「いいんじゃないかな?」
呆気なく了承が出る。
士郎以外の家族も反対する様子はなかった。
「知らない子ならまだしもな。父さんの子なんだろ?」
「いや……」
「違うのかい?」
なのはの世界の士郎と目の前の士郎は同一人物である。
おそらくだが、遺伝子も同じだろう。
なのはは士郎の子どもと言っても間違いではない。
(いや、血のつながりとかそういう話じゃない気がする)
一緒に過ごした時間、分かち合った出来事、その中で育まれた愛情。
家族と思えるかどうかは、そうした積み重ねの中にあるような気がした。
士郎が片膝を着き、なのはの目線に合わせる。
「なのは」
高町なのはを呼ぶ声ではない。
士郎は目の前にいるなのはを呼んでいた。
「おいで」
両手が広がっていた。
何も言わず、士郎へと歩み寄る。
優しく、抱きしめられる。
「嫌かい?」
首を横に振る。
士郎からはなのはが好きなコーヒーと同じ匂いがしていた。
「そうか」
一度離し、優しく肩を叩いた。
「今日からよろしくな」
なのはの居住地が決定する。
もう野宿せずに済むのは喜ばしいことである。
「でもあれだね。呼び方がなのはだと被っちゃうね」
美由希の出した議題に高町家の面々が思案を巡らせる。
「なのは君? なの君?」
君付けが妥当なところだ。
と、なのはは思うが意見はしない。これから面倒を見てもらうのだから、よほどのことでない限り口出しはしないつもりである。
「なのはは何て呼んでるの?」
美由希が妹に話を振る。
「名前、呼んだことないかも」
「そうなんだ。恭ちゃんはどう思う?」
「これといった案はないが、ひとまずなのは同士に関してはどちらが兄か姉かを決めるのはどうだ? そうすれば呼び名はおのずと決まってくるだろ」
ツインテールが跳ねる。
恭也の提案に、何やら末っ子の妹が目の色を変えていた。
「誕生日は?」
恭也が質問する。
「3月15日」
当然、同じである。
双子であれば、出産の順番で決まるがその順番というものがない。
「じゃあ話し合って決める?」
「はい!」
少女の手が元気よくあがる。
「私がお姉ちゃん!」
左腕がビシッとそびえ立ち、意思の強さを示していた。
もう一方の意思を確認するため、恭也と美由希が少年を見る。
「どっちでも」
意見はしない。
それに本当にどちらでも良かった。
「う~ん。ナノ君の方がお兄ちゃんっぽい気がする」
美由希による呼び方はナノ君で決まりらしい。
ナノハが兄となることに一票投じられる。
「だってさ。よろしくな、妹」
「ダメなの! どっちでもいいなら私でいいでしょ」
リンディとフェイト、それから高町家の面々が驚いていた。
びっくり仰天というほどではないが、高町なのはを知るものならば驚かずにはいられないことだった。
高町なのはがわがままを言っている。しかも子どものような内容で。
なのははわがままな子ではない。
頑固ではあるが、私利私欲から発せられるものではなく、どれも信念によるものからだった。
そんな少女がわがままを言った。
それも自らの欲求を前面に出してである。
「ね?」
「お、おう」
「決まり!」
押し切られた形で決定する。
「良かったですね。なのはさん」
なのはが喜んでいる。
それを見ているとリンディも自然と嬉しくなっていた。
「すみません。リンディさん。話し込んでしまって」
「いえいえ、ナノハ君の住むところが決まって何よりです」
士郎とリンディが大人の会話を始める。
リンディから定期的に様子を見に来ると士郎に話す。また高町家に色々と面倒を掛けることになるため、管理局から多少なりとも資金援助を行う旨が伝えられた。
その他諸々、士郎とリンディの間で話が進められていった。
その一方、桃子たちは和気あいあいとしていた。
質問が飛び交い、会話が盛り上がっていく。
「ナノ君のお洋服用意しなくちゃね。あそこのデパート、可愛いのいっぱいあるから買ってみたかったの。明日、似合いそうなの買ってくるわね」
