残存魔力は少ない。
それでも、高町なのはに諦めるという言葉は存在しなかった。
『姉の威厳を見せて差し上げましょう』
「うん! 力を貸してレイジングハート!」
次元震は起こさせない。まだ帰ってほしくもない。
大儀と願いを胸に、なのはが魔法に思いを託す。
『マスター』
「うん?」
『女の子の顔に傷を付けないでくださいね』
「うん……そうだね。そうなんだけどさ、俺の心配とかしてくれないの?」
『もちろんしています。相手のデバイスを壊してしまわないか、間違ってリンカーコアを斬ってしまわないか。たくさん心配しています』
「いや、それさっきのと同じだよね? 俺がケガするとかの心配じゃなくて、俺がやらかさないかどうかって心配だよね、それ」
『来ましたよ』
「ちょ、まだ話してる途中……!」
弾が頬を掠める。
以前より威力が増していた。
(速いな)
摩擦により髪が数本熱を帯びて宙に舞う。焼け焦げた匂いが鼻腔を刺激する。
攻撃が研ぎ澄まされていた。そこには必ず倒すという思いがこもっていた。
魔力弾を斬り捨てながら、剣が届く距離まで詰めていく。
カートリッジを一発分、強固なシールドが展開される。
シールドが、バターのように斬り裂かれていく。
『Purge』
リアクターパージにより緊急回避を行う。
レイジングハートの機転により、剣の軌道から外れることに成功していた。
(バリアジャケットが弾けたな。一撃食らわせれば終わるけど)
一度躱されたぐらいでは問題にならない。
すぐに追撃をすればそれで終了である。
だが追撃はしない。
なのはの目は諦めていない。このまま攻撃を加えれば、さらに無茶をしてくるかもしれなかった。
動きを止める。
なのはと比べて、ナノハの剣はどこか鋭さが欠けていた。殺さないという約束が、刃の輪郭を柔らかくしていた。
『マスター』
「大丈夫、まだ戦える。レイジングハートのおかげだね」
『はい。ですが』
「うん。わかってる。もう一撃だってもらえない」
接近させてはいけない。
こうなれば攻撃あるのみである。
「行くよ!」
『All right』
魔力弾が一発だけ発射される。
剣の間合いに入る直前で減速し、その場で停止した。
光り輝き、炸裂する。
(閃光弾!)
視界が潰される。
続けざまに連続射撃が行われた。
動かず、体から力を抜いていく。
息を吐き、肺を空にした。
空気の動きを肌で感じ取る。
剣が弾を捉える。
次から次へと斬り飛ばしていく。向かってくるもの全てを撃墜していった。
視界が回復する。
眼前に迫った弾を首だけ動かして避ける。
避けた弾が旋回し、再度ナノハへ向かってきていた。
いつの日か見た技。あのときと同じである。
一発目を斬り飛ばす。そしてその後ろから二発目が現れる。
裏拳で迎え撃つ。
しかし、以前のようには行かなかった。アクセルシューターには回転が掛かっていた。拳に噛みつくように回転が続く。フェイトのアークセイバーから着想を得た技だった。そのまま勢いをつけ、顔面目掛けて飛び跳ねてくる。
ディバインソードの腹が弾の軌道に差し込まれ、そのまま受け流された。
「全力全開!」
巨大な魔力の球体が出来上がっていた。
高町なのはの切り札である。
(これに繋げるためか)
今までの攻撃はスターライトブレイカーに繋げるためだった。
残りの魔力は少ない。
なのはからしたら短期決戦でしか勝ち目がなかった。
『マスター』
「ん?」
『応えてあげましょう』
レイジングハートが粋な提案をする。
「そういうとこ、嫌いじゃないぜ」
ディバインソードを天に向ける。
『Starlight Blade』
星光剣、スターライトブレイド。
運命を切り開く、希望の剣。
「スターライト――ブレイカー!!」
思いを乗せて放たれる。
スターライトブレイカーとスターライトブレイドがぶつかり合う。
力の拮抗は、しない。
砲撃は真っ二つに引き裂かれ、ブレイドがなのはを襲った。
なのはにとって誤算だったのは、すでに空気中の魔力素が少なくなっていたことだった。
