(熱い)
頭を押さえる。
(頭が、焼けそうだ)
あらゆる感情が頭に流れ込んでくる。
その中には殺意や憎しみなど負の感情もあった。
そして一際目立つのは否定や拒絶である。
次々と抱く必要のない感情が湧き上がってくる。
「くっ……アァッ!」
もはや正気を保っていられなかった。
今はただ、この感情に身を任せることしかできなかった。
「バルディッシュ!」
デバイスを構える。
(一体何が……)
酷く苦しんでいる様子である。
そして手には見たことのない剣を持っていた。
黒く、刃渡りは小太刀ほどの長さである。
片刃であり、包丁を大きくしたような剣だった。
なのはがフェイトを視界に収める。
瞬間、敵意を感じ取る。
フェイトの魔力刃と黒剣がぶつかり合う。
「くっ!」
力で押し負ける。
押し合いは不利と判断し振り払おうとする。
だが黒剣が食い込んでおり上手く振り払えなかった。
続けて音が鳴り響く。
耳をつんざくような嫌な音。
黒剣により、フェイトの魔力刃が削られていた。
よく見れば、黒剣を覆うように無数のエネルギー刃が展開されていた。
それらが黒剣をなぞるように高速回転を行い、フェイトの魔法を削り壊していく。
やがて奥深くまで食い込んでいき、サイズスラッシュが真っ二つになってしまった。
(まずい!)
そのまま勢いを乗せた黒剣がフェイトを襲う。
当たる寸前、刃がピタリと止まる。
赤い糸がなのはと黒剣に巻きついていた。
さらにアルフがバインドでなのはを拘束する。
それでも動きを封じられるのは少しの間だけだった。
しかしフェイトには十分な時間である。一瞬でその場から離脱をする。
「ヒドゥン、お願い!」
アリシアの背後に時計が現れる。
「タイムストップ」
なのはの時間が停止する。
「ごめん、なのは」
フェイトが砲撃魔法を放つ。
直撃。
一瞬、爆散した魔力素によって視界が遮られる。
すぐに晴れるが、そこになのはの姿はなかった。
すぐさま索敵を行う。
「……アリシア!」
フェイトが叫ぶ。
なのははアリシアの後ろに移動していた。
アリシアが振り向いた時にはすでに黒剣が振りかざされていた。
そして、無情にも黒剣が振り下ろされてしまう。
ジェイルが庇うように腕を突き出す。
しかし、ジェイルもアリシアも傷つくことはなかった。
「こ……のッ!」
黒剣は止まっていた。
なのはは抗っていた。
自らの意思で負の感情をねじ伏せていた。
その場になのはが膝を着く。
「バインドを……」
なのはが自らを拘束しろと目で訴える。
すぐに意図を汲み取り、フェイトとアルフがバインドを掛けようとする。
瞬間、地震が発生する。
同時に大きな魔力反応が起こる。
「何っ!?」
魔力の発生源を探る。
それはあらゆる方向、あらゆる場所で起きていた。遠いところ、近いところ、様々な場所で魔力反応が検知されていく。
「これは地震ではないね」
ジェイルが微笑む。
困ったような目をしているが、口元の笑みは隠せていなかった。
「次元震だ」
微笑みは嗤いへと変わる。この狂人はどのような状況でも悦に浸ることを忘れなかった。
この性格が治ることは金輪際ないだろう。
敵であれば不愉快かつ不気味だが、味方となれば頼もしささえ感じてしまう。
さらに揺れが大きくなっていく。
次元の裂け目も発生し始めていた。
ジェイルたちの周りでも裂け目が発生する。
そしてなのはがその裂け目に引き寄せられていた。
近くにいたアリシアとジェイルも同じく引き寄せられていく。
なのはは踏ん張っていたが、アリシアとジェイルはそうはいかなかった。
二人の足が地面から離れ、一気に裂け目へと引き込まれていく。
なのはが駆け出す。
二人を掴み、フェイトとアルフに向かって投げ飛ばした。
フェイトがアリシアを、アルフがジェイルをキャッチする。
「なのは!」
