思考が読めなかった。
謎の提案にリンディが対応する。
「理由を聞かせてもらえますか?」
温和な口調だった。
委縮させないように、本音を言ってもらえるよう配慮した聞き方である。
「その……」
言い淀み、なぜかなのはを見る。
(ん? あー)
理由を察する。
言ってもいいのか迷っているのだろう。
言うなと約束したわけでもない。また口止めをしてもらえる立場でもない。
どのみち話すことにはなるのだろうが、一応は配慮してくれているらしい。
「何を知ったのかはわからないけど、話す分にはそっちの自由なんじゃないか?」
権利はそちらにあると示す。
暗に怒るようなこともしないとそれとなく仄めかしておく。
正確に意図を読み取り、事情を話し始める。
「この子、違う世界の私自身なんです」
再び思考の停止を余儀なくされる。
一笑に付されても不思議ではない内容である。
だが誰も馬鹿にしたりはしない。疑うような様子もない。それは高町なのはが誠実に生きてきた証でもあった。
「ど、どういうこと?」
フェイトが困惑しながら問う。
疑いはしないが、流石に戸惑いは隠せていなかった。
「並行世界、から来た私なの」
少し自信なさげに説明する。高町なのはも確証を得ているわけではない。
正解を求めるようになのはを見た。
「合ってるんじゃないか? 俺も正確にはわからないけど」
「え、でも」
性別が違う。
フェイトはそう言いたげだった。
「何もかも一緒ってわけじゃないみたいだな」
話を切ってしまうように回答し、疑問を封殺する。
あまり言及されたくない話題だった。元は未来のヴィヴィオの願いから始まり、そこから世界に巻き戻しをかけて、なんやかんやでこの世界に来ることになった。
これらを説明するのは非常に骨が折れる。説明したところで何か進展するわけでもないため、ここは話を切るのがベストだと判断した。
「なのはさん、何か証明できるものはありますか?」
証明するにはDNAの照合が一番である。
ただ今すぐに提出できる情報ではない。
この場においては同一人物と思わせる確からしさ、それを抱かせることが重要となる。
「疑うようなことを言ってごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
問われた本人は顎に人差し指を当てて考えていた。
アイデアが出たのか、伏せていた視線を上げる。
「レイジングハート」
赤い玉が浮遊する。
『初めまして』
少年の胸元に対して挨拶をする。
応じるようになのはのレイジングハートも顔を出した。
同じ高さまで浮かび対面する。
『初めまして、オリジナル』
挨拶を交わす。
完全な証明というわけではない。
だがこの場では十分な情報だった。同一のデバイスが出現したことで話の信憑性が高まる。
そもそも高町なのはが嘘をつく理由もない。嘘をつくような人間でもない。
そして少年がわざわざ同じようなデバイスを用意する理由もない。
また、このインテリジェントデバイスは特注品である。
インテリジェントデバイスに量産機も存在するが、レイジングハートはどう見ても一品ものだった。
同じインテリジェントデバイスが二つある。
同一人物であるという材料は十分に揃っていた。
「……わかりました。現状、私も確信に近いものを感じています。ですがなのはさんの申し出を受け入れることはできません」
少女が残念そうにする。
少年はまあ当然だろうという様子だった。
「なのはさんの話が事実であれば、次元漂流者として保護対象となります。一度私たちに同行してもらうべきでしょう」
話を聞いたことにより事情が少し変わってくる。
保護は嘘ではないが、事情聴取も必要になってきていた。
事故か人為的か、そういったことも調べなくてはならない。
並行世界の移動が人為的であるならば次元震を起こしている可能性もある。ここで逃すのは危険だろう。
(今考えているのはこんなところか)
なのはがリンディの思考をトレースする。
また、ここまではリンディだけでなく、通常の局員であってもこのように考える。
一般的な管理局の思考回路だ。
しかしながらこれは局員としての共通の思考であり、誰しもがこの考えで動くわけではなかった。
現状、職位や志により現場の判断は異なることが大半である。
そして判断の仕方はとりわけ三つに分けられる。
ベテランであれば極力面倒事を避けるように動く。広い知識と経験を活かし、合法的に厄介事に関わらない道を選択する。
中堅なら利得を優先する。労力に見合う成果が得られるのであれば、積極的な働きアリとなる。
若手であれば、正義の心に従いなのはを助けようと努力することだろう。
だがリンディは違う。
リンディ・ハラオウンは、類まれなる善性の持ち主である。
