枯れ葉を踏む。
降り立ったのは山の中だった。
人の気配はない。
道は舗装されておらず、人が立ち入るような場所ではなかった。
近くの木に寄りかかり腰を落ち着ける。
そこでようやく一息つくことができた。
「はぁ」
立て続けに訪れる災難。
溜息の一つも吐きたくなるところである。
だが泣き言は言ってられない。兎にも角にも帰らなければならない。
「どうしようレイジングハート」
一番の困りごと、それを相棒に相談する。
「一体何日ゲーム我慢すればいいんだ」
帰還方法についての相談かと予想していた。
聞いてみれば実に下らない内容であった。
『一生我慢してください』
「鬼か」
『デバイスです。冗談はさておき、帰る方法を考えましょう』
現実的な話題にシフトさせる。
『マスターがゲーム出来るようになるまで協力します』
「うん、ありがとう」
『それでは帰還手段をいくつか提案させていただきます』
今から考える、ではなく帰還手段の提案だという。
実に頼りになるデバイスだった。
『まず、来た時と同じ手段を取ります』
世界間の移動は決して一方通行ではない。すでに証明済みであり、行き来する手段は必ず存在する。
「……いや、でもさ」
道を開いた時の手順を思い出す。
プレシアの知識、ジェイルのサポート魔法、膨大な魔力、そしてアリシアの時間巻き戻し。
到底一人では成し得ない事ばかりである。
「難しくないか?」
『ハードではありますが、まるで実現不可能というわけでもありません』
それを聞いてなのはが興味深そうに耳を傾ける。
『月村すずかが私たちの世界に来た時はデータが不十分でした。そのため時間操作という反則技を用いる必要がありました』
プレシアは足跡を発見することができていた。ただ完璧にルートを見つけていたわけではない。
仮定の話だが、アリシアがいなかった場合は強引に穴を開けるしかなかった。しかも確実にこの世界へ繋がる保証はなく、帰れるかどうかは賭けになっていた。
『ですが今回は違います。転移の始まりから終わりまでのログは取得済みです。また、ジェイル・スカリエッティの魔法もインポートが完了しています。必要となるのは膨大な魔力のみとなります』
「……マジ?」
『Of course』
希望が見えてくる。
ただ気になることが一つあった。
「けど、それってさ」
『はい。無理やり空間に穴を開けますので次元震が発生します』
今回はアリシアがいないため荒業が必要となる。
「まずくない?」
『そうですね。ですがあまり気にしても仕方ありません。帰ることを優先しましょう』
レイジングハートにとって優先すべきは主人である。
次元震による被害となのはの帰還、どちらを取るかは考えるまでもなかった。
手順は大きく分けて二段階である。
空間にジェイルの魔法で道しるべを作る。そこに膨大な魔力を叩き込む。
やるべきことがハッキリしているのは僥倖だった。
目標が決まれば自ずと行動も決まってくる。
とはいえ、言うは易しでもある。
「膨大な魔力か」
方法として思いつくのは二つ。
同じ方法の闇の書の利用、または大人数から魔力を譲渡してもらうかである。
(どちらも伝手がないな。はやてなら頼み込めば聞いてくれるか?)
