあの辺か?)
なのはが何もない空中を斬る。
しかし何もないと思われた箇所には罠が仕掛けられていた。
高町なのはが設置しておいたバインドである。
「うそっ!?」
トラップが破壊される。
見破られたことにより動揺が走る。
まだ甘さがあった。
知恵と戦術が優れていても、精神面ではまだ隙があった。
高町なのはの背後を取る。
首元にはディバインソードが添えられていた。
「ここは引き分けってことにしてさ。一旦解散にしないか?」
そうすれば高町なのはを解放する。
それをこの場の交渉材料とした。
「わたし、諦めが悪いの」
いつの間にかすずかが復帰していた。
ただ交渉に応じる様子ではない。
「なのはちゃん、ごめんね。少しの間だけ我慢してくれる?」
すずかが胸元で両手を広げる。
魔力が集まっていく。それはなのはの世界で見せた魔法だった。
辺り一帯を氷の世界に変える環境干渉魔法。
王域魔法、月下氷人。
だがこれはすずかにとって失策でもあった。
王域魔法であれば対抗策がある。
黒剣を取り出す。そしてすずかの魔法を打ち消した。
大技の後であれば隙が生まれる。このチャンスを逃すまいと即座に離脱をした。
それはもう全速力だった。
気づいた時にはもうなのはの姿は見えなくなっていた。