なのはが砲撃魔法を撃つ。
散った魔力を集束し、圧縮する。
リインフォースが広域魔法を放つ。
散った魔力を集束し、圧縮する。
集めては圧縮を繰り返す。幾度と繰り返し、開始してから二十分ほどが経過しようとしていた。
「そろそろか」
向こうの状況が変化していた。
なのはの奮闘により、はやての意識が戻っていた。
いよいよ終盤戦である。
「出てきたな」
結界の中央では怪物となったナハトヴァールがいた。
はやてによって守護騎士が復活する。その後はクロノが仕切り、総攻撃の準備へと移行した。
「今なら一気に集束しても大丈夫か」
魔力はまだまだ必要である。
ちまちまと集めてはいたが、もうそろそろ集束の範囲を広げても良さそうだった。
今ならば全員がナハトヴァールに集中しているため、こちらに注意が働くことはない。
次々と大技が放たれていく。
使用される魔力量も多く、大気中の魔力濃度が飛躍的に上昇していた。
「捕まえた!」
「長距離転送!」
露出したコアが転送される。
軌道上へ送り込まれ、アルカンシェルが撃ち込まれる。
ナハトが消滅していく。
もはや跡形もなかった。
皆、一様に喜んでいた。
これにて一件落着である。
「皆の協力に感謝する。では、結界を解くとしよう」
「それなんだけど、ちょっと待ってくれる?」
いつの間にかナノハが近くまで来ていた。
巨大な魔力の塊を傍らに、クロノに待ったをかけた。
「き、君!! なんだそれは!?」
「集束した魔力」
巨大ではあるが、これでも圧縮に圧縮を重ねた結果である。
密度は相当高くなっており、見た目以上の魔力量となっていた。
「危険だから今すぐ消すんだ」
これが爆発すれば、まず間違いなくこの場にいる人間は塵一つ残らず消し飛ぶことになる。
「すぐ使っちゃうからさ、それまで待ってくれない? こっちの作業が終わってから結界を解除してもらったほうが安全だろうし」
クロノが何に使用するかなんて知る由もないが、とにかく今は絶対に結界を解くことはできなかった。
放置することは愚策中の愚策である。図らずしも結界の解除を免れていた。
慎重に事を進める必要がある。まずは状況把握に努めた。
「使うって、一体何に?」
「俺自身の世界に帰るために」
狂人の戯言だった。
クロノからすれば愉快犯なのではと疑ってしまうほどである。
「どんな魔法に使うのかは知らないが、それほどの魔力を使うとなると次元震は避けられない。故に君の行いは許容できない。強行すると言うなら止めさせてもらう」
再度デバイスを展開する。
「そうなるとは思ってたけどな。でも絶対に帰らせてもらう」
「ダメ!!!」
叫んだのは高町なのはだった。
こんなにも大きな声を出すつもりはなかったのだろう。なのはは自分自身でも驚いていた。
落ち着きを取り戻しつつ、冷静に話し始める。
「も、もっとちゃんとした方法があるはずだよ。それを一緒に探そう」
「そうだな。けどいつになるかわからないし、今後こんなチャンスなんて滅多にこない」
「でも」
なのはの言葉は結局のところ方便である。
帰らせないために言っているだけであり、安全を重視しての発言ではない。
それはなのは自身も自覚しているため、どうしても言葉に力がこもっていなかった。
「レイジングハート」
『Divine Sword』
魔力を全てディバインソードに変換する。最初から最強の魔法剣が作られる。
ディバインソードに変換したとしても、魔力自体が失われるわけではない。
魔法を解除しなければ、後で帰還用に流用することは可能である。懸念すべきはディバインソードを破壊されることであるが、ここまで強くなった魔力刃を壊すのはこの場いる者では不可能だった。
「ようわからんけど、君がしようとすることは良くないことなんやな」
「良くはないな」
「正直者やね。なら、なのはちゃんフェイトちゃんに協力させてもらうで」
「はやて」
「はやてちゃん」