「ねえねえ、あっちの世界ではあたしは女? それとも男?」
「君は……もしかしてだが御神流を習っていたのか? 足運びが普通とは違うようだが」
ナノハが一つ一つ回答していく。
聞かれたことは素直に、言われたことは否定せず受け入れた。
ただ唯一、購入候補であるウサギがプリントされたTシャツだけは断っておいた。
鏡の前に座る。
弟の髪をいじり、ぎゅっと最後の仕上げを行う。
「出来た!」
ナノハの前髪がリボンで結ばれる。
おでこがキラリとこんにちはしていた。
「なぜこうなった」
「かわいいでしょ」
おでこが光る。
大人や姉目線ではかわいい子どもに見えることだろう。
大人から見れば好ましい髪型だが、子どもからしたら嫌がる典型的なパターンである。
「ほどいていい?」
「え、なんで!?」
「可愛くなりたいわけじゃないしさ」
しゅんとする。
その姿に心が痛む。
(姉ならしゃんとしてくれ)
ある程度のことは受け入れるが、これは中々に厳しかった。
「じゃあ今度は後ろで結ぶね。それならかっこよくなると思う」
なのはがいやな顔をする。
男が髪を結ぶものではない。という考えを持っているわけではないし、誰がどのような髪型をしてようが気にはしない。
ただし、自分のこととなれば話は別である。
ただでさえ、女と間違えられる顔である。
そのなのはが髪を結ぶとなると、より可愛さが増すだけである。
それはなのはにとって許容できることではなかった。
「遠慮します」
「えー、いいじゃん。ちょっとぐらい」
姉が肩を掴んで揺らしてくる。
今のナノハはわがままに振り回される弟のようだった。
「なんでそんな結びたがるんだよ」
「だって」
なのはが自身の髪をクルクルといじる。
「お揃いにしたかったんだもん」
ナノハの髪型が決まり次第、同じ髪型にするつもりだったのだろう。
「別に髪型じゃなくてもいいだろ」
「例えば?」
「え? う~ん」
なぜ自分が考えなくてはいけないのか。
そんな思考が顔を出すが、片隅に追いやり何なら外にポイッと捨てる。
正論や道理ばかり口にするのは良くない。
一緒に暮らしていくのだから、歩み寄りこそが大事になる。
「服、はもっと恥ずかしいか……そうだな。なんか小物とかでいいんじゃないか」
「じゃあさ!」
先ほどの激しさはないが、またもや体がユサユサと揺れる。
なのはが楽しそうにかかとを上げ下げしていたため、連動してナノハも揺れるはめになっていた。
「買いに行こ!」
午後の予定が組まれる。
昼食後、姉弟でのお出かけが決定した。
二人がデパートに到着する。
着くなり雑貨屋へと直行していた。
「これは?」
「リボン? にしては長いな」
「こうやって首に巻くの」
それはスカーフであり、ナノハには馴染みのないものだった。
「どう?」
「ちょっと窮屈に感じるな」
それほどきつく巻いたわけではない。
ただ個人的に首に布が当たるのはあまり好ましくなかった。それに首はすでにレイジングハートの特等席でもある。
(あまりファッションにも興味ないしな……そんなこと口にできないけど)
楽しそうに物色している人を前に言うことではない。
思っていることを言えば空気が悪くなることは必至だ。
(歩み寄るって決めたばっかだし、これを機に少しは興味持ってみるか)
半袖、短パン、スニーカー。
ナノハの三種の神器である。
オシャレとしてもう一つぐらいは付け加えてもいいかもしれなかった。
「これならどうかな」
なのはがミサンガを持ってくる。
手に巻いてもそれほど違和感はない。気になるなら足に付けてもいい品だ。
「いいね」
好意的な態度を見せる。
それに気を良くしてなのはが同じものを取りに行く。
レジに行き、お揃いのものを購入した。
ルンルンと店を出る。
機嫌が良さそうで何よりだった。
途中、ナノハが足を止める。
横にはホビーコーナーがあった。気になるものを見つけたのか中に入っていく。