いきなりは無理だろうが、ある程度信頼を積み重ねれば承諾してくれるかもしれない。
しかし守護騎士が許してくれないだろう。いずれ守護騎士は主のために蒐集を行うことになる。今の時期であればすでに動いているかもしれなかった。
そんな状況ならば、はやてが首を縦に振ろうとも守護騎士は良しとしない。
「いや、待てよ」
守護騎士のデバイスを思い出す。
「カートリッジを利用すればいけるか?」
カートリッジには魔力が貯蔵されている。それを利用できないか打診する。
「どうかな?」
『普通であれば難しいですが、マスターなら良案かもしれません』
なにやら好感触の反応だった。
『カートリッジは使用時において魔力を自らの魔法に使用するため一度リンカーコアを通す必要があります。仮に異世界転移を行えるほどのカートリッジを使用すればマスターのリンカーコアが壊れるでしょう』
カートリッジに込められているのは自分以外の魔力である。
それを使用するとなると一度リンカーコアで取り込み、自分の魔力として排出する必要があった。
『ですが、別の方法を取れば問題解決が可能かと推測します。カートリッジを通常使用せずその場で開封します。充填されていた魔力が空気中に霧散していきますので、その散った魔力をマスターのスキルで集束させれば利用することは可能です』
「……なるほど」
なのはが保有する集束スキル。
このスキルで集めた魔力はリンカーコアを通さず、そのまま使用することができる。以前、このことを知ったユーノに驚かれたことがあった。
異常にして異端。
大気中に魔力がある限り、魔力切れを起こすことはほぼないと言えた。ただこれは机上の話であり、実戦においては活用の幅は限定されてくる。
戦っているときに集束ばかりにリソースを割くことはできない。しかもなのはは近接をメインとしている。コンマ一秒の世界で戦いが展開されるため、戦闘中はディバインソードのみへの使用に限定されることがほとんどだった。
しかし、戦闘中でなければ応用を効かせることができる。
なのはのスキルがあれば、カートリッジの使用は有効だと判断できた。
『ですので有効な一手段として賛成です。ただ有効手段と確定させるため一度実験はしてみるべきかと提言します』
「そうだな。カートリッジが手に入ることがあれば集束できるかやってみよう」
一旦話を区切る。
レイジングハートはいくつか帰還手段を提案すると言っていた。
他の話も聞いておくべきである。
「他の方法は?」
『この世界の高町なのはに──正確には私に協力を要請します』
「レイジングハートに?」
『はい。私の神域魔法であれば道を開き、元の世界に帰ることは容易です』
認証コードを受け入れた後のレイジングハートであれば大抵の無理難題は解決できる。
『ましてやこちらの世界のマスターはディバインバスターを使用していました。本領発揮ができるのであれば尚のことです』
話続けていたレイジングハートが静かになる。
表情というものがないため、感情を伺い知ることができない。
しかし何年も一緒にいた仲である。おそらく朗報や吉報の類ではないことは予想できていた。
『ですが望みは薄いでしょう』
なのはの予想が当たる。
気持ちの準備はできていたため、期待と落胆の差はゼロに近い。それに提案をしてもらっている立場である。文句を言うほうがお門違いというものだろう。
『恐らく……いえ、確実に解放はされていないでしょう』
認証は行われていないと、なぜだかレイジングハートは確信を持っていた。
「どうして言い切れるんだ?」
『高町なのはがそれほどの危機に直面しているとは思えません。生き死にが掛かった状況になったとしても、認証を受け入れるかどうかは不明です』
主人が死にそうになったとしても認証はしないと言う。
命を天秤に乗せることはできないのではないかと疑問が生じていた。納得できるかどうかは別として、レイジングハートが疑問に対する理由を話始める。
『先ほど申し上げた通り、こちらの高町なのははバスターが使用可能です。力を解放すればそれこそ次元世界が滅びます。マスターの比ではありません。認証を受け入れるのも慎重にならざるを得ないでしょう』
かつて世界を平定させた力。
なのはの神剣でも十分可能だろうが、高町なのははそれ以上とのことだった。
「ちなみにだけど、解放するとしたらどんなときが想定できる?」
『確実な条件はありませんが、強いて言えば気持ち次第です』
「気持ち?」
『世界がどうなろうとマスターに生きて欲しい。それほどの想いがあるのであれば解放させられるかもしれません』
「死ぬかもしれないってところまで追い詰めてみたりとか? それでも難しいんだっけ?」
『可能性は限りなく低いですが、取れる方法はそれぐらいでしょう。ですがこれで万が一認証が通った場合、とてつもないデメリットがあります』
「……え?」
『間違いなくマスターが消し炭になります』
