漂流して二日目。
少年と少女が二人旅をする。
「はやてはどんな漫画を読むんだ?」
「割となんでも読むで。少年漫画も少女漫画も好きや」
「一番好きな漫画は?」
「一番って言われると難しいなぁ……けど、なのは君の好きな漫画はわかるで」
はやてがニヤッとする。
「ドラゴンボールやろ」
「なんでわかったんだ」
「ザ・少年って感じやからな。お顔はザ・少女って感じやけど」
「なんか言ったか?」
「なんも言ってへんよ」
はやてがすっとぼける。
「おっと間違えた」
ゆっくりと背中を反らしていく。
はやてが背中から落ちそうになる。
「なにすんねん!」
慌てて両手を伸ばす。
左手の指が鼻の中に入り、右手は耳を掴んでいた。
「いででで!」
鼻と耳が引っ張られる。
また、自重だけでなく、意図的に力も入れていた。
なのはがたまらず姿勢を直す。それと同時に痛みから解放された。
「おい、今わざと力入れてなかったか?」
「なのは君じゃあるまいし、そないなことせーへん」
しれっと言い放つ。
悪びれた様子はない。
「……腹黒狸」
「女顔」
お互いに喧嘩を買うことにした。
なのはとはやて、プライドをかけた戦いが今ここに始まった。
歩き続けて数時間。
背中からは寝息が聞こえてきていた。
両腕は抱きしめるように首に巻き付いている。
体を預けている状態であり、完全に信頼しきっている状態だった。なのはとしても落ちる心配がないので、これはこれで助かっていた。
森はまだ抜けない。
本当なら飛んでいきたいところだが、はやてが落ちてしまわないか心配で飛ぶことはできなかった。
(デバイスがあればな)
万が一落下してもデバイスの補助があれば安全に救助ができる。いよいよとなったら飛ぶしかないが、今はまだリスクを冒すときではない。
(それに)
上空を見る。
空では鳥が飛んでいた。人をさらえるほどの大きい鳥が山のほうに飛んでいく。
(どう考えても襲ってくるよな)
飛べば確実に発見される。
やはり飛んでいくのは危険と考える。
数分歩き、洞穴を発見する。
(今日はここで休むか)
日も落ちかけている。
はやてを壁側に降ろしてから休息の準備を始めた。
はやてに食料と水を渡す。
初日に出会った軍人から失敬したものである。
「ほい」
「ありがと」
地面に座り、自分の分を取り出す。
一息つこうとしたとき、向かい側の様子がおかしいことに気付く。
はやてはじっとレーションを見つめていた。
「これ、どうやって食べるんや?」
「ああ、ごめんごめん」
はやてに開け方を教える。
「熱くなるから気を付けて」
「おお! ほかほかになった!」
常温だった食べ物が急激に温かくなる。
そのことにいたく感動していた。
なのはも自分の分を食べ始める。
これで手持ちの食料は残り三日分となる。
(三日のうちにたどり着ければいいんだけど)
ハーディスに教えてもらった中立地帯。
そこへ三日間のうちに行ければ問題ない。
ただそれ以上の時間が掛かるとなると、水と食料の現地調達が必要となる。
(水が一番必要だ。けど湖の水は怖いな。まだ果実とかのほうが安心か)
道中、実っているものがあれば採っておこうと考える。
それに果物が手に入ればある程度食料問題も解決する。
手に入らないときはどうするか。
なのはは昨日遭遇したネッシーもどきを思い出す。
(あれを狩れれば、結構な日数は持つな)
正直、狩りのほうが楽である。
だが、保護対象の場合は問題となる。
(いや、四の五の言っている場合じゃない)
いざとなったらいただくことにしようと決意する。
(何にしても一刻も早く到着することだな。時間が経つほど問題が増えていく)
「なのは君」
はやては横になっていた。
声はいつもより元気がない。
「私たち、帰れるかな」
考え事をしていたせいか、不安が顔に出てしまっていたのだろう。それを見てはやても不安になっていた。
「帰れるよ」
帰れるかはわからない。
けれど断言する。無責任かどうかなんて知ったことではない。小さい女の子を不安にさせることのほうが問題である。
「大丈夫」
「……うん」
はやてはこちらに背中を向けている。
その背中は震えていた。
「なのは君」
声も震えていた。
今にも泣いてしまいそうな声色だった。
限界かもしれなかった。
立ち上がり、はやての近くで腰を下ろす。
そしてはやてと反対向きになるように座った。
背中と背中がくっつく。背中越しに温かさが伝わる。
「大丈夫、絶対に帰れるよ」
「うん」
地面に着いていた手に柔らかい感触が伝わる。
見れば、はやてがなのはの手を握っていた。
その手は震えていた。
優しく、その手を握り返す。
はやてが眠りにつくまで、手を握り続けていた。
そして、その頃にはもう手の震えは止まっていた。
曇り空。
雨が降りそうだと予感する。
(降る前に休憩するか)
先に進みたいが、体力の消耗は避けたい。
