八神宅には誰もいなかった。
他にいるであろう場所を思い出し、図書館へと足を向ける。得られた結果は同じであったため、その後病院へと向かった。
運が良く、そこではやてを見つけることができた。
同行者はシャマル一人。
車いすを押し、仲良さげに会話をしていた。
当たり前ではあるが二人は常に一緒だった。話しかけるタイミングは皆無である。
スーパーに寄り、買い物を済ませ二人が帰路に就く。
(引き上げるか)
今日のところは諦め、後日出直すことにした。
(話しかけるならやっぱ図書館かな)
最初の出会いも図書館だった。
あの時はやぶれかぶれだったが、今回は多少なりとも作戦を練ることが可能だ。
はやての好きな本はいくつか把握している。それをネタにして話しかけるのが最も自然だろう。
まだ慌てなくてもいい。
数日内には図書館に向かうだろうと考え踵を返した。
その帰り道である。
「まずったかな」
結界が張られる。
守護騎士は魔力を蒐集している。近くに魔力持ちがいたら見逃すことはしないだろう。
捕捉されているならば戦闘は避けられない。
(なるべく気配は消してたはずなんだけど)
隠密行動は兄ほど得意ではない。かといって、簡単に気付かれるほどでもない。
他に要因があるとすれば魔力探知であるが、こちらも探られないように対策はしていた。
それでも気付かれたということは、シャマルの魔力探知を甘く見過ぎていたのだろう。
なのはの前後を二人によって塞がれる。
「そこ、通りたいんだけど」
正面にはシグナムが陣取っていた。
通してくれるはずもない。わかりきった話である。
だが守護騎士たちは問答無用で襲ってこない。
ということは話し合いが可能であるということだ。そのため対話を試みていた。
「その前にこちらの問いに答えてもらおう」
話し合いをお望みである。
しかしながら手にはレヴァンティン。
返答の内容次第では荒事もやむを得ないという雰囲気だった。
「なんでテメーがそれ持ってんだよ」
シグナムから質問を待っていたところ後ろから声が掛かる。
「それ?」
「とぼけんな。あの白い魔導師が持ってたデバイス、それをなんで持ってんのかって聞いてんだよ」
ヴィータがレイジングハートのことを問い詰めてくる。
なぜ尾行していたのか。その類の質問だと想定していたがどうやら違うらしい。
「アイゼンが記録した識別信号と一致してんだ。隠してもムダだかんな」
通常、識別信号を知り得ることはできない。
一方の許可がない限りは入手不可能である。
『申し訳ありません。私のミスです』
そう告げてきたのはレイジングハートだった。
その声には張りがなく、聞いたことのない弱々しさだった。
『駄目元ではありましたが、定期的に救援信号を発信していました。それを読み取られたのでしょう』
当然、垂れ流しにしていたわけではない。特定のデバイスにだけ受信できるようにはしていた。
しかし、グラーフアイゼンにはキャッチされてしまっていた。
なぜという疑問は残る。
直接聞いても答えてはくれないだろう。
正直この事態は想定していなかった。棚に上げるようだが、情報を抜き取られていたとしか思えなかった。
この事態に関してレイジングハートが推測を立てた。
おそらく、この世界のレイジングハートは一度アイゼンに破壊されたことがあるのだろう。そのときに識別信号を含めた情報を抜かれてしまった。
一番現実的なところで言えばこんなところである。そしてその推測は見事に当たっていた。
『軽薄な行動でした。以後気を付けます』
いつになく落ち込んだ様子である。
何なら最上級に意気消沈していると言ってもいいほどだった。
「そっか、まあ、そんな気にすることないよ」
『……はい』
完璧で無欠。
いつだって頼りになる相棒。
それがレイジングハートである。
その相棒が本当に珍しくミスをしていた。
失望なんて感情は一切ない。むしろそんな姿を見れて嬉しいとすら感じていた。
なのはから自然と笑みが零れる。
不敵な笑みと勘違いされたのだろう。
次の瞬間にはシグナムの剣が走っていた。
