再会
最初に崩れたのはヴィータだった。
鉄槌が空振る。
キリエの高速移動を捉えることは叶わず、反撃を許してしまう。
金属が軋み、砕ける音が遅れて響く。ヴィータが、夜の海へと放り出されていく。
シグナムが踏み込む。
剣閃三連。烈風が空を裂く。
ただ、キリエはそれよりも早く動き、剣を叩き折る。続く一撃が彼女の意識を刈り取った。
「ごめんね」
夜気に溶ける静かな響き。
敵対者に向けてではなく、自身の良心に対して言っているようだった。
倒れているはやての元に行き、デバイスを拾い上げた。
「よお」
その声は驚くほどに落ち着いていた。
怒りでも、悲しみでもない。どちらかと言えば知人に対して挨拶するかのようだった。
「君は?」
自分と同じか、あるいはそれより小さな体をした少年がいた。夜風に遊ばれる茶色の髪。キリエを見据える瞳は、年齢にそぐわぬ静けさを帯びていた。
「そこらで寝てるやつらの友達だよ」
「そっか、そしたら悪いんだけど、友達を介抱してあげてくれないかな」
「ああ、そのつもりだ」
「良かった。じゃあ私は行くね」
「大丈夫か?」
「……え?」
「腹に穴開いてるけど」
腹部が濡れていた。血だ。量は多くない。かといって無視できるものでもない。
「大丈夫だよ。私、頑丈だから」
「そうなんだ。なら多少攻撃しても問題なさそうだな」
「……ごめん、もう、余裕がないんだ。おとなしくしててくれないかな」
その頼みを踏み砕くように一歩前へ出る。
キリエの表情がわずかに強張る。腹の傷を押さえたまま彼女は半歩だけ後退した。夜の海が背後で鳴っている。波の音は一定の間隔で、呼吸のように寄せては返す。
「君、本当に子ども?」
「見た通りな」
「そう思えないから質問したんだけど」
小さく笑う。乾いた声だった。
呼吸が、波より速くなる。
また一歩近づく。
恐怖が濃くなっていく。それを消し去るために、わざと腹を強く握った。
痛みで恐怖が薄らぐ。再び足が動かなくなる前に攻撃へと転じた。
速い。腹の傷など忘れたかのような踏み込みだった。
なのはは動かない。左手を軽く上げ、剣の軌道上に置く。
剣が、止まる。
「……噓でしょ」
箸を持つように指でつまみ、片手のみで白刃取りをしていた。
キリエの拳が迫る。なのはが体を半歩だけ横へと滑らせる。最小限の動き。無駄がない。
拳が空を切る。
反撃は、拳一つ分の間合いから放たれた。
ほとんど距離のない状態からみぞおちを捉える。小さな体からは想像もつかない重さ。
息が止まる。膝が落ちかけるが、気合で踏ん張った。歯を食いしばり、剣を手放して腕を振り抜く。
なのはがそれをヒジで受ける。キリエの手から骨の折れる音がした。
「いたっ!」
「あ、ごめん」
苦痛で表情が歪む。
「さっきまで戦ってから……感覚が鋭くなってるというか……」
申し訳なさそうに言い訳を並べる。
「ここまで来て、諦めるなんてできない!」
キリエの体が発光する。
「システムオルタ・バーストドライブ!」
輪郭が薄くなる。視界に残ったのは残像のみ。キリエは背後へと回り込んでいた。
なのはは振り返らない。先ほどと同じく、剣を掴み取ろうとする。しかしキリエも同じ轍を踏むようなことはしない。
掴まれる寸前にて剣から銃に切り替える。
引き金を引く。銃口から後頭部へ向けて発射された。
その先のことは、キリエの記憶にはない。
なのはの手の平が顔面を捉え、そのまま道路へと叩きつけていた。
コンクリートの砕ける音。それきり、キリエが動くことはなかった。
「ちょ、あの、キリエ?」
慌てて口元に耳を近づける。
息はしている。死んではいない。
「ほっ」
ひとまず安心する。
(そういえば)
もう一人、キリエの協力者がいるはずである。
イリスを探す。
しかし見当たらない。それらしき気配も感じられなかった。