大半はナノハが回収済みであり、しかも戦闘中においても魔力素の回収は継続していた。
そのためスターライトブレイカーを使用するための魔力は少なくなり、威力は格段に下がっていた。
落ちていく。
(届かなかった)
なのはが受け止められる。
霞む視界の中、自分を抱きとめた存在を認識する。
「……すずか、ちゃん」
「うん。おまたせ」
瞳は赤く、背中には赤黒い翼があった。
「後はわたしに任せて」
鈴の音のような、それでいて芯のある声だった。
すずかなら止められる。
思いを託せる友が来た事により、なのはは安堵と共に意識を失った。
「ゆっくり、ゆっくりな」
『マスターこそ落ち着いてください』
巨大化した剣を慎重に圧縮していく。
魔力が散ってしまわないようにゆっくりと作業を行っていた。
「なのは君」
取り回しのいいサイズまで圧縮させ、ディバインソードへと戻すことに成功する。
「止めに来たのか?」
「もちろん」
声は氷のように冷たく、それでいて熱があった。
赤い瞳が炎のように揺らめき、赤黒い翼は闇そのものが羽ばたいているかのようだった。
「それにしては遅かったな」
「女の子は色々と準備がいるんだよ?」
「そう、ですか。それは失礼しました」
ぺこりと謝る。
「それに、他の人を巻き込むことはできないから」
降りていく。
リインフォースのところまで行き、抱えていたなのはを預ける。
「なのはちゃんをお願いします。できれば結界の外に退避してもらいたいのですが」
ここにいられては困るというニュアンスを含ませる。
シャマルがなのはを預かり、すずかに応対する。
「任せて、いいの?」
「はい、わたしがなのは君を止めます。次元震を起こさせるようなことはさせません」
すずかであれば止めることができる。
アルフとユーノからすれば甚だ疑問ではあるが、実際に敵対したことのあるシャマルとザフィーラはすずかの言葉に疑いを持たなかった。
「わかりました。出るには一度解除する必要があります。解除後、退避が完了したら結界を再度張ります。これほど強力な結界を張りなおすのは大変ですが……」
今回の結界はかなり強力なものだった。
内側からも外側からも壊すことは難しい。
そこまで言ってシャマルが気付く。
「そういえばどこから入ってきたのですか?」
「あそこです」
指をさす。
そこには一人分の穴が開いていた。
「す、凄まじいですね」
「それほどでも」
方針を転換する。
小さい穴から脱出し、その部分を修復することにした。
「では、後はよろしくお願いします」
リインフォースとサポート組が倒れた者を抱え、結界外へと移動していく。
それを見届け、ナノハの元へと戻る。
「始める前に、聞いていいかな?」
「おう」
「なのは君の中にも、ジュエルシードがあるんだよね?」
「ああ」
「お話はした?」
「話?」
何のことやらと疑問符を浮かべる。
「その様子だとしてないみたいだね。ジュエルシードにはね。過去に存在した王の魂が封じられてるの」
漫画で読んだことのあるような、そんな内容を語り始めた。
「他のジュエルシードを壊して喰らっていくと願いが叶うんだって」
ジュエルシードは全部で二十一個存在する。
龍の玉を集めるより大変そうだとナノハは感じていた。
「わたしはお話をして、願いを伝えた。この人の願いも教えてもらった」
そっと胸に手を当てる。
「わたしたちの願いはとても似ていた。ただ一人を愛し、愛した人と永遠に一緒にいたい。それこそが、唯一にして絶対の願い」
赤い瞳が、ナノハを貫く。
「だから、一緒に頑張ることにしたんだ。わたしたちは願いを叶えるって……けど、わたしの場合はジュエルシードに願わなくても叶えられそうなんだけどね」
欲しいものは目の前にある。
ここではまだ手に入らないかもしれない。けれど帰還を阻止すれば手の届く範囲から抜け出すことはなくなる。
「わたしたちの願いは似ている。サファイアが力を貸してくれる。だからね、なのは君。この前みたいには、いかないよ?」