裂け目の中になのはが吸い込まれていく。
フェイトが飛び出す。
自らも付いていこうとするが、裂け目が閉じるほうが速かった。
なのはの姿が完全に消える。
気づけば次元震も止んでいた。
「そんな」
呆然と立ち尽くす。
(また)
唇を噛む。
(また、いなくなった)
悔しさが津波のようにやってくる。
(どうして)
拳を握りこむ。
再び会うことができた。
奇跡だった。
それなのに、また目の前から消えてしまった。
閉じた目から涙が出てくる。
噛んだ唇から血が流れる。
涙と血が混じり合い、悔しさとともに地面に落ちていく。
「大丈夫」
アリシアがフェイトに触れる。
「きっと無事だよ」
背中をさする。
「ね?」
「そうだね」
ジェイルが同意し、優しく笑う。
「簡単に死ぬような人間ではない」
なのはが死ぬようなことは想像できなかった。
「さて、私はこれで失礼するよ」
「どこ行くの?」
背を向けたジェイルに行き先を尋ねる。
てっきりこれから一緒に行動するものだと思っていた。
「なのは君を迎えに行く」
その言葉にフェイトが反応する。
「何か手掛かりでもあるんですか?」
「どうだろうね」
アリシアに向けた笑みとは違い、捻くれた人間の笑みを浮かべる。
そのやり取りを見てアリシアがジェイルのズボンを掴む。
「そんなこと言うパパは嫌いになっちゃうかも」
ジェイルに渾身の一撃を食らわす。
「さきほど発信機を取り付けたからね。今は次元空間を漂っているせいなのか機能していないが、ある程度時間が経ったら何かしら反応があるだろう。それまでに迎えに行く準備をしておこうと思ってね」
嘘偽りなく、情報を吐き出す。
聞いていないことも次々と喋りだし、今後の方針も打ち出し始めた。
「パパ」
ジェイルが無表情を装う。
「偉い」
ジェイルは喜んだ。
「私も行く」
フェイトが涙を拭く。
「だけど、少し待ってほしい」
待ったを掛ける。
その理由を説明していく。
「行く前に、ジュエルシードを回収しておきたい」
今、地球にはジュエルシードが散ってしまっている。
「放っておけばよいのでは?」
当たり前のように言う。
地球のことなど、ジェイルにとってはあずかり知らぬ話である。
「地球にはなのはの家族や友達がいる。ジュエルシードを放っておいたらどうなるかわからない」
「ふむ」
踵を返していた足を戻す。
「なのはの悲しむ顔は見たくない」
予定を変更するには十分な理由だった。
「承知した。それではジュエルシードを回収してから救助に向かうとしよう」
提案を了承する。
落ちている場所は大体把握している。
回収にはそれほど時間は掛からないだろう。
「あの」
アルフが手を上げる。
「黙って話聞いてたけどさ、とりあえずコイツ誰?」
色々と聞きたい中から、一番気になっていることを聞く。
まず最初にフェイトが答えた。
「ジェイル・スカリエッティ。広域指名手配中の次元犯罪者」
「そんで私のパパ」
「これからよろしく頼むよ、フェイト・テスタロッサの使い魔」
「待て待て待て」
アルフが片手で頭を押さえる。
「次元犯罪者? メチャメチャやばいじゃんか。てかパパって何さ?」
整理しようとしても頭が混乱していく。
それほど強烈な情報だった。
「え、うそ。てことは、あの鬼ババの夫ってコイツ?」
アルフが口を手で隠す。
「私の父さんではないよ」
フェイトが情報を追加する。
アルフはさらに混乱していた。
「そうとも言い切れないのではないかな」
「どういうことですか?」
「私はプロジェクトFの基礎理論を構築している。解釈次第では私は君の父親ということになるのでは?」
「……それは拡大解釈のしすぎです」
アルフはもうダメだった。
脳みそが完全にショートしていた。
「あ、そうだ」
アリシアがポンっと手を叩く。
「なのはくんを助けに行くなら時の庭園を使えばいいんじゃないかな」