「みんなのおかげで無事にいられる。なら恩返しせんとな」
「主がお望みとあれば」
全員が武器を構える。
(十人、いや、はやての中のリインフォース合わせれば十一人か……少し多いけどみんな全力を出し切った後だ。体力も魔力も相当消耗してる。まず負けることはないだろうけど、問題となるのが二人いるな)
それはクロノとはやてである。
クロノはこの中で一番厄介な人物だった。
訓練を受けた軍人であり、しかも実力はトップクラスと来ている。
戦闘力も高いが、注目すべき点は他にあった。
それは判断能力である。
瞬時に情報を整理し、適宜適切な判断を下すことができる。
いま恐れることは連携を取られることである。
相手の数が多いとはいえ、結局は一対一のぶつかり合いが続くだけである。
連続で行われる個人戦。
それが続けばいずれは勝利となる。
しかし、クロノが指揮を取った場合は軍隊として機能することとなる。
個人戦ではなく、集団を相手にすることになるのだった。
そうなれば、ナノハの敗北に指が届き得るかもしれなかった。
(クロノを倒すことが優先だな。それともう一人)
もう一つの問題がはやての対処である。
今の今までずっと体を蝕まれていた。今現在、病み上がりと言っても遜色ない状態である。
殴る蹴るなんて論外だった。
非殺傷設定といえども、全くのノーダメージというわけではない。ディバインソードで斬った場合、魔力ダメージで最悪死んでしまうことも考えられた。
故に攻撃を加えることが出来ない。非常に厄介な相手であった。
「あ、あれ」
はやてが意識を失い、落下していく。
リインフォースが急ぎ落下点に先回りし、優しく受け止めた。
「はやて!」
ヴィータが心配そうに覗き込む。
初めての魔法、初めての戦闘、慣れないことばかりで小さい体には限界だった。
「すまない、おまえたち。私は主の守りに専念する。代わりに主の意思を継いでほしい」
はやてとリインフォースの離脱が確定する。
容体は心配だが、正直なところ助かっていた。しかもリインフォースが戦闘不参加となるのは渡りに船であった。
(となると残る問題は一つか)
殺してしまうかも、という心配は何もはやてだけが例外ではない。
不慮の事故というのは起きるときは起きるものである。それを極力発生させないために手を打っておきたかった。
「戦う前に言っときたい」
ゆっくりと全員を見渡す。
今から言うことはクロノに対してだけではないと意思表示をしていた。
「俺は誰一人殺したりはしない。打撲や捻挫ぐらいは覚悟してもらうけど、絶対に殺めたりはしない」
「それは僕たちも同じだ。止むを得ない状況以外、殺めるなんてことはしない」
「何が言いてーんだよ。殺さないから俺のことも殺さないでーとでも言いてーのか?」
ヴィータ自身、ナノハがこのように考えているとは毛ほども思っていないだろう。
ただの売り言葉に買い言葉である。
今回は反応せず、ナノハは話を続けた。
「クロノたちはさ、仲間思いだろ。誰かが危なくなれば攻撃を庇おうとする。けど間に合わないと思ったら無暗に庇うようなことはしないでほしい。手元が狂うと間違って大ケガさせちゃうかもしれないからな。最悪、取り返しのつかないことになるかもしれないし」
変に横やりを入れるほうが危険だぞと認識させる。そしてその意図は正確に伝わっていた。
「俺から言うことはもうない。そっちは?」
クロノがデバイスを構える。
「武器を捨てて投降してくれ」
互いに意思は変わらなかった。
「じゃあ、始めるか」
ナノハが魔力弾を上空に放つ。
ほんの一瞬だけである。全員が一瞬、魔力弾を目で追っていた。
ただ一人、クロノを除いて。
クロノはなのはから目を離していなかった。
触れてきた悪意の数が違う。
人を騙し、欺き、奪う。
クロノは常にそういった相手と戦ってきていた。
騙し討ちの類は通用しない。
ナノハの初撃をクロノは受け止めていた。
(連携を取られる前に倒す!)