慎重に、様子を見ながら事を進めるつもりだった。
しかし、なのはの前に立つことによりシグナムから余裕が消えていた。
やらなければやられる。
そのことしか考えられなくなっていた。
「戦うつもりはないんだけどさ。武器を下ろしてくれないか?」
いつ抜いたのかわからなかった。
振り抜いた次の瞬間にはディバインソードで受け止められていた。
勝てない。
一太刀交えただけであるが、そう思うには十分だった。
背中がガラ空きである。
ヴィータが攻撃に入ろうとする。
だが動けない。
カートリッジ使用の命令を出そうとするが声が発せられない。
何かしらアクションを起こせばシグナムが死ぬ。
もしくはそうなるのはヴィータかもしれなかった。
場が硬直する。
少年は戦うつもりはないと言った。ならば武器を降ろせばこの場は収まるはずである。
だがなのはの言葉が受け入れられることはなかった。
ヴィータのアイゼンを握る力が強くなる。
武器は手放さない。なぜならば、先ほどから何度も首を斬り飛ばされるイメージが頭に流れてきていたからだ。
それはシグナムも同様だった。
次の瞬間には死が待っている。もはや確定された未来と言ってもよかった。
虎の尾を踏んだ。
けれど誰のせいでもない。
運が悪かった。全員がそう思えるほどの理不尽だった。
しかしである。
皆、理不尽には慣れていた。
いつだって世の中は理不尽なことだらけである。理不尽だからと言って戦わないという選択肢はない。
そもそも守護騎士は終わらない戦いの中に存在している。
永遠と続く不幸の円環。
その中で生き続けていかなければならない運命だった。
けれども今は違う。今だけは不幸な存在ではなかった。
優しい主がいる。
いつだって温もりを与えてくれる。
人としての生活を与えてくれる。
できることなら、ずっと笑っていてほしい。
それこそが守護騎士の願いだった。
心の底から願っていた。
だからこそ、守護騎士は戦うのだった。
「アイゼン!!!」
カートリッジがロードされる。
アイゼンは覚悟に応えようとしていた。
リミッターが解除され、セーフティーロックが外される。
ヴィータもデバイスもただでは済まない。だが今は身の安全は二の次である。
魔力が一点に集中する。それが全て推進力を得るためだけに使われようとしていた。
これであればどんなに強固なシールドでも突破可能である。
なのはが状況を分析する。
焦った様子はない。
ただ、どこか遠くを見つめていた。
(どうしてこうなった)
前も後ろも覚悟が決まっていた。
それも命を投げ出すほどに。
なんとか落ち着かせられないかと考える。
とりあえず、後ろのちびっ子がロケット発射しようとするのをやめさせたかった。
(う~ん……無理かも)
もう発射寸前であった。
何より聞く耳を持ってなさそうである。
(仕方ない。一回受け止めて、それから場を仕切り直そう)
もしかしたらアイゼンを壊してしまうかもしれない。
壊れる覚悟で突っ込んでくるためその可能性は高かった。
(壊しちゃったときは全力で謝って許してもらおう)
壊さないように善処しようと集中する。
そうしてグラーフアイゼンが解き放たれようとしたときだった。
結界の一部が破られる。
場所は上空。
侵入者は高町なのはとフェイト・テスタロッサだった。
「あっ!」
少年の姿を見て、探し物を見つけた時のような反応をする。
ただその表情からは何を考えているかはわからなかった。
多くの感情が入り混じり、複雑な感情を形成しているのだろう。
高町なのはがヴィータの後ろに、フェイトはシグナムの後ろに降り立った。
(なんかごちゃごちゃしてきたな。でも、おかげでヴィータの動きが止まったな)
アイゼンを壊す心配がなくなる。
これ以上心証を悪くするのは避けたかったのでナイスタイミングだった。
「あの」
最初に口を開いたのは高町なのはだった。
話しかけたはいいが、何を言おうか迷っている様子ではあった。
なのはに対して何を言うべきか考えがまとまっていないのだろう。