「逃げたか、そもそもここにいなかったか」
どちらか不明ではあるが、とにかくいないのであればこれ以上警戒する必要はない。
「怪我人を回収して、時の庭園に転送しやすいように一か所に集めとくか。その前にドクターに連絡かな」
やることを決め、テキパキと行動する。
さっきまでの喧騒が嘘のようになくなり、今となっては聞こえてくるのは波の音のみだった。
「女の子の匂いがする」
フェイトと再会した。
時の庭園に移動してすぐのことである。
無事でよかったと、フェイトが喜び、胸に飛び込んできていた。
その直後だった。
すずか並みの冷気を放つ。
体感温度が急転直下していた。
「そう、かな」
「うん」
フェイトがなのはをじっと見つめる。
「なのは」
「うん?」
「唇が切れてる」
「あ、あれ、ホントだ。乾燥してるせいかな」
「乾燥……?」
フェイトの声が、すっと低くなる。
「う、うん」
「ふーん……傷、深そうだけど大丈夫?」
心臓がきゅっとなる。
嘘をついた分、真実を話すのが恐ろしくなっていた。
フェイトの嗅覚は伊達ではなかった。魔法の鋭さもさることながら、なのはのこととなればなおさらであった。
この話題は分が悪い。
必死に話題を変えようと試みた。
「ほ、ほら、フェイト。久しぶりだし、みんなのところに行かないか? 心配かけちゃっただろうしさ」
「なのは」
「は、はい」
フェイトの指が、そっと唇に触れる。ひんやりとした感触。そのまま、傷ついた部分をなぞっていく。
「嘘、ついてないよね?」
ごくり、と喉が鳴る。
「もし嘘だったら、大変なことになるからね?」
微笑んでいた。ただ目は笑っていなかった。
「じゃ、行こっか」
無事に帰ってこれた。なのに、生きた心地のしないなのはだった。
「やあ」
みんなの人気者、ジェイル・スカリエッティである。
時の庭園の一室にて足を組み、優雅にコーヒーを嗜んでいた。
「息災だったかな?」
「それなりにな。ドクターは?」
「芳しくはないね。何せ大切な家族がいなくなっていたのだから」
「そうは見えないけど」
「そうは見えないかね?」
飄々としているようでそうではない。
ジェイルが相手とはいえ、配慮に欠ける発言だったようである。
「……ごめん、悪かった」
「構わないとも。何せまた共に愉快な日々を送れるのだからね」
嘘のない声だった。その言葉に少しだけ口元を緩ませる。
「ところで」
なのはがジェイルの後ろに控える女性に視線を移す。
薄紫の長髪。ウェーブがかかっており、どことなくジェイルに雰囲気が似ていた。
「どちら様?」
「紹介が遅れたね。こちらはウーノ。戦闘機人さ」
「ご紹介に与りました。ウーノと申します。主にドクターの助手をしております。今後ともお見知りおきを」
「よ、よろしく」
丁寧な物腰。しかしその瞳の奥には、どこか機械的な冷たさがあった。
戦闘機人。その言葉が、なのはの胸に引っかかる。
「なのは」
戦闘機人について質問しようとしたところにユーノが現れる。部屋の入口からひょっこりと顔を出し、足を踏み入れた。
「ユーノ、久しぶり」
「大変だったね」
「ああ、流石に疲れたよ」
それを聞いてユーノから乾いた笑いが漏れる。
本来、疲れたの一言で済む話ではない。
一人で異世界に飛ばされたとなれば精神が崩壊してもおかしくはない。それをまるで買い物から帰ってきたくらいの疲労感で話していた。その図太さに、ユーノは半ば呆れ半ば安心していた。
「報告かな?」
どう返答したらいいかわからず戸惑っているところ、ジェイルから話を振られる。
「はい、これ以上の新たな発見は難しそうですので、一度報告を……」
何の話だろうとなのはから疑問の視線が飛ぶ。
「ジュエルシードについて調査してたんだ。その内容についてこれから報告するところ」
「そうなんだ」
