「なのは君」
「うん?」
「重くない?」
「全然」
「ほんまか?」
無理をしていると思われても仕方ない。
何せ歩いて三十分は経っている。
しかし、なのははほとんど汗をかいていなかった。それが嘘や強がりでないことを証明している。そのため、はやてはそれ以上何も言わなかった。
また、この間にはやての質問に答えていた。
一方的に話して情報を伝えるのも考えたが、それではなおさら混乱させてしまうと思い、まずは質問に答えることにした。
今のところ答えたのは魔法というものがあること。
そしてこの世界に来てしまったのは、その魔法が関連している可能性が高いということである。
はやてが話を飲み込むまで時間は掛かっていたが、魔法の実演をしたこともあって今は多少なりとも信じてもらえていた。
「ということはなのは君は魔法使い?」
「うん。けど、俺らのことは魔導師って言うらしいよ」
違いはわからないけどと付け加える。
「そうなんや」
「そうなんよ」
はやては少し考え、なのはに質問する。
「私も魔法使えるようになるんかな」
「できると思うよ」
「ほんま? 後で教えてくれへん?」
「おう……」
今のはやてに魔法を使わせてもいいのだろうかと考える。
(確か夜天の書に蝕まれてなかったか)
今、夜天の書ははやての背中にあった。
(下手なことはしないほうがいい気がする)
魔法を使えば何が起こるかわからない。変に刺激を与えるようなことはしないほうが無難である。
(やっぱ後で断っておこう)
なのはは安全策を取ることにした。
「それにしても」
はやてが空を見上げる。
「魔法なんてものがあったなんてなぁ、まだ頭が追いついていかへんわ」
無理もない。
地球では空想世界のものとして扱われている類のものである。
「盛大なドッキリって言われた方がまだ納得できそうや」
二人が開けた場所に出る。
そこには大きい湖があった。
ここら辺で小休止を取ることにする。
「それにここは地球やないんやろ?」
「うん」
「魔法は実際に見せてもらったから信じるしかないけど、異世界っていうのはどうもなぁ」
今のところ地球と変わったところはない。
人が生息できる星であるため、似ている部分は多いのだろう。
そのためまだ疑いを持っていた。
あからさまに地球との違いがあれば、はやても信じざるを得なくなるだろう。
(見たことない生き物でもいればな)
そう考えた時だった。
湖から巨大な生物が現れる。
首が長く、全長で十メートルは超えていた。
ゆっくりと口が開き、獰猛さを表現するような鋭い歯を覗かせてくる。
開いた口は大きく、人を丸のみにすることは容易である。
「異世界ってことも信じられそう?」
「ネッシーなら地球の可能性ありやな」
そんなに認めたくないのだろうかと疑問を持つが、はやての顔を見て考えを変える。
口は開き、目の焦点が定まっていない。
現実逃避をしたかったのだろう。
(迎撃、はやめとくか。はやてを背負ったままは危なすぎる)
それに保護対象に指定されている可能性もある。
下手に手を出して、後々問題になってしまうと困る。
(有名どころならわかるんだけど、この生物はわからないな。こんなときユーノがいれば)
だが今はあれこれ考え事をしている時ではなかった。
「はやて」
静かに、ゆっくりと腰を落とす。
自分の呼吸を
「落ちるなよ」
はやてが腕に力を込める。
「逃げるぞ!」
二人を捕食するべく首を伸ばしてくる。
同時になのはが駆け出す。二人がいたところは、大きく抉れていた。
一瞬でもタイミングがズレていたら、骨ごと食い千切られていたのは間違いなかった。
なのはが走り続ける。
人一人背負ってはいるが、かなりの速度が出ていた。
「ちょ!」
はやてが驚きの声を上げる。
とんでもない速度にもだが、それ以外にも理由があった。
「なんやあれ!? えらいことになってるで!」
後ろからは湖獣が追ってきていた。
ヒレを地面に叩きつけながら無理やり追ってきている。
そして長い首を左右にブンブンと振り、邪魔な木々をなぎ倒していた。
その光景はホラーさながらだった。
「アカンアカン!!」
はやての焦りようは半端ではなかった。
相当な恐怖映像となっているのだろう。
(スピードを上げれば振り切れそうだけど)
もっと速く走ることはできる。
ただこれ以上速くするとはやてが振り落とされてしまう。
背負うのではなく、前で抱えれば良かったと反省する。
距離は少しずつ詰まっていく。さらになのは達の前に折れた木が飛んでくる。
狙ってやったわけではないのだろうが、ちょうど行く手を阻むように落下してきていた。
(仕方ないか)
迎撃することを決める。
すかさず、落ちてきた木を掴む。
それを片手で軽々と持ち上げた。
「ちょお!!」
はやてが先ほどよりも驚いていた。
とんでもない怪力である。
狙いを定める。そのとき、何か様子がおかしいことに気づく。
「なんだ」
湖獣は立ち止まり、口を開いていた。
(ブレスか? ……いや、あれは!)
動作から攻撃の予測はできた。
しかし、口内に魔力が集まっていることに気が付き事態が一変する。
(やばい!)