瞬間、空気が凍った。
比喩ではなく、実際に凍っていた。
霜が音もなく走り、地面を白く染め上げていく。吐く息が白く濁り、肺の奥がチリチリと痛み出していた。
すずかの右手には槍が握られていた。
スノーホワイト――月光を凝縮したような、透き通った氷槍。触れれば魂まで凍りつきそうな、凄まじい冷気を纏っていた。
「行くね」
鍔迫り合い。すずかの細腕からは想像もつかない膂力。そして、スノーホワイトから伝わる冷気がディバインソードの刀身を白く曇らせていった。
『……マスター!!』
ナノハも気付く。
少々荒っぽいがすずかの胸部を蹴って突き放す。
『マスター、彼女の冷気は魔力を凍結させます。ディバインソードで受けるのは危険です』
「近接戦はマズイか?」
『いえ、臆したほうが負けます。畳みかけましょう。剣戟で氷結させる隙を与えないでください』
「了解。俺もそのほうが性に合ってる」
すずかが再び踏み込む。今度は先ほどよりも速い。
スノーホワイトが横薙ぎに迫る。上体を反らして躱し、カウンターで胴を狙う。
空振る。すずかは翼を広げて宙に舞い上がっていた。
そのままスノーホワイトを突き刺してくる。
黒剣を地面に突き刺し、無理やり回避する。スノーホワイトが先ほどまでいた地面を直撃し、その一帯を瞬時に凍土へと変えた。霜柱が無数に立ち上り、白い槍の林のようになっていた。
ディバインソードを正眼に構え直す。
剣先が微かに震えるのは、寒さのせいだけではなかった。
「思いっきり体を動かせるのって楽しいね」
すずかが空中で静止し、赤い瞳でナノハを見下ろす。赤黒い翼が月の光を遮り、彼女の全身を影に包んでいた。
「なのは君なら、もっと激しくしても大丈夫だよね」
スノーホワイトを天へと掲げる。まばゆく輝き、周囲の温度を急激に下げていく。
「眠れ――永久氷棺」
足元から巨大な氷の棺がせり上がり、ナノハの身体を飲み込もうとする。
棺の蓋が現れ、ナノハを完全に閉じ込めようとした。
ディバインソードを逆手に持ち、全力で飛び上がる。圧縮された魔力の刃が、氷の蓋を砕いて壊す。
氷の棺を飛び越え、すずかの懐へと飛び込む。
すずかの手が、ナノハの喉元を掴もうと伸びる。その手を黒剣で受け流し、腕の下を潛り抜けて背後に回る。
ディバインソードを振り抜く。すずかの背中に、深い斬撃が走った。
——はずだった。
「惜しかったね」
斬ったのは氷像だった。
背後にはすずかがいた。
後ろを取った。そう思ったのも束の間、すずかの眼前に黒剣の切っ先が迫る。
ナノハは振り返らず、わきから黒剣を背中越しに突き出していた。
紙一重にてどうにか躱す。
体制が崩れたところに後ろ蹴りが叩き込まれ、やや後方へ飛ばされてしまう。
「やっぱり、なのは君はすごいな」
すずかの声に、熱が混じっていた。彼女の頬に一筋の切り傷。赤い血が、白い肌を伝って落ちていく。
「わたしも、負けてられない」
右手をかざす。彼女の周囲に、無数の氷の刃が浮かび上がる。数えきれないほどの氷剣が、ナノハに牙をむいていた。
「千氷夜」
すずかの声と共に、無数の氷剣が一斉に放たれた。
ディバインソードと黒剣により、次々と氷剣が斬り落とされていく。
だが数が多すぎた。一振りごとに腕が凍え、少しずつ指の感覚が奪われていく。
「くそっ」
九十八。九十九。百。
百を超えたあたりから、捌ききれない分が出てきていた。避けきれない氷剣がナノハの身体を浅く切り裂いていく。
血が飛び散り、そのすべてが空中で凍りついていった。
終わりが見えてくる。
最後の一本を斬り飛ばし、すぐさま次の行動を開始した。
「行くぞ、レイジングハート!」
『All right. Master. ――Starlight Blade, ready』
狙いを定める。
狙うは右腕。
スノーホワイトを持っているほうである。
スターライトブレイドが発動する。
一気に伸びていき、すずかの右腕を突き抜けた。
赤い瞳が、大きく見開かれる。