「なのは君も聞いていくといい。それで浮かない様子だが、何か問題かな?」
「問題、と言ったらいいかわからないですが」
ユーノの声が少し沈む。報告の内容に自信がないのだろう。それは彼の声音だけでなく、俯き加減の姿勢にも表れていた。
「……ほとんどが確証のない話です。集めた情報はどれも古い詩や物語、加えていくつかの手記を参考にしたものですので、お役に立てるかどうか――」
「構わないさ。君ほど優秀な学者が調べて持ってきた情報だ。その価値は高く、時間を割いてでも聞くに値する。それに他の者が調べても君ほど情報を集めることはできないだろう。だから聞かせてくれないだろうか」
からかう気配も試すような響きもない。ただ思っていることを淡々と並べている。それだけのことだった。だが、その淡々とした様子がユーノの声に張りを戻していた。
「ジュエルシードにはおそらく、王と呼ばれた人たちの魂が封印されています。統治者や君主、支配者に指導者。呼び名は様々あれど、いずれも人々の頂点に君臨した者たちであると推測されます」
ユーノが一度ジェイルの様子を伺う。
調べたことを話しているだけではあるが、内容が内容だけに空物語を話している気分になっていた。
笑われないかと不安を抱く。自分の声が部屋の空気に溶けず、浮いているように感じられた。
しかし、ジェイルは愚弄も嘲笑もしない。
ただ耳を傾け、疑いの視線を向けることなく話を聞いていた。
その沈黙が、ユーノにはありがたかった。
「封印をしたのは神や超越者、あるいは抑止力と呼ばれるものたちです。正直、何を指しているのかはわかりません。文脈で判断するならば、上位存在と解釈するしか……」
今度は口を出す。
話の邪魔をする気はない。ただ少しばかり励ましが必要だと感じていた。
尻すぼみになった語尾を拾い上げるように、優しめの声でフォローする。
「我々は神域魔法の存在を知っている。上位の存在がいると仮説を立てて論じても問題ないだろう」
ユーノが頷く。再び自信を取り戻す。
「過去、王たちは戦争をしていたそうです。自らの願いを叶えるため、または民を導くため。やがて星間戦争へと発展し、次元世界を巻き込む大きな戦いになったと記されています」
「なるほど、続けてくれるかい」
「はい。そうして世界が次々と滅んでいく中、終わらぬ戦いの仲裁として現れたのが抑止力です。王の魂を宝石に封印し、いずれ現れる器と共に決着をつけるようにと裁定を下しました。そして勝利者には一度だけ、願いを叶える権利が与えられる。と、昔話では語られています」
コーヒーの湯気が揺れて、天井の灯りをぼんやりと濁らせた。
「俺からもいいか」
なのはが手を挙げる。
それを拒否するものなどいない。
「月村は多分、封印された魂と意思疎通ができてた。ユーノが調べたことと同じように願いを叶えられるってことも言ってたはず」
「なるほど、ではユーノ君が調べた情報の信憑性はさらに高まったわけだ」
ジェイルがカップを置く。陶器と机が触れる小さな音。その音が区切りのようだった。
「君のおかげで暗中模索からは脱することができた。これだけ情報が揃えばやるべきことは見えてくる。よってここからは科学者の出番だ。情報を確かなものとするべく、調査を行っていくとしよう」
立ち上がる。床に長い影が伸びていく。
「今日はお祝いといこうではないか。ユーノ君の素晴らしい功績を称えて、そして我らのリーダーの帰還を祝して」
ジェイルがウーノに指示を出し、宴の手配をする。
二人が部屋を出ていき、そのあとにユーノが続く。
一人、部屋に残される。
コーヒーの香りが、部屋の中を満たしていた。士郎とはまた違う、別の匂い。ジェイルが好んで飲むコーヒーだ。
なのはは、自分の世界に帰ってきたのだと、安らぎと共に感じていた。
次回:10月31日(土)