前を歩いていたなのはが気づき後に続く。
「おお」
おもちゃを手に取る。
腕に通し、セットする。
レバーがちょうど手の位置に来ていたため、グッと引いてみる。
すると三本の爪が勢いよく飛び出した。
「すげーぞこれ」
何度もカションカションと爪を出し入れする。
さらに近くに置いてあった黄色と黒のマスクを被り、姉の前でカションカションしまくった。
「超かっけー」
「……わからないの」
先ほどとは打って変わり、温度差が逆転していた。
ファッションに興味はないが、ヒーロースーツには興味津々なナノハであった。
「おはよう!」
「おう」
姉は今日も元気である。
リビングに行き、ごはんを食べる。
桃子と士郎は職場へ、恭也たちは学校へと登校する。
今日も今日とてお留守番。
ナノハは今日もニート生活を満喫していた。
「まずいな」
『まずいですね』
学校も行かず、喫茶店の手伝いもしていないこの状況、のことではない。
転移してから一か月近くが経とうとしていた。
生活基盤が安定したのはいいことだが、帰還するための準備が進んでいなかった。
本来なら、はやてと接触して信頼関係を築こうとしていたはずである。
それが今となっては難しい状況となっていた。
まず、守護騎士との関係がこじれてしまい話を聞いてもらうことができない。
関係を改善しようにもはやての元へ行くことができずにいた。
「リンディさんの目を掻い潜るのは容易じゃないしな」
今は監視の目がある。
いつなんどき見られていてもおかしくはない。
この状態で動けば、はやての家を管理局に教えることになる。
居場所がわかれば間違いなく管理局は突撃する。そうなれば八神家と信頼関係を築くことはできなくなるだろう。
「闇の書の魔力を利用する計画は諦めたほうが良さそうだな」
『同意です』
レイジングハートも同意見である。
であれば他の計画を考える必要があった。
「一つ案があるんだけどさ」
『聞かせていただけますか』
今回もレイジングハートに丸投げというわけではない。
ただ無駄にニート生活を送っていたわけではなかった。
時間を有効活用し、ナノハなりに計画を考え直していた。
「以前、リインフォースに頼んで元の俺だった頃の記憶を見せてもらったことがあるだろ?」
『はい』
「そのときと展開が同じなら、闇の書が覚醒した後にナハトヴァールが出現する」
『マスターが消滅させた怪物ですね』
「ああ、それを倒すために全員で強力な魔法を打ち込むんだ。そんでナハトのコアを露出させる。仕上げにアルカンシェルを打ち込んで消滅させるって手筈だ。そうなれば、ありったけの魔力素が満ちることになる」
『なるほど』
「異世界転移するには十分だと思うけど、どう? 演算頼める?」
『少々お待ちください』
幸いなことにデータは揃っていた。
全員の魔力量、アルカンシェルに使われる魔力。
それらを元に高速で計算が進められた。
『暫定ではありますが、計算上足りています』
「そっか。じゃあ、決まりだな」
計画の組みなおしが終わる。
決行日は闇の書が覚醒する日。
その日こそが帰還する日となりそうだった。
(必ず帰る)
やるべきことを整理する。
当日の行動を頭の中でシミュレーションしていく。失敗しないために繰り返し、何回もイメトレに励むのだった。
とある日の深夜。
ちょうど全員が寝静まった頃合いのことである。
「ナノハ」
士郎がこっそりと耳元で呼ぶ。
声をかけたのは娘ではなく、息子に対してだった。
声に反応し、ゆっくりと起き上がる。
「……どうした?」
「ちょっと出かけないか?」
「出かける?」
「ああ。ラーメンを食べに行こう」
なぜこんな時間に、と疑問を持つがそれは後で聞くことにする。
ラーメンと聞いた途端、なんだかお腹が空いてきてしまっていた。
「うん。わかった」
「お! いいね。じゃあ行こうか。物音を立てないようにな」
嬉しそうに階段を降りていく。