基本的にナノハの戦闘スタイルは近接戦である。
中距離、遠距離による攻撃はない。
そう思い込んでいた。完全に意識の外だった。
それゆえ、避けることは不可能だった。
スノーホワイトが手から離れる。
この機を逃さない。
ここを逃してしまえば、この後の戦いは死闘と成ってしまう。
――願いはない。
あるのは差別なき否定のみ。
民を持たぬ王の役目は、他の王を断罪することだけである。
王域魔法、ディバイン・ライト・オブ・キングス。
スノーホワイトが、真っ二つに切断される。
ここに、願いが一つ否定されていた。
「あ」
すずかが落ちていく。
ジュエルNo 3 サファイア。
それは、スノーホワイトそのものでもあった。
落ち行く少女を受け止め、ゆっくりと地面におろす。
ふらつく。
立っていることができず、ナノハに支えられながら地面へ横になった。
「負けちゃった」
氷の世界が崩れていく。所々にそびえ立っていた氷柱に亀裂が入り、氷片となって大地へ降り注がれていた。
「ねえ」
雪のように白い肌。血の気を失った唇。紫色の髪が、融けかけた霜の上に扇状に拡がっていた。冬そのものが、彼女の形を借りて死につつあるかのような光景だった。
「最後の、お願い」
少年の首に腕を回す。ぐい、と引き寄せる。
二人の距離が息が触れ合うまでに縮まった。
「ん……」
唇が、重なった。
冷たい。
冬の湖の底に沈められたかのような冷たさ。それが、すずかの唇の温度であった。しかしその冷たさの奥に、確かに脈打つ何かが存在した。
少年は、抗わなかった。
この期に及んでもなお感じる「負い目」なるものによって、抵抗することをやめていた。
そして。
ぬるり。
柔らかなものが、少年の唇を割り開いた。口腔内へと侵入し、歯列をなぞっていく。舌に絡みつき、ねぶり、犯していく。そうしてお互いの唾液が全て溶け合った頃――。
「んっ……!」
ちくり、と。
鋭い痛みが下唇を貫いた。すずかの歯がそこを噛み破っていた。鉄の味が唾液に混じって口の中に拡がる。自分の血の味。そして、それを啜る少女の微かな喉の音。
唇を離す。
口元には少年の血が、赤い糸を引いて光っていた。
少女がふわりと微笑む。それは年相応の笑みであった。
「……また、いつの日か」
氷の女王が眠りにつく。
否、すでに氷帝としての力はなくなっていた。
ただの少女として、安らかな夢路へと旅立っていた。
少年が立ち上がる。
転移してきた場所へ移動し、溜めた魔力を解放する。
空間に穴が開く。ようやく、ここまでたどり着いていた。
ただ、次元震が起きていた。
慎重を期して作業をしたが、次元に穴を開けるためどうしても発生は避けられなかった。
しかし規模は最小限である。
これであれば被害が出ることはないだろう。
いざ、帰還。
とはいかず、穴に入る寸前で足が止まっていた。
未練はない。
何度も心に言い聞かせ、それでも我儘を言おうとする心を殴りつけてきた。
なのに――。
「父さん」
知らず、涙が零れる。
もう会えない。もう声を聞くこともない。二度と、言葉を交わすこともない。
しかし、それは月村すずかがナノハへ抱く思いと同じである。
人の思いを否定した。斬ってでも進むと決めた。ならば立ち止まることは罪である。そう理解しているのに、足が動かない。自分はこんなにも弱いのかと、自らに嫌気が差していた。
『たまには』
レイジングハートの声が静かに響く。
『たまには、誰かに選択を委ねても良いんですよ』
その声は機械的でありながら、どこか温かみを帯びていた。
『揺らぐことは弱さではありません。大切なものを知った証です。自身を責める必要はありません』
不屈の心が、ナノハの背中を優しく押す。
『進んでください。あなたの未来はそこにあります』
「――ああ」
涙を拭い、思いを断ち切るようにこの世界へ捨てていく。
踏み出す。
光が彼の身体を飲み込む。次元の波が、ナノハを元の世界へと運んでいく。
さようならと――その言葉だけが、凍原に溶けていった。
三章完。