力比べが開始される。
「ぐっ!!」
苦悶の表情を浮かべる。
膂力に関しては圧倒的な差があった。
たまらず、後方に飛び退く。
三歩から四歩分の距離が開いた。そう思った瞬間である。
すでに間合いがゼロになっていた。
瞬間移動と言われても遜色がなかった。
理解が追いつかない。追いつかせる必要はない。現実に起きたことを受け止め、自分自身に出来る対処を行うだけだった。
飛び退いた時に仕掛けた魔法が発動していく。
ナノハの四肢を封じようとバインドが出現する。
ロックが開始される。
しかし、すべて斬り落されてしまう。
ありえなかった。
発動したのであれば、捕縛は確定したも同然である。
確定事項ではあるのだが、一応、回避する方法はある。
発動してからロックが掛かるまでコンマ一秒ほどである。
その間に逃げるか破壊すればいい。とはいえ現実的ではない。気付いた時にはロックされている。それが普通である。
しかもクロノほどの熟練者であればさらに速くロックが掛かる。それでもナノハには通用しなかった。
(人間の反応速度を超えている)
動揺はない。
どんなに不条理なことであっても、クロノにとってはプロファイルの一環に留まるだけだった。
クロノの精神は屈強である。
当然、恐怖もすでに克服している。どのようなことでも冷静に対処することができた。
そのはずだった。
目が合う。
首、腕、足、胴体、身体のあらゆる部分が両断されていく。
抗う間もなく、全身がバラバラになっていた。
息を吸う。
それと同時に全てが幻覚だと理解する。
初めてのことだった。気付けば、体は恐怖に支配されていた。
人の姿をした怪物。
それこそがクロノが今相手にしているものだった。
ナノハは殺さないと言った。
それは本当なのだろうか。疑念が生じ、さらなる恐怖が生まれていく。
(だからなんだ! 僕のすべきことは変わらない!)
ディバインソードが振り下ろされようとする。
防御は意味がない。
ならばすべきは攻撃である。
ゼロ距離射撃。
相打ち覚悟の攻撃だった。
魔力弾が発射される。
発射されると同時に魔力弾が上空へと蹴り上げられる。
「なっ……」
ゼロ距離である。
厳密に言えば数ミリ程度隙間はあったがあってないようなものである。
勝てない。
一対一では絶対に勝てなかった。
「コンビネーション!」
なのはとフェイトによるバインドが出現する。
当然、これも回避される。
避けられることはわかっていた。
だからどこに逃げても良いよう全方位に罠を仕掛けていた。
あらゆる箇所でバインドが発動していく。
流石にここまでのことは予想しておらず、何個か破壊できずに取りこぼしてしまう。
「ゴリ押しにもほどがあるだろ」
ナノハの両足がロックされる。
すかさず二人から砲撃魔法が放たれていた。
円を描くように剣を振る。二つの砲撃が切り裂かれ、宙に霧散していった。
威力はない。
チャージ時間がなかったのもあるが、倒そうと思って撃った攻撃ではなかった。
立て直すための時間稼ぎである。
「クロノ君」
「クロノ」
二人がクロノを守るように立つ。
「ありがとう、二人とも」
アルフとユーノ、それから守護騎士も近くに降り立った。
「みんな、聞いてくれ」
事態は急を要する。
皆、余計な口は挟まず、静かに耳を傾けていた。
「彼を止めるには全員の力がいる。協力してくれるか?」
「承知した。して、如何様に動く、指揮官殿」
二つ返事で了承する。
もとより、言われるまでもないことだった。
「一人で立ち向かうのは危険だ。必ずツーマンセルで動くようにしてくれ。まず、シグナムとヴィータ、君たちに前衛を頼みたい」
「承知」
「おうよ」
「なのはとフェイト。君たちは中衛だ。射線に入り次第射撃を頼む」
「うん!」
「わかった」
「ザフィーラ、君は僕と一緒に遊撃を行う。他の者はサポートに当たってほしい。後は随時僕から指示を出す」
息継ぎをする間もなく述べていた。
急ごしらえではあるが、現時点における最適解のナノハ用のシフトを完成させていた。
相手は一人。
数的有利はある。だが、劣勢であることに変わりはなかった。
「行くぜ、レイジングハート」
『All right』
圧力が増していた。
体が重くなり、肺が圧迫されるような感覚を覚える。
(苦しい)
フェイトがふらつく。
息は吐けるのに、息を吸うことができない。
逃げても死ぬ。立ち向かっても死ぬ。脳が生きろと命じてくるが、解決策を見つけることができない。
(まず距離を……ダメ。下手に動くと斬られる。なら攻撃を……それもダメ。一人で撃っても当てることはできない)
体が恐怖に包み込まれていた。
思考能力が奪われ、考えが単純化していく。いつしか思考も停止し、生きることを諦め始めていた。
恐怖というものは三つの要素があると言われている。
危機感、不条理感、精神的視野狭さく。
全てが揃う必要はなく、一つでも感じれば恐怖となる。
しかし、今はそのどれもが揃っていた。
死んでしまう。人が勝てる存在ではない。恐ろしくて目が離せない。
(うご、けない)
もう、体は動かなかった。
そうして意識が途切れようとした時だった。
「レヴァンティン!」
「アイゼン!」
二人が突撃していく。
それに反応して、フェイトの意識が引き戻される。
間一髪だった。
二人の戦士がいなければとうに倒れていたところだった。
「でやぁー!」
容赦のない一撃が放たれる。
当たれば頭蓋骨など粉々になる一撃だ。
ナノハが回避を選択する。
回避、防御、迎撃。ナノハであればどの選択肢でも選ぶことが可能だった。
この中において回避が間違った選択肢というわけではない。
だが、回避行動はクロノの作戦の内だった。
避けようとした先でラウンドシールドにぶつかる。クロノが逃げれないように道を塞いでいた。
(読まれていた?)