士郎から足音は一切しない。同じようになのはも降りて行った。
「こっちだよ」
士郎が先導する。
外に行き、声量を通常の状態に戻す。
「なんでこんな時間に?」
「夢だったんだ」
「夢?」
上を向く。
表情は見えない。マフラーで隠れていて顔色を伺うことはできなかった。
「息子と深夜にラーメンを食べに行くのがね」
楽しそうだった。
顔を見るまでもなく、それは声から伝わってきていた。
「お母さんたちに内緒っていうのが重要なポイントだな」
わからなくもなかった。
深夜に出かけるのはワクワクするし、目的地がラーメン屋なら尚のことである。
けど、わざわざ意図的にやるようなことでもない。士郎からはどうにも急いているような雰囲気があった。
(……ああ)
一つ、心当たりがあった。
根拠もない話である。
おそらくだが、士郎はわかっている。
いつかはナノハが帰ってしまうということを。
そしてそれがもう近いことも。
吐く息は白く、夜空では星空が良く見えていた。
そろそろ、闇の書が覚醒する時期である。
上手くいけばだが、その時こそが帰還する日となるだろう。
「着いたぞ」
目の前には屋台があった。
暖簾をくぐり、席に着く。
「ラーメン二つ」
「あいよ」
慣れたように注文する。
もしかしたら、たまに一人で来ているのかもしれないと邪推する。
「ナノハは父さんとしたいことないのか?」
ある。
けど、一番の願いはすでに叶っていた。
話してみたかった。
夢の中で話したことはあるが、アレはあくまで幻である。
今、こうして生きている父親と話すことができている。
ナノハはそれだけで満足だった。
「すぐには思いつかないな。父さんは他にないの?」
「もちろんあるぞ。山登りだろ。キャンプだろ。朝早くに出かけて釣りとかもいいな」
溢れるように出てくる。
それはきっと楽しくて、ナノハ自身何度も夢に見たものばかりだった。
夏休み、友達は家族と旅行に行ったと話していた。
ナノハはというと一人でゲームをしているか、アリサに旅行に連れて行ってもらうかだった。
家族は忙しくて、ナノハに構う余裕はなかった。
──もし、叶うのであれば──
(いや、俺の居場所はここじゃない)
願うことはしない。
願ってしまえば、帰りたくなくなってしまう。
(今こうしていられるだけで奇跡みたいなもんだ。これ以上望めばバチが当たりそうだ)
思いを胸の奥にしまう。
それに自分でなくとも息子ならもう一人いる。
「兄ちゃんは?」
「恭也とはこれからさ」
遠くを見つめる。
士郎からは悔恨の念が垣間見えた。おそらく、ナノハに言ったようなことはしてあげられなかったからだろう。
「そろそろお酒を飲める歳にもなる。大人同士としての父と息子を存分に楽しむつもりだよ」
先ほどの悲壮感はない。
士郎自身も色々と乗り越えてきた。もう悲しむ必要も誰かを悲しませることもない。
これからは、楽しいことが待っているのだから。
「ナノハ」
ラーメンが置かれる。
とても良い匂いだった。
「いつでも帰ってきていいんだぞ」
湯気で顔が温かくなる。
けれど、それ以上に胸が温かくなっていた。
「うん」
麵をすする。
きっと、二人での食事はこれで最初で最後になる。
だからと言って特別なことはいらない。
ただ、ずっと忘れないように、覚えていられるように、ほんの少しいつもより味わって食べていた。
「ごちそうさま」
ナノハの丼にはスープ一滴残っていなかった。
おいしく食べてくれたようで、士郎も満足気である。
「また来ような」
「うん。今度はチャーシュー付けていい?」
「もちろんいいが、タダとはいかんな。何か頑張ったご褒美にトッピングしてもいいぞ」
屋台を出る。
冷たい風が通り抜けていく。
体は十分温まった。家に帰るまでは持ちそうである。
「帰るか」
帰路に着く。
満腹感で幸せ絶頂の二人。
ただ幸せは長く続くことはなく、玄関先で恭也に捕まり、みんなに怒られるのはまた別の話である。