リンディは人間の薄汚さを知っている。金と権力にまみれた社会をこれでもかと言うくらい見てきた。己の欲を満たそうと汚職に手を染めるものは星の数ほどいた。
ただそれならばまだ良かった。金や権力ならまだしも、救える世界を見捨てるということもあった。世界を救うためには局員が死地に赴く必要がある。だから救うという選択肢を取らない。それであればまだ納得できた。
だが現実は違う。責任を負いたくない。仕事を増やしたくない。時間外労働をしたくない。
そのような理由で一つの世界は見捨てられたことがあった。
自分は汚物の上を歩いているのだと錯覚することさえあった。
だが、それと同時に素晴らしい人間がいることも知っていた。自らの命を賭して、誰かを守ろうとする。
そんな人間もいることをリンディは亡くなった夫に教えてもらっていた。
汚泥のような暗い闇、そして目を閉じてしまうほどの輝かしい光。
どちらも知っているからこそリンディには慈しみの心があった。
リンディは基本的に善意で動いている。保護は嘘ではない。点数稼ぎになるとも思っていない。
なのはのためを思って動いているのは間違いなかった。
(善意につけ込むようで心苦しいけど……)
そんなリンディの手を払いのける。
それはとても心が痛くなる行為だった。
「俺も付いていくのは嫌かな」
腹芸は得意ではない。
嘘は自分の首を絞めることが多い。
ならば正面突破した方が幾分かマシだった。
「付いていったらデバイスを預けることになりますよね。それだけは避けたい。もし連行しようって話なら、この場から離脱します」
ハッキリと伝える。
濁すような言い方はしない。それがリンディに対してのせめてもの礼儀である。
「けど、もし先ほどの提案を飲む、というのであれば逃げるようなことはしません」
高町なのはの家で保護を受ける。
管理局に行くよりかは自由が保障されるはずだ。
「それに、俺も知っているところにいるほうが安心できます」
ほんの少し、なのはが子どものような表情をする。
どこか寂しそうにも見え、リンディにはなのはが親を求めているようにも見えていた。
リンディは子を持つ母親である。なのはの哀愁に心が動かないわけがなかった。
「逃走の意思はなし。居場所の特定も可能。であれば良しとしましょう」
寛大なる決定が降りる。
クロノがいたら大反対だったことだろう。
「ただ一つ問題があります」
今度はなのはではなく、提案者に話を振った。
「ご家族に了承を得なくてはなりませんね」
「……あ」
ツインテールを揺らして慌てふためく。
「ど、どうしよう」
「お、落ち着いてなのは」
フェイトと一緒にどう説得するか一生懸命考え始める。
なんだかここからもう一悶着ありそうな雰囲気だった。
並行世界から来た少年。
明かされた名前は高町なのは。
それはある魔法少女と同じ名前だった。
「並行世界?」
「うん。その世界では男の子だったんだ」
すずかから粗方説明を受ける。
まだわからないこともあるが、おおよその事情は把握していた。
「でも、なんでこっちの世界に?」
「連れてきたの」
「……え、それって」
咎めるにはまだ早い。
話は最後まで聞くべきだ。
(でも、いけないことだよね)
単純な話、誘拐である。
けれど月村すずかは平然としている。何か理由があるのかもしれないと思い質問する。
「どうして、そんなことを?」
「好きだから」
友達に好きな人が出来た。
とても喜ばしいことである。
なのに、酷く胸騒ぎを感じていた。
「ほ、他に理由は?」
これだけが理由ではない。
きっと他に納得できる理由がある。なのはは縋るように聞いていた。
「ないよ。理由はそれだけ」
返ってきた答えは無慈悲なものだった。
この答えが返ってきた以上、なのはの次の行動は決まってしまう。
すずかの行動は間違っている。そのことを伝え、これから正しいことをするように説得する。
それが今までの高町なのはであり、今後もそうあり続けることは間違いなかった。
「……その」
口が上手く動かない。動いてくれない。
友達だからこそ、道を正してあげないといけない。
それなのに、なのはの口は震えることしかできなかった。
なのはは迷っていた。
いつもなら真っ直ぐ突き進むだけである。
けど今回の相手は大切な友達である。迷いもする。
友達だからこそ、ためらいが生まれる。
友達だからこそ、言いにくいこともある。
ただ否定するだけでいいのだろうか。
好意を優先して、違う世界に連れてくる。それは悪いことである。
そう告げることは、本当にすずかを思っての発言なのか。
世の中は善悪だけではない。
それのみを判断して生きていけるほど人の世界は単純ではない。
それになのははまだ両手で数えられるほどしか生きていないのである。
善悪以外の事情を考慮して、すずかの行動を肯定できるほどなのはは大人ではない。
すずかの気持ちを想像し、寄り添えるほどの知識と経験はない。