今、なのはは神域魔法が使えない。
対抗手段がないため、高町なのはに神域のディバインバスターを撃たれれば死ぬのは確実である。
「それは困るな。じゃあ三つ目は?」
二つ目に区切りが着いたため、次の方法を聞くことにする。
『救助を待ちます。これが一番現実的でしょう』
ジェイルやフェイトたちなら助けてくれる。
そう信じることができる。すでに動いてくれているだろうという確信もあるぐらいだった。
「待つのが一番か」
しかし、待つだけという選択肢は取らない。
自ら動かなければ好転しないこともある。あらゆる可能性を考慮しつつ、自分ができることはやるつもりであった。
『ひとまずはこんなところでしょう』
「わかった。ありがとう」
話が終わる。
まだ詰めなくてはいけないことはあるが一旦置いておく。
そろそろ動かなくてはいけなかった。
『まずは当面の課題をクリアしましょう』
今最もやらなければいけないこと、それは生存することである。
『日が落ちない内に動くべきかと』
「そうだな。ひとまず今日を生き延びないと」
水に食料、そして寝床も確保しなければならない。
しかも今日の分だけでなく、数日活動するためにまとまった分が必要だった。
やることは山積みである。
「ところでさ」
『はい』
「レイジングハートは世界のことより、俺のほうが大事だと思ってるってこと?」
『……何の話だかよくわかりません』
「ほら、俺が死ぬかもしれないってときにさ」
『マスター』
「なんだよ」
『そこのキノコ食べれますよ』
「そっか。それでさ」
『乾燥した枝がありますね。焚き火用に拾っていきましょう』
川を目指して歩く。
行く途中で山菜を採り、蛇を捕まえる。
文明的な生活から一転、これより原始的な生活が始まろうとしていた。
サバイバル生活、数日目。
今日は保存食を作る予定となっていた。
燻製品を作るためにダンボールをセットする。スーパーやデパートから大量に調達してきており、寝床としても重宝していた。
川で獲った魚を吊り下げ、燻製の準備をする。
「上手くいけば数日分の食料になるな」
食料の調達時間がなくなればその分他のことに時間を使うことができる。
ようやく帰還するための活動時間を確保できそうだった。
「この国ってすごいよな。公園行けば飲み水が手に入るんだから」
ペットボトルに入った水道水を飲む。
もちろん、ゴミ箱で拾った空のペットボトルである。
『次元世界の中でも稀なケースですね』
人が生きていける環境であり、水資源に恵まれている。
管理外世界ではあるが、星の価値は高いほうだった。
『加熱完了』
魚が焼き上がる。今日の朝食分であり、燻製とは別に焼いていた分である。
レイジングハートが焼き具合を見ていたため、出来上がりは完璧だった。
「あちち」
串の部分を持ち、椅子代わりの石に座る。
焼いた魚を頬張る。塩が欲しいところだが、そんな贅沢品はなかった。
「はやてのところに行こう」
突飛な提案だが、理由はある程度予測が立つ。なのでレイジングハートに驚いた様子はなかった。
『闇の書を利用するためですか?』
「ああ」
利用できる可能性は低い。
けれども今のうちから話を聞いてもらえるだけの信頼関係を構築するのは悪いことではない。
「それにシグナムたちも今の段階なら管理局と関わり合いになりたくないはずだ。俺のことを通報される心配もない」
相棒からの反論はない。
インテリジェントデバイスは基本的に主人の行動を制限するようなことはしない。レイジングハートは普通のデバイスとは違うが、主人のために動くという点は変わらない。
前向きな行動には前向きな助言を、後ろ向きな時はそれ以上倒れないように支える。
それがインテリジェントデバイスの役割であった。
「それに何より」
魚を食べ終え、串を焚火に投げ込む。
「はやての家にはゲームがある」
目に力が宿る。
なのはにとって、これこそが一番のモチベーションだった。
『マスター』
愚行には叱責を、これも主人のためである。
なのはも何を言われるかはわかっていた。なので被せるように話を続ける。
「問題は守護騎士だな。どう説得したものか」
『……先に八神はやてと親しくなれれば彼らも受け入れやすくなるかと』
「そうだな。ただ、はやてが一人になる瞬間ってあったか?」
はやては車いすで生活をしている。
今まで自分のことは自分自身で行っていた。一人で移動をしていても不思議ではない。
それでも付き添いがいたほうが良いに決まっている。守護騎士がはやてを一人にするとは思えなかった。
『偶然の出会いを装うのはいかがでしょう』
「パンでも咥えてぶつかるか」
『パンを買う資金はありませんけどね』
現在無一文である。
「まあ会えばどうにかなるだろ」
『いつも通りということですね』
直近の目標を設定する。
それから保存食を作り、準備を終え次第はやてのところへ向かった。