今度は防御を選択する。
片手でハンマーを受け止める。
同時に魔力弾が迫る。着弾する寸前、ディバインソードによって斬り捨てられる。
(違うな。これは先読みとは別のものだ)
回避、防御、迎撃。
クロノは何が来るか事前にわかっていたわけではない。
ならばなぜクロノはナノハに遅れを取らないほどの動きができたのか。
答えは単純である。
クロノはただ、あらゆる選択肢を想定し、それらに対応する解答を用意していただけである。
だから即座に動くことができていた。
(言うは易しってやつだな)
戦場では刻々と状況が変化する。
一つ一つの事象に対応可能なパターンを持つことなど不可能である。大抵がアドリブで対応することになるのが普通だった。
だがクロノは違う。
何度も訓練をした。
何度も失敗をした。
失敗を繰り返し、出来るようになるまで努力を続けた。
そうして一つずつ、出来ることを増やしていった。
いつしか努力は山のように積み上がり、千の状況が想定可能となり、千の解答を身に着けるにまで至っていた。
いかなる問題であろうとも解決してみせる。
それが執務官であり、クロノの信念でもあった。
「撃て!」
射線に入ったため、なのはとフェイトに指示を出す。
砲撃を避けるため、ナノハが真上に飛ぶ。
またもやラウンドシールドに阻まれる。
しかも今度はどこにも逃げられないよう囲むように展開されていた。
ユーノとシャマルによるシールドの牢獄である。
「アルフ! ザフィーラ!」
チェーンバインドがシールドに巻きついていく。
そのまま締め付けが行われ、シールドごと圧し潰すようにロックがされていた。
「今だ!」
「ディバインバスター!」
「プラズマスマッシャー!」
シールドを破壊し、砲撃がナノハを包み込む。
追い打ちをかけるようにクロノも砲撃を放った。
(違う)
悪寒を覚える。
(こうではない)
過剰にして度を越えた攻撃。
それでも倒せる気がしなかった。
心が告げてくる。
人の理では倒せない。
人の枠を超えた力でないと、ナノハを打ち取ることはできない。
そう感じてはいても手立てはない。今は自分にやれるべきことをやらなくてはならなかった。
さらに魔力を注ぎ込み、決着の一撃として叩き込む。
そして三者による砲撃同士がぶつかり合い、着弾点にて爆発が起きた。
煙が晴れていき、ナノハの姿が鮮明になっていく。
「ごほっ……! やべ、目に何か入った」
ダメージはさほどなかった。
変化があるとしたら、もう片方の手に黒い剣を所持していることだった。
「悪いな。前言撤回だ」
殺しはしないと言った。
この前言のことかと推測する。
「死闘の場とするつもりか?」
シグナムを纏う闘気が殺気へと切り替わる。
「それはしない。絶対にな」
「ではどの前言を撤回すると?」
「打撲程度は覚悟してもらうつもりだったんだけど……それだとちょっと難しそうでさ。予想以上に手強くてビックリした。悪いけど、最悪骨までは覚悟してもらう」
「随分と余裕だな。こちらは遠慮なく行かせてもらうが、構わないな?」
「もちろん」
「へっ! テメーのその鼻っ面をへし折ってやっからよ。覚悟しろよ!」
仕切り直しとなる。
武装が追加され、戦闘スタイルが二刀流へと変化する。
ここからがナノハの本領発揮である。第二形態と言い換えてもよかった。
技を使う。
十八番の神速である。
負傷させないよう様子見レベルの速度だった。
ソードがクロノに迫る。
それを守護騎士全員でブロックしていた。
シグナムとヴィータがソードを受け止め、シャマルとザフィーラが鎖で腕を縛っていた。
直感だった。
この戦闘における要はクロノである。
彼が消えてしまえば一挙に崩壊してしまう。言葉を交わさずとも守護騎士であれば全員が理解していることだった。だから守ることができていた。
「ぐっ!」
「ノヤロウ!」
シグナムとヴィータが押し込まれる。
「くぅ……!」
「ウオオッ!」
シャマルとザフィーラが引っ張られていく。