「ごめんね、なのはちゃん」
「え?」
「悪いことだっていうのはわかってる。だから言いたいことがあったら言って? わたしはいつだってなのはちゃんの友達だから」
すずかに背中を押される。
急にすずかが大人になったように感じていた。
数か月会っていなかっただけである。
なぜこんなに成長をしたのか。それは辛い目に遭ったせいか、はたまた恋をしたためか、あるいは大きな決断をしたためか。
おそらく、全ての経験がすずかを大人にしたのだろう。
けれど高町なのはも負けていない。
大人顔負けの経験をしてきている。
勇気を出すことについては誰にだって負けはしない。
なのはが一歩踏み出す。
「あの子はこっちの世界に連れてくることに、いいよって言ったの?」
「ううん」
「か、勝手に連れてくるのは良くないと思う、の」
「うん」
静かに深呼吸をする。
ここまで言ったのだから、最後まで言うべきである。
「だからあの子に謝って、元の世界に帰してあげないと」
「それはダメ」
「え!?」
即答である。
あまりの返答の速さに素っ頓狂な声が出てしまう。
しかもこんなキッパリと拒否されるとは思ってもいなかった。
「なのは君はわたしと一緒の時を歩んでもらう」
「それって、結婚するってこと?」
「それはなのは君次第かな。ずっと隣に居てくれることが一番の願いだから。結婚はしてもしなくてもどっちでも」
なのはが首を傾げる。
わかりやすいほどにクエスチョンマークが出ていた。
「わたしはなのは君をこの世界で手に入れる。けど、きっとなのはちゃんは帰らせてあげようと頑張るんだよね」
縦え友達が相手であろうと、なのはは正しい道を選択する。
なのははゆっくりと頷いた。
「でも、わたしはなのはちゃんのことを怒ったりしないよ」
なのはが不思議そうな表情を浮かべる。
「そもそも間違ったことをしてるのはわたしだしね。でも帰られちゃったら困るから、そうならないように邪魔はさせてもらうけど」
間違ってはいる。
でもすずかはぶれていない。
すずかの目は真っすぐとなのはを見ていた。
澱んだ願い、それに反して心は晴れている。
濁っている。なのに澄んでいる。
友達の言葉は、なのはに不思議な感覚を与えていた。
「もしわたしがなのはちゃんを阻止できなかったら、それはわたしの負けってこと。そうなっても恨んだり怒ったりはしないよ」
なぜ、に対する答えは先ほどから出ていた。
「なのはちゃんは大切な友達だもん」
何があろうとも許す。
すずかはなのはに対して真に信頼を置いていた。
その関係を言葉にするならば、友達ではなく、親友という他ないだろう。
「だからなのはちゃんは心に嘘をつかないで。わたしに気を遣わないで、したいようにしてくれていい。わたしはそんななのはちゃんが好きだから」
あるのは肯定のみ。
こんなこと、誰に対しても言うわけではない。他ならぬなのはだからこそである。
なんて返したらいいかわからず下を向く。
少し、一人で考える時間が必要だった。
「今日は帰るね」
背を向ける。
気を利かせて立ち去ることにした。
「また学校で」
去っていく。
すずかとなのはは同じくらいの背丈である。
しかし、見送る背中は大きく、誰よりも真っすぐ歩いているようだった。
私と同じ存在。
同じなんだけど、違うところがある。
それは私が女の子で、あの子は男の子ということ。
まだたくさんお話できたわけじゃない。
でも、なんとなくわかる。
あの子の性格は、私と全く一緒ってわけじゃなさそうだった。
「姉弟、になるのかな」
自分と同じ人だとしても、性格が違うなら別人にも感じる。
実際に会ったときのことを思い出しても、私自身という感覚はない。
姉弟と言われたほうがしっくり来る。
「姉弟、か」
──ずっと、欲しかったものがある。
あのとき、歳の近い兄か姉、弟か妹がいたらと何度も想像した。
そしたら一人寂しく過ごすこともなかった。
「もし姉弟なら、私がお姉ちゃんだといいな」
一緒にゲームしたり、お外で遊んだり、たまには二人でイタズラをしたり。
「お洋服を取り替えたりもしてみたいな」
たくさんやりたいことがあった。今だって、やってみたいことがある。その夢は今でも見続けている。
もし弟として一緒に暮らすことができれば、夢が現実になる。
「すずかちゃんには渡したくないな」
きっとこれは悪い感情だ。
この思いを叶えようとするなら、すずかちゃんと争うことになる。
あの子が帰ろうとするなら、それを邪魔することになるかもしれない。
けど、この感情は止められない。
悪いことだってわかってても、自分を抑えることができそうもない。
「すずかちゃんに謝らないとだね」
明日、学校で素直に伝えよう。
すずかちゃんは全部話してくれた。
「なら、私も正直にお話ししなくちゃ」
私は、あの子を弟としてお迎えするんだ。