今、高町なのはには色々なことが舞い込んできていた。すずかと一緒にいた少年のこと、闇の書のこと、それらに対して対処しなければならなかった。
そのため高町なのははあまり考える時間を取れていなかった。
表情が締まる。
この場での優先順位を考慮し、言うべきことを決めていた。
「すずかちゃんから、君のこと聞かせてもらいました」
「そうか」
何を聞いたのかはわからない。
下手なことは言わず、出方を伺う。
「困っているなら力になってあげたい。だから君からも話を聞かせてほしい」
高町なのはは変わらなかった。
誰が相手であろうと、人を助けたいという気持ちは健在であった。
「けど、まずはこっち!」
ヴィータにデバイスを向ける。
「もうテメーに用はねー! あっち行ってろ!」
矛先を変更する。
後ろを向き、ラケーテンハンマーで襲い掛かる。
さっきほどの威力はない。安全装置を再稼働させ、通常モードに切り替えていた。
レイジングハートからカートリッジがロードされる。高町なのはもカートリッジシステムを手にしていた。
強固なシールドがハンマーから身を守る。気付けばシグナムとフェイトによる空中戦も始まっていた。
「今のうちに逃げるか」
『それがいいでしょう』
しれっとこの場から立ち去ろうとする。
だがそう上手く行くはずもなかった。
「どちらへ行かれるのですか?」
リンディ・ハラオウン。
アースラのトップがいた。
「……こんにちは」
「はい、こんにちは」
敵意はない。
とても物腰が柔らかかった。
「えっと、安全なところに避難しようかなと」
「でしたら私が保護しましょう。安全は保証しますよ」
なのはが困った様子を見せる。
戦闘となれば負けることはない。
無理やり押し通ることも可能である。
しかし戦いたくはなかった。
(この人に剣を向けるのはちょっと……)
なのはにも斬りたくない人はいる。
戦場に立つ以上、リンディにも覚悟はある。斬られても恨みつらみを吐くような人ではない。
それでも、そういった職業軍人が相手だとしても斬りたくないものは斬りたくなかった。
理屈ではない。ただ単純に嫌なのである。
(管理局員というより、友達の母親って感じが強いんだよな)
この世界では友人ではないが、なのはは元々クロノと仲が良かった。
(どうしよう)
いざとなれば話は別である。
だが今はそのいざという時ではない。
「でも、知らない人に付いていくのは良くないって学校の先生が言ってたし」
「心配しなくても大丈夫ですよ。私はなのはさんとも知り合いですし、害あることはしないとお約束します」
(神速で振り切ることは簡単だけど、そのあとがな)
リンディを振り切り、結界まで近づいて黒剣で削って壊す。
そうすることはできる。しかしデメリットが発生する。
まずマイナスの印象を与えることになる。後々協力関係を築くのであれば穏便に事を運ぶべきではある。
なのはは昔より考えることができるようになっていた。
損得を加味した未来を想定し、行動の先にある結果を想像する。
いらぬ面倒事を抱え込むことはなくなったし、リスクを回避することは可能になった。
その代わり、行動へ制限がかかり、次のアクションまでが遅くなるというデメリットが生まれてはいた。
「お菓子もありますよ」
「え、どれですか?」
あれこれ考えているうちにリンディが次の手を打ってきていた。
なのはの食事事情を知っていたわけではない。偶然ではあるが、これ以上ない必中必殺の技だった。
なのはがリンディの元まで近づいていく。
「ようかんです。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたブツを頂戴する。
すぐさま中身を取り出しパクつく。
抗うことができなかった。なにせ数日ぶりの甘味である。今のなのはにとって一番の弱点であった。
(キャットのこと馬鹿にできないな)
以前であれば甘味を理由に戦うことについて理解は示せなかった。しかし今なら多少なりとも気持ちを理解することができるようになっていた。
公園のベンチに座る。
魔法少女たちの戦いを見ながら、二人はお茶を飲んでいた。
二個目の茶菓子を頬張る。