湖獣は魔力持ちの生物だった。
魔力持ちの生物は非常に危険であり警戒する必要がある。複雑な魔法や多種多様な魔法は使用しない。
その代わり魔力量が多く、瞬間的な魔力出力は人間よりも上回っていた。
チャージが終わり、光線が放たれようとした。
それよりも早く、なのはが湖獣の顎目掛けて木を投げる。
「オラァ!」
真っすぐと木が飛んでいく。
顎に命中し、顔が上に向く。
光線は空へと放たれ、雲に穴が開いていた。
「む、無茶苦茶や」
なのはが駆け出す。
今がチャンスとばかりに走っていく。
見えなくなるところまで逃げ、ようやく立ち止まる。
これ以上追ってくる気配はなかった。
「危なかったな」
「一日に何回死にかけるんや」
はやての心臓はバクバクと動いていた。
その鼓動が背中越しに伝わってくる。
「このままやと心臓が爆発して死んでまうわ」
冗談っぽく言って笑う。
気丈に振舞ってはいるが、心的ストレスは相当なものだろう。
(心臓が爆発して死ぬことはないだろうけど、何かしらのストレス障害は発症するかもしれないな)
なるべく不安にさせてはいけない。
そのためには自身が怖がったり、不安な様子を見せないことが重要だ。
正直、なのは自身この状況に対して不安でいっぱいである。しかし弱音は禁物である。はやてのためにも不安と弱音をねじ伏せる。
今は自分のことより、はやてのメンタルケアが優先である。
ポケットに手を入れて、チョコレートを取り出す。
いつも持ち歩いているお菓子である。
「はい」
取り出したチョコをはやてに差し出す。
「少しは落ち着くかもよ」
それをはやてが受け取る。
「ありがと」
パリッポリッとチョコを食べる。
肩の力が抜け、背中から少しばかり落ち着いた雰囲気を感じ取る。
「これからどうするつもりなんや?」
「地球に帰る。方法に関してはいくつかあるけど」
なのはが頭の中で選択肢を並べる。その中から現実的なものをチョイスする。
「時空管理局と連絡を取るのが一番いいかな」
漂流者として連絡を取り、保護してもらうのが無難だ。
ただ、それが難しい状況にある気がしている。
ハーディスが言うには、国としては管理外世界としての立場を維持しようとしている。
どちらでもいいというスタンスではなく、ラトリアは自らの意思で管理外世界であることを望んでいる。
いわゆる鎖国状態なのかもしれない。
その場合は外の世界に連絡を取ることが難しくなってくる。
転移をするのなんて以ての外だろう。取り締まりは相当厳しいものになっているはずだ。
これらに関しても事実確認が必要である。
ハーディスに聞いておけばよかったのだが、そのときはそこまで思考が回っていなかった。
「時空管理局?」
「うーん、とね。日本でいう警察に近いかな」
「宇宙版の警察?」
「そうだな。世界の平和を守る組織だ」
一応な、と付け加えようとしたがやめた。
悪く言うのも違う気がした。管理局について良し悪しを判断するのははやて自身に任せるべきである。
(前は管理局に所属してたけど、今回はどうするか)
所属していた頃を思い出す。
次元世界の秩序を守り、平和を維持していく組織。
その理念は正しく、あらゆる世界が賛同していた。
しかし内部にいて感じることもあった。
管理局はどうもきな臭いところがあった。
ただそれはどの組織でも言えることである。
潔癖な組織など存在しない。人が人である以上、善意と悪意は同居するしかない。
(まあ、まだ先のことだしな)
将来のことは棚に上げておく。
それより今は生き延びることだけを考えるべきである。
日が暮れてくる。
なのはは休めそうなところを探し、休息の準備を始めた。
焚火に薪をくべる。
はやてはすでに眠りについていた。
色々あったせいだろう。横になった瞬間、寝てしまっていた。
少し考え事をする。
(やらなきゃいけないことがある)
この場での話ではなく、将来起こり得ることに対してである。
(まず、はやてを夜天の書の呪縛から解放する)
一番簡単な方法がある。
それはレイジングハートの力を使用することである。
(夜天の書を闇の書たらしめている原因、その原因を斬ればいい)
そうすれば解決する。しかし懸念点がある。
リインフォースのことである。
彼女は本来、消えてしまう存在だった。それが前の世界では存在し続けていた。
何も悪いことではない。はやての家族がいなくならないのであれば喜ばしいことだ。
ただ、そうなることで誕生しない者がいた。
リインフォースツヴァイ――はやてが元の世界で生み出した新たな命である。
なのはが知っているリインを救うように行動すれば、新たな誕生を否定することになる。
どちらかを選ばなくてはいけなかった。
(どちらかしか選べないのなら、大切だと思う方を選ぶ)
答えは出ていた。
もうなのはの心は決まっていた。
難しいことのようで簡単なことである。
ただ決断できるかどうかであった。
なのはに迷いはない。取るべきものを取る。ただそれだけのことである。
(あとはイリスにキリエ、キャロとエリオにヴィヴィオ……このくらいか?)
指を折って数える。
(スバルもか)
一人追加する。
他にもいた気がするが、今出てくるのはここらへんである。
(あとで書き出して整理しとこ)
指折りをやめる。
それからもう一つ、ラトリアに来る前の暴走について思い出す。
あのとき、自分で自分を制御することができなかった。強烈な感情の波に襲われ、意識が乗っ取られたようだった。
もう一度あの状態になってしまうのは避けたいところだ。
そして握っていた黒剣。
心当たりがあるとすればジュエルシードである。
なぜという疑問は尽きない。考えても答えは出ないが、一つだけわかることがある。
武器の取り出し方である。
(なんとなくだけど、取り出し方はわかる)
暴走が怖くて試せないが、いつでも出現させることはできそうだった。
安易には使えない。
けれど、いざというときは使わざるを得ないかもしれない。
「はぁ」
思わず溜息が出る。
やることも考えることもたくさんある。
しかし泣き言は言ってられない。
今は一人ではなく、守るべき存在がいる。
頭と体を使いすぎたせいか疲労困ぱいである。
なのはも眠気が限界となる。
(少し寝るか)
明日、活動するためにも休息を必要だ。
休む準備をする。
拳銃の弾倉を取り出し、残弾数を確認する。弾倉を戻し、握ったままポケットにしまっておく。
それからはやての近くに移動し、横にはならず座ったまま目を閉じた。