話題を生産性のあるものへと変える。
「ほう、それは渡りに船だね」
「それとねパパ」
アリシアが服の袖を掴む。
「ママの病気を診てほしいの」
娘からの願いである。
断る道理はない。
「では庭園を使わせてもらえないか交渉ついでに診てみようか」
「うん!」
話がまとまり、方針も決まる。
今日は近場のジュエルシードを回収し、後日、時の庭園に戻ることにした。
草原で娘と過ごした思い出。
そこでの何気ない会話を思い出す。
『妹が欲しい!』
それはアリシアの言葉だった。
プレシアはあれから一歩も動かずにいた。
思い返すのはアリシアとの思い出。
寝ることを忘れ、何度も繰り返し思い出していた。
妹が欲しい、その言葉と同時にフェイトの顔が思い浮かぶ。
(……フェイト)
プレシアは、初めてフェイトを一人の人間として認識していた。
フェイトはアリシアではない。
そのことは理解している。
ただ、フェイトをフェイトとして見たことはなかった。
便利な道具、もしくは人形としか見ていなかった。
けれども今は違う。
アリシアが生き返ったと知り、フェイトのことを冷静に見ることができていた。
そもそも憎しみをぶつける必要もなくなっていた。
「現金なものね」
我ながら母親失格だと自嘲する。
母親どころか、人として失格だった。
こんな人間をアリシアとフェイトは許してくれるのだろうか。
幾度となく思考が巡る。
後悔の海を漂い続ける。
どれほど時間が経ったのだろうか。
気づけば、近くにはフェイトがいた。
「フェイト」
「母さん」
少し離れた位置でフェイトが立つ。
アリシアにアルフ、ジェイルは見えないところで待機していた。
沈黙が続く。
数秒経ち、意を決したフェイトが沈黙を破った。
「母さん、私は気にして……」
「ごめんなさい」
言い終わる前に、プレシアは謝罪をした。
「……母さん」
プレシアの手は震えていた。
弱々しい姿だった。
ただ、それは本当の意味で自らの過ちを認めていた証だった。
「許して、くれるかしら」
フェイトにはその言葉だけで十分だった。
もう、何も不安はなかった。
「最初から恨んでなんかいません」
フェイトが近づき、目の前まで歩み寄る。
プレシアは顔を上げることができなかった。目を合わせるのが怖かった。
恨んではいない。
フェイトはそう言ってくれた。
でも信じられなかった。
自らの行いを振り返れば振り返るほど、恨まれていないなんて考えることはできなかった。
「母さん」
フェイトは真っすぐと母を見ていた。
「私、フェイト・テスタロッサはあなたの娘として生きていきたい」
思いを伝える。
「今度こそ、本当の家族として」
手を差し出す。
プレシアは躊躇する。
差し出された手を掴めずにいた。
その優しさを前にしてどうすればいいかわからなかった。
わからなくて、気持ちが溢れてしまう。
「あなたに酷いことをしたわ」
「いいんです」
「あなたにずっと身勝手な憎しみを向けていたわ」
「いいんです」
「今までアリシアのことしか考えていなかった」
「大丈夫です。でもこれからは私のことも見てくれると嬉しいです」
笑顔で伝える。
責める言葉は一つもなかった。
「どうして、あなたは……」
「家族ですから」
迷いなく言う。
「ちょっとくらい、八つ当たりしちゃうときもあります」
歩み寄る。
「そういうときは後で謝って仲直りするんです」
つま先とつま先が当たる距離まで近づく。
「だから仲直り、してくれますか」
再度、手を差し出す。
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……!」
手を握る。
娘が母を抱き寄せる。
二人は泣いていた。
もう悲しさも寂しさもない。
流れる涙は温かく、希望ある未来に繋がろうとしていた。