雨に濡れて風邪でも引いたら非常にまずい。
特に体力の低いはやてのことを考えると安全策を取るほかなかった。
(それにしても)
なのはが一度立ち止まる。
一瞬、目まいに襲われる。
(体力は問題ない。疲れもそれほど感じない)
しかし、頭に霧がかかったような嫌な感覚があった。
背中からも苦しそうな声が聞こえてくる。
「うーん」
どうやらはやても具合が悪そうだった。
「大丈夫?」
「なんだか、頭がぼーっとする」
「他には?」
「なのは君の後頭部が臭い」
自分と症状は似たようなものだと推察する。
(多分だけど、これは)
手のひらを上に向け、魔力弾を生成する。
さらに集束スキルを使用し、空気中の魔力素を集める。
それはいつもより強固な魔力弾となっていた。
(魔力素の濃度が高い)
惑星には多かれ少なかれ、空気中に魔力素が漂っている。
適性値は通常濃度の±15%である。
それを超える場合は、今のなのはたちのように体に支障をきたしたりしてしまう。
そして、この星ラトリアは魔力濃度が高く、通常濃度より15%を超える場所が多くあった。
(まずいな)
足がふらつき始める。
いよいよダメかと思ったときである。
近くから音が聞こえてくる。
見れば洞窟があった。
近くに行き様子を伺う。
足音が近づいてい来る。見上げると一人の男性がいた。
「誰だ?」
倒れそうになり、壁に手をつく。
返事をしようとするがこれ以上立っていることができなかった。
膝をつき、そこで力尽きてしまった。
目を覚ます。
はやては隣で寝ていた。
しかも防護マスクのようなものを付けていた。
(俺もか)
マスクはなのはにも付いていた。
周りを確認する。
近くには先ほどの洞窟があった。倒れる寸前に見たものと同じである。
その洞窟の奥から音が聞こえてくる。
ひとまず様子を見に行くことにした。
「あの」
「目を覚ましたか」
何やら作業の途中だった。振り向くことなく作業を続ける。
年齢にして五十代後半といったところだ。
ただ聞いたことのない言語だった。試しに公用語で話しかけてみる。
「あなたが助けてくれたんですか?」
「応急措置だ。助けたというほどでもない」
どうやら通じるらしい。
管理外世界では通じないことは多々ある。
とは言え、そこらへんは魔法が使えればある程度解決はする。デバイスがあればさらに正確な意思疎通が可能となるが、今はないものねだりである。
「ご迷惑をおかけしました」
頭を下げる。
「気にするな」
ぶっきらぼうに答える。
良く言えば恩着せがましくない、悪く言えば愛想がない。
「すみません。少しお尋ねしたいことがあるのですが」
男が一度作業を止める。
「構わないが一度外に出よう。ここは危ない」
危険な理由はわからないが、現地民の言うことは素直に聞くべきである。
男に従い一緒に外に出る。
「あ、なのは君……えと、どちらさま?」
はやても気が付いていた。
「この人が助けてくれたんだ」
はやてが男のほうを向く。
それから頭を下げた。
「ありがとうございます」
なのはが通訳する。
お礼に対して男は軽く手を挙げた。
なのはが本題に入る。
「俺、高町なのはって言います。この世界に漂流してきてしまいまして……」
「それはまた難儀だな」
言葉では心配そうにしているが、目はそうではない。
会ったばかりの人のことを心配するほうが不思議だろう。
「ここらへんに町があると聞いたのですが、よかったら場所を教えてもらえませんか?」
「それならここを真っすぐだ。数時間もしないうちに着く」
道の先を指し示す。
この洞窟に繋がるように作られたかのような道だった。
「そうですか、ありがとうございます」
「漂流者保護の申請か?」
「はい、それと管理局に連絡を取ろうかと」
「うーむ」
男が無精ひげをさする。
なのはが男の言葉を待つ。
「保護に関しては問題ないだろうが、管理局に連絡を取るのは難しいだろうな」
なぜ、と目で問う。
「今ラトリアは戦時中だ」
うなずいて相槌を打つ。
黙って話を聞くことに徹する。
「詳しい説明は省かせてもらうが、戦争の原因は時空管理局の管理下に入るか入らないかだ」
ハーディスから聞いた話と一致する。
「坊主が目指している町は中立地帯ではあるが、管理局に対しての拒絶感情は強い。戦時中ということもあって今はより顕著になっている。だから連絡を取るのには骨が折れるだろうな」
これは面倒なことになりそうだと内心でため息をつく。
「そう、ですか」
男がなのはを見る。その後、じっとはやてを見た。
その視線はなのはよりも長くはやてに向いていた。
「案内しよう」
「いいんですか?」
なのはとしてはありがたかった。
正直、自分たちだけではかなりしんどい。
知らない土地、知らない人々。
よそ者には苦労が絶えないことばかりである。ただ、そこまでしてもらえるとは思っていなかった。
何か裏でもあるのではと少しばかり疑ってしまう。