食べ終わる頃には戦闘が終わっていた。
どうやらシグナムたちは逃げたみたいである。
この場へ先にフェイトが降りてくる。
「無事ですか?」
「ええ、あなたたちが頑張ってくれたおかげで怪我一つありません」
優しい笑顔だった。
どんな人生を送ってきたら、これだけの優しさを人に向けることができるのだろうか。
(母は偉大ってことなのかな)
なのはは改めて剣を向けるようなことはしたくないと考えていた。
残っていたお茶を飲み干す。
同時にもう一人の少女が到着した。
「なのはさん、お疲れ様でした」
「あ、はい」
リンディの労いに返事はするが心あらずといったところである。
視線がなのはから外れない。
突き刺すようにじっと顔を見つめていた。
(顔に穴が空きそう)
目線を合わせないように横にそらす。
合った瞬間に怒涛のように質問されそうな雰囲気である。
「あの」
声がしたほうを向く。フェイトと視線が合う。
「ん?」
話しかけられるとは思わなかったので一瞬反応が遅れてしまう。
「大丈夫でしたか?」
何が、という言葉を飲み込む。
フェイトたちが来る前まで守護騎士に襲われていた。フェイトはそれに関して大丈夫かと聞いてきたのである。
普通に考えればわかることである。
一応、これに対して言い訳はあった。襲われはしたが、身の危険があったわけではないため当事者意識が低くならざるを得なかった、といったところである。
「うん、ありがとう。おかげで助かった」
フェイトは安堵していた。
その様子を見て多少なりとも罪悪感が湧いてくる。
(嘘をついているわけじゃないけど、悪いことしてる気分になるのは何でなんだろうな)
後ろめたさのせいかな、と自問自答に結論を出す。
「それでは一度帰りましょうか」
リンディが立ち上がる。
このままではアースラへ連れて行かれてしまう。
(それは避けたい)
管理局によって保護される。
そうなった場合、まず間違いなくデバイスは取り上げられる。
そうなるといよいよ成す術がなくなってしまう。
すでに結界は張られていない。
逃げることは可能だ。
「一緒に来てもらえますか?」
当然の流れである。
面倒だ。
なんて思ってはいけない。
リンディは優しく手を差し伸べてくれているのである。
管理局員時代の経験から考えると、リンディの対応は一般的ではない。
通常、面倒事を抱え込まないようにするのが普通の対応となる。
聞かなかった、見なかった、知らなかった。
これが鉄則であり、見捨てることこそが共通認識と言ってよかった。
資源のある星、スポンサーの出身惑星、管理世界の安全保障。
それらが無事であれば世は事も無しだった。
なのはを保護しようとする行い。
それはリンディだからこその当然の流れだった。
「すみません。一緒に行くことはできません」
少し心が痛む。
それはリンディの善意を知っているからこそである。
「どうしてでしょう」
「言えません。お菓子をいただいた手前心苦しいのですが、この場は引かせてもらいます」
「どうしても?」
「はい。少なくとも管理局の元へ行くわけにはいきません」
リンディの眉毛が八の字になる。
「困りましたね。私ではあなたを止めることは難しいでしょう。ですが何もせずに見逃すわけにいきません。ご理解いただけますか?」
リンディがデバイスを取り出す。
「リンディさんが相手なら本気を出さないとですね。けど、俺からは手を出しません。逃げるだけです」
「優しいのですね」
「あなたには負けます」
座ったままのなのは。
だが、次の瞬間にはいなくなっていそうな、そんな雰囲気があった。
なのはの呼吸が止まっていた。
フェイトがそう感じたのは錯覚で、正確には呼吸すら悟らせないほど静かになっていただけだった。
場が、静から動に移り変わろうとしたときだった。
それは戦闘の意思がない者によって封殺された。
「あの!」
高町なのはから意を決したような、そんな声が上がった。
それは誰も予測できない発言であり、再び場を静止させるような内容だった。
「その子、私の家で保護しちゃダメですか?」