どこからこれほどの力が発揮されるのか不思議でならなかった。
黒剣が鎖に添えられる。
魔力刃が回転し、チェーンバインドが削り切られてしまう。
ディバインソードを持つ腕がフリーになる。
続けてもう片方のバインドも斬り捨てた。
「加減が難しいな」
『もう一段階なら速くしても問題ないかと』
「うん。そうするか」
信じられなかった。
今、何と言ったのか。
聞き間違いでなければ、さらに速くすることが可能であるかのようなことを言っていた。
これ以上速くなれば対応はできない。
今の攻撃にしても、勘で防いだだけでほとんど見えていなかったのである。
(この男、現代において確実に最強の一角に入る)
世の最強と言われる者たちの中においても最強。
そう言われても納得できるほどだった。
「行くぜ」
ギアが上がる。
──姿が、消えていた。
「飛べ!」
指示に従い、守護騎士が急いで空に飛ぶ。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
無数の刃が出現する。
座標設定をしている暇などない。緊急射出し、辺り一面に突き刺す。
刺さり次第、広範囲にて次々と爆散していった。
どこにいるかわからないのであれば炙り出せばいい。
状況に応じた行動を取る。
いつでもクロノは最適解を選んでいた。
それでも、決して越えられない壁というものは存在した。
「君は、恐れを知らないのか」
「普通だと思うぞ。人並みに怖がったりするし」
ナノハは無傷だった。
特に回避をしたり、防御魔法を使用したわけでもない。
ただ、安全な場所に立っていただけである。
広範囲に攻撃は行われてはいたが、すべての範囲を漏れなくカバーしていたわけではない。
どうしても安全地帯というのは生まれてしまう。そのため、安全地帯にいれば爆風に巻き込まれることはない。
なのだが、わかっていても普通は実行しない。飛んで逃げるか、防御魔法を使用するのが普通である。
そしてナノハは普通ではなかった。安全地帯をすぐさま見極め、そこで待機することを選択していた。
「加減の具合はわかった。そろそろ眠ってもらうぜ」
様子見が終わる。
ナノハが急加速にて接近する。
「クロノ!」
フェイトが飛び出す。
唯一、この中でフェイトだけが追いつくことができた。
ただ今回に限り、スピードがあることが裏目に出てしまっていた。
追いつくことができないのであれば、カバーに入るという選択肢は取らなかったはずである。
いよいよ、連携が崩れ始めていた。
役割を全うして行動する。それがクロノたちの強みであった。
個々で動き始めてしまえば、それはもはや烏合の衆に成り果てるのだった。
金色の刃が振り下ろされる。それをディバインソードで受ける。
クロノから魔力弾が発射されるが、そのままフェイトに向かって弾き飛ばす。
体制が崩れる。
機が訪れていた。
ディバインソードがフェイトの体を通過する。
ブラックアウトは不可避だった。フェイトがゆっくりと地面に転がる。
「はぁ!」
火炎の一閃を潜り抜け、逆袈裟斬りにする。
さらに返しの刃で、ヴィータが斬られる。
「ブレイズ……!」
砲撃魔法は発射されることなく、クロノは地面に伏すことになっていた。
一瞬の出来事だった。
圧倒的なまでの差だった。
ここまで差があるのなら、なぜ最初からこうしなかったのか。
それは細心の注意を払い、安全に制圧するために様子を伺っていたからである。
乱暴に斬っていれば良くない結果を招いていたかもしれない。
それを考えれば、ナノハにとっては石橋を叩くぐらいがちょうど良かったのだった。
「まだ、終わってない」
なのはは諦めていなかった。
「そうだな」
自分自身のことだからよくわかっていた。
ここで折れてくれるような魂の持ち主ではない。
高町なのはは、とことん負けず嫌いなのだ。
「姉弟喧嘩と行くか」
「帰ったら、お尻ぺんぺんなの」
「……絶対負けられねぇ」
気合を入れる。
ここに、尊厳を守るための戦いが始まろうとしていた。