「ここから近いとはいえ子どもだけで行かせるのもな」
その言葉にある程度納得する。
(そういえば俺も子どもだった)
自らも保護対象であることを認識する。
男は大人としての責務と良心が働いたのだろう。子どもは助けるべきである。しかし、実際に行動に移せる人は少ない。
この男性は良い人そうだと感じる。
「ホーマーだ」
男の名前である。
いきなり言うものだから、何のことか一瞬考えてしまった。
「ホーマーさん、よろしくお願いします」
「そちらの嬢ちゃんは?」
ホーマーがはやてに目線を移す。
どうも気にかけているように思える。なんとなくだが、その目線からは優しさを感じた。
「こっちは八神はやてって言います」
はやての代わりに答える。
二人の会話は、はやてからしたらチンプンカンプンだろう。
ホーマーがはやての足を見る。
「怪我か?」
「元から、ですね」
「……そうか」
ホーマーはそれ以上聞かなかった。
「すぐに送ってやりたいところなんだが、ここでの作業がまだ残ってる」
ホーマーが洞窟のほうを向く。
「作業はもう少しで終わる。悪いが待っててくれるか」
「わかりました」
なのはとはやては近くで待機することにした。
ホーマーに借りた折り畳みの椅子を置く。その椅子にはやてを座らせた。
「町まで案内してもらえることになった」
「ホンマか? ええ人やな」
なのはも同意するところである。
はやてに話の内容を伝えている最中、洞窟から光が漏れてきていた。
ホーマーが作業をしているのだろう。
「見てきていいかな?」
「ええよ」
何をしているのか気になり、作業を見に行くことにした。
「ホーマーさん」
「どうした?」
「何をしているか気になって」
「魔鉱石から魔力の塊を採っている」
周りには淡い光を放つ鉱石があった。
この世界には魔鉱石というものがある。
ラトリアは空気中の魔力濃度が高い。通常であれば意識が混濁し、立っていることもままならない。
その濃度を低くしているのが魔鉱石である。
空気中の魔力素を吸収して溜め込んでいく。そうすることで魔力濃度のバランスを保ち、人々が生きていける環境となっていた。
「坊主、この星についてどれくらい知ってる?」
「戦時中ということぐらいしか……後は何も」
「それもそうか」
昨日漂流したばかりで、知っている情報は少ない。
「魔鉱石から採れる魔力の塊は純度が高くてな、他のエネルギーに変換しやすいんだ」
大切なものを扱うかのように魔鉱石へ触れる。
「俺たちの生活を支えている大切な資源だ」
ガン型の何かを取り出し、グリップ部分を握る。
それを光る魔鉱石へと押し当てた。
「それで抽出するんですか?」
「そうだ」
トリガーを引く。
すると魔鉱石が光り出し、光が移っていく。やがて発光は止まり、トリガーから指を離した。
「抽出が終わったら容器を取り出す」
拳銃でいう弾倉部分を抜き取る。
それをしまい込み、新たに空の容器を装填した。
(カートリッジみたいだな)
なのははホーマーが使っているものからそう感じた。
「魔鉱石は魔力素を溜め込む。放っておくといずれ完全に固まり、魔力素を吸い込まなくなってしまう」
それの何がいけないのだろうかと疑問を持つ。
顔に出てたのだろう。
ホーマーが話を続ける。
「この星は魔力濃度が高い。人が生存できる基準値を超えている。魔鉱石が吸い続けてくれるおかげで俺たちは生きていける。だが固まってしまえば二度と吸い込まなくなる。だからこうして魔力を抜き、また吸い込めるようにしてやるんだ」
作業の重要性を知る。
そんな過酷な世界だったとは知らなかった。
「ラトリアは魔鉱石を必要としている」
この星で生きていく上では必要不可欠である。
「俺たちの心臓と言ってもいい」
優しく、魔鉱石に触れる。
「だが、これを奪っていこうとする輩がいる」
魔鉱石は度々盗掘の被害に遭っていた。
「なぜ魔鉱石を?」
「正確には魔力を吸って固まった魔鉱石だな。魔力を溜め終えた魔鉱石は良い原材料となる。それも最上級のな」
ホーマーが一呼吸入れる。
「魔導師の使うデバイスを作る材料として使用すれば超の付く最高級品となる。なんでも魔力伝導率は桁違いだそうだ」
魔鉱石が売りに出されるときは、とんでもない値が付くことになる。
出した金額に見合うだけの価値がある代物である。魔鉱石を使用されて製作されたデバイスは数えるほどしかなく、そのうちの一つがバルディッシュでもあった。
「すまんな、長話に付き合ってもらって」
「いえ」
作業が終わる。
外に出て、移動の準備をする。
なのはがしゃがみはやてが背に乗る。もう慣れたもので、阿吽の呼吸だった。
「背負っていくのか?」
「はい」
それがどうしたとばかりに返事をする。
「そうか、男だな」
ホーマーはなのはを男として認めていた。
そして、男と言われたことによりホーマーへの好感度が爆上がりしていた。